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ステキなおばあちゃま。そしてデザイナー集団!?

Img_5019 今日は、懐かしいパン屋さんによって来た。

赤ちゃんから高校1年までの十数年
永く住んでいた長田町の、福田パンという
知る人ぞ知る有名なパン屋さんだ。

小中の学校給食はもとより、
市内、県下の高校での販売
さらには、コッペパンを半分にし
クリームやバター、ジャムを
塗ったシンプルなパンだが
販売網をスーパーまで広げ
人気の商品になっている。

私が小学校の4年生、10歳の時
親父がくも膜下出血で病に倒れた。

もともと難病を抱えた自宅養療の長女を含め
兄弟6人、家族に2人の病人を抱えることになり
我が家が貧乏の底にいた頃
福田パンさんの食パンの耳は
我が家の毎日の、主食であり
おやつだった。

10円、20円で大きな紙袋
いっぱい買うことが出来た。

最初の頃、何度かは、聞かれてもいないのに
犬に食べさせるような事を言って
その食パンの耳を買いに行った記憶がある。

子供心に貧乏は恥ずかしかったのだろう。

この事は、以前にも書いたような気がするが
そのパン屋さんにいつの日か
とても綺麗でやさしいお嫁さんが来たのだ。

いつも笑顔で、やさしい可愛い声だった。

「菓子パン入ってたよ、コッペパン入ってたよ。」
と笑顔で声をかけてくれることもあったし
何も言わずに何個か入れてくれていることもあった。

菓子パンの崩れや、少し固くなったやつを
勤めて私には入れてくれていたように思う。

ありがたいことです。

その綺麗でやさしいお嫁さんの面影がある
きりっと、しゃきっとレジを打って働いている
おばあちゃんがいた。

(あっ、パン屋のお嫁さんだ。)

なんだか、ドッキリとした。間違いなく
あの綺麗でやさしかった
菓子パンをなるべく突っ込んでくれた
あのお嫁さんだ。もちろん
今は、大女将なのだろう。

私は、なぜか
あたふたして
注文した2つのパンの他に
買う必要もないのに目の前
カウンターに置いてあった
食パン半斤340円も買ってしまった。
何か恩返しがしたかった。(340円か!)
後ろにずらりとお客が並んで、忙しい中で
「その節はと・・・・」
話すわけにもいかい。  (そりゃ、話さないほうがいい!)

大女将さんは、なぜか私の
お勘定をレジ打ち損ねた。(おっ!なんかドラマおこる?それだけだった・・・)

ぼけているわけではない。
すぐ打ち直せた。
その時、両脇にいた店員が
(だから、おかみさんは店に出なくていいのに。
 やっかいなんだから。)と、感じさせる目つき
振る舞いじゃなかった。

ああ、よかった。
いじめられず、煙たがられず、仲良く
やってるんだ。よかった。よかった。

「はい、すみません。」とおつりをよこした。

私は、異常と思われるほどにならないよう
気をつけて、最大限、
心を込めて、

「ありがとうございまーす。」

と言っておつりを受け取った。

 心の中では、10歳の少年に負けない立派な
 気をつけをして、大きな声で言った。

    真ん中の穴に、ピーナツバターの入ったパンや
    クリームパン、ジャムパンを入れてくれて
    ありかとうございました。

    硬いといって、あまり硬くなかったですよ。
    ありがとうございます。

    『犬は何犬?』とか、聞かないでくれて
    空しいうそに、空しいうそを上乗することなく
    済ませてくれて
    ありがとうございます。

    あの頃、あの時、いつも笑顔で迎えてくれて
    ありがとうございました。』
    

それにしても、本当にたいしたものだ。

社長婦人でありながら、この年齢で一売り子として、店に出て働いている。

当時20代、30代としても
今60代、70代なわけだ。

おばあちゃんになっていて
不思議ではないが
やっぱり不思議だった。

店にいる間中、なんかずっと不思議な気分だった。

少年だったころ、自分が
世の中で見る周囲に存在するおやじになるとは

深層心理では、とても信じられなかったが
年月は私を、少年からおやじにした。

不思議だ。

きっと、私もおじさんを越えて、
おじいさんになり
そして、さらにいつかは
死ぬのだろう。

いつか必ず死ぬというものであるという
深い認識は、その実感を深めると共に
「人間」の度合いを増していく。

なぜなら、死を意識し、死から逆算して
生を、人生をデザインし
その事から、今日という日を
ありがたがって生命活動のエネルギーにする
生き物は、おそらくは
予想として人間ならではのものだろう。

我々は人類は
死から生をデザインする
この星でキラキラ輝きながら
ステキに生きる
この地球が宇宙に誇る
カッコイイ、デザイナー
集団でありたい。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

いいお話しですね。
心がじゅわっとあったかくなりました。
少年時代の”ありがとう”を心の奥で覚えていて、おやじ(シツレイ!)になった今、言えるって素敵です。340円の恩返し・・・私も恩返しを1つ1つできる人になっていきたいと思いました。

投稿: セーラ | 2009年3月29日 (日) 07時49分

こんにちは!いつもお世話になっておりまする・・・(長女が)我が家の姉妹、列車に乗って行きました。私も行きたかったのに・・・腰痛と村祭りで断念です。とほほ・・・それはさておき、なんと司会がユウコウ先生!!も~逃したり~・・・次回機会が有るなら娘達におぶって貰ってでも、行きまする!!で、いつか、先生のライブ聴きたいです。私も中学の頃、学校にギターとハーモニカをセットにして登校していましたっけ・・・
ギブソンがいいとか・・・生意気言って・・・
ともかく、今日、二人が帰って来て機関銃の如く様子を喋りまくるのを楽しみにしています。二人とも心のじゅわっとを大切に持ち帰って来てね!!

投稿: あっちゃん | 2009年3月29日 (日) 12時22分

先程のコメント、欄、間違えてしまいました・・・と言うか、ごちゃまぜですみません。このオッチョコチョイさはシッカリとDNA引き継がせてしまっています。穴が有ったら入りたいよ~!!最近は時々オッチョコチョイ!ではなく、時々正常にもどる私です。どうやら、この年になると五感は鈍り、六感が冴えわたる?!
福田パンは本当に懐かしいです。あんばたー!!

投稿: あっちゃん | 2009年3月29日 (日) 12時45分

せーラさんへ
恩返し、感謝の気持ちは
人間の根本的エネルギーを
増幅させます。

人生において最も
良質でパワーあるエネルギーと
言ってもいいでしょう。

また、アトリエによってください。

投稿: ナカムラ | 2009年3月29日 (日) 23時24分

あっちゃんへ
福田パン、お世話なったんですね。
福田パン、懐深し、裾野は広し
という感じですね。

ライブ、是非どうぞ。
時間つぶしに持て余した時は、
アトリエにあがって
お茶飲んでください。

どうぞ、一曲!

腰、お大事に!

投稿: ナカムラ | 2009年3月29日 (日) 23時33分

こんばんは。福田パンは盛岡っこにとって、給食でもお馴染みで、おふくろの味に近いような、今でも食べるとまるでプルースト現象みたいに給食や高校の売店で買って食べていた頃が蘇ってきたりします。しかし、長田町にお住まいだったとは初めて知りました。私も幼い頃に長田町在住でしたので、ご近所だったかもしれないですね。ユウコウ先生の子供時代きっとかわいかったに違いないです。だから菓子パンやらサービスしちゃうよ~みたいな。でも、それはそうと粋なさり気ない優しさのある方って素敵ですね。自称クールな私ですが、ウルッときました。

投稿: ささきです | 2009年3月30日 (月) 21時28分

そうですね。
目がクリクリして、
確かに写真を見ると
まるで黒人の子供ように
可愛かったですね。

でも、可愛かったより
可哀想だったんだと思います。

一つも儲けにならない
小さなお客さんを、
いつも笑顔で迎えてくれた
福田パンの御かみさんは、
商売人の鏡です。

30年、40年かけたっても
340円にしかならなかったけれど、
そういうトップの振る舞い、
心根が福田パンの発展の
運気を支えているのでは
ないでしょうか。

人は、何もあげるものがなくても
やさしい笑顔と眼差しだけは、
いつでも誰でもが、誰にでも
あげられるものだと
教えてくれています。

あの女将さんの変わらぬ
笑顔とやさしい声がけと
うれしいはからいがなかったら
恥ずかしさや気まずさで
人一倍、ませガキで
カッコツケシーの私は
いつの間にか、いつの日か
食パンの耳を買いに
行けなくなっていたでしょう。

投稿: ナカムラ | 2009年4月 1日 (水) 18時59分

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