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朝マック、バンクーバーに紙とペン、そして幸運な人生

 朝、マックに行った。最近のマックのコーヒーは、おいしくなった。味にこくがあり、これで100円では、スターバックスもモスもテリーズも、たまったもんじゃない。音楽もいい。店ごとに音楽は違うのだろうか。少なくても、ボクがよく行く、すぐ近所のマックの音楽は、上質のフィージョンや、ジャズだ。ただ、今日は、たまたま車でかけていたプシンのアルバムを聴きたくて、CDを車から抜き取ってエンジンを止めポッケに入れて店に入り、ノートパソコンに突っ込みヘッドホンを耳に掛けた。

 今朝のマックのコーヒーの最初の一飲みは、バンクーバーの早朝のカフェを思い出させた。キューンとせつないくらいにおいしい。最近、寒い日が続いている。今日も6月というのに朝夕は特に肌寒く、10月のバンクーバーの朝の空気とシンクロしたのだろう。1997年。ボクはカナダのアート展でグランプリを取り、招待されてバンクーバーで個展をしていた。その年、弟は、スポンサーがついて、パリにアトリエを構え、絵を描いていた。絵をきっかけに、兄弟そろって、それぞれ海外での活動の幸運に恵まれていた年だった。 

 二人とも幼稚園にも行かず、というか貧乏で行けず、家中のチラシや紙を見つけては、絵を描いていた。そして、町中のいたるところがキャンパスだった。あの頃は、通りに入ると、まだ、舗装されてない道路もたくさんあったが、町の背骨になる道路はアスファルトだった。そこは、僕らの大きなキャンパスだった。川原や工事現場の砂利の山や線路沿いの石もりから見つけた白墨という、白い線の書ける石で、大きな大きな絵を描いた。変な怪獣や、宇宙人が、なんとも中途半端な、非科学的な未来都市で飛んだり跳ねたりしていた。

 1  ホテルを取ったバンクーバーのロブソン通りは、早起きのボクにはピッタリの街だった。6時半、7時にもなるとカフェが開く。道にテーブルを置いている所も多く、散歩で通り過ぎる町の人やワンちゃんたちと語ることができるのだ。 読みかけの本と、紙とペンがあれば、何もいらない。おいしいコーヒーを飲み、沸き溢れるコトバやイラストを、ペンに任せるがままに、紙に書いていれば、そこがバンクーバーだろうと、盛岡だろうと東京だろうと、いつだってシアワセな気分に満ち溢れ、ボクは無限や永遠を感じる。ボクは自分が、絵が上手とか、文章がうまいとかでなく、とても安上がりなことに、紙とペンがあれば何もいらない至福の時となることにおいて、自分は創作家という部類の人間なんだと思う。ボクは、自分がそういう類の人間として生まれ、そんな風に形成された人生を生かされ生きてきたことを、幸運な人生だと思っている。

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コメント

幸福な人生には条件は要らないんですね。いつも、こうだったら上手くいくはず。あれがあれば上手くいくはず。と行動する前に条件をつけてしまう。そんな癖が直らない僕です。
かと言って、条件が揃ってもな~んにも出来なかったりするんですよね。
よし。僕も、美味しいコーヒーでも飲んでがんばりますか。

投稿: ダーキ | 2008年6月 5日 (木) 17時51分

そうですね。幸福な人生に、必要なものが、「満ち足りた環境」や「準備万端」ではないことは、確かです。ギリシャの哲人だったでしょうか。「不幸とは、幸福に気づかない状態。不幸な人とは、幸せに気づかない人」という定義を聞いたことがあります。自分にとっての幸せの本当の条件を、思索し抜ぬく機会を誰もが人生のなるべく早い時期に持つべきだと思っています。そして、おいしいコーヒーは、一人で飲むのも良いですが、自分ばっかりで飲まないで、持って来て一緒に飲む事も、大切です。

投稿: ナカムラ | 2008年6月 5日 (木) 20時51分

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