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私の例:私の初個展の目的

Dm1_3 私にとって初個展は真夏の雲ひとつない
青空にぶっ放す打ち上げ花火でした。

大学4年、
間もなく22歳になろうとする
21歳の5月。

兄弟6人。
兄二人、姉二人
あわせて4人。
4人の兄姉たちのおかげで
私は進学校に
そして地元国立大学に行かせて
もらった。

二番目の姉は
私が中学の時、定時制高校に通っていた。
私の中学とその定時制高校は
道路を挟んで向かいあわせだった。

サッカー部のキャプテン、
学級会長。進学校を目指す私は
友達と一緒の帰り道。

クラブを終えて家路に向かう私に
仕事を終え今から勉強と
定時制高校に向かう姉が
定時制の
上下茶色のスーツの制服を着て

満面の笑顔で友達と一緒の私に手を振る。

それと同じ元気さで夜学に通うその姉に
家計を支えながらお菓子や服を
私たちに弟に買ってくれる姉に
私は手を振り返せなかった自分が
今でも、うらめしい。

貧しいことは、そんなに隠すべき
恥ずかしいことだったのか。

生意気で可愛い気のない
喧嘩ばかりふっかける私に
給料のほとんどを家にだし
残りのわずかの小遣いから
それはもちろんそんなに
高価なものではないけれど
服だ、本だと買ってくれた二番目の兄。

私が10歳の時、
脳出血で倒れた父。
弟を含む6人兄弟、
そして母と父。

しかも父と長女は病。
そういう家族を23歳から
父親代わりに朝から晩まで
働きづくめで育ててくれた長男。

そして、子供6人、病人2人の家庭を
その日の生活と借金取り応対にあけ暮れ
心身ともに限界で切り盛りしてきた母。

私の個展は、そんな兄、姉、母たちへの
「ありがとう」の打ち上げ花火だった。

貧しく何の華やかなことのなかった
我が家の上に広がる天空
真夏の真っ青な大空に
打ち上げた大きな大きな
打ち上げ花火だったのだ。

母にとって、兄姉たちにとって
それが本当に大きな大輪の花火だったかは
定かでない。

でも、私は
「母ちゃん、兄ちゃん、姉ちゃん
 ありがとう!ありがとう!」
と言いながら、汗拭き拭き
目頭熱くして
真っ青な夏の大空に
真昼の花火を打ち上げたつもりだった。

初日、準備もまだという開館前に母が来た。
一番最初のお客だった。バスを乗り継いで
街中に来たのだろう。

オープン時間を気にしながら
準備大詰めの時だった。

会場入り口で、少しためらっていたが
どうぞと、中に招き入れる。

(早いだろう。準備万端のところで
 見せたかったのに)

母は、会場に入るや
よれよれの茶封筒を取り出し
「はい、ユウコウ君、お祝い」と
差し出した。

そこにへたくそなふるえたような
弱々しい文字で、鉛筆で、そう鉛筆で
「祝 個展」と書かれてあった。

その下に、私の名前が書いてあった。
しかも部首が間違えていた。
私は、正真正銘の息子だ。
名前、間違えないで欲しい。

母が、お祝いを包んでくるなんて
私はやっぱり、たいそうなことしたのだろう。
そして母は
、とても喜び嬉しいのだろう
と確信した。

私は少々照れながら
「あっ、そう、どうもね。」と
便所に向かった。
封筒の中身を見た。

よれよれの千円札が3枚入っていた。

私は、トイレでその封筒を見ながら
なぜか涙が溢れ出てしかたがなかった。
私は、わけもなくあふれ出る涙をしばらく
少々臭いトイレットペーパーで拭いて
会場にもどった。

この個展はいろんな意味を持っていた。

私は、個展の案内ハガキを
温かくやさしく接してくれた
かっての隣人たちに届けに行った。

私が中学の終わりか、高校の初め頃に引越しずいぶん経っていた。

近所の方たちには、とても迷惑をかけた。
長女が隣の茶碗を洗う音さえ嫌がり
音を立てないよう母がお願いに行ったり
それでも、近所方々は、
有名な貧乏の子沢山の我が家に
温かくやさしく接してくれたのだ。

心配かけた我が家が、皆、元気で
頑張っていること、
少しずつよくなっていることを
報告する機会にした。

一番迷惑をかけた隣の家の
おばちゃんが見に来てくれた。

「えらいね。えらいね
 頑張ったね」と私はこの個展
 涙腺が弱くなっていた。

もう一人の母から、褒められて
いるようでじんと来た。

この初個展は、私の個展の原点だ。

あの時は、個展は、とてもたいそうなことだった。
今では、東京は青山だ、盛岡だ、海外だと個展を、
画家の弟も、銀座だ、東京だ
大阪だと一流デパートで個展をしている。

しかし、この個展が
我が家にとっての記念すべき、
初の個展だった。

あの個展がなければ
今の私も、今の弟もない。

誰かを喜ばせる。
自分を愛して気にかけてくれて
いる人たちを楽しませ
幸せにし、その時の
全力の自分で挑む。

いかなる個展でも
そのスピリットだけは忘れまい。

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コメント

とてもいいお話をありがとうございました。
しばし読みふけりました。

すばらしいご家族だと思います。
お姉さんに手を振ってやれなかったことを悔いられる気持ちよくわかります。そのとき手を振られなかったお気持ちも。
お母さんのお祝い、本当に何ものにも変えられない宝だったでしょうね。
貧乏はされていてもそのような愛情にみちたご家族であることはご近所の方もよく知ってあったのでしょうね。
真夏の大空に大きな打ち上げ花火を打ち上げようと懸命に努力され、実際打ち上げられたこと、心から敬意を表します。
「誰かを喜ばせる。
自分を愛して気にかけてくれて
いる人たちを楽しませ
幸せにし、その時の
全力の自分で挑む。」
このお言葉が真に実感を持って迫ります。

投稿: KOZOU | 2009年7月24日 (金) 12時16分

kouzouさん

ありがとうございます。

兄弟6人の8人家族というと
人数が人数ですから
いろいろなことがありました。

その記憶と思い出を
文字に変換すると
自分と言うフォルムに
スプーンで一杯一杯
自分の中身が形成され
満たされていくような
気がします。

また、続編があるかもしれません。
よろしくお願いします。

ありがとうございました。

投稿: ナカムラ | 2009年7月24日 (金) 13時20分

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