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どのように生きればいいのか?「生きる方法」哲学科の友人との会話 その2

72_2 一昨年前の8月。
突然にチハルは
脳溢血で早朝未明に
亡くなってしまった。

チハルの義理の兄から
連絡があった時
私は、明らかに動揺していた。

「あのチハル君が
 亡くなったということですか。」

「あのチハル君が
 亡くなったということですか。」

私は、何度も同じ事を
オウムのように繰り返していた。

「あれっ、これ、夢?これ、今、夢?」

          ●

家に飛んで行った。ひどく出血したのだろう。
顔も少々葡萄色がかっていた。


動かなかった。

「チハルは死んだと言うことか?」
          
          ●

チハルは、中学3年間、同級生だった。
ナメクジ中途半端優等生野郎の私に対し、
チハルは哲人悪役天才野郎だった。

あれは中1の時だった。読書感想文のクラス代表を決めることに。
私は、ビクトル・ユゴー「ああ無常」の
薄い子ども版を夏休み最終日にささっと読んで、
先生も友達も騙して1冊読んだ振りをし、
らしいどうでもいいことをだらだらと、
書き並べ、それらしい作文を上手に仕上げた。

私は、生まれて初めてこの世界
この世で怪物を見た。


その怪物は、私の対抗馬、
他の班代表として「絵本『桃太郎』を読んで」と、
朗々と読書感想文を読み始めた。

「・・・・平和な鬼の社会を、
 破壊する侵略者、桃太郎こそ、
 鬼そのものである・・・・」

私は、痙攣して泡を噴いていた。
(・・こいつは何者!?・・・・・・・)

それから、チハルは、
私の世界で特別な位置づけを持った
存在になった。

もはや時効成立。
仲のいい5~6人で煙やアルコールの匂いのする部屋で、
ギターを弾き歌いまくった。
チハルは、ギターはダントツ、歌も独特な抑揚でうまかった。

        ●

私は、高校、そしてチハルの上智大学の哲学科の大学時代、
20代の初めと、時にチハルと会い
何時間もコーヒーで、
この世界のミクロとマクロを、仕組みと
構造を話し込むその時は、楽しくて楽しくて
たまらなかったのだ。
      
        ●

当時既に、チハルの誘いで
私は劇団赤い風に関わり広告と
舞台美術担当のスタッフになっていた。

25年前、狭い小さなビルの2階
劇団赤い風のアトリエで
私は、同級生のチハルではなく
テレビでも、これまでの舞台でも
見た事のない不思議な迫力の役者、
「大泉千春」を見た。

この舞台で、
チハルは、おそろしい長ゼリフを
両手を腰の横に広げ指を開いたまま

ほとんど動きはないままに、
決して大きい声ではないのに
不思議にすべての単語が聞き取れ
それでも、あまりにも速射砲のように早口で
言ってることは実はあまりわからないのに、
それでも、この圧倒的コトバの連射は
私を麻痺させた。いや、そこに居合わせた
4~50人の観客は皆、
痙攣、マヒ状態だった。

この劇団は、盛岡では一番のアングラ劇団。
火曜サスペンス、映画「寅さんシリーズ」や
盛岡を舞台にしたテレビや映画のチョイ役出演や
エキストラの手配をやっていた。

私の家がお昼の花王愛の劇場で
「花さくらんぼ」という
3ヶ月に及ぶテレビドラマ化された時も
私とチハルは、松竹映画隊の撮影にくっつき
方言・「盛岡弁」指導のスタッフの
さらに指導と言うかフォローでついて回った。
私は、自分の家、自分も含めた家族が目の前で
テレビドラマ化されていき、なんかへんな
感じだった。

いろんな事があった。

チハルも私も
人生には、いろんな事があるはずだと
まだまだ、胸を時めかせていた20代の
若者だった。

         ●

何度も喫茶店で、チハルと
コーヒーだけで何時間も話し込んだ。
アルコールは必要なかった。
アルコールなしでも
チハルも私も、世界に酔っていた。

そんなある日のことだ。

コーヒーを飲みながら
僕らは話し込んでいた。

「チハル、大発見があるんだ。
 この人生から苦悩をなくする
 決定的発明だ。」

「ホー!?それは、いかに?」
「この人生は、苦悩で満ちており
 苦しまずに生きて行くことはできない。
 諦めよう。人生は、生きることはそういうものだ。
 そこで、俺としてはこれまでの20数年間の
 人生では最大級、指折り3本指に入る大発見をした。」

「なるほど。それで?」

「それで、その前提において
 この人生から苦悩を無くし
 苦しんで生きることから開放されるために
 俺は、苦しまない、悲しまないと
 決定した。

 本当に次々と苦しいこと、悲しいことが
 人生には訪れる。その度、苦しんでいたら
 悲しんでいたらきりがない。
 一生苦しみ、悲しみ続けなけりゃならない。

 だから、一方的に、わがまま、気ままに
 もう2度苦しまない、悲しまないと
 決定したんだ。」
 

「ユウコウ!それは、大発見だ!!」

         ●

私は27歳で結婚した。
その結婚のお祝いに、チハルは万年筆
直筆で原稿用紙34ページの小説を書いてくれた。

「青葉若葉かがやけばものみなよろし」

というタイトルの、心象的な、この話は
何ぞやというような難解というか
よく分からない小説だった。

「光を描こうとした少年は、またも
 闇を描いてしまう。幾度も、幾度も・・・・・」
 
         ●

チハルの葬儀で、私は、同級生として弔辞を
読んで欲しいと、かって赤い風の代表でもあり
現在、役者・演出家の義理のお兄さんに頼まれ
読むことになった。

         ●

弔辞を読む5人のうち、私以外の4人は演劇関係者だった。
皆、泣き崩れた。中には、まさに泣き叫ぶ
という表現のままの方もいた。会場も、
すすり泣く音で、声で
一杯になっていた。

チハルは、20年間に及んで
盛岡の若い演劇人を本当に慈しみ鍛え育てあげた。
それ故、本当に愛され、尊敬されていた。

42歳の時、結婚した。花嫁は26歳の
シナリオも書き役者もし気鋭の美人才女だった。

披露宴はパーティーに参加した
3~400人の若い演劇人たちの演出、企画による
掛け合い、パフォーマンスによる一つの舞台に
なっていた。

感動した。

その内容と共に
チハルへの若い演劇人たちからの敬愛の強さ、深さに
羨望し、身震いがした。

         ●

私は葬儀が、その演劇人たちで溢れかえり
弔辞を読むも聞くも皆、泣き散らすに違いないと
予想していた。

私は、元気に明るくチハルの物語、長編詩を
書き朗読することにした。いつも、舞台に立つ
彼らを観客に、私は、シナリオを書き、演出し、
役者をする。

葬儀場という舞台で演じることにした。

「先立つ不幸をお許しくださいと、チハル
 おまえは、お父さん、お母さんに
 一言、言いたかったろう・・・・・」と始まり
 チハルとの思い出をおもしろ、おかしく語り

 人生の長さは、感動の深さ×時間・回数なので
 決してチハルの人生は短くなかったという
 数式による証明もした。

 そして、最後に、私は
 その弔辞でチハルに、お願いした。

「おまえの愛した、奥さんや後輩たちが
 読む書物や文章を時に、輝かせて
 ステキなインスピレーションやアイディアを
 くれたり、いろいろ、これからも大忙しで
 よろしくね。」

 と結んだ。
 
         ●

葬儀の後の法事で、私が27歳の時
チハルに貰った小説の話になった。
奥さんも、義理のお兄さんも、チハルのお姉さんも
演劇の関係者の方々も読みたい。あわよくば
それから、シナリオを起こして舞台にしたいとの
ことで、後日、チハルの実家にもって行き
見せる、読ませることにした。

         ●

数日後、私は、チハルの実家に行った。
ご両親と、チハルの姉夫婦、奥さんと
5人で待っていた。

私は、その場で読むのは無理だと思い
コーピーを取って一部持って行った。

私がチハルに貰ったものだが
印刷物にしようが、シナリオに書き起こそうが
義理のお兄さんに一任してそれを預けた。

お兄さんは、それを受け取ると表紙をめくろうとしたが
「まず、読んで」とチハルの奥さんに渡した。

彼女は、ぱらぱらと最初から読み始めた。
読み始めたというより、ページごと
めくっていったというスピードと感じだった。

しかし、数十秒後、彼女は泣き出した。
「チハル君が・・・チハル君が・・・・」

私はビックリした。お兄さんやご両親も
ビックリした。どうしたんだ!

そこにチハルのお姉さんが、お盆に
お茶を持って部屋に入って来た。
そうするとお姉さんは、泣き出している彼女の
側に行って、「チハル君が、チハル君が・・・」
と泣きながら彼女が指差す原稿を見ると
お姉さんも一緒に泣きだした。
「チハルだね、チハルだね」

         ●

そこに、私が21年間何度読んでも
気づきもしなかった
暗号が隠されていたのだ。

「少年、闇を書け!自ら輝くために」

小説の中に、いつか私が、人生に苦悩と悲しみを
なくする大発明をチハルに語り、それをチハルが
大発明と認めてくれた場面。私が、その大発明を
語ったその場面の私が語るセリフの中に隠されていたのだ。

横に書かれた文章に縦に、このコトバが書かれていたのだ。

そのページを瞬間、解るなんて

史上最高のFBI捜査官でもできない。

私は、ずっと結婚6年で、チハルが突然に亡くなり
心身耗弱状態の彼女に伝えたいコトバがあった。

 そう、あのチハルとの、あの時の会話だったのだ。

   「チハル、大発見があるんだ。
    この人生から苦悩をなくする
    決定的発明だ。」

   「ホー!?それは、いかに?」
   「この人生は、苦悩で満ちており
    苦しまずに生きて行くことはできない。
    諦めよう。人生は、生きることそういものだ。
    そこで、俺としてはこれまでの20数年間の
    人生では最大級、指折り3本指に入るだろう」

   「なるほど。それで?」
   「それで、その前提に置いて
    この人生から苦悩を無くし
    苦しんで生きることから開放されるために
    俺は、苦しまない、悲しまないと
    決定した。
    本当に次々と苦しいこと、悲しいことが
    人生には訪れる。その度、苦しんでいたら
    悲しんでいたらきりがない。
    一生苦しみ、悲しみ続けなけりゃならない。
    だから、一方的に、わがまま、きままに
    もう2度苦しまない、悲しまないと
    決定したんだ。」
 
    「ユウコウ!それは、大発見だ!!」

私は、それから、この暗号の隠された場面を奥さんや
みんなに説明する機会を得た。

チハルが賛同し、それ故、チハルの思いでもあり
チハルのコトバでもあることを話す機会を得た。

チハルに残され一人になった、愛する人に残され一人になった、そして
苦悩と悲しみに襲われている彼女に、私の口から
「苦しむな、悲しむな。」とは言えない。

チハルは、私が、弔辞でお願いしたように
彼女が読んだ時、この暗号を光らせ
彼女に解読させ、そして、その事で、
私の口を通してこのメッセージを彼女に伝える機会を創出した。

チハル、おまえは今でも、賛成なんだね。
突然に、愛する人を失った人にも通用する
力あるメソッドなんだね。

人生から苦しみと悲しみをなくする
唯一の方法は、その人生を生きる主体の自分が
もう2度と苦しまない、悲しまないと決定する
以外にないということなんだね。

「少年、闇を書け!自ら輝くために」

 光ばかりに目を奪われず、きれいごとばかり
 言ってないで、見てないで、闇を書くよ。
 闇を書いても書いても、それでも、
 そこに突き抜ける滲み出す
 本当の明るさを、光を書くよ。

 21年間も気づかないバカでごめんね。

 チハル、ありがとう。

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コメント

なぜ死んではいけないのか、出てきた言葉から訪れました。
苦しみを解決したいです。

投稿: makoto | 2012年10月 2日 (火) 05時32分

makotoさん

makotoさんに、この記事を読んで
何かいいコトバ、インスピレーションが
訪れたようでうれしく思います。

makotoさんがもう二度と苦しくならない
苦しくならないどころか、楽しく満ち足りて
生きて行ける決定的なコトバ、インスピレーションとの
出会いが、一日でも早く訪れる事を祈ってます。

投稿: nakamura | 2012年10月 2日 (火) 16時59分

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