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可愛がった命は、私たちを守ってくれる。その2

Samazama_016 長くなるので
なるべく短く話そう。

思えば、4年前の12月
年の瀬迫る師走の半ば頃。

愛犬ボッシュが亡くなって
半年ばかりが過ぎていた。

弟の太樹男は、留守で
東京の松屋銀座で
画業15周年の記念個展を
例年の小さなサロンではなく
大家の先生や大きな企画展の
会場となる大画廊でいよいよ
明日から開催と搬入準備の
真っ直中の夕方7時少し前だった。

私は、ふとした会場のマスコミへの
手違い連絡ミスで、私の主宰する
絵画教室の作品展が、私の個展として
一部マスコミで告知されるに至り
急遽、私の個展も同会場の2階で
開催する事になった。
訂正は出来ない。
「誤りでした、お帰りください。」
と張り紙をするわけにもいかない。

作品はあった。

その年、春、高橋克彦さんが
直木賞を受賞した「緋い記憶」という作品
の映画化に伴い、デザイナーの主人公が
学生時代などに描いた絵やヒロインを
モデルに描いた肖像画などの撮影に使う
絵画作品を全て私が描いていた。
その原画が手元にあった。

撮影に際しては私のアトリエで
主人公を勤めた
角替和枝と柄本明の息子、柄本時生君に
監督、演出家同席のもと、
即席の絵の描き方教室もした。
撮影には監督と一緒にモニターを見て
絵の描写姿の演出をした。

また、秋にはイタリアのボローニャの
世界絵本原画展にも作品を出品しており
それらに伴い、その年は、何か
につけ
例年より絵も描いていて作品は
十分ににあったので、突然の個展開催でも
対応が出来た。

しかし、それ故、十分な準備と宣伝をして
開催したかったのであり、こんな一週間
やそこらで、十分な案内も出来ずに
作品展はしたくなかった。

しかし、グチっていても仕方がない。
まずは、やっつけ、案内のDMを作らねば。

もちろん業者で印刷してもらう
日程的余裕はない。
一昼夜かけてパソコンで原稿が出来きた。
いよいよ印刷だ。

ところが、イライラしているせいか
なんかトラブる。
プリンターがガガガッと
変な音をたてて葉書をうまく
送ってくれない。

昨日まで何でもなかった。
最近買ったばかりで調子もよく
故障は腑に落ちない。

諦めてもう一台。
弟と同じ機種大判のA3サイズまで
印刷できる高価な機種で葉書等の事務的な
物には普段あまり使わないプリンターで
印刷することにした。

しかし、なんとしたことか。
今までも葉書を印刷したこともあるが
何の問題もなかったのにこちらも
ローラーがおかしい。
ガガガッと変な音がして葉書を送れない。
同じ症状だ。

「だから、こんな中途半端な形で
 個展なんかしたくなかったんだ。」

とイライラ、ストレスはピークに達した。

まて、そうか、同じプリンターが弟の
ところにあるんだ。弟のアトリエに行こう。

弟のアトリエは、道路を挟んで向かい
歩いて2~30秒のところにあった。

というのも、この年の5月14日
ボッシュがなくなって以来
弟は、朝から晩まで泣き続けて
絵を描く、仕事どころか
生活も儘ならぬ状況が続いていた。

働きに行くサラリーマンでもなく
朝から晩までアトリエを中心に生活している弟
にとって11年半、いつも
足下に甘えてくっついていた
そして、絵を描き疲れたり、うまく作業が進まず
気分転換に散歩を付き合ってくれた
絵描き家業の孤独やしんどさを
毎日柔らかく包んでくれていたのが
ボッシュであり、その存在の欠落は
自分の体の一部を失うようなものであり
耐えがたいものだった。

一週間、十日と様子を見た。
一週間は、我が家に泊めた。
テレビを見ていても
話しないで静かにしてるなと思うと
後ろの方でソファーに座って
胸を右手で鷲づかみにし、声を押し殺し
足を踏みしながら泣いている。

Akazixyazxi_img_0086 その間も我が家から
自分のアトリエに通い
ボッシュの小屋を壊したり
彼のものを処分したり
まさに泣き泣きつらい掃除をした。
制作に使っていた部屋を丸ごと
道路沿いの別の部屋に変えるなど
大々的にイメージチェンジ
気分転換などしても
全く効果がない。
部屋、部屋のそのドアを開けて
ボッシュがその顔を表しそうで
家中が、拷問のようにつらい
空間になっていた。

絵もまったく描けない。

10日も過ぎた頃、私は
弟に引っ越しを勧めた。
弟も、膨大な荷物の移動を思うと
うんざりだったが、すぐに賛成した。

この12月までにいつもの倍も、3倍も
の作品を準備しなければならない
画業15周年の大会場での作品展が
あるのだが、この儘では
作品づくりが出来ない。

この家に居たのでは、
数週間、数ヶ月たっても
つらい悲しみからは
抜けだせないだろうというのは
共通の判断だった。

老化の兆し、少し弱ってきた
ボッシュが、いろいろ老後の介護で面倒が
大変になってきたら、40数キロ
人間一人分のボッシュは、何かあっても
弟一人では、面倒が見切れない。
やがて、ずっと目の離せない
状況もいつかは訪れるかもしれない。
その時は、私のアトリエと
近い方がいいと、目星をつけていた
膨大な荷物も納まりそうな
木造の大きな一軒家が、弟のアトリエに
なっていた。

つまり、もしかしたらボッシュと一緒に
越してきただろう所に、弟、一人で
越して来たわけだ。

話は、長くなったがその弟のアトリエに
案内ハガキを印刷するため向かった。

ボシュが生きてる11年と半年
朝は、私と家内が散歩し
夕方は、弟が散歩した。
雨の日も風の日も
吹雪の日も、車を走らせ
朝の5時、6時に通った。

弟が展示会で、東京など
留守の時は、かえって
一人ではさびしく退屈だろうと
ボシュのところに通い
遊んであげた。そこで
仕事をしたり用事を足した。

弟が時に、つりや遊びで
長い時間家をあけることもあったので
それ故、かえって、弟が
出張の時は、留守と分かったので

ボッシュにしてみれば確実に

一日中誰かと遊んでもらえていたことになる。

だから、弟が個展なのに
弟のアトリエに行かないのは
ボシュが亡くなったため
十数年ぶりであった。

アトリエの玄関を開けると
真っ暗。玄関の電気をつけ
ひんやりとした家の中を
コンピューターの部屋まで
歩いた。

ボッシュのお骨は、一枚の写真と
共にその部屋にあった。

PCとプリンターの電源を入れる。

「よかったー!ノープロブレン!
 印刷できる!」

郵送先を絞り込んで2~300枚程度の
印刷だったろうか。

印刷は順調に進んだ。

その時だ。携帯がなった。

数十メートル離れている
家内からの電話だった。

「ゴハン、デキタヨ。『ワンワン!!』」

ーあっ。ー

「あれ!ボッシュくんだね。」

ほんのちょっとだけぞっとしたが
それが紛れもなくボッシュのものであり
そのボッシュの声が聞こえるのは
不思議なのだが、意識してというか
ほぼ自然に答えた。

ーあっ、そうだよ

そして、その「そうだよ」と言ったその瞬間

また、もう一度、ボッシュが携帯電話の中で吼えた。


『ワンワン!!』

それは、電話の向こうのテレビや
なにやらの音が入いったものでなく
はたまた、家の外で散歩している犬の
鳴き声でもなく携帯電話の受話器の
すぐ側で携帯に向かって吼えた
携帯電話の中から聞こえてくる明快な鳴き声。
しかも、そんじゃそこらにいる犬の鳴き声でなく
40キロ強のボディーが作り出す
11年と半年、毎日聞いてきた
間違えろと言っても間違えない
正真正銘のボッシュの声だった。

私は、弟のアトリエから
家に向かい、そして夕飯を食べた。

「いつもタキオ君がいない時
 私たちが、一日中どっちかは
 行ってたのに、昨日から真っ暗な部屋で
 一人ぼっちでさびしくて
 出てきたんじゃないの。
 やっと来たからうれしくて
 ワンワンって出てきたんじゃないの。
 食べたらボシュ君のお骨
 拝みに行こう。」

ということで
夕飯が済むや、弟のアトリエに
行った。

そうして、二人でお骨の前で
手を合わせ頭をあげると、
二人で声を上げた。

お骨の右肩上の天井近くで
たこ足配線が、すっかり
黒くなって溶けて
燃え出していたのだ。

ぞっとした。

「ボッシュ、ありがとう。」

ーこれを教えるため
 2台のプリンター止めて
 部屋に呼び、それでも
 私が気づかないもんだから
 閻魔様を可愛い眼差しでたぶらかし
 あの世の掟破りで携帯に出て
 ワンワン吼えて、家内も呼びつけ
 この漏電、火の元を
 教えてくれたんだ。ー

もし、知らないでそのまま
火事になったら大変なことだった。

右隣は、北州ハウジングの立派な新築
左隣は、老夫婦の二人住まいの木造家

誰かが死んでいたかもしれない。
たいへんな、家と人命の保障問題になって
いたかもしれない。

その日、搬出が終わった辺り
東京いる弟に電話してこのことを
教えた。

「えっ、それ、7時前くらいか!
 俺、ボシュと散歩しているパネル
 飾って、グッと来てスタッフの人に
 気づかれないように咽び泣いた時だな。」

今回は、15周年記念ということで
日頃の制作、日常風景や、
パリにアトリエを構えて
制作していた頃等の写真パネルも
会場に展示していたのである。

ーそうか、じゃ、みんなの
 トライアングルの中に出て来たんだな!ー

そういうことが、この世界
この宙には、ある。

それ以来、単純に魂とか霊
とかではないけれど
命は消滅とは違う形で
何らかの形、仕組みで
存在するもの、あるいは
なくなること自体ないものでるとか
そういった何かの機構があるのでは
ないかと思っている。

いずれ、犬猫、生き物
もちろん人間も、優しく
深く愛してあげてください。

死んでも、守ってくれます。

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コメント

太樹男さんのブログからお邪魔しました~

ボッシュを思って泣いちゃいました^^;
可愛がってもらって幸せだったボッシュの恩返しですね。
ステキなお話でした。
ありがとうございます (*_ _)ペコリ ♡

投稿: ビバ | 2010年1月27日 (水) 20時37分

ご来店、ありがとうございます。
いつも弟が
たいへんお世話になってます。
ビバさんがどちら様か
存じ上げております。

ブログのこと
お人柄のこと
お聞きしております。

ボッシュくんは
今でも思い出すだけで
笑みが湧いて来て
しあわせな気分になります。
存在を感じることもあります。

今後とも
弟共々、よろしくお願い致します。

投稿: nakamura | 2010年1月29日 (金) 01時24分

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