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人は自分のためには頑張れない。ある世界チャンピョンのお話

Photo川島勝重
プロボクサーWBC世界Sフライ級
チャンピオン

彼はサラリーマンを辞めて
20才を過ぎてから
ボクシングを始めた。
世界チャンピオンに
なる偉業を為した。

ボクシングのことは
よく分からないが
専門家から言わせれば
普通だったら考えられない。
ありえない話しだという。

そのありえない話しを
ありえる話しに変えた
伝説のボクサー
川嶋勝重。

その成功の陰に隠された
ひとつの話しがあった。

川嶋勝重の通っていた同じジムに
熱心な後輩がいたというのだ。

その後輩は私立麻布高校の2年生で
学業も優秀で、東大に入って
プロも目指すと
ものすごい練習をしていた。

先輩である川嶋勝重に
熱心に毎日アドバイスを
求めてくるかわいい後輩
だったそうだ。

ある日のこと、川嶋がバイト中
運転していた車のラジオから
営団地下鉄車両が脱線して反対側から
来た電車にぶつかり死傷事故が起きた
というニュースが流れてきた。

4人の死傷者のなかに聞き覚えのある
名前が流れた。

まさか。でもそんなわけない。

しかし、ジムに行ってみると報道陣が
大勢つめかけている。
死んだのは後輩だったのだ。

世界チャンピオン・川嶋勝重
はこう語っている。

「僕の場合、辛さに負けそうになる時、
 自分を支える原点になっているのが
 その後輩なのです。
 その彼のためにもという思いが
 僕の中にあるのです。

 大事な試合の前には必ず彼の自宅に
 行ってお線香をあげさせて
 もらっています。
 亡くなった人のことは
 しょうがないとは思うんですが
 彼のご両親がすごく喜んでくれるんです。

 『息子の分までがんばってくれ。
  あなたはやれる人だから
  とことんやってほしい』と。

  僕の試合をいつもリングサイドで
  応援してくれるものですから
  お2人に喜んでいただくためにも
  頑張っていかなきゃという 
  気持ちがあります」

時として人は
誰かの為に頑張らなければと思った時に
驚異的な力を発揮する。

少し乱暴な言い方を敢てするなら
人は自分のためには頑張れない。

エピソード1

世界チャンピョン、川嶋勝重。

才能に恵まれているわけではない。
20歳の時に脱サラ。
経験はなくボクシングの基礎から始めた。
そして、普通の選手なら峠を越えた
29歳で世界王座を手に入れた。
現役時代、150年に1人の天才と
いわれた大橋会長(元ミニマム級世界王者)
は「150年に1人の努力の天才」と
川嶋勝重を絶賛した。

エピソード2

富久信介君の思い受け継ぐ追悼試合

まだ17歳、夢は無限に広がって
いただろう。富久信介君。今年3月8日
の営団地下鉄日比谷線脱線衝突事故で
若い命を奪われた当時麻布高校2年生の、
あのプロボクサー志望の少年だ。
19日には、信介君の通っていた
横浜市の大橋スポーツジム主催の
『フェニックスバトル 富久信介追悼試合』
が横浜文化体育館で開かれる。
 信介君は小学校時代はサッカーに
打ち込んだ。だが目標に届かず、
麻布中学2年のときからボクシングジム
に通い始めた。父の邦彦さん(53)は
こう語る。「勉強もスポーツも、
やるからには徹底してやるタイプ。
ジムも、教え方が合わないと3つも
代えたほどです」
 “麻布ブランド”で見られることや、
型にはまることを嫌った。
高校ではひとりでボクシング部を作り、
今年はインターハイで上位を目指していた。
2年間、信介君を指導したジムの
大橋秀行会長(元WBC世界ストロー級
王者)は、その素質を惜しんでいる。
「ひたむきで攻撃力があり、
プロテストにはいつでも受かる実力が
あった。亡くなったからいうのではなく
、新人王にはなれる器でした」
 事故後、邦彦さんが死亡保険金などを
「用具代に」とジムに寄付した。
だが、大橋会長は消耗品よりも
最優秀選手に贈る『富久信介杯』を設け、
追悼試合を開いて長く語り継ぐことを
思いついた。ジムからは生前、一緒に
汗を流した6人のプロ選手が出場する。
メーンイベントで出る日本スーパー
フライ級4位の川島勝重選手は毎月、
命日に横浜市の富久さん宅を訪れ
線香をあげているという。
 事故後の対応に批判が集中した
営団地下鉄は、追悼試合のポスターを渋谷
広尾など6駅に無料で掲示した。
邦彦さんの「営団が、やっと人間らしい
ことをしてくれました」という一言が、
いつまでも耳に残る。

(サンケイスポーツ2000年10月 今村忠)

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