ようこそナカムラユウコウのコトバカフェへ


ホームページ「ナカムラユウコウの世界」 

Pg
ナカムラユウコウのギャラリー

ナカムラユウコウの作品通販

盛岡出版コミュニティー

 

日々のブログ記事は↓に掲載されています。

 

 

| | コメント (5) | トラックバック (0)

哲学の先生の二つのコトバを体現した生活とその人生

「この今の瞬間の無限さ、広大さを

覚知し実感出来るセンサー」を身に着け

「宙から無尽蔵のエネルーギーを

取り込むシステム」を構築すると

先生が言うには

まったく疲れなくなるという。

怒りの感情、もろもろの負の感情、そして不安も全て消滅し

人に対して命に対して、存在するものみな愛しくなるという。

アイデァは絶えることなく湧き溢れ

創造的インスピレーションと行動にあふれ

その生活、人生はいついかなる時も鮮度100%で

目覚めから眠りまで、夢の中までも楽しくて

しかたがなくなるというのだ。

全ての思いと行動の基底が感謝のうねりで溢れ

心は過去にも未来にもなく完全な現在と

豊かな今に満つるということだ。

ハッピー、ハッピーということらしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

哲学の先生のことばの意味

つまり先生は

この今の瞬間の無限さ、広大さを

覚知し実感出来るセンサーを身に着け

宙から無尽蔵のエネルーギーを

取り込むシステムを構築したのなら

人はどんなに不幸になれったって

しあわせになってしまうと言っていた。

だから、この二つを早くつかめと

いつも言われていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

哲学の先生

10歳から20代の初めまで

私に哲学を教えてくれた先生の事を

最近、思い出そうとしてもはっきり思い出せない。

加齢のせいだろうか?

どんな顔をしどんな声でどんな話をしてくれたのか

先生は実は幻だったのか、夢か現かもわからない。

先生は、あえて言うなら

「無限の今」と「巨大なエネルギー」

を湛えた何者かであった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「いい準備」とは

いい準備、それ自体が愛であり

その人の人生の豊かさ、幸せさだ。

いい準備は、豊かな想像力と行動力に支えられた

もっとも人間らしい行為だ。

何事においても、いい準備の出来る人間

何事においても、いい準備をする人間になりたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

きちんと「準備」できる人になりたい

早めに、何事においても準備できる人間になりたい。

私の目標だ。

いい人生とは、いい準備をし続けるということだ。

やりこなすというのでなく、余裕のある準備によって

よりアイディアも心も込めることができ質も豊かさも増す。

いい準備、早めの準備ができる人間になりたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

個展の出品の作品の大詰め。

 

準備も佳境に入っている。

「守ってはいけない。
 気に入らないところがあれば
 まず、破壊する勇気を持たなければならない。
 それなりのものを描きたい、作りたいわけじゃない。
 唯一のもの。少なくても自分だけは妥協しない
 腑に落ちるまで描き直し、作り続けたい。

 この自分が心からオッケー出せるまで頑張りたい。
 作品数は、少なくて構わない。
 一点一点納得のいくものを増やして
 あとはいろいろ展示で工夫する。」

などと、独り言をいいながら、もくもく描いている今日、このごろ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今年最後の葉書づくり

最近作った案内葉書は大学の先輩「菅原道夫展」

弟のこの12月松屋銀座での「中村太樹男展」

そして、今年最後になるであろう、3枚の葉書。

1.「第6回O・NTP」の作品展Dの愛内葉書

  案内葉書掲載の皆さんの作品画像待ち状況

2.自分の「ナカムラユウコウ展」の葉書

  自分の案内葉書は、やはり掲載作品の仕上げ
  候補が5作品。絞って2点か、3点。

3.年賀状

  年賀状は、来年は戌年。

  いずれも、出来るだけいいものを作りたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ハービー山口写真展

さっそく、今日は、ハービー山口写真展に行って来た。
北欧のおしゃれなインテリアの中で
モノクロトーンの写真がどれもステキだった。

展示中の家具も魅力的だった。
家具と展示棚、壁にアート作品も
たくさん展示してあって
なかなかショップとしても魅力的だった。

12月11日まで写真展もやってますし
お店も見てください。

手作り家具や自分の立体作品の
アイデア、部屋づくりの
インスピレーションも
たくさん頂きました。

会場:クラブエイトhttp://www.club8studio.jp/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「それがパンクだ。」

写真家ハービー山口氏が
若き日、ロンドンの街を歩いている時
パンクロックにおけるセックスピストルズと
共に2台巨頭のクラッシュと偶然に
地下鉄の座席で遭遇する。

世界的ロックスターを目の前にビビルのだが
ありったけの勇気をふり絞り、写真を撮らせて
欲しいとお願いする。

予想に反し彼は笑顔で自然体で
被写体になってくれた。

何枚か思いのままに撮り終え
しかるべき駅で降りた若き無名のハービー山口に
電車から身を乗り出し彼を呼び止めて言う。

「撮りたいものは、すべて撮れ。
 それがパンクだ。」

そして、その言葉がハービー山口の写真家人生を創った。

シビレル話だ。

写真家の友人とお茶を飲みながら
今晩は、いい話を聞いた。

描きたいものは、すべて描け。
書きたいことは、すべて書け。
そう、私は変換して脳に刻み心に落した。

今、12月11日まで東安庭のクラブエイトという
とてもおしゃれな家具屋さんでおしゃれな家具と共に
ハービー山口のモノクロの写真が展示されている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

毎年送られる美味しいリンゴ

毎年りっぱな美味しいリンゴが
送られてくる。
ご高齢の御婦人からだ。
雪の日に車で送ってあげたら
それ以来、もう十年も十数年も
毎年送られてくる。
今年のリンゴ美味しいという。
そういう天候だったのだろうか。
パイナップルの様な真黄色に熟した
見るからに美味しそうな美味しいリンゴだった。
感謝を形にしたり行動にする人は
毎日人生にゆとりと幸せを感じ
生きているだろう。
リンゴの向こうに彼女の
様々なことに、様々な人に感謝で溢れている
知的で感受性に溢れた気高い
しあわせな日常が見える。
 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

自分と友の心の健康のために

こんなひどい人がいるという話ばかりする女や男より
こんな素晴らしい人がいるという話をする女や男、友でありなさい。
そんな友といる時間は、楽しく有意義だ。
 
そして何よりあなた自身の健康と
美しい皮膚と顔づくりのため
話し相手の友の心の健康のため。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

一つの人生、一つ為すこと、やりたいこと。

欲張らなくていいと思う。
そして、そんなに頑張らくていいと思う。
これだけは私の人生、この人生でやって
死のう、終えようということを
たった一つやれば、やれればいいと思う。
十分りっぱだと思う、偉い、素晴らしいことだと思う。
 
何かになろうと慌てず気負わず
深く深く強く強くあなたはあなたになればいい。
そして、自分のその一つを見つけ
それに向かう、繋がる今日を生きよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

毎日のチェック、心身健康な自分づくり

毎日、体にいいことやってますか?
歩いてますか?運動してますか?
 
体にいいもの食べてますか?
お菓子ばっかり食べてませんか?
夜九時以降、二回目の夕食や
何か太るもの食べてませんか?
心にいいこと考えてますか?
思い願ってますか?
心が安定し強靭になるよう心にエネルギーを
補給してますか?
 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

未来の自分の、今日の自分への評価

近いところで、来年の春
私のこの2017年の冬、11月、12月から
来年の初春3月頃までの私に
 
「素晴らしかったね、すごいね、りっぱだったね、
 かっこよかったね、やるね」
と言うことが出来ているだろうか。
 
数年後の私は、この今も含め来年含めここ2,3年の自分に対して
 
「いやー、この数年、頑張りどころだった。
 見事だった、さすがだ。ターニングポイントだった。
 よく頑張った。集中したね。戦ったね。
 素晴らしい数年だった。」
 
とほめてあげれているだろうか?
そうなっているように奮闘したいものだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「冬来たりなば春遠からじ」

私がジャケットを描いた津軽三味線日本一に輝き
世界を舞台に活躍する葛西頼之君のCDを
久しぶりに聴いた。
 
津軽三味線、いいですね。
 
十代からそして今でも大好きな斎藤真一さんの
津軽の女性盲目の三味線奏者たちの旅の絵が浮かぶ。
吹雪舞う中、一歩一歩、町から町、村から村へ
山から里、里から山へ。
 
葛西君が好きな言葉だろう。
CDジャケットには
「冬来たりなば春遠からじ」というコトバが
彼の直筆で書かれたものが印刷されてある。
 
彼女たちもそう思いながら
雪を踏みしめ雪を吹き付けられながら
一歩一歩、一時一時を耐えて厳しい季節を
乗り越えて生きていたのであろうか。
目が見えない彼女たちの冬の旅は
毎年毎年、命がけだった。
 
確かに春は、夏よりも秋よりも近い。
人は限界状況では、どんなことでも
力にしようとする。
こじつけであろうが、独りよがりであろうが
たとえそれが誤解でさえあろうと。
 
冬が来たら春が近いと言って
その言葉だけしか自分を支えたり
命をこの世に留めておくことができないようなところで
耐えて生きている人のことも時には
平々凡々と生きてる私は思い出さねばならない。
たとえば、津軽三味線を聴きながら。
 
わたしは、三味線は弾けない。
イラストレターとして絵描きとして
「冬来たりなば、春遠からじ」というタイトルの絵を
一枚描いた。数日かけて仕上げよう。
いい絵になりそうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«未来をつくる燃料