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民主党、悲願の政権交代を達成。船と船長、スタッフ交代。日本丸の舵はいかに!?

Photo_3 民主党が過半数を大幅に上回る308議席を獲得。
ちょうど4年前の小泉劇場による自民党圧勝での
議席数が逆転した。

マスコミやこの不況と時代の閉塞感により、
変わってもらいたい、一度やらせてみたらという
国民感情、心理により大きな民主旋風を起こし
民主の圧勝となった。

自民党は119議席に留まり、凡そ200議席減の
史上最悪の歴史的敗北となり、結党以来初めての
野党転落。
連立を組んだ公明も、本来ならアピール性のある
様々な実績も、効をせず、連続の政権投げ出し首相と
麻生さんの失言と不人気を丸ごと受けて
連立与党としての、一蓮托生のとばっちりを受け
手堅い公明の選挙戦からは考えられない
8小選挙区全滅、全体で10議席減らし
さらには小選挙区一本の党代表も失い、
解党的スタートを強いられている。
台風のような選挙だった。

民主党、圧勝の台風のような選挙のあと
結果の出た明け、今日は、本当の台風が来て
朝から、雨、風に見舞われ
民主圧勝、政権交代のこの結果が、
日本のこれからに吉と出るか凶と出るか
一抹の不安も抱く一日がスタートした。

テレビでは民主党議員も、自民党議員も
言葉慎重にコメントしている。
どちらも浮き足だっていない。

東京で6年、予備校の社長として
お世話になった自民党の下村博文氏も
この民主の怒涛の中で東京10区で
大物議員、総理経験者も落選する中
議席を死守した。

おめでとうございます。

民主党は、まずは
まずは約15兆円の補正予算を抜本的に
見直す方針だという。

そして年明け来年度、予算。

今までは、ただ反対していれば
良かったが、この各省庁、及び
そこに関わる利権の調整で
どれだけ官僚、利権団体への
リーダーシップ、イニチュアチブを
取ることができるか、腕の見せ所
力量の見せ所だ。

ネット上には、新しく誕生する民主党政権に対して、
多様な意見が寄せられている。
「ついに二大政党制の幕開けた。歴史的快挙」
「これまでは中長期的な戦略がなさすぎた。
 国家戦略局に期待」と期待する声がある一方、
「補正予算の執行停止が、裏目に出ることが心配」
「罵倒し続けてきた官僚との仕事は、
うまくいくのだろうか」など、心配する声も多い。

期待と不安が入り交じるなか、
まずは新政権のお手並み拝見といった
ムードが漂っている。

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2009年、政権交代なるか。日本の命運はいかに!?

P1170052今日は、衆議院選挙。

100年に一度、経済不況と
不安定な国際状況の中で
まさに、今後の日本を占う選挙となる。

スゴイ!投票場の賑わい。
道を歩く人も、多い。
どれだけ、投票率が上がるのだろう。

期日前投票も既に1000万人を突破で
一割強の人が、投票日を前に投票を
済ましている。

どちらの政権になっても
日本は能力を発揮して
エコのことも考えた新しい経済活動においても
世界の平和と安定のための国際政治においても
そして芸術・文化においても
自分たちのため、世界のため
頑張ってほしい。

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初体験の人生、その中身と長さについて

72jpg_3 人生というものがどれだけの長さで
どれだけいくつの角を曲がって

どれだけの早さで過ぎて行くのか
それは分からない
私は神でもなければ
一度も最後まで人生を経験したこともない。

この旅は、すべて初めて見る風景との出会いの
片道切符の旅。

その時々、やはり真剣に真面目にやっていくしかない
いつだって初心者であり、初体験の連続だ。

同じ瞬間と出会うことは決してない。

向こうで手を振っているのは
遠い日に、突然にこの世界から去っていった友だちなのか、
これから出会う生涯の友なのか
それもこの列車の窓からは分からない。

今を感じて、今を楽しみ、今を生ききる、この連続だ。

この宇宙における最も短い時間と最も大きな時間

この宇宙で最も短い時間“人生”に
最も大きな時間“今”が無数につまっている。
これが我々の人生の構成だ。

10年の人生にも最も大きな時間“今”が
無限につまっていて100年の人生にも
最も大きな時間“今”が無限につまっている。
1つの無限も100コの無限も
値が等しく共に無限となる。

10年の命も、100年の命も
共に無限という同じ値になるんだ。
10年の命も、100年の命も
共に無限で共に永遠なのだ。
よって短い人生も存在しなければ長すぎる人生もない。

人は、すばらしい“今”を創ることを
大切にしなければならない。
最も自分の心のいい思いと、
自分がとりうる最もステキな行動とで
今を生きよう。創ろう。
その時、未来はもちろん、過去さえも
我々は意志で変革し創造するだろう。

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どのように生きればいいのか?「生きる方法」哲学科の友人との会話 その2

72_2 一昨年前の8月。
突然にチハルは
脳溢血で早朝未明に
亡くなってしまった。

チハルの義理の兄から
連絡があった時
私は、明らかに動揺していた。

「あのチハル君が
 亡くなったということですか。」

「あのチハル君が
 亡くなったということですか。」

私は、何度も同じ事を
オウムのように繰り返していた。

「あれっ、これ、夢?これ、今、夢?」

          ●

家に飛んで行った。ひどく出血したのだろう。
顔も少々葡萄色がかっていた。


動かなかった。

「チハルは死んだと言うことか?」
          
          ●

チハルは、中学3年間、同級生だった。
ナメクジ中途半端優等生野郎の私に対し、
チハルは哲人悪役天才野郎だった。

あれは中1の時だった。読書感想文のクラス代表を決めることに。
私は、ビクトル・ユゴー「ああ無常」の
薄い子ども版を夏休み最終日にささっと読んで、
先生も友達も騙して1冊読んだ振りをし、
らしいどうでもいいことをだらだらと、
書き並べ、それらしい作文を上手に仕上げた。

私は、生まれて初めてこの世界
この世で怪物を見た。


その怪物は、私の対抗馬、
他の班代表として「絵本『桃太郎』を読んで」と、
朗々と読書感想文を読み始めた。

「・・・・平和な鬼の社会を、
 破壊する侵略者、桃太郎こそ、
 鬼そのものである・・・・」

私は、痙攣して泡を噴いていた。
(・・こいつは何者!?・・・・・・・)

それから、チハルは、
私の世界で特別な位置づけを持った
存在になった。

もはや時効成立。
仲のいい5~6人で煙やアルコールの匂いのする部屋で、
ギターを弾き歌いまくった。
チハルは、ギターはダントツ、歌も独特な抑揚でうまかった。

        ●

私は、高校、そしてチハルの上智大学の哲学科の大学時代、
20代の初めと、時にチハルと会い
何時間もコーヒーで、
この世界のミクロとマクロを、仕組みと
構造を話し込むその時は、楽しくて楽しくて
たまらなかったのだ。
      
        ●

当時既に、チハルの誘いで
私は劇団赤い風に関わり広告と
舞台美術担当のスタッフになっていた。

25年前、狭い小さなビルの2階
劇団赤い風のアトリエで
私は、同級生のチハルではなく
テレビでも、これまでの舞台でも
見た事のない不思議な迫力の役者、
「大泉千春」を見た。

この舞台で、
チハルは、おそろしい長ゼリフを
両手を腰の横に広げ指を開いたまま

ほとんど動きはないままに、
決して大きい声ではないのに
不思議にすべての単語が聞き取れ
それでも、あまりにも速射砲のように早口で
言ってることは実はあまりわからないのに、
それでも、この圧倒的コトバの連射は
私を麻痺させた。いや、そこに居合わせた
4~50人の観客は皆、
痙攣、マヒ状態だった。

この劇団は、盛岡では一番のアングラ劇団。
火曜サスペンス、映画「寅さんシリーズ」や
盛岡を舞台にしたテレビや映画のチョイ役出演や
エキストラの手配をやっていた。

私の家がお昼の花王愛の劇場で
「花さくらんぼ」という
3ヶ月に及ぶテレビドラマ化された時も
私とチハルは、松竹映画隊の撮影にくっつき
方言・「盛岡弁」指導のスタッフの
さらに指導と言うかフォローでついて回った。
私は、自分の家、自分も含めた家族が目の前で
テレビドラマ化されていき、なんかへんな
感じだった。

いろんな事があった。

チハルも私も
人生には、いろんな事があるはずだと
まだまだ、胸を時めかせていた20代の
若者だった。

         ●

何度も喫茶店で、チハルと
コーヒーだけで何時間も話し込んだ。
アルコールは必要なかった。
アルコールなしでも
チハルも私も、世界に酔っていた。

そんなある日のことだ。

コーヒーを飲みながら
僕らは話し込んでいた。

「チハル、大発見があるんだ。
 この人生から苦悩をなくする
 決定的発明だ。」

「ホー!?それは、いかに?」
「この人生は、苦悩で満ちており
 苦しまずに生きて行くことはできない。
 諦めよう。人生は、生きることはそういうものだ。
 そこで、俺としてはこれまでの20数年間の
 人生では最大級、指折り3本指に入る大発見をした。」

「なるほど。それで?」

「それで、その前提において
 この人生から苦悩を無くし
 苦しんで生きることから開放されるために
 俺は、苦しまない、悲しまないと
 決定した。

 本当に次々と苦しいこと、悲しいことが
 人生には訪れる。その度、苦しんでいたら
 悲しんでいたらきりがない。
 一生苦しみ、悲しみ続けなけりゃならない。

 だから、一方的に、わがまま、気ままに
 もう2度苦しまない、悲しまないと
 決定したんだ。」
 

「ユウコウ!それは、大発見だ!!」

         ●

私は27歳で結婚した。
その結婚のお祝いに、チハルは万年筆
直筆で原稿用紙34ページの小説を書いてくれた。

「青葉若葉かがやけばものみなよろし」

というタイトルの、心象的な、この話は
何ぞやというような難解というか
よく分からない小説だった。

「光を描こうとした少年は、またも
 闇を描いてしまう。幾度も、幾度も・・・・・」
 
         ●

チハルの葬儀で、私は、同級生として弔辞を
読んで欲しいと、かって赤い風の代表でもあり
現在、役者・演出家の義理のお兄さんに頼まれ
読むことになった。

         ●

弔辞を読む5人のうち、私以外の4人は演劇関係者だった。
皆、泣き崩れた。中には、まさに泣き叫ぶ
という表現のままの方もいた。会場も、
すすり泣く音で、声で
一杯になっていた。

チハルは、20年間に及んで
盛岡の若い演劇人を本当に慈しみ鍛え育てあげた。
それ故、本当に愛され、尊敬されていた。

42歳の時、結婚した。花嫁は26歳の
シナリオも書き役者もし気鋭の美人才女だった。

披露宴はパーティーに参加した
3~400人の若い演劇人たちの演出、企画による
掛け合い、パフォーマンスによる一つの舞台に
なっていた。

感動した。

その内容と共に
チハルへの若い演劇人たちからの敬愛の強さ、深さに
羨望し、身震いがした。

         ●

私は葬儀が、その演劇人たちで溢れかえり
弔辞を読むも聞くも皆、泣き散らすに違いないと
予想していた。

私は、元気に明るくチハルの物語、長編詩を
書き朗読することにした。いつも、舞台に立つ
彼らを観客に、私は、シナリオを書き、演出し、
役者をする。

葬儀場という舞台で演じることにした。

「先立つ不幸をお許しくださいと、チハル
 おまえは、お父さん、お母さんに
 一言、言いたかったろう・・・・・」と始まり
 チハルとの思い出をおもしろ、おかしく語り

 人生の長さは、感動の深さ×時間・回数なので
 決してチハルの人生は短くなかったという
 数式による証明もした。

 そして、最後に、私は
 その弔辞でチハルに、お願いした。

「おまえの愛した、奥さんや後輩たちが
 読む書物や文章を時に、輝かせて
 ステキなインスピレーションやアイディアを
 くれたり、いろいろ、これからも大忙しで
 よろしくね。」

 と結んだ。
 
         ●

葬儀の後の法事で、私が27歳の時
チハルに貰った小説の話になった。
奥さんも、義理のお兄さんも、チハルのお姉さんも
演劇の関係者の方々も読みたい。あわよくば
それから、シナリオを起こして舞台にしたいとの
ことで、後日、チハルの実家にもって行き
見せる、読ませることにした。

         ●

数日後、私は、チハルの実家に行った。
ご両親と、チハルの姉夫婦、奥さんと
5人で待っていた。

私は、その場で読むのは無理だと思い
コーピーを取って一部持って行った。

私がチハルに貰ったものだが
印刷物にしようが、シナリオに書き起こそうが
義理のお兄さんに一任してそれを預けた。

お兄さんは、それを受け取ると表紙をめくろうとしたが
「まず、読んで」とチハルの奥さんに渡した。

彼女は、ぱらぱらと最初から読み始めた。
読み始めたというより、ページごと
めくっていったというスピードと感じだった。

しかし、数十秒後、彼女は泣き出した。
「チハル君が・・・チハル君が・・・・」

私はビックリした。お兄さんやご両親も
ビックリした。どうしたんだ!

そこにチハルのお姉さんが、お盆に
お茶を持って部屋に入って来た。
そうするとお姉さんは、泣き出している彼女の
側に行って、「チハル君が、チハル君が・・・」
と泣きながら彼女が指差す原稿を見ると
お姉さんも一緒に泣きだした。
「チハルだね、チハルだね」

         ●

そこに、私が21年間何度読んでも
気づきもしなかった
暗号が隠されていたのだ。

「少年、闇を書け!自ら輝くために」

小説の中に、いつか私が、人生に苦悩と悲しみを
なくする大発明をチハルに語り、それをチハルが
大発明と認めてくれた場面。私が、その大発明を
語ったその場面の私が語るセリフの中に隠されていたのだ。

横に書かれた文章に縦に、このコトバが書かれていたのだ。

そのページを瞬間、解るなんて

史上最高のFBI捜査官でもできない。

私は、ずっと結婚6年で、チハルが突然に亡くなり
心身耗弱状態の彼女に伝えたいコトバがあった。

 そう、あのチハルとの、あの時の会話だったのだ。

   「チハル、大発見があるんだ。
    この人生から苦悩をなくする
    決定的発明だ。」

   「ホー!?それは、いかに?」
   「この人生は、苦悩で満ちており
    苦しまずに生きて行くことはできない。
    諦めよう。人生は、生きることそういものだ。
    そこで、俺としてはこれまでの20数年間の
    人生では最大級、指折り3本指に入るだろう」

   「なるほど。それで?」
   「それで、その前提に置いて
    この人生から苦悩を無くし
    苦しんで生きることから開放されるために
    俺は、苦しまない、悲しまないと
    決定した。
    本当に次々と苦しいこと、悲しいことが
    人生には訪れる。その度、苦しんでいたら
    悲しんでいたらきりがない。
    一生苦しみ、悲しみ続けなけりゃならない。
    だから、一方的に、わがまま、きままに
    もう2度苦しまない、悲しまないと
    決定したんだ。」
 
    「ユウコウ!それは、大発見だ!!」

私は、それから、この暗号の隠された場面を奥さんや
みんなに説明する機会を得た。

チハルが賛同し、それ故、チハルの思いでもあり
チハルのコトバでもあることを話す機会を得た。

チハルに残され一人になった、愛する人に残され一人になった、そして
苦悩と悲しみに襲われている彼女に、私の口から
「苦しむな、悲しむな。」とは言えない。

チハルは、私が、弔辞でお願いしたように
彼女が読んだ時、この暗号を光らせ
彼女に解読させ、そして、その事で、
私の口を通してこのメッセージを彼女に伝える機会を創出した。

チハル、おまえは今でも、賛成なんだね。
突然に、愛する人を失った人にも通用する
力あるメソッドなんだね。

人生から苦しみと悲しみをなくする
唯一の方法は、その人生を生きる主体の自分が
もう2度と苦しまない、悲しまないと決定する
以外にないということなんだね。

「少年、闇を書け!自ら輝くために」

 光ばかりに目を奪われず、きれいごとばかり
 言ってないで、見てないで、闇を書くよ。
 闇を書いても書いても、それでも、
 そこに突き抜ける滲み出す
 本当の明るさを、光を書くよ。

 21年間も気づかないバカでごめんね。

 チハル、ありがとう。

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なぜ、死んではいけないのか?「生きる意味」哲学科の友人との会話 その1

72jpg 哲学科に進むような男は
早死してしまうのだろうか。

24の時に一人の友人が死に
48の時にもう一人の友人が死んだ。

どちらも病で倒れた。

大学の哲学科に進んだ
私の友人はこの2人きりで
みんな死んでしまったという
ことになる。

まずは、24の時の死んでしまった
友人の話をしよう。

彼は、およそ、2年間
癌と壮絶な戦いをした。

亡くなる1ヶ月ほど前に
彼はふるさと盛岡に帰ってきた。

私はその間1週間程、朝から晩まで
彼の家で、人生のこと
この世界のこと
そして彼の病気のことを
話した。

彼は、お湯にはいるといくらか
痛みが和らぐと言って、時々風呂に
入ってはまた延々と話した。

癌細胞は、そういうものなのだろうか。

「生きろ」と安易には言えない
地獄のような治療とその日々の
の話を聞くと
その話を聞けば、聞くほどに
「生きろ」と安易には
言えなくなった。

彼は、当時としては前人未踏の
8回に及ぶ強い抗ガン剤の点滴療法を敢行。
戻すものは、胃袋からすべて戻し
戻すものもなくなり出るのは黄色い胃液だけ。

点滴を見ただけで痙攣を起こし
精神科とのタイアップでなんとか
治療を続けていたらしい。

舌は、抗がん剤の副作用で
口いっぱいに膨れ上がり

足首の太い動脈に
ぶつりとチュウブを差し込まれての
治療など、それは常軌を逸した
限界を超えたものだったようだ。

「生きていきたいさ。
 生きれるなら生きたいさ。
 でも、治療に疲れた。
 ほんと、ほとほと疲れたね。」
と言っていた。

それは、シリアスで
重みがあり、説得力のあることば
だった。

きれいごとで、長生きしてなんて
気軽に言えなかった。

私も24歳で、彼も24歳だった。

私は、彼の話をじっと聞き
深呼吸ともため息ともつかぬ
呼気のやり取りを繰り返していた。

彼も、話疲れて間合いが出来る。

そんな、ある時だった。

私は、独り言のように
自分に言い聞かせるように
語りだしていた。

しかし、私は、もう既に
彼に言うべき言葉を
なくしていた。
持ち合わせていなかった。

もはや、私は、
彼に言うべき言葉がなく
自分自身に語るべき言葉と
すべしかなかったのだ。

私は、語り始めた。いや、つぶやき始めた
といった方がいいだろう。。

「楽しいことも
 嬉しいこともあるだろう。
 そりゃ、生きてりゃ
 それなりにいろいろ
 あると思う。

 ごめんね。俺、実は

 そんな楽しみじゃないんだ。
 
 それより、生きていれば出会う悲しいこと
 避けられないつらいこと、苦しいこと
 たくさんあるだろう。
 これからも、うんざりするほど
 あるだろう。

 だから、実は、そんなに
 オレも生きていたいと
 思ってないんだ。

 生きるためにこんな苦しんでいる
  おまえには、甘いと思われるだろうけど
  オレ、見かけ元気そうに見えるけど
  そんなに生きていきたいと
  思ってないんだ。

  じゃ、何で生きているんだ。
  なんで生きて行くんだと言われると
  
 一言で言うと
 生きていれば自分ができる
  やってあげられること
  たくさんあるから
 もったいなくて死ねないんだ。

 手がある、足がある
 耳が、目が、口がある。
 いくらかいろんなことが
  考えられる頭がある。 

 できること
 やってあげられることが

 家族にだろう、友達にだろう
 はたまた、力あれば世の中にだろう 
 
  小さなことから大きなことまで
  数え切れないほどあるだろう。

 それが、もったいなくて
 死ねないだけなんだ。

  そう、言い終わるかいなや 
  彼は、この1週間
 見せたことのない興奮した
 顔になり、叫んだ。

 抗がん剤の副作用で
 髪の毛がなくなり
 もともと痩せていた彼は
 ますます頬の肉を落とし
 一層大きくなった目を
 さらに見開き、こう叫んだのだった。

「それは、正しい!
 それは、正しい!
 生きる理由として
 ユウコウ、それは正しい!」

 それから、堰を切ったように、
 将来の夢を語りだした。
 小説も、音楽もやりたい。

 盛岡に静養に来て
 私に絵も習いたいなどと
 語った。

  翌日、彼は、母親と
  遠く東京を越えて病院、戻った。

 それから、1ヶ月後
 彼は、亡くなった。

 彼が語った夢たちは、
 それは全て叶わぬ夢になった。

 まもなく私の元へは、
 彼の愛読書であった
 「 ツァラトゥストラはかく語りき」
 などニーチェの本が数冊届いた。
 
 「彼は、死に、私は生きている。

  現実に、この世界に生きている
  現実に生きて存在している。

  私は、生きている。

  私は、生きている限りにおいて
  死んでいるよりは、たった一つでも
  ほんのちょっぴりでも
  何かができる。

  何かをしなければならない。

  いや、何かしたい。」

  20代から30代初めまで
  この思いは
  私の生きるエネルギーになっていた。

  もちろん、今も、この宙から力を
  もらういろんな思いの一つになって
  いる。

  およそ、人間が受ける病の治療の
  限界を越えた彼が、そういう彼が
  お墨付きをくれ

  その疲れきった彼の心に
  力と夢を沸き上がらせた
  私の生きる理由は
  誰かの生きる理由になってほしい。

  (*^_^*)

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コンビニたそがれ堂

コンビニたそがれ堂 (ピュアフル文庫) Book コンビニたそがれ堂 (ピュアフル文庫)

著者:村山 早紀
販売元:ジャイブ
Amazon.co.jpで詳細を確認する

児童文学ですね。主人公も5年生。
もちろん。大人も楽しめるでしょう。
ちょっと、そこまで言うなと
私は、感じてしまう、説明しすぎかなという
ところがあるので、子供を意識しているのか
大人向けの作品なのか
判断しかねるところがあります。

作家は、骨董屋では月並みになることを
を嫌い、現代的なスチュエーションとして
コンビニにしたのかもしれませんが
駅前商店街のはずれに
夕暮れ時、赤い鳥居が並んでいる
所にあるのは、月並みでも
コンビにより、中古品や骨董屋
の方が無理がない気がしました。

誰もが、少年、少女時代の
郷愁に包まれる情景描写や
登場人物のキャラクター設定は
もう一堀り、掘り下げて
より具体的、特例的であるゆえの
普遍化が欲しいと感じました。

主人公の雄太と美音の
小さな恋の物語。
雄太の心を苦しめる
美音への一つの後悔が

欲しいものがなんでも置いてある
このミステリアスな
コンビニ「たそがれ堂」において
その解消、解決されていく
展開、流れはステキだったと
思います。

私もやって見ようかと思ってますが
みなさんも、決して手に入ることは
ないだろう自分の欲しいものを
モチーフに、このコンビニ「たそがれ堂」を
舞台に物語を描いてみてはいかがでしょうか。

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深津絵里のご案内

729月号のダ・ヴィンチの表紙に
可愛い女の子が。

深津絵里じゃないか。

ちょっと肌が白すぎ
CGで処理したのかな。

深津絵里は、
美人と言うのではないのに
もう、底なしのとびっきりの
可愛さと、キャラの魅力が
あるので、へんに整えない方
がいい。

本誌の中で、彼女が
村上春樹訳の
「ティファニーで朝食を」の中から

=何にでも慣れてたりしない。
 そんなのって、死んだも同然じゃない=

とホリーのコトバを取り上げ
自分の役との出会い、演じる姿勢を
語っていた。

今月末、全国公開の映画
漫画家、西原理恵子原作の
「女の子ものがたり」
見に行きたい映画の一つだ。
 
さて、今月のダ・ヴィンチでの
数知れぬ新刊、話題の本書評
広告の中で気になった

「コンビニたそがれ堂」村山早紀
「星守る犬」     村上たかし

村上春樹訳の「ティファニーで朝食を」
は、品切れで買えなかったが
後日、読みたい。

「星守る犬」村上たかしは、

誌面で大々的に、泣ける、泣けると
宣伝していたので
泣きたいと思って買った。
これは、小説でなく、劇画だ。

悲劇の基本構造として避けられぬ状況
というものがそこになければ、悲劇に
ならないし、それ故、泣けない。

「星守る犬」における、その事の顛末が
避けられぬものであったか?
主人公のおとうさんと犬以外の登場人物の
リアリティーは十分であったか?
と言う感想を持ったが
構成、話の展開は
いろいろ考え工夫していると感じた。

感じ方は、いろいろだ。
きっと、半分以上の人は、広告にあったように
ボロボロ泣くのだろうと思う。

今、「コンビニたそがれ堂」村山早紀を
読み始めている。楽しみたい。

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花巻東、高校野球、ワンダフルだ!

72_2 花巻東、涙の4強にて敗退。
一夜明けても、胸が痛かった。

菊池雄星君のあの涙、
あんな激しく泣き崩れる
甲子園球児も見たことがない。

でも、良かった。

今日の夕方のニュース等で
雄星君の笑顔が見れて
やっと胸に宿っていた
重いもやもやが取れました。

痛みが想像以上のもので
あったこと、そして
野球人生を捨てる覚悟で
マウンドに立ったこと

終わっても、また
感動させてもらいました。

最高の思い出と
最高の同志、戦友、友達を
持てて、雄星君も
花巻東のナインも
本当に幸せものです。

憧れ、羨むばかりでなく
自分の舞台、自分のなすべきことで
しっかりとした仕事
ドラマある仕事をしたいものです。

72pg そして今日、花巻東を破って
日大文理と戦い優勝した
中京大中京の堂林君もすばらしい。

今日は、優勝はしたが
最後打たれた自分を責めて堂林君は
泣き崩れていた。

昨日、花巻東を下した後のインタビューで
アナンサーに本来の菊池雄星君と
勝負がしたかったでしょうという
問いかけに
「あの状態、1回でも2回でも
 投げてくれたのが嬉しかった。」
と答える堂林の頭の良さ、心根の良さ
スポーツマンシップに溢れた清涼さ
これ以上の答を発することを誰が
出来よう。すばらしい、恐るべし
高校生、若者。

すっかりファンになりました。
プロになるかな?

今日の決勝戦も、緊迫した
ドラマ、ドラマの素晴らしい試合でした。

感動の夏を戴きました。ありがとう。

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朝市のとびきり可愛い看板娘、発見!

72p1160702 朝、目覚めると眩しい光が。
いい天気だ。
空を見る。秋の鱗雲だ。

今日は日曜日。
市場に行こう。

市場の散歩は
やはり気持がいい。

豆腐に、にんにく味噌を塗って
炭であぶり焼く田楽や
岩魚の串焼きが
良く売れている。

客が集まり賑わっている。
賑わうさ!

可愛い看板娘が二人(2匹)!
次々、客を呼び込み
彼女たちとお話を終えると
皆、お父さんから
田楽や岩魚、団子の
串焼きを買って行く。

大した、働きだ。

私も気の済むまで
写真を撮り
遊んで
田楽買って帰ってきました。

看板娘、会いたさに
田楽屋通いが始まるかも。

72p1160691

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夕方、弟より緊急の電話が入る。

Photo 「空が、すごい!」

ここ数年、雲の写真を撮りまくり
すでに数千枚。外付けHDDに
数知れぬ朝日、夕日、嵐の雲から
突き抜ける青空まで一杯になっている。

まどの外を見ると
隣近所の家々がほのかに
オレンジ色のフィルターが
かかっている。

アトリエから
接客中にも関わらず
中履きのスリッパのまま
カメラを持って
アトリエから出る。

客も一緒に飛び出る。

飛び出た客も
私の所で絵を習っていた
今、東京の多摩美に通いデザイン
を学ぶ男の子と、その母親
高校の美術教師と
コーギーのクーちゃんだ。

夏休みの帰省であいさつに来てくれていた。

皆で、夕日に染まりながら
雲と夕日が創り出す夕焼けの
壮大なアートを堪能した。

「僕らの誰一人、この夕日に敵う
 アーチストはいませんね。」
 なんて臭いセリフをいうやつはいない。
 安心してください。

回りの家が、邪魔して
この空が織り成す
アートの全容は
撮影できなかったが
見晴らしのいい所に
アトリエを構える
弟に撮影を頼んでおいた。

弟のブログにもっと凄い写真アップしてます。
見てください。http://black.ap.teacup.com/nakamura-takio/

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肉を切らせて骨を切る

1 120円のプレミアムローストコーヒー
ゼロ円で提供。

客は、ゼロ円のコーヒーだけでは
悪い、というか恥ずかしい。

120円得して
300円、500円使う。
場合にはよっては、
お土産だと、1000円
2000円使っていく。

マックは混んでいた。
カウンターは並んでいた。
なんとゼロ円のコーヒーだけを
頼んだのは私だけだった。

私だって、何かとトッピングしなくて
ゼロ円のコーヒーだけでいいのか
聞くべきか、そんこと聞かず
最初から何かを注文すべきか
悩みながら順番を待っていた。

でも、私にはプライドが
あった。

このプレミアムローストコーヒー
ゼロ円サービスがなくても
ほぼ毎朝、かなりの毎朝
マックにきている自負が
あった。

なぜ、120円払って
コーヒーを飲んでいるのに
ゼロ円だからといって
普段頼まぬものを頼み
300円も、500円も
使わなくちゃならないのか。

そして
私は、東京で予備校の
経営戦略の仕事をしている時
マクドナルドの研究家の
経営コンサルタントの
一泊二日の
2日間にわたる
朝から晩までの
超ハードセミナーを
受けた自負もあり


このサービスの
システムを、本質を、効果を
精査、研究する
研究者としての立場を
堅持したいという思いが
あった。

ゼロ円のコーヒー注文したのに
さらに、ゼロ円のレシートと
9月24日までの、時間制約の
ないコーヒーゼロ円の招待券も
戴いた。

本当に、つぎつぎ
手を打ってくる。

したたかだ。

しかし、これが勝ち方だ。

先手の好意の表現
先手のプラスの提供

人は、それに応えようとする。

与えることこそ
実は最大の獲得法なのだ。

肉を切らせて骨を切るのだ。

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「音楽とコーヒー、そしていくらかの人の温もり」の不思議

72 今日は何も、いいコトバも
アイデアも湧かないだろう
という時も

そこに
音楽とコーヒーといくらかの
見知らぬ他人の人間の存在の
ぬくもり、生気や気配があれば

私は、いつの間にか
カバンから
ペンと紙を取り出し


自動書記状態になり

熱くひとりよがりと
思い過ごしと
思い込みで
何かを書き出して
いるのだった。

明日21日から27日まで
マックでは
午前8:00から9:00の間
コーヒーがゼロ円。

マックもやります。

夜、妙に、映画が見たくなり
ゲオがDVDレンタル100円なので
借りに行った。

Photo 目についたのが
「COFEE AND CIGARETTES」
コーヒーとタバコを巡る
11のショートストリー。

監督も俳優も知らない。
コンセプトとジャケットだけで
借りて来た。

もっとも私は、タバコは十数年前に
ある日ある朝、胸が痛くてやめた。
ヘビースモーカーの肺のニコチンも
きれいになったろう。

「COFEE AND CIGARETTES」
おもしろいことを祈る。楽しみだ。

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私は、ワタシの企画屋。

72jpg_2 どこまで、私は、ワタシを
楽しく生きらせることのできる
天才プランナーになれるか
この人生を使って実験です。

「永遠に楽しい自分を作る」ために

まず最初に作らなければ
ならないのが
ドラえもんの協力のもと
永久エネルギー充電機。

エネルギーの確保が
個人の人生においても
国の存在と発展のために
すべての生命体、組織体において
一番たいせつ。

まず、この充電器が完成したら
あとは枝葉末節と言ってもいい。
あとの、いろんな機器は
そのつど、工夫と努力とニーズで
増やしていけばよい。

永久エネルギー充電機の完成
所持が、人生の最優先事項です。

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生きてることに期待するな、そこは、苦しみの大地だ。

72jpg 人生とは
苦しみ、悲しみ、
せつなさ、つらさ
そんなものがうごめく
黒い大きな
果てない大地だ。

でも、よく見ると
そこに小さな美しい花
ポツリポツリと
咲いているではないか。

自分と言うカゴ
自分の人生のというカゴに
その花を、摘みたい花を摘み
いっぱいにするんだ。

苦しみの大地も無限に
果てないものならば
そこに点在する花々もまた
無限無数なのだ。

摘みたいだけ
摘めるのだ。
摘みたいだけ
摘むがいい。

自分というカゴ
自分の人生のカゴは
花一杯に溢れかえるだろう。

好きな花を、好きなだけ
摘むがいい。

それが、人生だ。

OK!

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「キミの人生は開始しているのか?」

72 「自らは死なない!」と
意識的に、意志的に
決定、覚悟した瞬間から
本当の人生
創造的な人生がスタートする。

この瞬間から
自分で作る自分の人生が
スタートする。

と、私は、考えています。

えっ、別に、そんなの決めてないし
意識したこともないという
声が聞こえてきそうです。

多くの人は、意識
無意識に、この瞬間と出会い
この瞬間を持っている
と思います。

もし、この瞬間を
持たない人生があるとすれば、
その人生は、その場限り
成り行き任せ、条件反射的な
人生になりがちであり
自分の意志で貫かれた
自分の人生を
始めることはできない。

と私は見ています。

その「自らは死なない!」と
決定、覚悟した瞬間に
自分の人生がフォルムを持ち
器、形が出来ると考えます。

「自らは死なない」という
なんか意味不明な、
自分への宣言は、
実は解読すると

「不可抗力で観念すべき時は
 観念する。
 しかし、生きられるだけ
 生き抜き、自分をやり切る。
 出来る限り、心を砕き、智慧を働かせ
 自分の力の及ぶ限りの良き人生
 楽しい人生を生き抜くぞ!」

という書き下し文になるからです。

この宣言、宣誓の瞬間、人生は
フォルムを持ち、形を為し
器を持つ。

そこに入れる様々なものを
創り、集めることことが出来る。

自分の意志による
本当の意味での
自分の人生が、ここにスタートです。

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強制的に自分をシアワセにする その2

72意味もなく大きな声で

ありがとう!
ヨイショ、ヨイショ!
バンザーイ!
大好き、大好き!
かんたん、かんたん!

強制的に!

自分の中からエネルギーを湧きおこし
そして宙からエネルギーを取り込む。

声高らかに
ここから、がんばる!
ここで、がんばる!
逃げない、憧れない、ここを変える!


今、がんばる
今から、がんばる!
この自分でがんばる!
自分で何とかする!
この自分で、この自分がやる!

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強制的に自分をシアワセする その1

72jpg 生きて楽しく
生活が満ち足りて
人はシアワセならば
人は笑い笑顔が増え
呼吸は深くなる。

生きて苦しく
せつなくつらく
生活が無味乾燥で
あまり楽しくない
ひとつも楽しくない
ぜんぜん楽しくない時は

形から入る。

無理に笑顔を作り
声だし笑い
深呼吸する。

そうすると
強制的に
心に楽しさが入ってくる。

生きるために、そうする。

長く強く続けると
それに比例して
どんどん入ってくる。

死にたいと思って
苦しんでいる人の
2%だけが本当に死んでしまい

残り98%が
結局、生殺しで苦しみながら
生きてこの一生を終えるからだ。

統計的に、さんざん苦しみ
苦しみもがいたあげく
自ら死なない可能性が高いのなら
98%の人類よ。

わが同胞よ。

私は、自分を、98%の人類だと
想定した。

そして

決めた。

楽しく生きようと!

生きるか、死ぬかと悩み苦しむ
生殺しの人生でなく

楽しく生きる人生の構築
楽しく生きる自分づくりに

この人生を捧げよう!

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今日は、夏の良き日なり。

Photo お盆休み、2日目

実家のある高松の池に
神奈川から帰省中の
兄家族と行く。

池は家族客に賑わう。

Pg ボート乗り場では
観光客に餌付けされた
丸々太った鯉の群れが
恐ろしいほど迫力で
集まってくる。

池の上を、何艘もの
アヒルボートが浮かぶ。

今日は、
30度を越す夏らしい
夏の日だ。

Photo_2 ネコも暑いと
アスファルトの上で
うだっている。

Photo_3 夏には夏の顔を見せ
春には、全国桜100選らしく
見事な桜色の風景に変わり
秋には、赤く黄色く変化し
冬は冬で白鳥が群れなす
美しい所です。


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残暑お見舞い申し上げます:評判の良かったお話

Jpg 今日から、お盆休み。4日間。
この夏も、忙しかった。
というか、今年は、前半、
本当に忙しかった。

今朝、中学時代の友人からメールが
入っていた。

見よう見ようと思っていて
やっとブログ見たとのこと。

よくもまあ、毎日、アップしていると
お褒め戴いたが、膨大すぎて
全部読むのはたいへん。
おいおい、過去に遡って
読んでいくが、私のお勧め話を
教えてというので、いくつか
評判の良かったお話の
URLを送ってあげた。

今日から、お盆休み。
忙しかった今年前半の区切り
としてその送ったセレクトした話の
URLをアップします。

読んでなかった方は、どうぞ
お読みください。

億万長者のお話 その1・その2

http://kotobacafe.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-1aa4.html
http://kotobacafe.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-7146.html

ドラえもんシリーズ<1・2・3>

http://kotobacafe.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-e28f.html
http://kotobacafe.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-22bb.html
http://kotobacafe.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-a631.html

ナカムラユウコウの世界http://www.nakamurayukoh.com/

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力ある、能力ある人間

Jpg 第一に
能力のある人間とは
良い未来を
楽しい未来を
想像する力を持つ
人間のことだ。

第二に
そのために
ほんの少しでも近づくこと
今の自分ができることを
すぐに実行できる
行動力のある人間だ。

これが
自分の人生を幸せにするためにも
家族を幸せにするのにも
会社を発展させるのにも
あらゆる組織を発展させるのにも
最重要な能力だ。

良い未来を考えることは
その良い未来を考える当人を含め
当人を中心に関わる人たち丸ごと抱えて
引っ張っていく人生の羅針盤であり
地図である。

いつか話題にした
精神科医、企業コンサルタント、
受験コンサルタントである
和田秀樹さんの

「能力のある人間とは
 ものごと、人の
 良さばかりが見える人」

という定義にも相通ずる。

ものごと、人の良さばかりが見える人は
和を作り、信頼関係を育み
発展や幸せを創造する。
創造的智慧を生み、場にエネルギーを
起こす。

「良いことを考え
 物、出来事、人の
 良さばかりが
 目に付く人」

能力の高い人、力ある人とは
そういう人と言えそうだ。

能力のある人間になりたい。

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不思議なこと

Photo_3 私はずっと私だった。

不思議なことも
あるものだ。

1秒たりとも、ほんの一瞬でも
誰かであったはことない。

目覚めたら
キムタクになっていたことも
福山雅治になっていたこともない。

私はずっと私だった。

私は、このことに気づいた時
この私で
この自分で我慢して
この自分を愛して
この自分を変え育て

いずれこの自分で
この私が生き続ける、
生き続けるであろう
人生をなんとか
しなければならないのだと
覚悟した。

この自分で生きる。
この自分で人生を創る。

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私が「生きる」ことを決定した人生モデルのインスピレーション

<ダッシュくんのてつがくしょ18ページより>
Photo_2 私は、かって生きることに苦しんでいた。
ほとほと苦しむことに疲れ果てていた
20代の初め、ある日、ある時
一つのインスピレーションが
幸運にも私に訪れた。

私は、このグラフの
「かわいそうな人生」や
「ふつうの人生」で
この人生を終えるだろうと
予想していた。

その事を思うと人生は
たどり着くパラダイスなどない
延々と続く、
死にたいと思っても
なかなか死ねないから
生き続ける、膨大な時間つぶし
に思えていた。

しかし、この人生モデルのインスピレーションの
「まあまあすごい人の人生」
「すごい人の人生」
「めちゃすごい人の人生」
が存在する、可能性として
ありうるのではないかと
直感したのだ。

ゼロより下に行かない、
さらには、その折れ線グラフの最底値は
どんどんあがって行く
そんな人生の進化の可能性を
直感したのだった。

生きたい。
楽しく生きていきたい。
強く、深く、高く、賢明に
そして
自分ひとりの時も、人といる時も
いついかなる時も
楽しく生きていける人間になりたい、
楽しく生きて生きたい。

人間のハードの進化はそれは
限りや思った通りと行かなくても
ソフトは無限、天井知らず
どこまでも進化が可能なのではないか。

この「人間」をやってみたい、

生きたい、そう思った。
今だって、そう思っている。

だから本を読むことも楽しい。
人と会って話すことも
人と出会って、語ることも
うんざりしたり
イラついたり
ほとほと困っている
自分と出会うことさえ
楽しい。

それは、すべて
自分のソフトを進化させる
貴重な一つ一つの機会
チャンスだからだ。

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人生の変わり方、人生の変え方

ー今日の殴り書きメモからー

Jpg 一点突破!
全面展開

キミの欠点
人生、生活の
問題点は
いっぱいある
ようにみえるけど
1つなんだ。

まず、
一番、なおさなけりゃならない点
一番、解決しなけりゃならない点
と立ち向かい

それを
消滅させれば
全部なくなる。
全部良くなる。

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足のないボブ・ウィーランドと手足のない乙武さんから学ぶこと。

3_2 私と愛犬ボッシュの共著
「ダッシュくんのてつがくしょ」の帯には
こう描かれている。

「自分にないもの、数えきれない。
 自分にあるものも数えきれない。
  
 自分にできないこと、数えきれいない。
 自分にできることも数えきれない。」

キミはどちらを数えますか?

キミはどちらで生きますか?
ということですね。

<補足>
自分にあるもの、自分にできること
ノートや紙に書き出してみてください。

この作業をやったことのない人は
是非、気負わず、今すぐやってみてください。
疲れたり、ひらめかなくなったら
すぐやめればいいです。
今やらない人の80%の人は、
一生やらないでしょう。

これをやると、自分の脳が変化し
人生のステージが変わりワープし
エネルギーが宙から、膨大に
一気に流れ込みます。

2 朝のおさんぽが大好き<この写真の裏表紙のコトバ>

心の中へ、思った時に欲しいだけの
 エネルギーを充電するしくみを生活の中に
 つくることができたなら、すべての夢や
 思いは実現されていくだろう。」

ーワン、ワン。-

「そして、夢や思いはステキに進化し続け
 人生は楽しく多くの喜びと感動に満ちあふれた
 エキサイティングなドラマになるだろう!
 -かたいかな?」

ーワン、ワン。-

1 すっかり大人になったボッシュ君

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両手両足のないオトタケさんから学ぶ。

五体不満足 Book 五体不満足

著者:乙武 洋匡
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

手がない、足がないという話題になれば
日本では、やはり乙武洋匡さんだろう。

「五体不満足」は500万部を超える
ベストセラーとなった。

彼は、両手、両足がない。、

先天性四肢切断という病気で、
おぎゃあと生まれたときから、
手も足もなかった。
とっても短いけど、腕と太ももはある。
その短い腕を使って、
電動の車いすに乗って、
自分で動くことはできる。

私生活では、2001年3月、
早稲田大学で1年後輩の女性と結婚。
2008年1月3日には、
第1子(長男)が誕生している。

「障害は、不便ではあるけれど不幸ではない」
と乙武さんは言う。

その通りだと思う。

しかも、障害とキチンと向き合い不便さを補い
障害のない部分を、特化させ伸ばし
その能力を自分の人生の
ミッションとまで高めることが出来れば
その人生は、むしろ不幸どころから
そこには充実と多くの出逢いと感動が溢れ
幸福な人生である。

ひと頃、ニュースキャスターや
スポーツライター・キャスターで
随分とテレビ露出していたが
最近の彼の様子を調べてみたら
なんと、小学校の先生として
頑張っているようだ。

彼の公式オフィシャルサイトのブログでは

 「さてオトタケ、元気でやっております!!
  教員生活も、この4月で三年目となりました。
  今年度は、元気いっぱいの4年生を担任することに。
  個性豊かな23名の子どもたちと、
  忙しくも楽しい毎日を送っています。」

と元気一杯だ。

両手両足がない乙武さんだが
そのプロフィールを確認して
両手両足があって、何かと便利で
活動しやすい私を含めた
五体満足の我々の発奮の場としたい。

大学在学中、自身の経験をユーモラスに綴った『五体不満足』
(講談社)が多くの人々の共感を呼び、
500万部を超す大ベストセラーに。
’99年3月からの1年間、TBS系『ニュースの森』で
サブキャスターを務め、いじめ問題やバリアフリーについて取材、
レポートした。

大学卒業後は、「スポーツの素晴らしさを伝える仕事がしたい」と
の想いから、『Number』(文藝春秋)連載を皮切りに執筆活動
を開始。スポーツライターとして、シドニー五輪やアテネ五輪、
またサッカー日韓共催W杯など、数々の大会を現地で取材した。
特にスポーツ選手の人物を深く掘り下げる眼に定評がある。

子どもの頃のエピソードをもとに書いた絵本『プレゼント』
(中央法規出版)、翻訳絵本『かっくん』(講談社)、
ドラえもんの絵に詩を載せた絵本
『とっても大好きドラえもん』(小学館)、
平和をモチーフにした絵本『Flowers』(マガジンハウス)を
手がけるなど、子どもたちへのメッセージを発信していく
ことも活動の大きな柱としている。

’05年4月からは、東京都新宿区教育委員会の非常勤職員
「子どもの生き方パートナー」として教育活動をスタートさせる傍ら、
明星大学の通信課程に学び、’07年2月に小学校教諭二種免許状を取得。
同年4月から、杉並区立杉並第四小学校教諭として勤務している。

これが、両手両足のない乙武洋匡さんの活動であり
実績だ。もっともっと両手両足を生かして
生きていきたい。

 

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夢の実現の、究極のコツ。

Udede 水曜日は、お風呂、銭湯の日だ。
特別用事が出来なければ
弟と写真家のオータニ君と3人で
いく。

そこでいろいろ、仕事のことや
写真やアート、ボクシングのこと
様々な世の中の事件の事や
耳寄りの情報などを交換する。

昨日は、オータニ君が
テレビで先日見た両足を戦争で失い
両腕でアメリカ横断をした男の
感動的な話を教えてくれた。

早速。家にもどって
ネットで調べた。

彼の名は、ボブ・ウィーランド。

彼は、幼い頃から、運動神経バツグン。
大好きな野球で、プロになるのが、夢だった。
だが、彼に招集令状が届く。
時代は、ベトナム戦争、真っ只中。
彼は、戦場へ送られた。
想像を絶する、過酷な戦い。
そんな彼を癒してくれたのは、
ベトナムで出会った子供たちだった。
このベトナム戦争に、なんの正義と意味を
見いだせなかった彼は、
生きて帰えり、大リーガーになってお金を稼ぎ、
ベトナムの子供たちに腹一杯食べさせ、
笑顔を取り戻そうと決意する。

しかし、そんな彼に悲劇が襲う。
パトロール中、なんと地雷を踏み、
両足を失ってしまったのだ。

大リーグへの夢は絶たれた。

生きる望みなど、なかった。

だが、ボブ・ウィーランドは、
とんでもない計画を、
思いついた。

腕だけで、アメリカ大陸横断。
ルートは、ロサンゼルスからワシントンまで、
全長4500km。

「この挑戦は、きっと注目される。
 ベトナムの子供のために、
 募金を呼びかけるんだ」

彼は、大リーガーになることでなく
今の彼が、今の彼だからこそ出来る
ベトナムの子供たちに
腹一杯の食べ物を
贈る術を考え準備した。

腕だけで歩く男の姿をさらけ出し
その姿だからこそ、その肉体だからこそ
話題になり、募金も
集められると企てた。

1年半に及ぶトレーニングで、ボブの腕は、
鋼の筋肉に覆われた。

1982年9月。途方もない冒険が、
スタートした。だが、懸命に進んでも、
1日8kmがやっと。
ボブは、くじけそうな心と戦っていた。

スタートから、3年8ヵ月。
ついに、アメリカ大陸横断に成功。

募金3700万円が集まり、
ベトナムの子供たちに寄付された。

そして彼は、その後も、様々な活動を通じ、
世界の貧しい子供たちを、救い続けているのだ。

夢の実現、ゴールの仕方
道順はいくらでもある。

問題は、辿り着くか
着かないか。

いろんな手段も
方法もあるかもしれない。

しかし、何かを実現するには
細かいことは抜きにして
重要なことは
やるかやらないか
実現するまでやるという
コツしかない気がする。

そのコツを理解した者のみが
その実現の過程で
大胆なアイディア
賢明な最短距離の道順
画期的、オリジナリィティー溢れる
ノウハウを生み出させるのだ。

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「気づいたら、悩まず、すぐに修正」デッサンから学ぶことその2

1057 とにかく、間違い、狂いに気づいたら
すぐ修正することだ。

その時、直さなければ、今は
小さなズレ、間違い、狂いが
そのズレにズレが生じ
その間違いが次の間違いを誘発し
その狂いが、どんどん狂いの
ドツボにはめて、落とし込んでいく。

そのズレ、間違い、狂いを
直すのはしんどいけれど

そこで自分が一生懸命描き込み
積み上げて来たものを
消し失い切り落とすことは
精神的にしんどいけれど

デッサンは、そういうしんどいものだけれど、

しかし

自分が一生懸命描き込み
積み上げて来たものを
消し失い切り落とすことも含め
いやその行為そのものが
創造作業であると自覚して
気持ちのいい完成した絵を
夢見て信じて頑張る

それがデッサン。

誤まることが、恥なのではない。
誤りを認められない
直せない
「ゴメンなさい。」
「すみません。」とすぐに
いえない事が恥ずかしい
ことであり、自分の心と生活と人生を
そのズレが、次のズレを生み
その間違いが次の間違いを誘発し
その狂いが、どんどん狂いの
ドツボにはめて、落とし込んでいく。

デッサンは、深い。

「ごめんなさい。」は
一分一秒、早い方が、可愛い。ステキだ。効果的だ。

ちなみに、回りを見ると
自分に自信のある人、自分の生活
生き方、人生の中身に自信のある人ほど
非を認め、誤りを認め
「ごめんなさい。」と、気持ちよく
言えるような気がします。

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「何も見てない、見えてない。」デッサンから学ぶその1

Jpg_2 高校生や、紳士淑女に
絵を教える機会がある。
今日、火曜日は
隔週で紳士淑女の日。

デッサンから学ぶことは、
本当にたくさんある。

例えば、ビン一つでも、
よくぞここまで
人は、自分勝手に
描けるものだ
と思う。

同じビンを見ても、
まったく形が違う。

自分の描きやすいよう、
自分の描きいいように描き

自分の気になる所
自分の描き安い所を中心に
描き込み、結果、モチーフと
似ても似つかぬ
オリジナル?な世界が出来上がっている。

これは、高校生や紳士淑女が
絵が下手だとか馬鹿にしたり見下したり
しているわけではない、
そんな話をしたいのではない。

人は、本当に何も見てない、見えてない。
あるいは、見たいと所、見えるところ
ばかり見えて、そこが強調されデフォルメされ
全体として歪んだりあり得ない形に変形
成形されて、見えている。

つまり、この世界の一つ一つが
そうだとすると、その一つ一つの集合で出来ている
その一人一人の世界において
同じこの世界に生きている様でも
実は皆、まったく違う世界に生きている。

これは、ものだけでなく
家族、友人、同僚という
自分の周囲、周りの人間
世の人を見る、感じる
場合においても同じことが言える。

これは、何かの対象だけでなく
自分が見る、自分自身
自分が感じる自分自身においても
それも含み同じことが言える。

恐ろしいことだ。

極論、同じ、この世界に住み生きて
いるのに地獄に生きている人もいれば
天国に生きている人もいる。

しかもその世界も誰でもない
自分が作り出しているのだから
この自分とは不思議なものである。

デッサンは、深い。いろんな事を
学ばせてくれる。

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旅の目的

Photo_2 存在の深奥、命のコアから
とめどない生エネルギーを
湧かせる得る

そういう

決定的なコトバ
決定的な標語
決定的な物語

そういうものはないものか。

それを求め
それを掘り出し
それを産み出す
旅とできるか。

出逢いたい!
そういうコトバ
そういう物語。

旅よ、Good luck!

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スキーがうまくなる方法、人生がうまくなる方法。

Jpg この暑い夏に、季節感の
ないスキーのお話。

小学校の頃
体育は全般に良かった。

足も速ければ
跳び箱もうまい。

ただ、いつか書いたが
貧乏な為、グローブが買えず
野球は下手だった。

それと同じ理由で
スキーがなくて
最初スキーは不得意だった。
学年で一人
傷だらけ超、オンボロおさがり
長靴スキーだった。
まぁ、私は私なりに使いこなして
いたんだけど。

道具のハンディーだ。
6年の時、生活保護世帯には
立派なバネスキーが市から
プレゼントされた。

6年になって
めきめきうまくなった。
道具のせいでない。
道具のせいもあるかな。

なんと言っても一番の理由は

どんな高い山の急斜面でも怖くない
コツを体得したのだ!

スキー以前に、私、そもそも高いところダメ。
ちょっと高所恐怖症。

橋の上、車で走ってもドキドキ。
山道、岬を走る道路もドキドキ。
普通じゃありません。
そういう道路では話しかけないで
ください。私、余裕、ありません。

話、戻します。

つまり、どんな急斜面の高い山でも
結局はスキーと接する部分を滑って
いるのであって、山が高い低い
急だ、急でないは関係ない。

自分は、今、スキーと接している部分
だけを上手くやり込め対処し勝負すれば
いいだけだ。高くて、急斜面の山全体ではない。

下を見て、こんな急斜面転げ落ちたら
骨、10本折るだろうな。
いや、10本で済まない。
あちこち、30本、いや50本と
考えても仕方がない。

そんな、考えませんよ、という人も
いるかもしれないが、いやいや
人は想像の30本骨折、50本骨折に
苦しみ怯え悲しみに打ちひしがれていることが
多々あるものなのだ。

人はそんな風に考えて
そこに立ち止まっていたり
地団太踏んだり
泣き崩れたりしているものなのだ。

遙か下の方を見ると怖くなるが
勝負は、接する部分だけだ。

それから、どんな山も
斜面も怖くなくなり
バンバン滑り始めたら
うまくなった。

人生も、あまり先や
下を向いて怯えてはいけない。

人生を全うするのはたいへんな気がする。
それでも、私たちは、今を、今日
生きている。

いな、今を、今日しか生きられない。
昨日を生きることも、明日を生きることも
出来ない。

今日を全うするんだ。
今日のことを、一つ一つ片付けていく。
「今」と「ここ」と「自分」と
この3つですべてを初め
すべてを何とかして創っていかねばならない。

がんばらなくてもいい。
いずれ生きていく限りは
やらねばならない
今日やること、
さらには、出来るところで
未来に貯金するが如くの
楽しみ、ワクワク感で
今日やっておくと
明日が楽だ、今月が、今年が、
この人生において
楽だ、いいことだということを
一つ一つを片付けて行こう。

特に、疲れているとき
不安になっているときは
そう考えた方がいい。

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お盆の楽しみ「スラムダンク」と「バカボンド」。井上雄彦、凄い人ですね。感動。

Slam dunk―完全版 (#24) (ジャンプ・コミックスデラックス) Book Slam dunk―完全版 (#24) (ジャンプ・コミックスデラックス)

著者:井上 雄彦
販売元:集英社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

前から気になっていた漫画「スラムダンク」
井上雄彦の作品。バスケットの世界を舞台に
個性的なキャラクターが物語を展開する。

漫画好きの人に聞くと、皆が進める作品の一つで
絶対いいと押すのでいつかはと思っていた。
単行本31巻の売り上げは1億冊という驚異的
なセールスという。

さらに、天下無双を目指し武者修行を続ける
宮本武蔵の生涯を描く「バカボンド」
バカボンドと言うのは英語で「漂白者、放浪者」
という意味らしい。これも4000万部を超える
驚異的なセールス。
これは、10代から70代までの幅広い層を
巻き込んだムーブメントになっているという。

こんな伝説的なヒットメーカーもプロとしての
初連載はなんと12週間で打ち切り。

こういう状況におかれ多くの漫画家が挫折感を
味わい姿を消すのだという。

バガボンド―原作吉川英治「宮本武蔵」より (1) (モーニングKC (619)) Book バガボンド―原作吉川英治「宮本武蔵」より (1) (モーニングKC (619))

著者:吉川 英治,井上 雄彦
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

井上雄彦は、現実の厳しさを見せられたと
語るが、落ち込まなかったと言うのだ。
「まだ、バスケットを描いていないじゃないか」
まだ、自分の得意技を出してない。
得意技を出せば、まだいけるはずだ

そういう思いがあったので、完全にへこむことは
なかったという。

そして描き始めたスラムダンク。キャラクターに
感情移入してよく泣きながら描いていたという。

自分の好きなものベスト1.ベスト2の
「バスケット」と「マンガ」を合体させたものとして、
大切な作品であり「悔いなし」だという。

ステキな人だ。明快な人だ。

すっきりとして、幸せな人だ。

感動です。早くお盆休みになって、30数巻
ゲオでレンタルして一気に読みたい。

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