夏になると思い出す「圧倒的努力」

Dsc00038 夏になると、むちゃくちゃ努力したくなる。
精進したくなる。<ど、どうしたんですか!?>
暑くて何もやる気が起きない
とかいう人が理解できない。

根がアフリカ?
前世はインド人?
種族がレゲェ&カリブ人?

本当に根っから暑さに強いのかも。
東京で6年。5メートル歩けば
汗が噴出し、ズボンの太もも辺りが
噴出した汗で黒ずむような
そんなひどい暑さの時も
一度も夏バテをしたことがない。

暑くなると頑張りたくなる。

むちゃくちゃ何かを書きまくりたい。
絵を描き、文を書き
本読み、書き写し、まとめ、調べ
勉強しまくりたい。

ということで私事ですが
圧倒的努力、圧倒的精進
圧倒的創作、圧倒的研鑽
やりまくります。

冷たいものや、アイスばかり食ってないで
暑い時こそ、熱い緑茶、ホットコーヒーを飲み、
飲みながら、暑い時は、熱く、攻めていく。
すると、涼しくなるわけではないが
暑さが関係なくなる。

夏バテ対策は、自分自身が熱くなること。

言っちゃうなら
「自分自身が太陽になっちまうことだ!」

熱いぜ!

熱すぎて、うざいぜー!

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「ひねもす ほっと茶屋」オープン記念:中村太樹男絵画展開催!

P1150833 バスセンターから3分、IBCとマルイチの駐車場から1分
の所に、盛岡にまたステキなお店が一軒
「ひねもす ほっと茶屋」オープン!

オーナー&マスターはミュージシャンの
吉田かずを氏。

昼は喫茶。し切るのは、奥様。クラムボンで
7年修行の本格派。豆は、クラムボンでコクあり。

夜は、吉田さんがマスター、ホスト役。

弟の高校時代のボクシング仲間。

オープン企画個展として、中村太樹男絵画展。
ジクレー版画の作家セレクトによる自選展。

P1150834 「ひねもす ほっと茶屋」
 盛岡市中ノ橋通2-6-2
 019・653・5541

 ちなみに、この徒歩1分の
 マルイチさんは
 24時間営業!
 ここに止めろとは、
 言ってません。
 買い物ついでに
 お寄りするのもいいかも。

Jpg

P1150836

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北上に行く。第一の目的は中村太樹男絵画展搬入。第二の目的はスーパー「おせん」?

P1150809 さくらホールのすぐ側の、北上のかもめの玉子さんで
「ナカムラユウコウコトバとイラスト展」の後
本日搬入、本日より「中村太樹男絵画展」が開始。

盛岡の国分通り店と北上店のアート展示の
プロデュースを頼まれている。

来月は、何にしようか?誰にしようか?

実は、本日の北上行き、第一と第二の目的
逆かも。「スーパーおせん」ただもんじゃないから。

あまりにも安くて、近所の大きな生協が
つぶれてしまったという凄ものなり!
連日大盛況。店内は大混雑、店内に流れる音楽は
古き良き時代のパチンコ屋と同じ軍艦マーチ。

P1150253 野菜もの、海産物は、ほぼ半値ですね。
ビックリです。弟もやる気満々で
岩銀にもよって来たと言うのに
なんと、なんとスーパーおせん
お・や・す・みでしーた。

ガクク、クーン!

気を取り直して、お仕事、お仕事、搬入。
次回をお楽しみに。

写真は、一ヶ月前、私の展示会の搬入の時に。
おせんに寄った時の写真です。
駐車場満杯。広い駐車場、遠く端まで行かないと
停めれません。

北上にお出で際は、一度行ってみて下さい。

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今日は七夕。織姫、彦星にお情けを!

P1150799 夕方、車を走らせていると
小学生たちが
短冊を振り回して
下校帰り道。

今日は7月7日。
七夕の日だ。

あいにく、小雨がぱらつき始め
空は、向こうもこっちも灰色。

美しい星空
天の川での織姫、彦星の
逢引は窺がえそうもない。

まぁ、人の逢引を覗いても仕方がない。
いい恋をしてください。

織姫と彦星のように
働き者で魅力的な二人が
一緒になる事で
機を織らず働かずの怠け者に
なるのでなく
よりいい仕事をするようでありたい。

それにしても
情け深い天の神様
愛する若い二人が
年に1回じゃ拷問です。
なんとかしてあげてください。

男と女が楽しく恋をし
楽しく共にあり続けるには
技術が必要です。

男と女の付き合いに
一番大切なのは
相性でも、趣味が合うとか、
感性とかじゃなく
尊敬です。

天の神様。

天罰の前に、まずは、ご指導を!

七夕伝説 織姫と彦星

昔々、天の神(天帝)に
織姫(おりひめ)という娘がいました。

織姫は機を織るのがとても上手で、
毎日機織りをして暮らしていました。
織女の織る布は、五色に光り輝き、
季節の移り変わりに色が変わると
言われるほど美しいものでした。

年頃になった織姫は、
働き者の牛使いの彦星と結婚して、
幸せな生活が始まります。

しかし、二人の仲があまりにもよすぎて、
あれほど機を織るのが好きであった織姫が、
機織に全然見向きをしなくなりました。
また、働き者であった彦星も、
働かなくなってしまいました。

二人のことを、陰ながら
見守っていた天帝でしたが、
ついに怒りを爆発させます。
天帝は、二人の間に天の川を流されて、
二人を会えなくしてしまいました。

織姫は泣く泣く彦星に別れを告げると、
天の川の東に帰って行きました。

彦星もまた自分の故郷である
天の川の西に帰っていきました。

こうして愛する二人は天の川を隔てて
離れ離れになってしまいました。

天の川の川幅はとても広くて、
どんなに大きな声で叫んでも、
こう岸に立っている人には
聞こえません。
ましてや姿など見えるはずもありません。

織姫は、彦星に会えなくなった寂しさを
紛らわすために、再び機を織ろう思いました。
しかし、涙が出てくるばかりで仕事がはかどりません。
彦星も、毎日物思いにふけるだけで田畑は荒れていきました。

天帝は、そんな二人を見かねて言われました。
そして二人に、一生懸命機を織り、
田畑を耕せば、年に一度、
七夕の夜に会えるようにしてくれたのです。

それでも、七夕の夜が雨になると、
水かさが増して橋が渡れません。

それからというもの、
七夕飾りのたくさんある短冊の中に、
『七夕の夜は晴れますように』と、
必ずこの願いの短冊をひとつ
かけておくことが風習になりました。

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メクラトンボと牛と人間についての2009年夏の日の考察

Mekuratonnbop1150694 午前中
メクラトンボを見た。
今日も暑い、暑い一日だ。
水量豊かな大きな川の川辺の草に
涼しい川風を浴びて
草と一緒に揺れている。

Murenop1150728 午後
牛を見た。
おっぱいをパンパンに張った
乳牛たちだ。

牛の一生、私たちの一生。

この星には
無数無限の命あるものが
それぞれの種独自の寿命と
システムの中で
生まれ、生き、死んでいく。

この一本一本の草たちもだ。

我々人間だって
もちろん言うまでもなく
この私だって特別なものじゃない。

ある一つだ。

That’s right!

Usikunnnnihikip1150752_2 しかし

我々は
自分の人生を特別なものに出来る。
とびきりのものに出来る。

自分の人生を、特別なもの、格別なもの、
とびきりなものにすることが出来る。

それが出来るのは、それぞれに
この宇宙で、この自分だけだ。

それぞれに、とびきりの人生に
自分で責任を持とう!

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劇団赤い風プロデュース大泉千春追悼公演陰画絵本鼠小僧次郎吉」劇評

1 一昨年の夏、突然、逝ってしまった
友人、大泉千春の追悼公演が
この5月の末に開催された。

私は、その劇評を頼まれて
いたのだが見直すたびに長くなり
そこで削ろうと読み直すと
さらに長くなり
一週間削りに削って、何とか
書き上げました。

「陰画絵本鼠小僧次郎吉」は、
黒テントの佐藤信の
1970年の岸田戯曲賞作品。

25年前も、私は、この舞台を見た。
そこは、旧家の立ち並ぶ本町の裏通り、
古びたビルの2階の劇団赤い風の
狭い20~30畳ばかりのアトリエ。

びっしりぎゅう詰めになった観客の中を
5匹の鼠が飛び跳ねていた。

大泉千春の誘いで、この舞台から
赤い風の美術をやっていた。

千春は、東京に見切りをつけ、故郷、盛岡で
新しい人生を開始して間もない頃だった。

千春は鼠の一番。彼は、厄介な肉体を
もて余しているかのように、
腰のあたりに軽く両手を宙に開き、
その体に乗っかった頭部の中に存在する
ギラリとした大きな目ん玉の、
その僅か下方に位置する口から、
抑揚の無い力まぬ語りに載せて
機関銃のように言葉を連射した。

それは、観客に向けられたものなのか、
アトリエの宙にいる物の怪に語っているのか、
はたまた、自問自答の独り言を、
我々がたまたま音として聞き取っている
だけなのかわからなかった。

千春は、演劇との関わりと経験は、
ほとんどなかった頃だったが、
技術と経験を超えた存在の迫力があった。

おそらくは、それは、圧倒的思索量と知識とで
支えられ、隠しても滲み出る
隠しようのないそれだった。

観客の或る者たちは、そのかび臭い
畳の上で痙攣し、あるものは金縛り
にあっていた。

私は長く付き合い続けてきた
同級生の大泉千春ではなく、
役者、大泉千春の凄みをみた。

大泉千春は、中学3年間、
同じクラスの同級生だった。

あれは中一の時だった。
読書感想文、学級代表を決めるため、
班代表として千春が「絵本『桃太郎』を読んで」と、
朗々と読書感想文を読み始めたのだった。

「・・・・平和な鬼の社会を、
破壊する侵略者、桃太郎こそ、
鬼そのものである・・・・」

私は、生まれて初めてこの世界、
この世で怪物を見た気がした。

(・・こいつは何者!?・・・・・・・)

それ以来、千春は、私の世界で
特別な位置づけを持った存在になった。

仲のいい5,6人でいつも煙やアルコールの匂いのする部屋で、
ギターを弾き、歌を歌い語り合った。

私は、高校、大学時代を通して、
時に千春と会い何時間もコーヒーで、
この世界のミクロとマクロを、
仕組みと構造を話し込むその時が、
楽しくて楽しくてたまらなかった。

2 赤い風アトリエ公演から25年。
今、見ている「陰画絵本鼠小僧次郎吉」は、
時代の重いテーマを掲げ難解と言われる
1970年発の佐藤信のこの作品世界を、
劇中歌を多様し、光、音を含む演出を工夫し、
演劇を解する人から初めて見る人、
まさに子供から大人まで楽しめる
作品に仕上げられており、あっぱれであった。
プロフェッシュナルな仕事だ。

その舞台は、小劇場の舞台に
期待するものを抱いて訪れてきた、
例えば「アングラ」などという
死語を脳みそにしっかり一つの
ボキャブラリーとして納めている人たちの気持ちをも
裏切らないものだった。

演出のチカラ、役者たちの力量、そして今回の公演、
舞台を良いものにすることで追悼の意を表したいと
する役者、スタッフはもちろんのこと、
すべての関係者、協力者、ひいては盛岡演劇人たちの
大泉千春へのなみなみならぬ情愛、
敬慕と言うものを感じた。

ステキな舞台だった。

舞台終盤のジェニーこと鼠の5番と
闇の少女ことジョージの掛け合いは
見事で圧巻であった。

最後、登場人物が全員、黒い忍者のいでたちで
佐藤信の本の詩にオリジナルメロディーをつけて合唱した。
もちろんオリジナルな演出だ。

手を振り歌う彼ら、
「チハルさん!チハルさんが、
ここに居なくなってからも、
私たちも頑張ってますよ。」
と千春に手を振り語りかけているようで、
私は涙を禁じえなかった。

Photo_2 人は死ぬ。けれど、死んでもこの世にチカラと愛を
増幅させることもできる。
創造と創作の力、エネルギーになり得るのだということ、
それが「人」というもの、
「人の人生」というものであるということを、
千春は今日、私の心に強烈に、その事を打ち込んでくれた。

劇評を書き上げる前に、どうしてもこの舞台のために作ったという
大泉千春追悼歌を聴きたい。

そうでなければ、劇評を永遠に書き終えることが出来ない気がした。
のっぴきならない所用のため少々遅れて劇場入りしたため、
オープニングングに流れたその歌を聴くことが出来なかったのだ。
止むに止まれず、藤次郎事、大泉千春の義理の兄、
この歌の作詞者でもある坂田裕一氏を訪ねた。

その晩、私は、坂田氏の魅力的な低音の語りと、
千春の姉ちゃんの入れてくれて美味しい紅茶を戴きながら、
追悼歌を聴き、頭の中のスクリーン舞台で、
幸運にもオープニングを再現することができた。

私は、いつの間にか、坂田氏の書斎ではなく、
桟敷に来ていた。そこに千春がいた。

「―ここはいつもの舞台―いい歌詞だね。」

観客の最前列で体育座りをしていた千春と私は語り合う。

―照れるね。いつもここにいるのにね。―
「一応、この世界では、チハルは、
 いないことになってるからね。
 まぁ、いいじゃん.。照れないで.」

―ああ、ここがいつもの舞台なら、
 ボクはいつでもここに来る。
 圧倒的舞台、役者が観客を
 測定不能の恍惚に陥れた極みの瞬間、
 必ず拍手をしに来るさ。
 「よしッ!」と言いながらね。―

「そうか」と相槌を打ち、
千春の姿を捉えようと横向くと、
千春はもうそこにはいなかった。

舞台の中央には、スポットライトを浴びて小さな木箱の上、
千春の写真と小さな花が載っていた。

見上げると舞台の天井は大きな大きな星空、
たくさんの星が眩しく輝いていた。

「またね。」と私は、言い換えて劇場を後にした。

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ロッククライミング、岩をよじ登れ!

P1150622 登るのが好きな人がいるものだ。

この小雨ちらつく中、歩いて5分の
運動公園のロッククライミング施設で
今日は高校生の大会をしていた。

この子達は、登るのが好きで
登ることで人生と、世界を
解読して大人に進化していくんだろうな。

登るのがなぜ好きなんだろう!?

P1150618
「そこに山があるから」
1923年、ニューヨーク・タイムズ紙の
インタビューで、ジョージ・マロリーは
「なぜエベレストに登るのか」
という質問に、"Because it is there."
(そこにそれがあるから)と答えた。
"it"(それ)とは「処女峰エベレスト」を指す
ものであるが、日本では藤木九三によって
「そこに山があるから」と訳された。
登山家の信念を表す名言として現在まで語り
継がれている。

「そこに山があるから」
なんだか適当な気がする。

P1150643 でも、そうなんだと思う。
その人の目の前にある山は
登らなければならない。
よじ登らんなければならない。

その人の生活、人生、その人の
視界、その人の目の前に立ちはだかる山は
意味がある。

偶然や、成り行きや、たまたまではない。

偶然、なり行きのようで
実はその人の飛躍的進化プランのメニュー
なのだ。他人には見えない山かもしれない。
その人にしか見えない。

目の前の山をよじ登ろう!

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あの日の雲、あの日の空。今日の空。

P1150576 あれは、3年前だろうか、
4年前だろうか。

あらしのよるの翌朝
主な色だけでも
黒、グレー、パープルグレー、
イエロー、オレンジ、赤。

その朝の雲は、色だけでなく
形も様々で、いろいろな動物
生き物が、まるで一堂に集まって
歌い踊る大空のカーニバルだった。

あの日の朝以来
私は憑かれたように
雲を写真に収めた。

日の出から、夕暮れまで。

何千枚と撮ったろう。

この雲は、この空は、
いつか見た雲
いつか見た空。

ということも
あるけれど、それでも
何年撮っても
初めて出会う雲と空。

今日も夕方
そんな雲と空にであった。

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「あらしのよるに」のきむらゆういちさんと言う人

あらしのよるに ちいさな絵童話 りとる あらしのよるに ちいさな絵童話 りとる

著者:木村 裕一,あべ 弘士
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

きむらゆういち作の「あらしのよるに」を
読んだことがあるだろうか。

立ち読みした私が言うのも変だが、あれは
立ち読みすべきでない。

なぜかと言えば、泣いちゃうからです。
簡単に言うとオオカミとヤギの友情物語。
児童文学。子供はもちろん、大人のファンも多い。

アニメになったり、話題になったは数年前。
書かれたのは今から十数年前。
大きなウェーブになるのに10年かかるんですね。

「男の隠れ家」という雑誌がある。
その雑誌を私の隠れ家である、ある喫茶店で
読んでいたら、きむらゆういちさんの記事が
3ページにわたって掲載されていた。

あの名作、私は本当に感動して感動して
ヤギの気持ち、オオカミの気持ちを思い
ラストのシーンを思い出すと
車の中でも数日間、胸が切なくなり
涙が滲んできたのを覚えている。
同時に、その物語を書き上げた
きむらゆういちという人物に
羨望、畏怖の思いが湧きあがった。

きむらさんのインタビュー記事によると
「あらしのゆるに」はァミレスで
一晩徹夜で書き上げられたものだと言う。
ウーッ、すごい!

きむらさんのその創作姿勢、創作方法が
一つひとつ全てに非常に共感が持て、
シンパシーを感じるものでした。

私は、とても気持ちよく
ポメラでその小さな文字で3ページに渡る
記事を全て打ち込みました。

キーを打ち込みながら
「そうだよな。そうだよな」と
とても、満ち足りた納得をしながら、
幸せな時間を過ごしました。

創作する人には、非常に参考になることが
散りばめられています。

きむらゆういちインタビュー記事<男の隠れ家>から

P1150551 「ファイルにしている「ヤギとオオカミ」と書かれた紙袋に
 たまった資料を持って、近所のファミレスに行ったんですよね。
 その都度、思いついたときにメモを紙袋に入れておいた。
 それでファミレスの4人がけのテーブルに座って、
 資料を一面に広げて、朝までに一晩で
 書いたのが「あらしのよるに」。

深夜から書き始めたんだけど、書きながら自分でも
ハラハラドキドキしてました。(笑)。
周りから見たら深夜におじさんが一人、
時にニャニャしながら書いていたわけですから、
変わった光景だったんじゃないですか。(笑)

1994年に発表された珠玉の名作「あらしのよるに」の作者、
絵本・童話作家のきむらゆういちさんはこう話す。
「あらしののよるに」は、実はファミレスから生まれた傑作だった。

同作品は、講談社出版文化賞などを受賞し、
イタリアや韓国、台湾などのほかに英語版で翻訳され、
日本ではアニメ映画化されて大きな話題を読んだ。

きむらさんは次々にベストセラー本を出版するだけでなく、
脚本や小説、コミックの原作など幅広く活躍しながら
大学の教壇にも立っている。

「書斎には、どんどん資料が増えてくるから狭くなるでしょう。
 その点、肝心な資料だけ持って、4人がけのテーブルを占領して、
 一斉に広げてゆったり仕事ができるファミレスがいいですね。(笑)」

そもそもきむらさんがファミレスを仕事場として利用するのは、
静かな環境で仕事をするのが苦手だからだ。
周囲がざわざわしている喧噪の中の方が、はかどるという。

「狭いスペースで一人閉じこもって仕事をしていると、
 風通しが悪いというか、圧迫感を覚えるんですよね。
 だから一人でじっくり企画を考えることもないし、
 アイディアを練るために特別な時間を作ることもないです。
 普通に生活している中で、ふと思いついた時に、
 メモを取る程度ですね」

手もとに筆記具なければ傍らにいる人に借りるし、
メモ帳を持っていなければそこにある紙を使う。
例えば、飛行機の機内でメモ帳を所持していなかったときには、
吐しゃ用の紙袋に裏表いっぱいに走り書きをした。

著作500冊を越えるという。途方もない仕事をこなしている
超人的なクリエーターらしからぬユーモラスな一面だ。

「用意周到、綿密なタイプじゃないですね。でもアイディアに
 煮詰まって頭の中が窮したことはない。
 同時並行でいろんな仕事をしているから、
 ふと思いついたらメモを取っています。
 ただ当面の締め切りだけだけでノート1ページ分もあるんです。
 もう、5年10年待ってもらっている企画もある。
 僕が仕事の依頼を断ったことがないからでしょう。(笑)」

きむらさんの説によれば、原稿などの締め切りはつらくて怖いから、
つい先延ばしにしようという意識が働く。
毎回襲ってくる締め切りのストレスをためないために、
1年の連載の原稿を一度に3回分執筆し、編集者に会って
原稿を渡す回数を4回で済ませるという離れ業を披露する。

「最近は何でも仕事につながっていく。
 今僕はシングルファザーで子育て中なので、最近育児のの本を
 頼まれてまとめました。
 だからどこらどこまでが仕事とプライベートなんだか
 分からなくなっている。(笑)
 大学の頃は画家になりたかったけれど、
 絵本の方が売れちゃって油絵から離れちゃった。
 今また油絵描こうかなと思うようになって、
 自宅の地下にアトリエを造ったんです。」

少年時代のきむらさんは根っからマンガ少年だったから、
近所の床屋に日参しては主人から客が読んだマンガ雑誌を
もらい受けた。さらにそれだけでは物足りず、 
近所の貸し本屋でも雑誌を購入した。

「部屋の中は漫画雑誌だらけで寝る場所もないわけ。
 どうしようもなくなって、
 雑誌の上に戸板を並べてその上で寝たんです。(笑)
 昔から漫画一辺倒で、読書推進運動なんて
 やっているわりに本は読みませんね。(笑)
 ただ本でも漫画でも映画でもメディアはなんでもいいけれど、
 主人公の気持ちになっていろいろな
 疑似体験をすることが大切なんです。」

高校までコンプレックスの塊のような日陰者で、
消極的なタイプだったという。
やがて絵を描いたり文章を書いたりする事を通じて
「こんな楽しいことで飯をくえるならば」と作家になる決意をする。

「大学の時にたまたまもらった絵本があって、
 僕の知らない世界に惹かれましてね。
 考えたら絵本にはストリーも絵も色も全て含まれている。
 そういう意味で自分の世界を表現するには
 もってこいだと思ったわけです。」

7カ所の書斎を使い分け膨大な仕事をさばく。
自宅3カ所、大学3カ所、とアトリエ。

大学時代から抱いていた初心を貫徹させ、
贅沢な夢の実現を果たしたかと思われてもなお「まだ夢の入り口」
に過ぎないと恬淡と話すきむらさん。

今後は映画製作、大人のための作詞など夢の領域は拡大する一方だ。

「僕はその道一筋というのが嫌なんですよ。延々と同じ仕事をやって
 いる人は偉いと思うけど、僕にはまねできない。いろんなことに
 挑戦している人が好きですね。」

「おそるべき60代の才人」きむらさんの仕事から目が離せない。

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夢喰いライオン

Jpg_3 夢ばかり見ていると
喰っちまうぞ。

おまえの時間も
喰っちまうぞ!

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夢のない男

Jpg_2 私は、のない男で
ございます。

決心、決意したことの
それを、今日の生活に
具体的に落した
行動予定があるだけです。

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昨日も、今日も30度超えました。近所の道路設置温度計は34度でした!

Photo ー暑くてバガになりそうだぺ。ー
ーもどもどバガだべー
ーおめさ、言われたぐね。ー
ーこの暑つい時、バガ同士
 バガ、バガって熱っじゃ!ー
ー降ろすぞ、はぁ!-
ーわがった、わがった!
 マックでシャカシャカ
 おごるからー
ーこの暑っつ時、
 シャカシャカじゃねーべー!
 シェィークだべ、ー
ーどっちでもいい。まんず、
 しゃっか、しゃっか
 早やぐ走ってけろじゃー
ーなんたら、おめぇ、婆さま臭え
 地味なトークするようになったべー
 

Jpg ベルなったさ。
教室に行かねば。

行きだぐねぇ。
教室暑っつくて、死にそうだ。

ここだって熱っべ!

教室で死ぬか、ここで死ぬか!?

行くも地獄、行かぬも地獄。

生きてるって、生きてくって
ほんと、たいへんだね。

とにかく暑っついのは、やんた。

私たちの未来、地球温暖化かよ!
やって、られねーよ!

少年少女、勉学に励め!
その知性で、無責任な利益追求至上主義の
先人たちの尻拭いを頼む。

涼しい地球をよろしく!
過ごしやすい地球をよろしく!

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あじさいの季節、思い出す人

P1150527 どこもかしこも街中
通りはあじさいが
いっぱいだ。

あじさいと言えば
一昨年亡くなった
阿久悠を思い出す。

上村一夫という
希有の劇画作家
漫画家がいた。

関東平野という
彼の自叙伝的作品がある。

上村の同郷、大の親友が
阿久悠だった。

デザイン事務所の同僚
でもあった。

阿久悠は上村の絵の才能に
叶わぬと詩人になることを
決意する。

修業時代、一つのテーマで
一日にノルマとして
10の詩を書いたという。

劇画「関東平野」の中で
「あじさい」も
その一つのテーマに
取り上げられていた。

日本屈指の歌謡曲の
作詞家、阿久悠の修業時代だ。

上村の絵はいい。
線がいい。
削り取れるものは
すべて削りとり
潔く全責任を持って
描いている。

いいわけも、媚びもなく
その絵は、少女を描いても
場末の飲み屋の女を描いても
凛としている。

上村が描いたものに
「同棲時代」という
劇画がある。

そのラスト、
ヒロインの女性が体を壊し
サナトリウムのベットにいる。

男はベットの上に横たわる
彼女に別れ際、キスをする。

「薬でやられた彼女の
 吐く息は臭かった。」

このリアリティのある
臭い息を吐く彼女を
こんなにも
美しく切なく愛しく
描ける人間は
村一夫だけだろう。

Untitled

十代の後半の
若い私は
上村のこの場面から
男と女が恋し、
愛する切なさを学んだ。

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雑誌「考える人」

Image0591 <近所の厨川中の石像「考える人」>

ふと入った窓際にカウンターのある
喫茶店で手に取った雑誌、「考える人」。
初めて見ました。季刊だからあまり
目に触れなかったのかな。

ちょっと硬派ですが
充実したおもしろい雑誌ですね。

でも、帰ってから調べてみると
2002年7月に刊行開始されていたらしい。
まぁ、丸7年なのでまだ新しいともいえるが
出版不況、特に廃刊になる雑誌も後を
絶たない状況の中で、創刊し発刊し続けているのは
頑張っていると言うこともできる。

年に4回刊行しており
「Plain living,High thinking.
シンプルな暮らし、自分の頭で考える力」
をモットーとしている。
毎回1つのテーマを特集しており、
その他には評論・エッセイ・小説
などを連載している。

記事の中の堀江敏幸氏
「熊の敷石」で芥川賞を取り
現在、早稲田大学の教授。
「いつか王子駅で」
「めぐらし屋」
「バン・マリーへの手紙」
そそられますね。
読みたいです。

「考える人」最新号目次http://www.shinchosha.co.jp/kangaeruhito/mokuji.html

俵万智さんの「考える短歌」の読者公募の
コーナーも楽しいです。

遠い昔、徳間書店の編集長に
私のキャラクター「カタツムリ男」が気に入られ
文を俵万智さんか、村上春樹さんで
いきたいななんて、夢のような
話もあったのですが、実現してれば
交流もあったのでしょうが
一応募者として、投稿しアプローチ?しようと
思います。

短歌、たまに作ります。
まったくの我流もいいところ、
ただ字数が、5・7・5・7・7
の31文字だと言うだけの短文でしか
ありませんが、この雑誌の
俵万智のこのコーナーの
コンセプト好きです。

http://www.shinchosha.co.jp/kangaeruhito/tanka.html

152ー8711
新宿区矢来町71  
新潮社「考える人」編集部
「考える短歌」係

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画材屋ギャラリー「コーヒーが出て、椅子があったらじっくりとゆっくりと座っていたい。」

P1150386 この作品展はお勧めですね。
画材屋の店舗の一部屋の
ギャラリーですが
いい、引き締まった
充実した作品展ですね。

画材の専門店と縁のなかった人も
自分のショップの一つに
増やしてください。

中央通の市役所方向と正反対の
端っこに岩手高校があります。

その向かいにある彩画堂という
アートショップです。

彫刻家のデッサンは
神経質でなくていいですね。

それは、存在の、それは
構造の企画書のようなセンスを感じ
伸びやかで心地良い。

「コーヒーが出て、椅子があったら
 じっくりとゆっくりと座っていたい。」

と私は思いました。

真剣で心込めた仕事、制作と言うのは
心を打ちますね。

P1150379こういう彫塑を購入でき
置くべきステキな空間のある
そういう家、アトリエに
いつか住みたいものですよ。

それぞれの自分の仕事において
いい仕事をしましょう。

「さぁ、仕事をしよう!」

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