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笑顔

2 11年と半年。両手に収まる小さな赤ちゃんから、とても一人では抱えられない50数キロまでのおでぶちゃん記録を持つ大きな子だった。彼を愛するボクらにとって、彼は永遠の子どもだったけれど、彼は赤ちゃんから人間のおよそ80歳くらいまでのその人生を全うしたのだ。エライのだ!

ボクらは彼から多くの安らぎと笑いとしあわせをもらい、彼から多くを学んだ。生きている時も、そう思っていたけれど、彼はその死からも、なんと死んでしまってからの今でさえも多くのことを教えてくれ、ボクらに多くのものを与えてくれている。

人は、生き物は、健康で天寿を全うし誰にも迷惑をかけず、辛い思いをさせたり苦労をかけたりせず寿命のぎりぎりまでピンとし健康でありなさい、そして苦しまずに安らかに逝くんだよと教えてくれた。

苦しそうで苦しそうで可哀想で可哀想で死んでしまった方が、命を断ってあげた方が幸せじゃないか、なんて悲しい切ない思いをさせて、ボクら苦しめることもなく、健康で長生きし、ぎりぎりのその日までピンとして苦しまず安らかに静かに逝くとは、見上げたもんだ。

大したヤツだ。王様くんだ、チャンピンくんだ。お手本、教えてもらいました。命に刻んだよ。先生だ。目指すべき、模範とすべき、命全体のあり方と、命の終え方を教えていただきました。

もうひとつは笑顔だ。キミはよく笑った。今でも笑顔だけが思い出される。これがすごいことだと気づいたのは、キミが死んでしまって1ヶ月も過ぎた頃だ。朝も昼も夜も一日中、キミが胸のうち、頭の中で微笑んでいた。そんなある日、ある時、死んでしまってから残されたものに、思い出されるものが笑顔だけというキミのすごさに気づいたんだ。キミの笑顔は、ボクらの体内の水の結晶を美しく整え、浄化し健康になる化学物質を体内に満たさせ供給し続けてくれている。すごいことです。

ボクらは眉間に皺を寄せた顔や、寂しそうで悲しそうで楽しそうでない顔を、自分が死ぬ時、残していく人たちに置いて行ってはいけない、そういうことだよね。可哀想だった、不幸だったなと、死んでからも、残されたものたちの体内の水の結晶の美しい形を崩し茶褐色に濁らせて不快化学物質を体内に充満させ、人を病気にし、不幸にしてはいけないってことだよね。

人は笑顔を残して死ななければならない。残された人たちの記憶に残る顔、思い起こされる顔が、笑顔でなければならない。すごいことを教えていただきました。そのためには、生きているその時に、いつでもどこでもなるべく笑顔であらねばならない。なるべく疲れたと言わないことだ。人前では意地でもため息だけは、つかないことだ。できれば人生、ため息は一度もつかぬこと。そんな甘えんぼちゃんではいけないってことだろう。眉間にしわを寄せずに、微笑み笑顔で生きること、笑顔を常のベースの顔とするべし、って事だよね。

残されたものにとって別れが耐え難いさびしさだとしても、思い出される顔がせめて笑顔であれば、やがていつかは、その死も受け入れ認め納得することも諦めもつけることもできるだろう。残されたもののさびしさは、少しずつ少しずつ風化していくだろうけれども、逆に、残されたものにとっては、何より死んで行ったものが、幸せだったかどうかという事は、ますます重要になっていく。

キミを本当に愛しているものにとって、キミが幸せだったということほど、最終的にそれ以上の慰み、救いはないんだ。そして、キミの幸せだったということ、その証拠のような絶対的キミの笑顔こそが、残されたものをしあわせにするんだよ。

「命あるものいつかは必ず死ぬ。だけど、とにかくアイツは、幸せだった。」

とね。

キミが命をかけて教えてくれたこと、命全体で教えてくれたことをもう一度、手短に言

おう。健康、天寿全う、笑顔!

サンキューだ!ありがとう!本当にありがとう。ボクは、一番大きな紙を出し、筆を出し墨で「3つの大切な指針。健康、天寿全う、笑顔」と力いっぱい大きく書いた。しばらくは、カウンターの横の一番目立つ所に貼っておこう。

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「本気で愛せない、一生懸命生きられない。」

と野原で寂しそうに空を見上げている男と出会った。今日は朝から、網を持ってコトバ採集に出かけた。きっと、愛するものとのサヨナラがあったのだろう。男は、ボクを見るなりこう言った。

「人は自分の人生の終わりを持ち、そして自分以外の全てのものとも必ず別れがやって来る。愛するものとも、愛していないものとも必ず別れがやって来る。この人生と世界において別れが避けられないものなら、全身全霊を込めて何かを愛し、誰かを愛する、そして、さらには今を、この人生を一生懸命生きることは、ただただ耐え難い悲しみを未来に作っていくことなのだろうか。だとしたら、怖くて悲しくてせつなくて誰も何も愛せない、一生懸命生きられない。そうではないか。」

―きっと悲しみなんてものは、本当は、この世界、宇宙には存在しないのだ。未来の悲しみにおびえて、今、共に生きるものを、これから出会うものをほどほどに愛し、自分の人生をほどほどに生きるというのは、本当に自分を生きたことになるんだろうか。この世界の本当の輝きも仕組みも意味も知らず死んでしまうのではないか。それは、楽しくとびっきりの人生と言えるだろうか。

人は、愛して愛して、本当に心から愛して生きて生きて生き抜いて一生懸命の輝く見事な人生を生き切ったのならば、悲しみが訪れない、悲しみに襲われないというステキな不思議な仕組み仕掛けが、この人生には仕掛けられているのですよ。そうでなければ、あなたの言うように、この人生は、この世界は悲しすぎる。

男は理解したようだった。

「愛さないことで未来の悲しみから怯え逃げて生きていこうとしていた。これからはすべてをほどほどに愛そうと思っていた。しかし、もう一度、愛することを生活としよう。人生としよう。掛け値なしで、心底、深く強く愛し抜こう。あなたの言う仕掛け、仕組みを信じよう。今、ともに生きている人を、人たちを今まで以上に、一人ひとりを心底、愛そう。あなたのいう仕掛け、仕組みは本当のような気がするから。」

―心配せずに今まで以上、いやむしろ今までの何倍も愛せるものを愛し、愛すべきものを心底愛して生きてください。心配せず一生懸命、一所懸命、今日をあなたを生き抜いてください。

 悲しみは、あなたの今日からも、昨日までの人生からさえも消えてなくなるでしょう。そしてもちろん、あなたの未来からもね

 「ありがとう。さようなら」

 ーサヨウナラ、また会うこともあるだろう。ー

  

見上げると、青い空には、犬の形をした大きな白い雲が駆けていた。6月の太陽が、青い空に、まぶしく輝いている。ボクらは手を振り、その野原で別れた。

肩からかけていた採集箱の中には、いくつかのコトバがキラキラ輝いていた。

輝きがなくなる前に早くカフェに戻って、マジックで大きく紙に書き起こして壁に貼ろう。

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