一昨年の夏、突然、逝ってしまった
友人、大泉千春の追悼公演が
この5月の末に開催された。
私は、その劇評を頼まれて
いたのだが見直すたびに長くなり
そこで削ろうと読み直すと
さらに長くなり
一週間削りに削って、何とか
書き上げました。
「陰画絵本鼠小僧次郎吉」は、
黒テントの佐藤信の
1970年の岸田戯曲賞作品。
25年前も、私は、この舞台を見た。
そこは、旧家の立ち並ぶ本町の裏通り、
古びたビルの2階の劇団赤い風の
狭い20~30畳ばかりのアトリエ。
びっしりぎゅう詰めになった観客の中を
5匹の鼠が飛び跳ねていた。
大泉千春の誘いで、この舞台から
赤い風の美術をやっていた。
千春は、東京に見切りをつけ、故郷、盛岡で
新しい人生を開始して間もない頃だった。
千春は鼠の一番。彼は、厄介な肉体を
もて余しているかのように、
腰のあたりに軽く両手を宙に開き、
その体に乗っかった頭部の中に存在する
ギラリとした大きな目ん玉の、
その僅か下方に位置する口から、
抑揚の無い力まぬ語りに載せて
機関銃のように言葉を連射した。
それは、観客に向けられたものなのか、
アトリエの宙にいる物の怪に語っているのか、
はたまた、自問自答の独り言を、
我々がたまたま音として聞き取っている
だけなのかわからなかった。
千春は、演劇との関わりと経験は、
ほとんどなかった頃だったが、
技術と経験を超えた存在の迫力があった。
おそらくは、それは、圧倒的思索量と知識とで
支えられ、隠しても滲み出る
隠しようのないそれだった。
観客の或る者たちは、そのかび臭い
畳の上で痙攣し、あるものは金縛り
にあっていた。
私は長く付き合い続けてきた
同級生の大泉千春ではなく、
役者、大泉千春の凄みをみた。
大泉千春は、中学3年間、
同じクラスの同級生だった。
あれは中一の時だった。
読書感想文、学級代表を決めるため、
班代表として千春が「絵本『桃太郎』を読んで」と、
朗々と読書感想文を読み始めたのだった。
「・・・・平和な鬼の社会を、
破壊する侵略者、桃太郎こそ、
鬼そのものである・・・・」
私は、生まれて初めてこの世界、
この世で怪物を見た気がした。
(・・こいつは何者!?・・・・・・・)
それ以来、千春は、私の世界で
特別な位置づけを持った存在になった。
仲のいい5,6人でいつも煙やアルコールの匂いのする部屋で、
ギターを弾き、歌を歌い語り合った。
私は、高校、大学時代を通して、
時に千春と会い何時間もコーヒーで、
この世界のミクロとマクロを、
仕組みと構造を話し込むその時が、
楽しくて楽しくてたまらなかった。
赤い風アトリエ公演から25年。
今、見ている「陰画絵本鼠小僧次郎吉」は、
時代の重いテーマを掲げ難解と言われる
1970年発の佐藤信のこの作品世界を、
劇中歌を多様し、光、音を含む演出を工夫し、
演劇を解する人から初めて見る人、
まさに子供から大人まで楽しめる
作品に仕上げられており、あっぱれであった。
プロフェッシュナルな仕事だ。
その舞台は、小劇場の舞台に
期待するものを抱いて訪れてきた、
例えば「アングラ」などという
死語を脳みそにしっかり一つの
ボキャブラリーとして納めている人たちの気持ちをも
裏切らないものだった。
演出のチカラ、役者たちの力量、そして今回の公演、
舞台を良いものにすることで追悼の意を表したいと
する役者、スタッフはもちろんのこと、
すべての関係者、協力者、ひいては盛岡演劇人たちの
大泉千春へのなみなみならぬ情愛、
敬慕と言うものを感じた。
ステキな舞台だった。
舞台終盤のジェニーこと鼠の5番と
闇の少女ことジョージの掛け合いは
見事で圧巻であった。
最後、登場人物が全員、黒い忍者のいでたちで
佐藤信の本の詩にオリジナルメロディーをつけて合唱した。
もちろんオリジナルな演出だ。
手を振り歌う彼ら、
「チハルさん!チハルさんが、
ここに居なくなってからも、
私たちも頑張ってますよ。」
と千春に手を振り語りかけているようで、
私は涙を禁じえなかった。
人は死ぬ。けれど、死んでもこの世にチカラと愛を
増幅させることもできる。
創造と創作の力、エネルギーになり得るのだということ、
それが「人」というもの、
「人の人生」というものであるということを、
千春は今日、私の心に強烈に、その事を打ち込んでくれた。
劇評を書き上げる前に、どうしてもこの舞台のために作ったという
大泉千春追悼歌を聴きたい。
そうでなければ、劇評を永遠に書き終えることが出来ない気がした。
のっぴきならない所用のため少々遅れて劇場入りしたため、
オープニングングに流れたその歌を聴くことが出来なかったのだ。
止むに止まれず、藤次郎事、大泉千春の義理の兄、
この歌の作詞者でもある坂田裕一氏を訪ねた。
その晩、私は、坂田氏の魅力的な低音の語りと、
千春の姉ちゃんの入れてくれて美味しい紅茶を戴きながら、
追悼歌を聴き、頭の中のスクリーン舞台で、
幸運にもオープニングを再現することができた。
私は、いつの間にか、坂田氏の書斎ではなく、
桟敷に来ていた。そこに千春がいた。
「―ここはいつもの舞台―いい歌詞だね。」
観客の最前列で体育座りをしていた千春と私は語り合う。
―照れるね。いつもここにいるのにね。―
「一応、この世界では、チハルは、
いないことになってるからね。
まぁ、いいじゃん.。照れないで.」
―ああ、ここがいつもの舞台なら、
ボクはいつでもここに来る。
圧倒的舞台、役者が観客を
測定不能の恍惚に陥れた極みの瞬間、
必ず拍手をしに来るさ。
「よしッ!」と言いながらね。―
「そうか」と相槌を打ち、
千春の姿を捉えようと横向くと、
千春はもうそこにはいなかった。
舞台の中央には、スポットライトを浴びて小さな木箱の上、
千春の写真と小さな花が載っていた。
見上げると舞台の天井は大きな大きな星空、
たくさんの星が眩しく輝いていた。
「またね。」と私は、言い換えて劇場を後にした。
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