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今日は、岩手大学の推薦入試。あの頃の私と言えば。

P1070316_3今日は、岩手大学の推薦入試。

私のアトリエ通う高校生も
二人受験。

作品を積んで、生徒を大学に
送り届けた。

数日前から、最後の準備の詰め。

試験は、持ち込み作品2点と
作品フィアルと面接によって
合否を決める。もちろん
内申書も加味されるだろう。

作品には、校長による
ここ1年以内の当人の作品で
あることの証明書が必要だ。

いずれ、学科の入試がないのは
なんと楽だろう。

かれこれ、あの頃の私。

私は、一般受験だった。

高校2年の秋で、サッカー部もやめ
3年生からは、本格的に受験勉強に
シフトした。

学校が終わると、3時か4時頃から
美しい高松の池公園の中にある
市立図書館で、苦手な数学の勉強を
数時間してから家に帰った。

家では、英語に日本史、世界史
科学は、文系らしく生物・地学と
毎日深夜までやったが、もしも
落ちて来年、もう一年、こんな生活を
していたらと思うとヘドがでた。

私の中に浪人という選択肢はなかった。

なぜなら、わたしは合格したとしても
すぐ大学をやめて、花の東京に出るつもりでいた。
大学に落ちたら願ってもない何よりのこと
なんのためらいもなく東京に出られると
思っていたのだ。

私は、東京に出て本屋でアルバイトをしながら
文章を書き芥川賞を取るのが夢だった。

古い時代の少年がみな、将来の夢はと聞かれて
誰もが総理大臣と答えたあのレベルと同じだ。

芥川賞がなんたるか、そしてそれが
どんなたいへんなことかも分からず
ただ、文章を書くものの最高の賞
あるいは有名人になる数少ない有力な手段
でしかなかったのだろうが、
とにかく芥川賞だったのだ。

それより何より、数ある仕事、
生活の有り様の中で、
なぜ本屋でアルバイトであったのか
今も、昔も分からない。
18、19とかって、
何考えているかわからないですよね。

人間、その頃、一番、不安定で、子供でも
大人でもない変な生き物ですよね。

しかし、不運にも合格してしまった。

心、ここにあらずの、中途半端で
何かと非常に精神的に不安定な
大学生活の前半の2年間が始まったのだった。

人は生き続けることは、当たり前で
正しいことと思い込んでいたそのことを
もう一度、本当にそれは当たり前で
正しいことなのか、生きることの意味と価値を
抜本的に問い直し理論構築し、同時に
この世界とは何たるかを見極める
苦行のような思索の
暗黒時代に突入したのだった。

それは、私が最も書き思索した
一時期であったし、私の人生の構成
物語という視点で言うなら、今思えば
非常にたいせつな一時であった。

あの頃の自分と同じ年頃の子達の
面倒を見ている自分に、
長いような、短いような
時の流れを感じながら、
冬枯れの木々がそそり立つ
美しい大学構内を散歩した。

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