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スガシカオと村上春樹、そして私とブンドリッヒ

Img_3850_2 10月号のダ・ヴィンチ、スガシカオが載っていた。彼の師匠は村上春樹だという。彼は、その中で言っている。クリエーターは、自分の影響を受けた人を隠す人が多いが、私は隠さない。自信をもって自分の師匠は、村上春樹だという。そんな、ミュージシャンスガシカオ、名前は少し変だが、好感が持てる。

私の絵の師匠、大学の先生は恩師だが、師匠ではない。私の師匠は、版画家・画家のブンドリッヒだ。30代の初め、確か、今は無くなったはずだが、東京は池袋の西武デパートの地下の洋書専門の書店で出会った。衝撃的であった。私が描きたい、私が目指す、私が自分の人生をクリエーターとして全うできるとしたら、この人生で辿り着きたい絵であり表現だった。憧れ、夢の作品群が、その分厚い10000円の画集に溢れていた。

当時の私にとって、いや今の私にとっても高額なこの画集にシビレまくりながら、買って帰るか、どうしようかとページをめくりながら2時間、3時間いや4時間と迷いながら、結局、買わずじまいで、私は3時間新幹線に乗って盛岡に帰ってしまった。しかし、新幹線に乗っている間、私は数時間前に出会った巨人との一期一会の感動を、いつでも再現できる術を池袋の地下に置き去りにしてきたことに、後悔の思いがどんどんどんどん湧き溢れてきていた。

当時、土日であれば、何回、東京・盛岡間を往復してもいいという便利なEキップという券があったので、私には、お金が無くても3時間という時間さえあれば、東京に戻ることが出来た。私は、盛岡につくやいなや、「まだ、東京だ。最終で帰ることになると思う。」と、家に虚偽の連絡を入れ、東京に向かった。かれこれ、あれから15年もたったろうか。今でも、アトリエの一番お気に入りの場所に、ブンドリッヒ作品集が置いてある。

明らかに、ブンドリッヒとの出会いが、私の絵のクオリティーを高めた。目指すべき、作品に対する完成度や感性の部分で理想水準がまったく変化した。絵を描くことの人生に、限りのない安心をもって向かっていける広大な地平を見せてくれた。絵を描くことが、自分の人生をかけても余りある大きな仕事でると覚悟させてくれた。そういう意味で、私の絵の師匠は、ブンドリッヒなのだ。

私は、私の中にブンドリッヒがいることを実感できた。だから、影響とかそういうのは、どうでもいい。私は、ブンドリッヒの作品が好きだ。シビレている。それは、恥ずかしいことじゃない。ブンドリッヒの作品を通して、私は、私の中にもともと棲み着いていたブンドリッヒと出会うことができたのだ。何かに感動する、誰かに感動する、影響を受けるということの本質はそういうことなのだ。何もやましいことでも恥ずかしいことでも、隠すことでもない。自分の中に棲み着いていないものは、永遠に目を覚まさない。自分の中にないもの、自分でないものに人は感動しないのだ。

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