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千春の追悼公演、役者たちは手を振り、君は微笑む。

Photo_2 劇団赤い風プロデュース
大泉千春追悼公演
陰画絵本鼠小僧次郎吉

大泉千春追悼公演。
知人の葬儀があり10分程度の遅刻。
舞台はもう始まって、桟敷の一番前。

前の方でざわつかせて
役者さんにもお客さんにも
本当すみませんでした。

この舞台の劇評の依頼を受けていたので
最初のオープニングの演出から
しっかり見たかったのですが
致し方がありません。ご勘弁。

さて、舞台。

黒テントの佐藤信の
1970年の岸田戯曲賞作品。

25年前、劇団赤い風のアトリエで
大泉千春は鼠の1番を
演劇をやってきたわけでもなく
その圧倒的思索量と知識とで支えられた
存在のオリジナリティーで迫力の演技をした。

同時代性の高い難しい作品で
ありながら、音楽を多様し
光、音を含む演出を工夫し
深く詮索する人も
ただただめんどくさいこと言わず考えず
という人も楽しめる作品に仕上げられたのは
演出のチカラ、赤い風の役者たちの力量
そして今回の講演に関わった役者、スタッフは
もちろんのこと
盛岡演劇人たちの大泉千春への
なみなみならぬ感謝や情愛、敬愛
故のものと感じた。

舞台終盤のジェニーこと鼠の5番と
闇の少女ことジョージの掛け合いは
見事で圧巻であった。

最後、登場人物が全員、黒い忍者のいでたちで
佐藤信の本の詩にオリジナルメロディーをつけて
合唱した。手を振り歌う彼ら、

「チハルさん、あれから、私たちも頑張ってますよ。」

と千春に手を振り語りかけているようで
涙を禁じえなかった。

人は死ぬ。けれど、死んでもこの世に
チカラと愛を増幅させることもできる
それが「人」というもの「人の人生」というもの
千春は私の心に強烈に、
今日、その事を打ち込んでくれた。

そして、こういう風に、死んでもいろんな事を教えてくれる千春

ありがとう。

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ドラちゃんからもらった「なんでもアートフレームコンタクト」の巻

500 17歳から10年患った東京病に
侵され、私はとうとう27歳で
東京に出たのだった。

東京に行けば
何か特別なトウキョウという
化学反応があって
人はイラストレーターや
小説家になれる。

夢は自然に叶い
皆、有名人なると思っていたのだ。

ただ、その日が来るまでこの東京で
現実的に食べて家賃払って
生きていかねばならない。

私は自分のライセンスと経験を
生かせ、やばくなく、それでいて
なるだけ高額な給料をもらえる
予備校・学習塾に的を絞り、
分厚い就職情報誌を新宿駅のキヨスクで買い
ぱらぱらめくった。教員退職、1ヶ月前の2月の連休の事。

「生きるとは自分の能力を引き出すことだ。」
ぱっと目に付いたキャッチフレーズ。
電話した。即入社試験、たまたまいた社長に直接面接。
合格。そしてそこでの、東京での6年間が始まった。

しかし、私のサラリーマン生活、人生は
凄まじかった。

私は自分でもびっくりするほど
異常な組織順応型人間であった。

私は夏のお盆の数日だけ
休みなしで働いていた。
つまり365日うち360日
出社していた。多げさでない。
しかも、6年間だ。
もちろんそれは、労働基準法に触れない。
なぜなら、自主出勤だからだ。

かといってイラストレーター、
小説家になる
夢を捨てたり忘れたわけじゃない。
いや、片時だって忘れたことがない。
ぶれたこともない。

ところが、私は目の前にある
仕事を無視できない。
給料分働くと言うことができない。

病気だ。

ひらめくことはすべて形にし、
実行しないではいられない。

それは、美学であり、
私のアートなのだ。

しかし、これだけ仕事をし、
創作もするとなると
一日が24時間では足りない。

そのために私は時間管理と
時間を生み出す勉強、研究をし
それは、自分を自由自在に
動かす研究でもあった。

私は時間を生み出す技術の
プロになっていった。
モチベーションの維持と
エネルギー充電法の
プロフェッシュナルになっていった。

無理くり意地で銀座、青山で
1年、2年おきに
絵の個展をやった。

文章だって毎日書いた。
出勤前には、1時間も2時間も
朝マックで文章を書いた。

誰よりも仕事をして
銀座・青山で個展もする
会社にいつ来て、いつ帰って
毎日どれだけ寝てるかと私の事を
社長を含め、会社の同僚たちは
不思議がっていた。

そんな風に私は東京で生きていた。

そんな私の欲しいもの。

ゆっくり納得いく絵を描く時間
散在するアイデアと細切れの文章を
一つの物語にまとめ完成させる時間。

文章は、何とんとかなる。
朝マックの他にも、仕事のころあいを見て
喫茶で書くこともできる。
でも、絵は絵具を溶き、筆を握って描かなければ
どうにもならない。

絵をもっと描きたい。

そんなある日、池袋駅のベンチに座って
仕事での移動時間、一服し、缶コーヒーを飲んでいた。

すると雑踏をかき分けかき分け青い物体が
どんどんどんどん凄いスピードで近づいてきた。

「あっ、ドラちゃん!!」

私のドラちゃんだった。

ずいぶん、久しぶりだった。
それなのに、お久しぶりなんて気の利いたことも言わず
突然に

「なんでもアートフレームコンタクト!」

と大きな声で言う。まぁ、そんなところもまたいい。

白昼、ドラえもんが
こんな大きな声を出しているってのに
誰も振り向きもしない。
都会ってのはそう言うところだ。
東京ってのはそんな街だ。

「これがあれば、どこでもいつでも
 絵がかけるんだよ。」

「えっそうなの。」

いつでも、ドラちゃんが現れる時は
私がその時一番欲しいものを持って来てくれる。

ドラちゃんは、そんな憎いやつなんだ。

絵具や筆を使わなくても
ひとさしと父さん指90度にひろげ
そこにできるフレームからのぞくと
すべてが一枚の絵になるという。

それから、私は筆を持たずに
一日に何十まいも絵を描いた。

怒ってる上司の顔も
私に意地悪する人の顔も
なかなかの絵になった。
職場も、家の中も、街中も
喫茶店の中も、電車から見える風景も
何枚も何枚も絵にして
脳のハードデスクの中のピクチャーフォルダの中に
どんどん入れていった。

あの時、受けていたドラちゃんの説明の通り
10000枚目の絵かいている時
指のフレームのところに存在する空気を構成する
いろんな素粒子が化学変化を起こし薄い皮膜を作った。
それは、小さくまあるくなって、
瞳に飛んできて瞳を覆いコンタクトレンズになった。

その時から、もう目の前に指でフレームを作らずとも
見たものすべてが絵になった。

油絵の具でも水彩でも、パステルでも
色鉛筆でもペンでも、なんの仕様でも変換も可能。

いつか、一日中、絵を描いている絵描きの弟が
自慢じゃないが、いや自慢かな
「何でいつもいろいろ忙しくてあんまり絵を描いてなくても
 絵がうまくなっていくんだろう、絵がよくなっていくんだろう」と
お褒めを戴いたことがあった。

その時、私は、弟に今からもう20年ほど以上も前になる
池袋でのドラえもんとのことを教え
実は、毎日たくさん絵を描いていることを教えた。

そうして今日、ここに書き留めた。
べつに、内緒にする必要はないからね。

ドラちゃんの「どこでもアートフレームコンタクト」は

ーこの世界は、たった一つのものと、一度かぎりの出来事で
 できているキラキラ輝くすばらしい世界ー

ということを教えてくれた。

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金ピカ先生の30分の講義

Photo 金ピカ先生こと、佐藤忠志先生。
ひと頃、テレビにも露出した
ヤーさん成金モミアゲの名物英語講師だ。

今行ってる、高校の美術クラブの部室に
なぜか彼のビデオがあり
音楽でなくBG代わりに
高校生たちがデッサンや絵を
描いてる間、試聴した。

けっこう生徒たちも耳をタコにしている。

話も上手だが、言ってることが、おもしろい。

金ピカ先生。初めて、まとまった話、聞きました。
風貌はなんかどうかなという感じですが
やっぱり有名予備校の有名講師になるだけあって
凄いですね。

一、二、なるほどと思ったこと揚ておきます。

1.現場の教師、大人は、、志、夢、目的は
  は無難、安全なところにさせる一方、手段や
  努力のあり方は、理想主義で、自分も出来ない
  ことばかり押し付ける。

  なるほど、気をつけないといけない。

2.偏差値は、合否の資料にはならい。その大学の
  受験科目、その大学の試験問題にどう分析対応
  出来るか。

  大学受験に限らず、すべての試験や、仕事に
  於いてさえ、この考えは重要。

3.目標達成、努力に禁欲至上主義ではいけない。
  遊ぶ時は遊ぶ、恋人との付き合いをエネルギーに
  し、共に頑張れる関係にしていけなければ
  ならない。

  現実的には難しい面もありますが、大きな
  部分で、彼のため、彼女のためがんばろう
  と思える精神的関係を構築できていれば
  時にロスの時間があってもトータルでは
  目標達成のチカラになるでしょう。

4.大学受験勉強なんて9ヶ月あれば十分。高校では
  クラブやその他やりたいことに没頭することが大切。

5.大学受験が人生の目的になってるバカがいるが
  大学合格はスタートでしかない。

  その通り。日本の悪い傾向。そしてよく言われるのが
  日本の大学は入るのが難しく、出るのは簡単。欧米先進国
  の大学は入るのは比較的簡単、出るのが非常に難しい。
  人のノート写して、相互代返で助け合い、年中コンパ
  合コンの日本の大学生の風潮は子どもっぽい。

6.常に遊び心を持って「ああ、楽しいなぁ」と思って
  勉強、受験勉強をする。

  すべてにおいて、これ大切ですね。

7.自分の方法論にこだわるな。その道の、最高に信頼できる
  そこを通り抜けたすばらしい人が教える、最短距離に私情
  私見を入れるな。言った通りにやれ。

  そうなんです。全員が自分で頑張って辿りつくとは、限らない。
  でもそこを達した、獲得した人が教える通りにやれれば、やれば
  やった人は、全員がそこに達するということです。

  しかも、最短距離、最短時間で!

金ピカ先生、勉強になりました。

  
  
  

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初体験だらけのバースディー

P1120428 1世紀の半分を生きた。
江戸時代なら、もうそろそろ寿命だ。

今日はたまたま木曜日は
アトリエ制作の日で
何人か絵を描きに来ている。

内緒で相談したのだろう。

皆さんで、サプライズで
バースデイーケーキを
用意していてくれた。

誕生日に丸いケーキを
戴くのも初めてなら
名前入りのケーキは
なおさら初めて。

おまけに、去年は
デジカメプレゼントしてくれた弟が、
今年は、すっかり私の誕生日を
忘れていたにも関わらず
偶然にタイミングよく
まさに、ケーキカットの時
アトリエのドアを開けて入って来て
「それじゃ、みんなでハッピバスディー
 を歌おう!」とふざけてギターを
取り出し、皆もふざけて合唱し
私は、あがる、恥ずかしがるという感情が
あまりない、ほぼない人間なのだが
10年ぶり?数十年ぶりに?
本気で皆が歌っている最中
照れくさく恥ずかしかった。

おまけに、ろうそくを消すという
のまでやり、一息で消すことが
どんなに難しいか初めて知った。

50年生きて私は何者なんだろう。
でもこうして祝ってもらうと
少しわかった。
私は、イラスト、絵、文章、創作をし
同じ志を持つ者の才能と技能を育て
開く仕事をしている人間なんだと
その日、居合わせた彼らを見て思った。

私自身、襟を質しカウントゼロに
いい仕事を開始しなければならない。

それが、彼らのためにもなると
心して今日から制作、創作に向き合い
取り組みたい。

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北上の「かもめの玉子」で「ナカムラユウコウのコトバ+イラスト・写真展」

P1120350 6月2日(火)より1ヶ月間
北上のさいとう製菓「かもめの玉子」で
「ナカムラユウコウの
     コトバ+イラスト・写真展」
を開催します。

その下見と打合せで、今日は北上・盛岡店舗
の統括マネージャーさんと北上に行ってきました。

P1120374 桜ホールのすぐまん前の
大きなわかりやすい目立つ場所の
可愛いお店でした。喫茶コーナー
もなんか落ち着くいい感じでした。

新作のポスターと旧作の
ベストセレクション
でやりたいと思ってます。

展示スペースが、会期中、
新たに広くなる可能性があるので
そのときは、新作の水彩の
イラストも展示したいと思ってます。

P1120438 帰り駅前のオープンしたばかりの
東北一の規模のヤマダ電機
を通過。
でかい。時間が取れるようになったら
早く一度見に行きたいですね。

そして矢巾の医科歯科大の周辺も
徐々に活気付いてきてますね。
リサーチによるとここ数十年で
県内で人口の一番増える地域らしいです。

P1120334_2 街もどんどん変わっていきます。

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ゲゲゲの鬼太郎が持っている「過去直しドア」

<ANIMEX Special Selection>(10)ゲゲゲの鬼太郎 オリジナルサウンドトラック

水木しげる展が、4~5年前
県立美術館で開催された。

水木しげるといえば
ゲゲゲの鬼太郎の生みの親。

入り口で水木しげるの等身大の
蝋人形が出迎えてくれた。

片腕がない。

中に入ると、文章や
彼の漫画によって、水木しげるの
人生が再現されていた。

なるほど、出兵し
南の島で大砲に破片で腕が
もがれたようだ。

三日三晩ジャングルで
高熱にうなされ目覚めた時は
腕はウジだらけ。
でも島民に助けられ九死に
一生を得る。

この腕を失くす一件を含め
展示で知る水木しげるのすごい人生。
小さい頃か、本当悲惨。
貧乏、いじめ、悲運と不運の連続だった。

たくさんの楽しい妖怪たちの立体作品も
見て終わり出口の映写室で
腰を休めようかとふらりと入る。

そこにテレビで時々見かける
爬虫類関係の生物学の先生と
それはそれは
楽しそうに談笑しながらベランダで
焼肉を食べる水木しげる。

「本当、人生楽しいかった、楽しかった。
 楽しいことばかりだった。
 本当、楽しかった。ずっと、楽しかったね。」

楽しかった?ずっと楽しかった?全部、楽しかった?

私は今見てきた
膨大な悲惨な水木しげるの人生と
その人生を送ってきた当の本人の発言との
ギャップに苦しんだ。


というより、神聖な不思議さに包まれた。
それは、感動に近い
何か大きなものと出会う直前の喜びの予感。

何か、おかしい。水木しげるの言っていることは。

そうか!過去は変わるんだ!
そうか、過去は変わるんだ!

過去は、変えられるんだ!


過去は、絶えず最先端の「今」によって
そう考えるようにしようなんてレベルでなく
構造的に、本質的に
丸ごと本体が実際に
変質、変容されるのだ。

ゲゲゲの鬼太郎の実の親は目玉親父だけれど
生みの親の水木しげるは、ドラえもんの
「過去直しドア」無しで
「楽しくてしがたがない、シアワセで充実した今」を
使って、全過去を
「楽しくてしかたがない、シアワセで充実した今」に
変える妖術を自在に使っていた。

「今」こそ、妖術、魔法の宝庫なんだ。

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千春に褒めてもらえるか!?「1600字の劇評」

Photo数日前、演劇の招待が封筒で
届いた。

劇団赤い風プロデュース
大泉千春追悼公演
陰画絵本「鼠小僧次郎吉」

一昨年の夏の終わりに
突然、逝ってしまいました。
脳内出血でした。

「千春」は、女でなく男です。

25年前、狭い小さなビルの2階
劇団赤い風のアトリエで
私は、同級生のチハルではなく
テレビでも、これまでの舞台でも
見た事のない不思議な迫力の役者、
「大泉千春」を見た。

この舞台で、
チハルは、おそろしい長ゼリフを
両手を腰の横に広げ指を
開いたまま

ほとんど動きはないままに、
決して大きい声ではないのに
不思議にすべての単語が聞き取れ
それでも、あまりにも速射砲のように早口で
言ってることは実はあまりわからないのに、
それでも、この圧倒的コトバの連射は
私を麻痺させた。いや、そこに居合わせた
4~50人の観客は皆、
痙攣、マヒ状態だった。

当時既に、チハルの誘いで私は劇団赤い風に関わり
舞台美術担当のスタッフになっていた。

そして今日、メールが来た。
劇団を持ち、数々のシナリオを
書き、自ら役者としても数多くの
舞台を踏み、そして、盛岡の演劇を支え
後輩の育成にも最も精力的に
取り組んでいるK氏からのものだ。

私に、この舞台の劇評を
岩手の演劇情報誌「観劇地図」に
是非、書いて
欲しいというのだ。

彼は、私が仲のいい千春の中学の同級生で
20代の一時期、赤い風に
関わっていたということで
この舞台の劇評を頼んできたのだろうが
実は、25年前のこの陰画絵本「鼠小僧次郎吉」の
アトリエ公演の舞台美術と、
ビラやチケットのデザインを私がやっ
た。
私にとっても世の中に向けての初仕事だったのだ。

いろんな意味で、この舞台の劇評は、
自ら望んで書かせてもらうことはあっても
話が来て断わることは出来ないものだ。

25年前と同じ舞台を見ることで
私は私の25年の意味を
知ることになるような気がする。
どのように自分が感じ反応し
何を考えるのか、楽しみだ。

中学1年の時、絵本「桃太郎」の
大学生でも書けない読書感想文を
書いてきたツワモノ、チハルに
私は
「ユウコウ!いいね。シビレたよ。やるな。」と
言われるような1600字の
劇評を書き上げ墓前に捧げたい。

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ドラえもんからもらった「絶対幸せになれるぞお約束券」の巻

Jpg ドラえもんに
「絶対幸せになれるぞお約束券」
を、もらった。

あれは、10歳の時、
真夏の真っ青な空
入道雲が暴れるお空の下
やさしいそよ風吹き抜ける野原。

おかげで、
何があっても
幸せになれるぞと
信じて今日まで
生きこられた。

ドラちゃん、ホントにありがとう。

「絶対幸せになれるぞお約束券」
を持っているんだもの、
このままで終わる訳がない。
ここを越えられない訳がないって

ドラちゃんのお約束券のおかげで
頑張って来られたよ。

「いつかはきっと終わる。
 いつかはきっと晴れる。
 いつかはきっと止む。
 いつかはきっと朝になる。
 いつかはきっと笑える。」とね。

ドラちゃんの
「絶対幸せになれるぞお約束券」がなかったら
もしかしたら私は、もうとっくの昔に、
この世にいなかったかもしれない。

 病で夜中に苦痛でうめき発作する姉を母と
 毎夜毎夜、深夜まで看病し、
 ほぼ徹夜で小学校に行くこともしばしば。
 おまけに朝は新聞配達。

 あの頃、父が脳出血、その後半病人。

 生活保護の極貧の中、あの頃の母、限界だったか。

 ある秋の日の、ある晩、ある時
 夜中、母と姉の看病が終わって
 布団に入る時、母がぽつりと言う。

 「どうもね。・・・

  寝る時だけ・・

  一番しあわせだ」

 といった母の顔に涙を見た気がした。

 その時、生まれて初めて「疲れた」と思った。
 この闇に光がさす日のことが
 想像できなくなった。

 幼く未熟で経験不足で
 小さな体にはちょっぴりオーバーワーク
 気味だったからね。
 人生で初めて「死にたいな」と
 思ったのがこの10歳の時。

 
 私は、この夏、あの時、
 ドラえもんに会っていなければ、
 そして「絶対幸せになれるぞお約束券」
 をドラえもんからもらっていなければ
 あの秋の日を、耐えることができたろうか。
 私の今はあったろうか。
 今、この世界にいたろうか。

 あの時、未来ロボット、ドラえもんは
 未来を変えてしまう。
 何かオキテ破りをしたんじゃないだろうか。

 
 ードラちゃん!私は、
  この世界の未来に必要だったのですかー

  (あっ、ドラちゃんの声だ。)

 ー甘えたこと抜かすんじゃねー、
  必要とか、必要じゃねーとか
  気持ち悪りーこと言うんじゃね!

  必要とされようが、されまいが
  おまえが何をしたいんだ。
  何をしなければならないんだ。
  何をするんだ、ってことだろうが。
  べらぼーめ!ー

  (あれ!?  なんかへん。)

   時々、私のドラちゃんは、
   キャラが変わったり
   なんか、はずれたりする。

 その晩、私は布団に入ってから
 なかなか寝就かれず、布団から出た。

 ドラちゃんからもらった
 「絶対幸せになれるぞお約束券」を
 机の引き出しから取り出して
 薄暗い裸電球の下で、しばらく眺めた。

 それから寝床に持って行き
 枕の下に入れて眠りについた。

 その日、ドラちゃんは夢に出て
 私と野原で手をつないで飛び回った。
 一緒に蝶やトンボたちと空を飛んだ。

 それは、嵐の前の静けさ。
 人生は、新しい段階に突入にした。

 10代を突き抜け20代の初めまで
 10数年続く地獄の季節の開幕だ。

 
 人は、死にたいと思ってもなかなか
 死ねるものではない。

みじめでつらかったこと276場面
悲しくて悲しくたまらなかったこと83場面
苦しくて苦しくてしんどかったこと1348場面
せつなくてせつなくてもがいたこと58場面

ドラちゃんからもらった
「絶対幸せになれるぞお約束券」のおかげで
全場面クリヤー!

やったぜ、ドラちゃん、パパンがパン!!
やったぜ、ドラちゃん、パパンがパン!!

ドラちゃんが
「絶対幸せになれるぞお約束券」を渡してくれる時
「キミは絶対幸せになれるよ。」
て言ってくれたあの温かい、温かい、
それでいて力強いあの声は
忘れられない。

つらい時には、いつだって
あの時のドラちゃんの声が
いつもはっきりと、
真っ青な真夏の入道雲の大空に
こだまして聞こえてきた。

私はもしかしたら
ドラちゃんからもらった
お約束券ではなく
ドラちゃんの声に助けられて
来たのかも知れない。

あのドラちゃんのあの言葉、
あの声こそが
私をこの世につないで
いたのかもしれない。

PS
きっと、ドラちゃんと会った人は
たくさんいると思う。

私は、こうして告白しているけれど
内緒にしている人
あえて言わない人もいるかもしれない。

でも、私は

あっ、この人もドラちゃんから
「絶対幸せになれるぞお約束券」
もらった人だなと
本を読んでいたり
テレビやラジオ聞いていたり
するとすぐわかる。
ドラちゃんに会った人だけが使うコトバ
があるからだ。

そして実際会えば
会った瞬間わかる。

ドラちゃんと会ったことのある人は
瞳の色が、ちょっとだけ
ドラちゃん色に染まっているからだ。

あんなこと、こんなこと
どんなことにも負けないで
頑張っている人たちの
約、25%くらいの人が
ドラえもんと出会い
「絶対幸せになれるぞお約束券」
をもらっているんだ。

ドラちゃん
あっちこっちの星で大活躍だから
時々、間違えちゃう事あるんだ。

そう、私のドラちゃん、
時々、キャラズレ起こしたり
セリフ間違えもしちゃいます。

この前も、どこかの国、誰かの前で
「絶対幸せになれるぞお約束ケ~ン!」じゃなく
「一生どんなことにも負けないケ~ン!」って
元気に大声上げてました。

ドラちゃん、たら。

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ドラえもんからもらった数々の宝物「過去直しドア」の巻

Jpg ドラえもんからもらった
「過去直しドア」の話をしよう。

過去は過ぎたもの

ー直しようも、修正もできない、
      過去は変えられない。ー

そう思っていたのに
ドラえもんったら
「過去は変えられないものじゃないよ。
 過去は、変えられるよ。」
って言うんだね。

そういって、ポッケに手を突っ込み
クチャクチャ丸まった玉を私に渡してくれた。

それは、見る間にビョーンと広がって
大きなドアになったんだ。

ドラちゃん、得意そうに
「過去直しドアー!」って元気に
私に誇らしげに言った。

私は、ドラえもんの明るさに圧倒されて
呆然としていると、畳み掛けるように言う。

「行きたい時に、もどりたい時を思って
 ドアを開けて入って行けば
 そこに行けるよ。」

ーそうか、よーし。ー

ところが、私は、茫然としてしまった。
こんなチャンスは二度とないのに
よくよく考えて見ると
私にはもどりたい時が、どこにも無いのだ。
もどりたいあの時、この時が
自分の人生から見つけられない。

後悔もある、明らかに今でも失敗だと思う
こともある。でも、その事で、学んだこと
その事で、得たこと、その事で深く心を
通わせることが出来たこともたくさんあった。
それを、それらの思い出を失う悲しさ、
さびしさに、私は耐えられそうになかった。

茫然としているドラえもんは、
心配そうに


「どうしたの、行かないの。
 変えたい過去を自由に変えられるんだよ。
 変えたい過去がないの」

「・・・・・・」

「そうだね、そういうことかもしれない。」

「どうして、人間は、みんな過去をかえたいんじゃないの。」

「・・・・・・」

「ボクは、今が、好きなんだと思う。」

「今が、好き?」

「うん、そうだね、今が好き。
 だから、今日までの日々、過去も
 好きなんだと思う。」

「じゃー、『過去直しドア』は、いらなんだね。」

「うん、なんか惜しい気もするけど、いらない!」

「一度、いらないっていったのは、
 二度と出せないのは知ってるよね。」

「・・・・・うん、いいよ。」
 

「わかった。じゃ、死ぬほどタコ焼きー!はどう?」

「あっ、それ、それ、チョー、ほしい!」

「なんだ、ただの食いしんぼ、デブおやじじゃないか。」

「あれっ、その言い方、
 ドラえもんのキャラじゃないんじゃない?」

「あっ、ゴメンナサイ!キャラの統一性崩れてる!」

 それも、ちょっと、違うんだけど、
 まぁ、いいや。その日の、ドラえもんは、
 ちょっとおかしかった。

それにしても、いつだったろう、
いつ頃までだったろう、
過去を変えたいと思っていたのは。

すでにいつの間にか
過去は、私に愛される過去に
変わっていたのだ。

ドラえもんの「過去直しドア」とは
「納得の『今』」とか「しあわせな『今』」
のことかもしれない。

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楽しく生き続けるコツ

Jpg_3 エネルギー問題です。

十分なエネルギーの充電
それだけのことです。

肉体的には食物をカロリーに変換すること。
さらに人間の場合、精神的エネルギーの充電
この両方が必要です。

食物による熱エネルギーを
運動エネルギーに効率よく適切に変換する。
しかし、精神的エネルギーは
量も質も制限、適量はありません。
いくらたくさんでも、いくらすばらしくても
構わない。

私たちが生きていくうえで
注意することは、たった一つ、これだけ
「エネルギーのコンスタントな充電」

ヒットラーのアウシュビッツ、そこは

「人はパンがあっても希望を無くしたら死ぬ。」
「わずかな一切れのパンでも希望は生命を維持する。」

ことを示した悲しい巨大実験場でした。

自分のテンション、パッションとあまり関係なく
事務的、いや、習慣的に
豊満なエネルギーを充電する仕掛けの構築。

これこそが、人間が、人生でなるべく早く
徹底的に労力、知力、体力、財力を駆使し
一人ひとりが取り組まなければならない
最重要、優先順位第一位の作業です。

いかなる副作用も、弊害も無く、お金もかからず
しかも自分の精神状況の少々の波にも影響されず
恒常的に供給できるエネルギー充電システム
あえて、その精神的エネルギー発生に直接関わる作用に
コトバを当てはめるなら
それは「感謝」とか「希望」だ。

だから、この感謝」とか「希望」が、
湧き溢れる仕組みづくりが重要だ。

これを確立し、持ち、体得、構築した人間だけが
この星に遊びに来た宇宙人としての
自分の正体に気づくだろう。

もはや、誰も、何事も、彼を、彼女を、不安にも、
楽しくなくも、不幸にもできない所に辿りつく。

人は無限の、無尽蔵のエネルギー供給の
すべを手に入れた時、
もはや生きているその世界、人生に
苦悩は完全消滅する。

いわゆる苦悩は、悶々と闇の中で
彼を,、彼女を苦しめる拷問としてでは無く
すべてが具体的対処、対応、
言うなら苦労、骨折り、やるべき行動
に瞬時に変換され、ただただ無意味に
彼を、彼女を苦しめている時間が存在することが
出来ないからだ。

生命体に、大切なのは、豊潤なエネルギーの供給。
これが為されていれば、その生命体の特性が
最もロス無く、効率よく美しく花開く。
美しい独創性、個性だ。

だから独創的、個性的、価値的人生を歩んでいる人は
その生活と人生に「感謝」と「希望」の湧く
システムを持っているとも言える。

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楽しく生きるコツ

Jpg_2 まず、楽しいと笑う。微笑む。

だから、楽しくなくても微笑む。
おかしくなくても、声を出して笑う。

これが、フィードバック作用の利用だ。

古い話だが「お笑い袋」って知ってますか。
一時期の大ヒット商品でした。

録音した笑い声が
ただ聞こえてくるだけの代物。

でも、おかしくなる。
笑うと体重が軽くなり、
楽しい気分になる。

楽しいと笑い、微笑むという
原因結果の法則を利用して
結果と原因を逆さまにする。

楽しくないから笑わない、
笑わないから楽しくない、
楽しくならない。
どちらが正解でしょう。

幸せな時にする行動、
幸せな時にやっていた行動をすること。
幸せな時にやっていた行動を、
しなくなったから幸せでなくなった。
どっちが正解でしょう。

自分が幸せな日々、幸せな時であった時
実行していたこと、やっていた行動
それをしましょう。

もっとも自分が、チカラに満ち
楽しさに満ち、いい気持ちで生きている時
取る行動、やることをしっかり
分析しリスト化しておきましょう。

それが自分をハッピーに生きさせる

自分独自のコントロールメソッドになります。

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和田秀樹監督の受験のシンデレラ

受験のシンデレラ (小学館文庫) Book 受験のシンデレラ (小学館文庫)

著者:和田 秀樹
販売元:小学館
Amazon.co.jpで詳細を確認する

和田秀樹監督の
受験のシンデレラ
DVDで見ました。

東大合格、こんなもんで
受かるかというような
ところは、地方の国立大
レベルの私でも思う所があり
まっして、東大を合格した人たちは
そう思うに違いありません。

でも監督も東大理Ⅲの合格者の医者
監督自身が日本屈指の大学受験の
こと東大受験、合格の指南役
この業界における生神様のようなお方
百も承知で、2時間弱の時間の中に
映画としてのストーリーも
おもしろさも追わなければならない。
受験ノウハウDVDづくりではなく
その辺にこだわったら
並列的に、
「東大受かるのにこんな事します。」
みたいなノウハウDVDになってしまう
ということで映画作品として
和田さんは作ったのだろう。

東大はこうして受かるという
ノウハウものじゃなく
「人は変われる。」
「人生には、お金以上ののものがある。」
ということを、教える映画を
作りたかったんだと思う。

私は、最後は
ボロボロ泣きました。
私は見て良かったです。

で、和田さんがどんな人か
そして、勉強乃至受験勉強なるものが
いかに人生で大切かを勉強したい方は
是非、和田さんが語る
動画8本がシリーズで見れる

サイトを、吉永賢一さんのブログから
サーフしているうち辿り付いたので
とてもためになるので
見てください。

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お勧め「十和田現代美術館から八戸の八食センター」コース!

P1120060 バスをチャータし
20人ばかしで
十和田現代美術館へ

時に雨もちらついた
昨日の暴風の悪天候も
どこへやら朝から
気持ちのいい
晴天

パンフで何度か
目にはしていた
花で覆われた馬のモニュメントの実物は
巨大でありながら
なんとも愛らしいかったこと。

1 でもなんといっても
ロン・ミュエクの巨大な
彫刻作品の迫力は
あらためて
自分が無意識に生き続けている
この日常世界へ
新鮮な感覚で向かいなおせる
不思議な感覚になる。

居合わせた何人かで
あえてしゃがんでこの
作品のおばさんを見上げると
首輪でつながれたペットたちの
気分がわかるのだった。

「ワンちゃんたちにとっちや
 我々は怪物だね」

2 どの展示、コーナーも様々に
それぞれに楽しめた。

待ち合わせは、

館内のショップ&喫茶。

お昼は、八戸に40分かけて移動。
八食センターで、美味しい刺身
定食を食べ、海の幸のお買い物。

岩手山パーキングで休憩。
裏岩手は随分ゴツゴツしてますよ。

P1120197 盛岡から高速代は、平日で4000数百円。
ETCがあれば、土日祝祭日は1000円
是非、ご家族、お友達での
お勧めコースです。

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ダニーハでコーヒー一杯!写真と映画を語る。

500p1120046 今日は、一日中、朝から
一歩も外に出ずに
ほとんどパソコンの前で
仕事をしていた。

夜、9時過ぎ
写真家の友人の大谷君から
電話があり
私が預かっていた彼の
写真を取りに来るという
連絡が入った。

ちょうど外に出たいという
ストレスがピークの
ぐっとタイミングで
写真を渡した後
近所の喫茶店
ダニーハにお茶に
付き合わせた。

蜷川実花の写真展
県立美術館で見て来たという。

その作品量、パワーに
圧倒された、良かった
もう一度、見に行きたい
とのことだった。

それは、いいことだ。
いずれクリエーターは
刺激が必要だ。

私は、明日、
一昨年前オープンした
十和田市現代美術館
に、バスを一台チャーターして
絵を教えている20人ばかし
の人と現代アートを見に行く。

その喫茶店の目の前の本棚から
彼が映画監督ヴィム・ヴェンダースの
本を取り出す。

ベルリンの天使の詩」という
映画で世界的に有名になった
ドイツの監督とのこと。

今度レンタルして見てみよう。

明日は、居眠りしてられない。
バスガイド役もしなければ
ならない。

グットナイト!

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「続ける技術」

Photo自分にとってとても大切なことを
継続することの大切さを
より深く知り感じ自覚する機会が
あったとしても

だからといって、それ以降は
自然にその大切なことを
継続できるかというと
それはまた別物である。

人は、冷めやすく
この世界は、あまりにも
刺激的で快楽的
享楽的で誘惑的で
楽しいことに満ちており
私たちは、それに反応し
翻弄され
心を右往左往させ
不安定な状況に陥りやく
深い感動も覚悟もすぐに
弱まり忘れてさえしまうのだ。

むしろその大切さをより知ったからこそ
継続するための工夫は工夫で
よりいっそう智慧をふりしぼり
その大切なことの継続のための
仕組み、状況・環境づくりを
しなければならない。

価値と感動をすぐフィードバックし
覚悟を思い出させる仕組みづくりだ。

すばらしいことを続けてていければ
人はどんな人にもなれ、
どんな人生も創っていけるだろう。

できれば、より楽しく
それが継続実行できるような
工夫がされれば最高だ。

ナカムラユウコウの世界

http://www.nakamurayukoh.com/

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講演して来ました。新緑薫るいい季節。

P1120018 御所湖のホテル紫苑に向かった。
まさに新緑萌える5月。本当に、山並みの
緑のグラデーションが美しい。
通り過ぎる視界に見える
田んぼでは、田植えの季節となっている。

今日は、ホテル紫苑で、生命保険の最高資格を
取っている人たちの、団体の研修会に
講演・セミナー講師として、
イラストレーター・クリエーター・プランナーの
立場で「ものを生み出すコツ」のテーマのもと
1時間30分ばかりの講演をしてきた。

集まった人たちとの、波長、相性が良かったのか
とても楽しく、思う存分、話すことが出来た。

話の内容は、思い出すまま、主に

1.あたりまえのことをやりきる。やりぬく。

  これをやれば、やりきれば必ずこうなるという
  あたりまえの確実なことをやりぬく。
  

2.物事、最短距離を行く。
  
  最短距離はずるいことではない。最短距離を
  行こうとしても人生いろいろある。最短距離
  で行こう。ゴールまでの最短距離を行こう。

3.やらざるを得ない状況、環境づくりをする。

  意志の強い人などいない。やらざるを得ない
  環境づくりのうまい人、へたな人の違いだ。
  いろいろな追い込み方、環境づくりの仕方。

4.創作・創造作業における模倣・模写・真似る
  
  徹底的にパクる。真似る。
  今話題のTTP(テッテイテキニパクル)

5.世界最高のものを目指す、志す。

  自分の仕事、やろうとしていることにおいて
  自分の知りうるあらゆる方法を使い、最高の
  ものを知る。そして、それを、それ以上目指す。
  それに至る、それを越えられる、そんなことは
  どうでもいい。そこを目指す。

そんなことを、私の実際の創作やこれまでの経験
エピソードを盛り込んでお話しました。
ご馳走になった皆さんで食べたお昼の会席弁当も
とても美味しくご満悦な、一日でした。

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久しぶりの青空に、天井知らずに、あがるあがるタコあがる。

500p1110954 午前11時、マックに入る。
ここは音楽がいい。

有線なのか、CDなのか。
音楽に誘われ、ポメラを取り出す。
いい音楽は、コトバを呼ぶ。
思いのまま、ポメラのキーを打つ。
指はかってにキーを打つ。

「・・・・・

 風は冷たいが
 久しぶりに青空が広がって
 広がった青空分、私の心も
 明るくなった。

 ちょっと
 気分がしんどい日が
 つづいていてからね。

 そんな日もあるさ
 人生だもの。

 そうさ、そんな日があったって
 人生は、人生。

 また明日から
 大変な重くて黒い雲が
 お空を包んだって
 ボクらは
 その雲の上に広がっている
 青空を知っている

 一喜一憂するほど、
 若くも幼くもない。

 そのさらに向こうには
 宇宙が続いていて
 それは無限に
 広がっているんだそうだ。

 その広さは、広くて広くて
 無数無限の命の生きるこの大きな大きな
 水の星が、果てなく広がる砂浜の
 一粒の砂ほどにもならないほどの
 広さだそうだ。

 その果てない無限の宇宙の
 その小さな小さなこの星で
 あと、せいぜい2~30年
 生命活動をするであろう
 この私だ。

 そのことを考えると
 私は今日、明日、そしてこの春、この夏
 今年、来年、どれだけ
 楽しいことをして過ごそうかと思う。
 本当の意味で、ワクワクする
 本当の冒険や挑戦をしたい。

 人生は、真っ白いキャンパス。
 何を描いても、描かなくてもかまわない。

 でも、私たちはみな誰もが生まれいづる時に
 授かった背中のリックの中に
 鉛筆やクレヨン、絵具やスプレーを
 持っている。それに、気づけよ。

 なっ、描こうではないか。!

 キャンパスもあって、描くものもある。

 ならば、描こうではないか!
 なっ、描こうではないか!

 うまい下手ではなく、自分しか描けない絵を

 誰がなんと言おうと自分は、少なくとも
 この自分だけは確かに
 愛して、いとおしくやまない絵を

 もしチカラあらば、もし大志あらば
 描こうではないか、
 最高傑作のひとつを、いや数々を!」

 歯止めが利かずに、どんどん
 一人で盛り上がるんです。困ったもんです。
 いい音楽とポメラとコーヒーがあると
 天井知らずに興奮しちゃう習性があるんです。

 でも、こうやって一人で
 キモイくらい自分で盛り上がって
 自分を鼓舞しながら、はっぱかけて
 実は、私も、必死に生きているんだろうな。

 ・・・・・・・・・・・・・

      ウン。 

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よく会う人

500p1110899 「仕事をするなら、喫茶店。」

私が愛読している和田秀樹さんも
同じ種族。

きっと彼も、そうだから
よく会うのだろう。

彼は、新聞記者だ。

もう20年来の友人だ。

個展の取材で来てくれてから
からの付き合いだ。

彼が中心に作っている同人誌に
私も文章を起稿したりもした。

ダ・ヴィンチのメルヘン特集で
描き下ろしたイラストが気に入って
ニューヨークの友人にプレゼントと
したいと絵を買ってくれたりもした。

考えてみれば、何時にどこと、
連絡しあって
会ったことは一度もない。

そういう友達もいる。
人生はいろいろだ。

連絡しなくても年に何度か会い
そこが喫茶でなければ
その路上で、そのロビーで
平気1時間、2時間立ちながら
二人で話し込む。

「ちょうど会いたいと思ってました。」

が彼の口癖。社交辞令なのか
本当なのかは、定かでないが
いつも確かに彼がおもしろいことに
かかわり、遭遇している時で
彼との会話はいつだって楽しい。
コヒーがあるのなら2,3杯は飲める。

最近、久しく使わないが
かってよく文章やアイディアスケッチをして
いた大通りのドトールに久しぶりに入った。

彼は、新聞を広げ、ノート出して
何かしら作業をしていた。

「こんにちは!」

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不安の向き合い方、対処の姿勢

500nop1110930 不安は、逃げれば大きくなるだけだ。

しんどいけど、何とか元気、はったり
強がり、突っ張り総動員して
向かって行くしかない。

ほっといて、勝手にしらない所で
たいへんな状況になることもあるし
目をつむったって、夢では
うなされ続けるだろう。

向かっていって、かえって状況が悪くなることも
時にはあるかもしれない。

しかし、その時に向かっていった
その向かっていく姿勢をとり続けられるなら
その新たな困難にも向かっていいけるだろう。
やがて自分が納得できるところ
満足できるところ、何とか合格点をあげられる
ところにいつか辿りつくに違いない。

だから、やはり自分のいろんなものを
総動員して向かって行こう。

人生の後悔の90パーセントが
やっての後悔ではなく
やらないことの後悔だからだ。

そしてさらに、悲しみのその正体
90パーセントが後悔だという。
ならば、向かっていくその行動は
後悔を減らし、減った後悔は、その分
人生から悲しみを消去することになる。

人生から悲しみというものが減り、
消えるだけでだいぶ人生は
愉快になるだろう。

なにはともあれ、不安でつぶれそうになる自分を
自分で支え、自分でエネルギーをつぎ込む
つぎ込むことの出来るシステムを
人間諸君!人間諸君!ああ、人間諸君!

(久々に、ニーチェとゲーテが入って来ましたね。)

それぞれになるべく人生の早い、一日でも
早くに確立しなさい。

そして一日でも多く愉快で爽快で
楽しい日々を、この人生に増やすのだ。

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高校の美術クラブ指導、開始。

500p1110909 市内の私立高校から
美術クラブを見て欲しいと
頼まれ今日、行ってきた。

実はこの3月4月と集中的に見たのだが
今後も継続し、新年度からも見て欲しい
とのことで、今日を迎えた。

3月4月の時は、女の子ばかりだったが
男の子が、この新年度で9人も入って
びっくりした。

しかも、1年から3年までいて、
中学の時は、美術クラブに入っていたとか
イラストレーター、デザイナー希望とか
美大希望とか、みんなマジな男の子ばかりで
こんなの今までどこに隠れてたのって感じで
ほんとビックリ。

でもこれほどの県下一番の巨大マンモス校に
美術クラブがキチンとしてない方が
学校の受け皿として不備だった言える。

部室も今は決まってなく、空き教室で
今日もやってきたが
校舎に隣接したビルの3階に部室を
作ることになっている。

今日は早めに終わって生徒を引き連れ
みんなで、その部室になるところを
簡単な大掃除をして来た。

みんな楽しそうにおしゃべりしながら
一生懸命、よく働く。楽しみな子たちだ。

いろんな公募や応募に作品を出させ
その機会を使って能力を、チャンスを
つかませたい。

今、時代は10代だ。

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手紙のすすめ、手紙を書こう!

手紙~拝啓 十五の君へ Music 手紙~拝啓 十五の君へ

アーティスト:アンジェラ・アキ
販売元:ERJ(SME)(M)
発売日:2008/09/17
Amazon.co.jpで詳細を確認する

昨日の「初恋の人から手紙」
随分と反響が大きいですね。

15歳の私が15年後の30歳の私に
宛てて書いた手紙が
15年の時を経て、
それをしまっていた母親から
アンジェラ・アキ30歳の誕生日に
送られてきた。

そしてあっという間に、
出来てしまったのが
あの名曲、「手紙」。

アンジェラのその「手紙」
中学生の合唱曲として日本中で
歌われる中で生まれた様々なドラマを
収録したドキュメントビデオを、
先日、友人から借りて見た。

中学生の涙は美しく、
泣きながら歌う乙女らの
姿は何度見ても涙が
誘われる。

さて、我々も手紙を書こうではないか。

気負わず、5行で終わろうが、3行で終わろうが
はたまた10行、便箋一枚で終わろうが
まず、今晩、今、書いてみよう。

10年後の自分、20年後自分へ。
そんな大枠じゃいつ死ぬかわからない人は
3年、5年刻みで、3年後、5年後の自分に
手紙を書こう!

これは、あるべき人生からの逆算、
現状の人生への反省
これからの日々の決意、覚悟
書くことで初めて気づく身近な人への
深い感謝、忘れていた大切な感謝すべき人と、
感謝すべきことが思い出されたり
この手紙を書くことの副産物、
プレゼントは限りない。

自分への手紙だけではないだろう。
むしろ本来、手紙は誰かに書くもの。
ただ、未来や過去に書くという時制の
組み合わせバージョンによって手紙も
いろんなチカラと効力を持つ。

自分と身近な愛する人たちの過去や、
未来に手紙を書こう!
謝ったり感謝したりして
シャワーを浴びるだろう。

死んでしまった親への手紙、あるいは
10年後には死んでいないであろう親への手紙
あるいは10年後、20年後、生きているか
死んでいるかわからぬ奥さんやご主人への手紙
結婚しているか、別れているかわからぬ恋人への手紙

実際に1行でも10行でも書くことでしか
わからぬ、起こらぬ世界の変化を実感、体感しよう!!

それでは、今から書いてみましょう!

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初恋の人から、熱い手紙が来る!?

Jpg 今日も変わったサイトを発見。
初恋の人から手紙がもらえるサイト。

「初恋の人からの手紙」

http://letter.hanihoh.com/

自分の名前や、ニックネームを入れ
いくつかの自分の性格診断的な
質問に答えを入れると
15歳の時付き合っていた彼や、
彼女から瞬時に、それなりの長さの
手紙が届く。

細かい事実は違ってもなるほどなと
思うような所、笑える所、
いろいろと心と脳を刺激し
15歳の時、彼女や彼がいなくても
なんだかその時、付き合っていた
ような気分になります。

自分と自分の人生を
日常とは違う視点、空気で見ることができ
これは、これで不思議で刺激的な
体験をすることができ、
楽しいと思います。

特に意地悪でネガティブなものじゃありませんが
必ずしも、元気のでる文面になるかは
100パーセント保障は出来ませんが
一つのゲームとして、話題として
楽しめる余裕のある方は
試してください。

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「自分を、褒めまくってくれるサイト」発見!

500img_2685 自分に自信がなくなったり
しんどくなった時
誰かに褒めてもらいたい時
自分の名前や職業等を入れると
褒めまくってくれるサイトがあります。

ほめられサロン

http://kakula.jp/homeSalon/

実験してみました。おもしろいですよ。
自分を賞賛してくれるコトバシャワーが
不思議な感情、気分にしてくれます。
人の褒め方、褒めるボキャブリーの
拡大お勉強のためにもいいでしょう。
やってみてください。

人を褒めるチカラは、とても重要な力です。
素直に上手に、ためらわず、すぐに褒めましょう。
褒めるセンスを身に着けましょう。

その癖がつくと、感謝体質、負のストレス消滅
褒める方も、褒められる方も、肌つや良くなる
最大の美容法です。

副産物として妬み深い所、じめじめした所
常駐的的な精神的な閉塞感の消滅と
青空広がる開放感を頂けます。

すぐ重箱突っつき、悪いところ、至らない所
ばかり目に付き、口にする人
気軽に褒めることが出来ない人は
勇気を持って褒めてみましょう!

そして感謝と、賞賛のコトバを
フットワーク軽く、心を込めて
発せられる人になりたいものです。

私が大好きな敬愛する
斉藤孝さんは、自分の嫉妬心を
消滅させるために、すばらしい意見や
アイディアには「すばらしい!」と
声を出し拍手をする癖をつけ
自分の嫉妬体質撲滅のため
頑張っているようです。

一流の尊敬に値する人たちは
具体的に、細かく、実質的に、
しつこく、徹底的で、
偉いですね。すごいですね。

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「旅人よ、会いたい人に会いに行こう。」

Tabibito_jpg 「旅人よ、会いたい人に会いに行こう。」

なんか、このコトバ、
ストレートに心に響いてきた。

ラジオ番組のナレーション。

「この番組は味を大切にする
桃屋がお送りします。」
で始まり、
「この番組は、何はなくとも 
江戸むらさき、花らっきょうで、
おなじみの桃屋がお送りしました」
で終わる『永六輔の誰かとどこかで』だ。

人生は旅で、我々は皆、旅人だとしたら
実は、生きていること、人生とは
会いたい人、会わねばならない人を求め
訪ねるその作業でしかないのかもしれない。
出会うために生きている。
人との出会いこそが人生そのものだ。

この番組は、1967年1月2日に放送が開始され
当初の番組タイトルは、『どこか遠くへ』で、
1969年10月6日に、現在の『永六輔の誰かとどこかで』
番組タイトルになったが40数年の化け物番組だ。

永六輔、風邪ひいているのか
年を取ったためなのか、ガラガラ声だ。
びっくりするほどのがらがら声。
特別、風邪で喉がやられてというコメントもなく
1933年生まれで76歳の高齢の故のことなのか
わからなかった。
「上を向いて歩こう」の作詞家、永六輔も心配だ。

実は、午前中、長く絵を通して関わってきた
ご高齢の、ご婦人が倒れ、面会も出来ないほどの
危ない状況との知らせを、ご主人から受けた。
少し気持がブルーでシビアになっているせいか、
こんなコトバはいつもより突き刺さる。

彼女の一つの人生。
十数年、毎年、毎年個展をし、その間
ずっとお手伝いさせてもらった。
毎日、毎日、絵を描き
「ユウコウセンセイ、ユウコウセンセイ」
と頼りにしてくれ、時に激励の意味で
絵も買ってくれたりした。
彼女から聞く異国の地での幼少時代の話や
さまざまな来し方、人生の話は
とても興味深かくおもしろかった。

「絵がどんどん良くなっていく。」と、
いつか褒めてもくれた。
励みになった。

日本の現代アートの草分け的存在の
オノサトトシノブの叔母でもある。
桐生に彼の美術館があり
ニューヨーク近代美術館にも
作品は収蔵されている。

彼女は、脳梗塞で左半分に麻痺が残り、自分がついぞ
憧れのパリに一度行くことができなかったことを
悔いて、
「お金なんて生きてりゃどうにかなる、
 借金してでも行きたい所に、行ける時行きなさいよ。」
と涙ながらに言ってくださったことは生涯、忘れられない。

どうか意識を取り戻し苦しみのない形で
幸せな余生を送ってくださるよう祈る。合掌。

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吉永賢一は、頭の良さよりその心の有り様が魅力

東大家庭教師が教える頭が良くなる勉強法 Book 東大家庭教師が教える頭が良くなる勉強法

著者:吉永 賢一
販売元:中経出版
Amazon.co.jpで詳細を確認する

吉永賢一の「東大家庭教師が教える勉強法」
のDVDを見た。
実は、前回一度借りたのに1週間見れずそのまま
返却。悔しいですが、時々、そういうことあります。
で今回も、今日が最終日。うそでしょ!
で、あわてて見ました。

そうそう、前に書きましたが
本は、読んだわけです。ある意味、本とDVD
の関係、違いや共通性、それぞれの媒体の
特異性、それぞれの本独自、DVD独自の良さや
チカラにも興味があるわけです。

で、お勉強ですので、メモしながら見るわけです。
メモ取り切れなかったり、メモっていて
自分の考えやアイディアが湧いてどうしようもない時は
再生したり、一時停止も出来るのでDVDはなかなか便利です。

この吉永賢一さん、偏差値93、東大理Ⅲ合格の人ですから
頭はいいのでしょうが、心の有り様が魅力的ですね。
私は、すでに「東大家庭教師が教える頭が良くなる記憶法」
のDVDも見てるのですが、MCの話相手の方の
ちょっとだけズレてるぞ的な話にも
決して否定せずに、肯定しながら、説明しながら語りながら、
立てながら、どんどん、その話が、質問が適切で、いいものに
感じさせ話し全体の流れ、脈絡の中で正しい位置を持たせていく。
会話の話の天才、人を否定せず立て、活かしていく天才ですね。
心根がいいです。

そして、自己変革力、自己進化力がすごい。
怒りっぽい自分、深層心理で、それを義憤による
怒りとして肯定していた「義」の心もとなさ
無根拠、身勝手さに気づき「いっさい怒らない自分」
に、意識的に変えていくその自己分析と
自己分析が飾らずシビアで誠実で魅力的で好感が持て
徹底度がやはり見事で、やっぱり頭がいい。

実は私も15歳から一切、怒らない自分に変えたが
それは、変わったというものであり
彼の意識的に
変えたその知性はすごい。私の変え方は
詩的であり、芸術的であり、右脳的だ。

また、長くなってしまいました。
最後に、一言だけ。DVDの後半
「去年の自分は大バカもの」と言える
くらい1年、1年程度の時間枠で見た時に言える
進化をしながら、自分のレベルをアップ、ワープしながら
生きていこうという独創的な提案で占められている。

本だけでなくDVD鑑賞もお勧めだ。

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和田秀樹さん、大活躍ですね。

小さなことにくよくよしない88の方法 (王様文庫) Book 小さなことにくよくよしない88の方法 (王様文庫)

著者:リチャード カールソン
販売元:三笠書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する

先週、教え子の一人がアトリエの本棚から
表紙のクマ可愛いといってぱらぱら読み始め
家に持って帰ってじっくり読みたいからと
その本を借りていった。

私も実は表紙のクマもいいのだが
装丁全体に惹かれて買った本だ。

もちろん中身にも興味があったが
自分の本作りの参考にと
買い置きという所もあって
私自身まだ読んでいなかった。

ところが、この本
十代の若き少女の命を救ったようだ。
先週、本当に何もかもダメで
何もかにもいやになって
死にたい気持になったが
この本のおかげで
頑張れたというのだ。

何かと悩み多き、多感な時代だ。

あれ、著者はリチャード・カルーソン
という外国人だが、
訳者が和田秀樹さんではないか。
今頃、気づきました。

そうですか。和田秀樹さんには
本当お世話になります。
教え子の命も救ってもらいました。

昨日見たDVDの予告編で
「受験のシンデレラ」という映画
和田秀樹、初監督作品と言う。
さっそく、今日、明日中に見よう!
和田さんの映画、楽しみです。

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五月五日は、こどもの日、こいのぼり。

P1110792 私の教室に通う
可愛い中3の女の子3人と
男の子1人と私の5人で
今日は、こどもの日
こいのぼりをつくりました。

一人の女の子が、ご馳走して
空になったお菓子のパッケージを見て、
「これお魚の鱗みたい。」と
ハサミで切り始め
マジックを取り出して
顔を描くと次々、皆で顔を描き
「先生も、描いて!」というので
あっという間にこいのぼり出来上がりました。

不思議なことに、思いつくまま間に
閃いた好きな顔というと
みんな表面的にも自分に似ているのですが
その子一人ひとりの内面性がでて
本質的自画像になっているのが
非常におもしろいです。

私だけ作為を持って自画像を描いて
しまい、異質の反則です、ゴメンナサイ。

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今日も天気、久慈へ行こう!

P1110580 所用があって久慈へ。
市内は、桜のピークも過ぎ
葉桜へ。

久慈に向かう
川沿いの山並みは
新緑美しく
山桜も、ポッポッと時折
姿を見せて美しい。

平庭高原の白樺は、見事だ。
地上から天空目指して突き出ている
巨大な骨のようでもあり
いずれミステリアスなほど壮観な
白樺群だ、。

P1110293_2 久慈市に入ると
野田村のはまなす食堂に直行。
綺麗な海岸線の砂浜の続く海水浴場
にある風景も美しいところだ。

久慈来ると必ずここに来て
磯ラーメンを食べるのだ。

ここには、 かわいい人懐こい
ゴールデンがいる。
ボシュに顔が似ていてかわいい。

P1110310_2 らーめんが出来るまで
撫でまくりだ。顔をぐりぐりしたり
ポンポンを撫でたり、肩や手を揉んで
あげた。すっかり懐いて気持よさそうに
腹を出して寝っころがる。

P1110325_3 側の市場による。安くて美味しい
魚の炭焼き燻製。
美味しくて、堪りませんでした。

用事を済ませ時間が出来たので
近くの久慈新港へ、写真撮り。

4時過ぎ帰途、盛岡へ。

P1110366 夕暮れ、動物雲は
一斉に宇宙を目指して
移動を開始した。

美しい夕日、思わず
車の中で写真に収める。

ゴールドヴュー!

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大学の恩師の退官記念祝賀パーティー、大いに盛り上がる

P1110014_2 5月3日。
この半年の大きな帰結点だ。
60名ばかりのアットホームな

いいパーティーになった。

少々硬めに始まった会も
プロフィールビデオで
先生の幼い頃の愛らしい笑顔、
学生時代や若き日の引きしまった
凛々しい顔、美しい奥様との
お見合い写真等が出るたびに
会場は大いに盛り上がり
一気に明るく打ち解け
楽しい雰囲気に包まれた。

絵を描く人間は
音楽となぜか近い人が多く
格調高くセロの独奏、ビオラの演奏と
続いた。種倉門下のバリエーションに
富んだ個性的な人材の一面が窺えた。

予想していた2倍以上の人数、
教え子たちの6~7割の方が2次会に
流れ、本会の盛り上がり成功を実感。
2つ、3つと渡り歩き最後は、
盛岡の定番、冷麺でしめる。

先生へのプレゼントは、
アトリエに置いてもらい、
充実したシアワセな日々、
時を刻んで欲しいとの思いで
月並みではあるが振り子付きの
細長いオシャレな時計と
私が撮影した写真に私のコピーで
ポスターを制作してプレゼントとした。

それに加え、半年間、先生に密着して
授業風景、展示会やパーティー
学生たちとの様々なスチュエーションで
撮った膨大な写真から100枚ばかりを
選んだアルバム。
そのアルバムの表紙には、
32年大学教師の夫を支え続けてきた
奥様と3月の自選展での
ツーショットの写真が
透明なケースで見える仕様。

私が制作した先生の顔写真入りのポスーター
のコピーには

「・・・・・・・
 今日という日は、これからの人生の最初の日」
「・・・・・・・
 ピカソに負けず、全人生が、情熱・挑戦の日々」
「・・・・・・・ボケずに長生きする・・・」

などなど、というコトバを忍ばせた。

すばらしい第二人生を!

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土門拳のパワフルさ、一杯のコーヒーのパワー、どちらも人生にはたいせつ。

500mg_5048 土門拳、パワフルだなー。
「好きなものしか、撮らない。」
いいコトバ、いい志。
我々にしても
描かねばならない絵なんてない。
本当に描きたいものを
描けばいいんだ。
まっ、それが難しい。
これが、出来る人が本当の
大家、巨匠になるんだろう。
土門拳、写真家でなく
若き日は、絵描きに
なりたかった人なんだ。

最近ちょっとご無沙汰していた
近所の喫茶店で夜も11時近く
古い雑誌、「太陽」を見ている。

500domonnimg_5052 明日は、ここ半年、
エネルギーを費やしてきた
大学の恩師の退官記念
祝賀パーティーだ。

まだまだ準備がある。

今日は徹夜と言わずとも
半徹夜だろう。

イベントというもの
そういうもんだ。

どんなに早くから準備しても
あるいは十分に取り組んでも
完璧な準備とはいかない。

普通に考えると
前日の今のこの状況
10分でも30分でも
欲しいところだが
こんな時こそ
わざと近所の喫茶店に
一杯コーヒーを飲みに行く。

Dononngaka_img_5053 これが、たいせつ、ポイント。
パニックになりそうな時ほど
その方が、闇雲に動くより
一杯のコーヒーに20分使うことでで
2時間、3時間に匹敵する時間を
かえって作りだすことが出来る。

自分を取り巻く今の状況、現実と
程よい距離感を取り戻すことができ
優先順位が明確になり
順位の高いことに取り掛かれ
しかもやらなくていいことは
切る事ができるからだ。

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ダンス、ダンス、ダンス。

P1100898_2P1100897_4P1100900_2 今日も、岩手大学に用事があって行って来た。
本当、ここ数日、天気もよく
今日は温かい風が吹き渡り気持ちがいい。

中央食堂の前の広場の石のベンチに座って
この気持のいい風に包まれながら
睡魔にも包まれながら、通り過ぎる学生たちを
マンウォチングしながら、しばしボォーとしてると
目の前の校舎の壁に向かって
黙々と踊っている人間が目に入る。

白昼、勉強もせず
壁に向かって一心不乱に
踊っている。まっ、それも自由だ。

私も催眠術にでもかかった様に
ずーっと30分くらいも見ていたろうか。

最初、腰がぶれてというか
体の軸がなくて全体に、なんか不快に軽い
動きの感じがして、あんまりうまくないのか
なんて思ってら、なんかだんだん動きも
バリエーションに富んで
動作にも切れが出てきて
乗ってきたというかうまくなってきたような
気がした。

「私も、マネしよう!」

そう思ってその学生の隣に行って
踊り始めた。

ということはない。そんなことしたら
怖いとうか、死ぬほど笑える。
その突然さと、軸ところか
体の中に一本の骨もない軟体動物
タコ踊りの自分の姿を想像しただけでも
数分は笑える。

私がマネしようと思ったのは
音楽かけてダンスするのも、彼を見ていて
けっこう運動になると思った。

ジムにいっても2~3週間坊主。
続かない。しかも、春になっての
すごい食欲。おかげでベストより
ここ最近、4キロ増え
血圧アップも心配な状況だ。

大好きな音楽をかけて
カーテーンしめて
アトリエで踊ろう!

これなら出来そうだ。
踊る学生、ありがとう!

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