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「人生のすべてに意味がある」の真偽の検証

Jpg_2 今日で3月も終わり。

明日から、新しい年度が始まる。

今年は本当に年明けから忙しく、イベントも多く
その分、人とも出会い語る機会も多かった。

会話。対話は、創造活動であり、
智慧、アイディアの製造工場、ファクトリーである。

話す中で、新しいアイディアが生まれたり
永くぼんやりしていたり、
あと一押し未完成だったりする
イメージや、考えが明確になったり
完成したりする。

たとえば、こんな、こともありました。

                    *

「そうですか。その講演会で
『人生のすべてのことに意味がある。』と
その偉い有名な先生は言っていたんですね。」

  私も、これまで、随分、
  書物、テレビやラジオで
  芸能人、文筆家、宗教家、哲学者や諸先生方
  何かをなした一角の方々が、
  そう言っている、書いているのを
  見て聞いて、そして考えさせられ
  このコトバとは永いお付き合いがある。

  ただ、悪い時や不運や、問題の渦中にある時に
  「その不運は意味がある」というコトバは
  「その不運は、価値がある。」と元気に言われても
  そんな状況で、平常よりナーバスになっている
  心には、何かを強引にねじり込まれている
  ように感じてしまうこともあるではないか。

  それに、人生のすべてに意味があると言うと
  カミサマが私たち一人ひとりに
  意味のある出来事を準備し、我々のあずかり知れぬもの
  個々の意志のおよばぬもの、それらを人生にひとつひとつを起こさせているような
  表現を変えた運命論であるような感じを受ける。

  「人生のすべては意味がある。」
  大局その通りなんだけど、なんかちょっと
  しっくり来ないところがある。理解できない部分ということだろうか。

  もちろん、人生のすべてのことに意味があると
  捕らえる方が救われたり、力になる人もいるだろうし
  また、それがすんなり素直に入ってくる
  タイミングもあるだろうということも否定しない。

というようなこと、だからなんなの、
だからどっちなのはっきりしろという
ようなことを頭の中で、ぐるぐると
思い巡らしていた。

しかし、口はかってに開いて語り始めるもの。
これが、対話、会話の不思議であり、力なのだ。

私の口は、語りだした。

ー人生のすべての事に意味があるかどうか
 私はカミサマ、ホトケサマでも
 偉い先生でもないから
 正直わからない。

 ただ、私は、人生のすべて
 起きたこと、起きてしまったことに
 最大の意味と価値を与える行動を
 未来に生かしていく行動をとって
 生きていきたい、それを自分の人生としたい。

 それでいいんじゃないんだろうか。
 そう考え、人生のすべてに向かって行く方が
 誰にも平等に人生は存在し
 頑張っていけるんじゃないだろうか。

 もし本当に、そういう風に生きていけたら
 結論、私も、きっと同じことを言うのでしょう。

 「人生のすべてのことに意味がある。」と。ー

                                 *

ということで、本日は、お月様の上から、さようなら。

おやすみなさい。ヤッホー!

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