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ロッテリアでコーヒーを飲む。「ああ、人生は、いろいろだな。」

72kara_2今日、図書館に行った。
借りれる10冊、ぎりぎり借りて
近くのファーストフード
ロッテリアに入った。

嫁さんのことで両親に
説教されている
5,6歳の男の子の父親
30代後半かな。

小さな声で、母親がなんか
いろいろ説教をしている
ようだった。

男の子と目が合った。
少々、目が釣りあがっていて
気のせいか少し荒い気持で
いるのかなって思ってしまった。
可愛そうに、複雑な気持ち
さびしくせつない気持ちで
暮らしているのかな。

お父さんは、じっとテーブルに
肘を乗せ、頭に手をやり
聞き役になっている。

母親が●●さんと、お嫁さんと思われる
名前を、話の中で発している。

男の子の父親、息子は
母の話をむっとして聞きながら
なんどか、聞き取れなかったが
大きな声を荒げいていた。

あの子の目、お母さんの悲しそうな目
お父さんのさびしそうな目

滅入る。

私は、その様子を、ぼんやり視界に
感じながら、ペンを握ると
殴り書いた。

ほんとうにね。

「しあわせ」ってなんだろうね。
何ものだろう。

本当なら
こんなかんたんに手に
入っていいものは
ないんじゃないかって思う。

何が難しいかろうとも
生まれ落ちたからには
みんなに、いちはやく
平等に誰にも
ばらまかれったって
与えられたって
いいんじゃないか。

この幸せってヤツは。

そういうものじゃないのか。

みんな、なぜこうして
何かにとらわれ、締めつけられ
苦しみ、押し込められ
もがいている。

別に、笑い続けても自由で
お金を取られるわけでも
罰せられるわけでもないのに
なんで笑わないんだ。

ひとつも楽しくはないのに
泣いたり怒ったり
悪口言ったり、いがみ合ったり
グチってばかりいるんだ。
そんなことばっかりで
人生をやってるんだ。

いつまで、そんな不幸で
楽しくなくつまらなく
生きているつもりだ。
存在しているんだ。

ここは、そんなに悲しい星なのか。
つらい苦しい星なのか。

なぜ、いがみ合う。
疑い、うらみ、憎み合う。
なぜ、仲良く幸せに暮らせないのか。

みんな、ずるくて
怠け者で、その上欲張りで
創造力がなくて
自分可愛がり過ぎ
センチでおまけに
頭が悪いからだと思う。

幸せに生きている人
しあわせを創れる人
とても価値のあるいいものを
創る人は共通して、
一番どううでもいいのが「自分」なのに
不幸な人は、トラブルの中にいつもあって
楽しくない人は
「自分」過保護過ぎ、「自分」考えすぎ
守りすぎ。

もう、いいかげん
みんな、幸せになろう。

笑え、
もう笑おうよ。
そして
踏ん張れ。
凛としよう。

と、私は、その少年の父親に
出されることはない、手紙を
書いていた。

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