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なぜ、死んではいけないのか?「生きる意味」哲学科の友人との会話 その1

72jpg 哲学科に進むような男は
早死してしまうのだろうか。

24の時に一人の友人が死に
48の時にもう一人の友人が死んだ。

どちらも病で倒れた。

大学の哲学科に進んだ
私の友人はこの2人きりで
みんな死んでしまったという
ことになる。

まずは、24の時の死んでしまった
友人の話をしよう。

彼は、およそ、2年間
癌と壮絶な戦いをした。

亡くなる1ヶ月ほど前に
彼はふるさと盛岡に帰ってきた。

私はその間1週間程、朝から晩まで
彼の家で、人生のこと
この世界のこと
そして彼の病気のことを
話した。

彼は、お湯にはいるといくらか
痛みが和らぐと言って、時々風呂に
入ってはまた延々と話した。

癌細胞は、そういうものなのだろうか。

「生きろ」と安易には言えない
地獄のような治療とその日々の
の話を聞くと
その話を聞けば、聞くほどに
「生きろ」と安易には
言えなくなった。

彼は、当時としては前人未踏の
8回に及ぶ強い抗ガン剤の点滴療法を敢行。
戻すものは、胃袋からすべて戻し
戻すものもなくなり出るのは黄色い胃液だけ。

点滴を見ただけで痙攣を起こし
精神科とのタイアップでなんとか
治療を続けていたらしい。

舌は、抗がん剤の副作用で
口いっぱいに膨れ上がり

足首の太い動脈に
ぶつりとチュウブを差し込まれての
治療など、それは常軌を逸した
限界を超えたものだったようだ。

「生きていきたいさ。
 生きれるなら生きたいさ。
 でも、治療に疲れた。
 ほんと、ほとほと疲れたね。」
と言っていた。

それは、シリアスで
重みがあり、説得力のあることば
だった。

きれいごとで、長生きしてなんて
気軽に言えなかった。

私も24歳で、彼も24歳だった。

私は、彼の話をじっと聞き
深呼吸ともため息ともつかぬ
呼気のやり取りを繰り返していた。

彼も、話疲れて間合いが出来る。

そんな、ある時だった。

私は、独り言のように
自分に言い聞かせるように
語りだしていた。

しかし、私は、もう既に
彼に言うべき言葉を
なくしていた。
持ち合わせていなかった。

もはや、私は、
彼に言うべき言葉がなく
自分自身に語るべき言葉と
すべしかなかったのだ。

私は、語り始めた。いや、つぶやき始めた
といった方がいいだろう。。

「楽しいことも
 嬉しいこともあるだろう。
 そりゃ、生きてりゃ
 それなりにいろいろ
 あると思う。

 ごめんね。俺、実は

 そんな楽しみじゃないんだ。
 
 それより、生きていれば出会う悲しいこと
 避けられないつらいこと、苦しいこと
 たくさんあるだろう。
 これからも、うんざりするほど
 あるだろう。

 だから、実は、そんなに
 オレも生きていたいと
 思ってないんだ。

 生きるためにこんな苦しんでいる
  おまえには、甘いと思われるだろうけど
  オレ、見かけ元気そうに見えるけど
  そんなに生きていきたいと
  思ってないんだ。

  じゃ、何で生きているんだ。
  なんで生きて行くんだと言われると
  
 一言で言うと
 生きていれば自分ができる
  やってあげられること
  たくさんあるから
 もったいなくて死ねないんだ。

 手がある、足がある
 耳が、目が、口がある。
 いくらかいろんなことが
  考えられる頭がある。 

 できること
 やってあげられることが

 家族にだろう、友達にだろう
 はたまた、力あれば世の中にだろう 
 
  小さなことから大きなことまで
  数え切れないほどあるだろう。

 それが、もったいなくて
 死ねないだけなんだ。

  そう、言い終わるかいなや 
  彼は、この1週間
 見せたことのない興奮した
 顔になり、叫んだ。

 抗がん剤の副作用で
 髪の毛がなくなり
 もともと痩せていた彼は
 ますます頬の肉を落とし
 一層大きくなった目を
 さらに見開き、こう叫んだのだった。

「それは、正しい!
 それは、正しい!
 生きる理由として
 ユウコウ、それは正しい!」

 それから、堰を切ったように、
 将来の夢を語りだした。
 小説も、音楽もやりたい。

 盛岡に静養に来て
 私に絵も習いたいなどと
 語った。

  翌日、彼は、母親と
  遠く東京を越えて病院、戻った。

 それから、1ヶ月後
 彼は、亡くなった。

 彼が語った夢たちは、
 それは全て叶わぬ夢になった。

 まもなく私の元へは、
 彼の愛読書であった
 「 ツァラトゥストラはかく語りき」
 などニーチェの本が数冊届いた。
 
 「彼は、死に、私は生きている。

  現実に、この世界に生きている
  現実に生きて存在している。

  私は、生きている。

  私は、生きている限りにおいて
  死んでいるよりは、たった一つでも
  ほんのちょっぴりでも
  何かができる。

  何かをしなければならない。

  いや、何かしたい。」

  20代から30代初めまで
  この思いは
  私の生きるエネルギーになっていた。

  もちろん、今も、この宙から力を
  もらういろんな思いの一つになって
  いる。

  およそ、人間が受ける病の治療の
  限界を越えた彼が、そういう彼が
  お墨付きをくれ

  その疲れきった彼の心に
  力と夢を沸き上がらせた
  私の生きる理由は
  誰かの生きる理由になってほしい。

  数十年の時が過ぎ
  こうやって、誰もが、平等に、不特定多数の多くの人に
  簡単に自分の考えやアイディア
  思いや意見を語り
  発表できる
  時代が、来るとは
  あの頃、考えもしなかった。

  私の生きる理由が
  誰かの生きる理由に
  新たに一つ、加えられること
  祈って今日は、キーを
  置こう!

  生きようね。
  死んじゃ、もったいないよ。

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人生」カテゴリの記事

コメント

感動した

投稿: こころ | 2011年5月15日 (日) 22時22分

こころさん

ありがとう。

読み直してみました。
いくつか、誤字脱字を見つけました。

それより何より、読み直して
私も感動しました。

こうやって
不特定多数の名前も知らぬ
ソウルメイトに向けて
文章を発信できるブログに
改めて感謝です。

投稿: | 2011年5月16日 (月) 09時03分

私にできること、できないこと、
あなたにできること、できないこと、
なんにもわからない。

でも、価値があるんだね。

投稿: にこ | 2011年12月 8日 (木) 11時28分

にこさん

コメントありがとうございます。

どんな小さなことでも
何もしないことより
いいと思います。

ゼロに何を掛けても永遠に
その答はゼロです。

でも、ゼロではなければ1でも2でも
その掛け算は掛ける数が大きければ
大きいほど、大きな数になります。

それは積み重ねであったり
人の輪の広がりや行動内容の広がりで
あったりするわけです。

所詮、人間一人の行為が
さまざまな状況においてや世界にどれだけ効果が
あるかは、全ての行為において
判断がつきません。

だから効果の観点や人の評価とは別に
自分の心、思い、美学で自分の価値観のこだわりで
行動し生きて行くしかないないと
私は、思っていますよ。

投稿: nakamura | 2011年12月 9日 (金) 20時18分

自分の親友は、20で亡くなりました。事故ですけど。
でも、そういう運命なのでしょう?

生きている意味?ないです。友達?いません。
家族?ありません。

どうせもう、あと20年くらいで死ぬんですけど。
いまさら、なにを?

はげたおっさんの夢?安楽死。それで、人生をやり直したい。
あと20年も、こんな生活、意味がない。

生きたい人は生きればいい。理由があって、
国に認められたら、死ぬ権利があってもいいと思います。

美学ですか。綺麗ごとはいらない。増える自殺者。増える孤独死。
それが、減ったりしてますか?結局、何もできないんですよ。
自分の思い、理想などでは、生きていけない人もいるのですよ。

苦しいのはいやなので、それでも自殺ができればいいけど。
待ってるのは、孤独死。それが現実。

投稿: sei | 2012年4月17日 (火) 05時46分

追加

今まで生きてきたのは、周りに人もいたし、仕事もしていた。
それなりの価値もあったのでしょう。そのときは。

今は、体もまともに動きません。事故で腕が上がらないし、
仕事なんてできる状態ではないです。
それでも、そのくらいでは、障害手帳ももらえません。

今から、野球選手になれますか?無理ですよ。

自分の価値は終わったんだと思います。
もう、人と関わることはやめました。
誰がなんと言おうと、人と関わることはしません。
貯金もなくなりそうです。

書き込むことが人と関わることとは思っていません。
ただ、パソコンという機械?に書いているだけです。
それか、文字に対して書いてます。

管理人さんが、どなたかご存知ないし、面識もない。

なにか矛盾しているところが、あるとは思いますが。
こういう人も、多々、存在しているということです。

管理人さんの、ブログに対して、誹謗、中傷するものでは
ありませんので、ご無礼がありましたら、お許しください。

投稿: sei | 2012年4月17日 (火) 06時21分

seiさんへ

コメント、ありがとうございます。

身体状況に起因し仕事が出来ず、貯金も底を
つきそうなのは、たいへんですね。

地域の民生員等に掛け合い
生活保護世帯として補助が可能かご相談したり
事故で腕が上がらないということですが
たとえばパソコンなどは出来るという
状況であれば、タイミングにおいては、
10万程度の生活資金を給料的に戴きながら
職業訓練を受ける制度なども
治自体によってはあります。
また無利子の生活支援金貸与も
各市町村であるかと思いますので
いずれ市役所や町村役場を
一度訪ねては如何でしょうか。

身体的に行くのはキツイ、交通手段がない
今一つ、気持ち的に行けないという場合は
まずは、お電話だけでもしてみたら
如何でしょうか。

私は、あいだみつおさんの
「頑張らなくてもいい。
 具体的に動くんだ。」
というコトバが大好きです。

何か開けること、何か少しでも
状況がよくなるよう祈ります。

投稿: nakamura | 2012年4月17日 (火) 18時26分

優しいお言葉、ありがとうございます。

生活保護の制度も知っております。
ナマポなんて差別されるのも、知っています。
まあ、自己申告しなければ、一般人と、変わらないんでしょうけど。

朝から晩まで、ニュースで、殺人やら、特に京都の祇園の車が
ぶつかるときの映像を見ていたら、震えが止まらなくなり、
手に汗が出るのに、ストーブの前でじっとしてないと、おかしくなりそうに
なってしまって。(外の気温は15度くらい)
病院に電話したら、きてくださいというので行ってきました。

生と死。わかりません。もう、考えたくないです。でも考えてしまうから
こうなるのでしょう。

ちょっと、自分でも怖いです。いつ理性がぶっとぶのか?
そういうときがくるのか?不安です。
でも、今はこうやって、書き込んでるので、大丈夫だと思います。

あいだみつおさんのお言葉。わかるんですけど自分には響かないです。
すいません。こうやって、言うと反論してるみたいですが、
そうではないので、誤解なさらないようにお願いいたします。

来世というものがあるとしたら(宗教は信じていません)
ビッグスターになって
火星のアリーナで、ライブしたいですね。
そのときはご招待しますので、来てくださいね。

それでは失礼いたします。管理人さんは、優しい、いい人です。
ありがとうございました。

投稿: sei | 2012年4月18日 (水) 14時24分

seiさん

こんなステキな予約をして
くれた方は、seiさんが
初めてです。

しかと忘れないよう
心に留め、命に刻みました。

火星のアリーナでのライブ
必ず招待してください。

アメリカの古いことわざ
アメリカンインデアンでしょうか?

こんなことわざがあります。

ー生まれかわるなら
 生きているうちに
 生まれ変われー

と。

たとえば、たとえば、この世でも
seiさんがこんな心を感じ
ユーモアとウィットと時空自在の
想念アイディア豊かな文章で
seiさんしか書けないコトバとで
その連なりで、魅力的な
詩集や本を出したりとかなどなど
とても幸運な何かが、起こったりなど
突然有り難い幸運が舞い込んで
とても安心して楽しく生きられる
状況になったりした時も
また、お知らせ下さい。

seiさんにも、私にも、おそらくは
誰にとっても、今日の日は
残りの寿命の初日です。

丁寧で、心のこもった
コメントメール、本当に
ありがとうございます。

投稿: nakamura | 2012年4月19日 (木) 10時59分

ありがとうございました。

投稿: | 2017年9月 6日 (水) 03時13分

五年越しのseiさんのお言葉でしょうか?
それとも、別の方でしょうか?

いずれ、「こちらこそ、ありがとうございました。」
と返信します。

少しでも楽しく少しでも健康に
すこしでもしあわせが増しますように。

投稿: nakamuara | 2017年9月 7日 (木) 11時05分

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