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小学6年修学旅行、お弁当物語

Photo_5 修学旅行の時、私は、前の日から、もう準備で落ち着かない。

 今の子供のように、のりで熊やパンダを作った弁当や、
さらには名前までのりで作ってくだちゃる弁当までは、無かったけれど、
すでに、あの時代でもハイカラな弁当はあって、
母よりそんなオシャレな友達の弁当をたくさん見て、
目の肥えている私は、花の仙台で食べる弁当は、
卵にタマネギ入れた卵焼きがドバーンとメインの茶色い弁当は、
合わないと仙台という未だ知らない大都会に気をつかい、
そこで食べるにふさわしい弁当を持って行かねばと、
自分でスーパーに行って、しかも、「明日弁当はいらないみたい。」
とかなんとか母を欺き、こっそり、こそこそ母が居ない時に、
工作のような色とりどりの弁当を作ったのだ。

 しかし、まずかった。母ちゃんのタマネギ入り卵焼き弁当の方が、
10倍も100倍もうまかった。

 今、思うのだが、私は、冷凍食品の揚げ物を、暖めも揚げもせず
キレイに弁当に並べたのではないかと分析してます。それでまずくて
きれいに並べたおかずは、なんだかベチャベチャになってて昼食場所の
八木山動物園のベンチのそばのゴミ箱に、友達に気づかれないよう
こっそり捨て、ご飯だけ食べた記憶があります。
カッコつけ、見栄っ張りにもほどがあります。ゴツン。

 でもあのころの私には、この日本には、田舎の岩手と、
花の大東京と、そして次の花の大都市、仙台しか実感として
存在しておらず、そのしかるべき大都会仙台では、
しかるべきジャンバーを着、しかるべき言葉遣いでおしゃべりをし、
しかるべき弁当を食べなければならないと本気で気遣いする
へんな子だったんです。今でも、そのへんな気遣い、
行き過ぎた気遣いする事があります。

 宿泊は、確か、松島のホテルでした。、夢のようなごちそうを食べ、
部屋で枕投げや何やら月並みなことをし、眠りについたのでしょう。
 夜中、ドアの開く音にふと目がさめました。
クマガイミヤコ先生が見回りに来たのです。
先生は私の方に近づいてくると、肩を出して寝ていたのでしょうか、
優しく布団を肩にかけてくれました。私は眠ったふりをしていましたが、
体中がほんわかと温かくなるのを感じました。。

 私は、クマガイミヤコ先生というと、なんと言っても、
このシーンを思い出し蘇るのです。

 私のおばさん好きは、こういうクマガイミヤコ先生のやさしさや、
新聞配達の時に、お駄賃やお菓子をドアノブにつり下げてくれていた
おばちゃんたちへの、感謝と愛情、いや、言うなら、恩返しみたいな

思いがあるのかもしれません。

 私は、カルチャーや高校で美術を教えるのをやめても、
盛岡に帰って来て以来、もう15年も公民館で十数名の
おばさまたちにパステル画を教えています。

ホームページ「ナカムラユウコウの世界」http://www.nakamurayukoh.com/

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