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「ばっけ」喰いて~!

72p1190987 「ばっけ」とは「ふきのとう」
のことである。

季節が来た。

もう数週間前から
明日こそ、今日こそ
「ばっけ」取りに
旅に出る!

と決意しながら
月日が流れているのだ。

時に天候
時に体調
時に多忙

に阻止され
今「ばっけ」は私から
遠いところにいる。

正確に言うと「ばっけ天ぷら」が
食べたい。

合わせて、「かつ」に「ばっけ味噌」を
つけて食べたい。これが、とても美味しい。

こんなことなら
先週八幡平市に行った時
西根の道の駅で1パック150円の
「ばっけ」を買ってしまえば良かった。

ガソリン代、時間を考えれば
そんな、「ばっけ」ばかりを
豚のように食べるわけでもないのだから
買った方が断然安上がりな気がする。

もし、この週末まで
「ばっけとり」の旅に出られない時
もうこの4月4日から幸運にも
近所のケーズ電気・トイザラスの
大駐車場で始まる朝市で
買うことを決断します。

どうでもいい話に
付き合って読み進めてくれたあなたは
良い介護士になれると思います。

ありがとう。

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私の天才の定義「春、創作家を目指すキミへ」その2

Image_2そもそも、まさに、心のプロ、頭のプロ
精神コントロールのプロでなくて
創作家、芸術家は
いかにして舞台に立つか。
仕事をするか。

幸福とは生物進化である。


肉体的、物理進化の限界に至ったら
無限の内面進化の楽しい旅に出るがよい。

どこまで進化しても構わない。
怒る人もいなければ、困る人もいない。
法律にも触れないし、その豊穣を搾取
されることもない。

死ぬ瞬間まで、自己の内面進化
精神進化を楽しみなさい。
挑みなさい。一番楽しいゲームです。

本当に美しくなる人は、50代から
どんどん美しくなる。

天才アラーキの写真集の
京都の70代か80代のご婦人の
深い笑顔、美しい顔立ちが
忘れられない。

45億年のこの星の生物進化の
いやこの星自体の全てをの
記録と能力を閉じ込めている
DNAの一つ一つのスイッチを
感動と憧れへの挑戦でオンに入れ
形は人なれども、もはやかって人間が
さいなまれていた悲しみ、センチ、嫉妬
苦悶、不安、あせり、迷い、憎しみ、いらだち
怒り、優越、権威、利己、怠慢、停滞
弱さ、ずるさたちとサヨナラをして
人間ならざるものに化けてしまえ。

おまえは、お化けだ~!

いずれ人は楽しく
創作家は創造と挑戦を続けるなら
これほどストレートにダイレクトに
楽しいエキサイティングな人生はない。

もちろん舞台はステージとは限らない。
職場かも知れなし、家庭かもしれない。
粘土やキャンパスでなく、生の人自体かもしれない。
絵筆や万年筆とも限らない。
電卓や、スコップやフライパンかもしれない。

人類皆、創作家でありアーチストだ。


工夫し自分の妥協と怠慢、保身と戦いながら
絶えず自分と向き合い工夫、あこがれに挑戦するものは
みな創作家であり芸術家である。

逆に、たとえ絵筆を握り、ペンを走らせ
カメラを首から垂らしていても
憧れへのより高みへの深みへの広がりへの
エキサイティングへの挑戦のないものは
創作家でも芸術家でもない。

明確な憧れ、漠然とした憧れへ
挑戦せよ。

しかし、長く豚を描いていた人が
ネコを描くように変化するという
表層的なことでない。

描いているモチーフは同じでも
その扱い方、表現の仕方
空間処理・構成の仕方
色の変化、質感の生理的一致感。

それらは奇をてらうということではなく

今の自分が、本当に心から好きと思える
感動する空間・構成・モチーフの選択と
取り込み方、色彩、そして質感、積極的形状化
積極的破形・崩壊化、意志的単純・純粋化、
意思的複雑・混濁化等の作業を通して
一歩一歩、一段階一段階と
近づいていくということだ。

「かきたいものをかけ
 つくりたいものを
 つくれるものを
 天才という。」

誰よりも、自分の作品を
愛するという、当たり前のように思える
しかし、難しくもある創作家のその幸せな生活、人生は
その勇気と「至れり、ここなり、これなり!」
と言える所までしつこく執念でこの自分と共に
進める作業によってしか始まらないのだ。

その作業がしあわせと思えた時
作品はしあわせそのものになり
人にもしあわせを伝え、湧き起こさせる
命を持った物質となる。

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私の天才の定義「春、創作家を目指すキミへ」その1

Image私の天才の定義は至ってカンタンだ。

「かきたいものをかけ
 つくりたいものを
 つくれる人間を
 天才という。」

だから、子供は天才とよく言われる。

なぜ、天才は天才じゃなくなるのだろう。

簡単に言うと

「かきたいものをかかない
 つくりたいものをつくらない」

からだ。

大人も天才なのだが
つまり、永遠に子供は
自分の中に住んでいるのだが
大人になるにつけ、だんだんに我々は
その子供の自由なるみずみずしい
創造性、創造力が発露されないように
する阻害要因だらけになってしまう。

見栄と保身とか人の目・評価
安全思考と思いのままに自然に動くのに必要な
基礎エネルギーの減退とか
さまざまなものが阻害要因として
天才を封じ込めてしまう。

注意してほしい。

「かきたいものがかけない
 つくりたいものがつくれない

のではない。

自分がただ

「かきたいものをかかない
 つくりたいものをつくらない

だけなのだ。

「かきたいものをかかない
 つくりたいものをつくらない」

から楽しくない。

楽しくないから
さらにアイディアと創造性、創造力は湧かない。
究極の、それでいてよくある悪循環の代表だ。

「かきたいものをかかない
 つくりたいものをつくらない」から

いつまでも

「かきたいものもをかけない
 つくりたいものをつくれない」

創作的悪循環に陥るのだ。

「かきたいもの、つくりたいものが
 分かったら苦労しない。」

と、開きなおってはいけない。

別に、創作家でなくても
人間だれでも描きたいもの、表現したいものは
あるのだ。

かきたいものが、つくりたいものがない
なんてのは、創作家云々前に
「しっかり生きてるの?
 成長、進化、向上しようとしてるの?
 人として笑って涙して感動して生きてるの?
 自分のため、ひとのため生きてるの?
 少しは、しあわせなの?」
と心配になる。

人間の、あるいは生きるという作業をしているものは
だれでも、表現したいものが必ずあるのだ。

曲がりなりにも、創作家は、さらには
その自分の中にある表現したいもの
香りや色やその世界を、肥大化・デフォルメしたり
枠でくくったりしての見せか方、取り出し方の
いく分かの技術と、慣れと、ノウハウがあるはずだ。

こころ空しくしてかきたいもの
つくりたいものにペンを持ち筆を持ち
手を動かすのだ。

一瞬の気分を、一瞬のひらめきを
一瞬のメルヘンを不思議を、
何か気になるこの思いを気分を
もしかしたらとてもステキなこの気分を感覚を
一瞬の物語を映像・シーンを
メモり、ドローイングし
色を乗せていくのだ。
創造力はメモの量に完全比例だ。

人は変化する。
人は生き続けるだけでたいへんなことで
ひどく悪く生きていない限り
皆、進化、深化、高度・高質化しているのだ。

生き続けているだけでどんなに
凄い努力でありエネルギーであるか。
進化と深化を続けているか。
凄い戦いであるか。
その凄いことをしている自分
凄い自分である、凄い生物であることに
気づきなさい。目覚めなさい。

自分に、人間であることに。

意識活性体として生き続けている
私と言うこの生物の凄さ。
それは膨大なる智恵とエネルギーの塊であることに
気づき自覚しなさい。

自分がそのようなものであること
無限の智恵とエネルギーの当体であることを
自覚し信じ、そのものであると生き始めなさい。
生き直しなさい。今日から、今から。

そしてかきなさい。
つくりなさい。

変化と共に欲求が変わる。
創作家であれば、その変化に伴い
表現したいもの、テーマ、世界も変わってくる。

変わって来ているのに
現われる作品が、同じであっては
楽しいはずがない。

芸術、創作とは、根源的に
自己創造であり、自分を自分で見たい、
把握したい欲求に根ざしているからだ。

表現と言う手段で外に自分を出して
眺めて実感して抱きしめて
そこからまた作品を進化させて
自分も進化するフィードバックを
繰り返しながら、創作家は進化し続ける。

そのフィードバックを起こさせない作品とは
慣性の法則で産み出される
自己の過去の作品のベター、ベストの自分によるレプリカ作品である。

「あなたの最高傑作は?」

記者の質問に

「Next one」

と答えたチャップリンの顔を思い出すだけで
私は、ものを創る端くれとして
いつでも泣ける。
今でも涙が溢れてくる。

凛としたい。

創作家よ、芸樹家よ。
ぼっーとするな。
スランプだなんていうな。
スポーツ選手より
心よ、体育系であれ。

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裏岩手

72p1190965 今日は岩手山の麓
八幡平市に行ってきた。

いい天気に恵まれた。

八幡平市の西根町という
所に行ってきた。

大学を卒業して
1年間、この町で
教員をした。
初の社会経験の舞台だった。

72p1190939_2盛岡市の街中から見る
岩手山は南部富士と言われるように
美しい稜線を作っているが
この西根、八幡平市方面から
見る岩手山は背中にぎざぎざのトゲを
つけた恐竜のように見える。

これはこれで、感動的である。
地球が生きていることを
その生きている大地、地殻の上に
生きていることを思い出させてくれる。

72p1190946 雪解けの野道に
一冬、雪の中に眠っていた
どんぐりの実が
たくさん顔を出していた。

今日も天気はいいが風は冷たい。

あと3日で4月だ。

4月になったら、なるべく車に乗らず
徒歩と自転車でダイエットと
ガソリン代節約の二兎を追います。

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ラッキーくんとお友達になりました。

72ピレネー犬のラッキーくんと
お友達になりました。

でかい。でかい犬は
カワイイ!

初めて会ったのに
すっかりなついて
シッポぐるぐる回すは
体を寄せ体をぶっつけ
じゃれてくるは
一瞬にして
犬好きと解読されました。

うれしい!

ラッキーくんは、3歳の
一番の元気盛り
やんちゃ盛り。

冬は足が滑って、お父さん
たいへんと言ってました。

分かります。分かります。
うちのボッシュくんも
3歳と言うと、一番元気な時。

散歩というと
力余って、ダッシュしてました。

病気とかせず、みんなに
可愛がられ、しあわせにね。

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「宮澤賢治  愛のうた」発刊!

75jpg 待望のもりおか文庫、第2弾
「宮澤賢治  愛のうた」
が、今日、刷り上った。

この土日で書店に納品され
月曜日くらいからは、店頭に
並ぶだろう。

賢治は妹トシしか
愛さなかったとか
具体的恋愛ではなく
賢治は、人類愛しかなかったと
これまで言われて来た。

しかし、賢治には相思相愛の
恋人がいた。

それは、楽しい日々を経たけれども
悲しい別れの物語になってしまった。

第一回配本の「26年と2か月 啄木の生涯」に
引き続き、今回も表紙のイラストと
デザインをさせてもらった。

著者の澤口さんから戴いた
書き下ろしの出来立てのほやほやの
美味しい原稿を涙を溢れさせながら
何度も読み込み表紙のイラスト制作に
取り組んだ。

いやー!実におもしろい本だ。
澤口たまみさんは、言わずも知れた
日本エセィスト賞受賞作家だ。

美しいエッセイ仕立ての文章で
書き抜かれた渾身の力作であり
秀逸な作品である。

とにかく、おもしろい。

最寄の書店で求められない時は
盛岡出版コミュニティーのサイトから
メールにて購入をお申し込みください。

FAXでも可能です。Tel&Fax019・681・1451

盛岡出版コミュニティーHP http://www.moriokabunko.jp/links/link.html

ウェブよむぞう(盛岡出版コミュニティー)http://www5.ocn.ne.jp/~yomuzo/

澤口たまみブログ:たまむし日記http://happy.ap.teacup.com/tamamushi/

さわや書店、東山堂書店、ジュンク堂書店さんには

十分あると思います。どうぞよろしく願いします。

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「いのち(生命)のかたち」について

72_1_2 命について語ろう。
命は無くならないという
私の命のモデルについての持論だ。

数ヶ月前より、この思考モデルは
ある大きな進化を遂げた。

命も円、宇宙も円と2次世界で捉え
モデルを図式化表現していたが
ここ最近、命は2次元の平面の円のままだが、
宇宙を3次元の球とし立体でのモデルに改良した。
改良したといっても頭の中でだ。

宇宙は、無数の真ん丸い球のランプを抱えた
無限大の球だ。
その中に一つ一つの命としてのくくりの
無数の輪、円が存在する。
その円の中いっぱいに満ちた
その真ん丸い球のランプは
点滅する部分、しない部分を持ち
その組み合わせは無限大だ。

生きていること、存在していることとは、
ランプが点灯しているということだ。

点灯したり、消えたり
ランプ自体は無くならない。

命である円の枠も消滅しなければ
それを無限数抱えた宇宙としての
球も消滅しない。

命も宇宙も消滅できない。
なくならないのだ。

そもそも、この宇宙には
「無」とか「無くなる」という
ことは、概念としての空論であり
実質的には有り得ないことであるのだ。

我々の眼、知性では無くなったように
見えても、それは単に
形を変えたり、活性化したり
しなかったりというだけで
無くなるということは
この宇宙には存在しない
物理現象だ。

昨日、今日考えたことではなく
命についての20~30年の思考の
現状での総決算であり
私の思考力を全て使い
私の考え付いたアイディアの中の
ナンバーワンのものだ。

命は無くならない。

そして命が無くならない立場、つまり
「後は野となれ山となれ」とは
反対の立場であり、この立場を取る者は、

人生の最後の最後まで

その日々を価値的なものとし
精進を継続させるであろう。


この世と宇宙への責任も強く
させるであろう。

それは、人生の終末を
次の新しい開始に近づいて来たと
捉える、まったく新しい
希望に満ちた人生の認識を生み
美しい人生を完成させるであろう。

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DNAへ作用、意志による生物進化

72_1_3 熱い志、強い決心、深い覚悟など
強烈な精神的な刺激は
DNAを変え、肉体を変え
心と精神構造を変え
人生を変える。

感動体質になれ。

よく涙し、笑え笑え!

感動はDNAを変化しやすくする。
DNAを変えていく。

表面は同じ人間
ホモサピエンスに見えるが
既に人類の進化の舞台は肉体・ハード面から
精神世界・ソフト面に舞台を移して久しい。

見かけは同じ人間に見えるが
もはやこの星には
異生物と言えるほどの
心のクオリティーの高い
人間たちが存在する。

彼らは、もはや
「人間」といって言いのだろうか。

さて、私は、あなたは
どちらに属する人間か。

どちらに進化の軸を向けた人類だろう。

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セロトニンを増やせ。

721 セロトニン、最近、よく聞きますね。
別名『脳内元気物質』とも言われ
心身の爽快感をもたらし、
食欲、性欲などの欲望を喚起・調整し
栄養をエネルギーに変える
代謝機能を活性化するなど、
健康体を保ってくれる物質です。

不足すると、疲労だけでなく、
肥満、うつなどを招くと
言われています。

セロトニンを増量させることは
楽しく活力のある人間として
幸福感に満ちた生活をする上で
たいへん重要なことになります。

最新の脳科学の研究により
ストレス学の世界的権威の
熊本大学医学部の有田秀穂先生は
次の3つの方法を提唱しております。

1.朝しっかり太陽の光を浴びる。
  15分から30分。短くても5分。

2.リズム運動をする。
  ウォーキングやスクワットなど、15分~30分。
  私達の身体を動かすのは、ほとんどリズム。
  歩くことも、噛むことも、呼吸もリズム。
  リズムをきざむと、セロトニン神経に一番効く
  というのが分かった。

3.人と人との触れ合い:タッピングタッチをする。
  1秒に1回くらい、トントンとすると
  セロトニン神経活性化が促進される。

また、脳内元気物質セロトニンの不足を予防・改善に
朝、何かを『声』に出して『読む』『音読』によって
元気物質を急激に増量
させるという生活の工夫もしたい。

声を出すということは、一種の腹式呼吸になり、
呼吸もしっかりし、健康のためたいへんよいとのこと。
まずは朝にきちんとセロトニンを分泌させることで
一日をスタートさせたい。

  

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坂本健のライブ。

Img_0480 今日は友人のA氏のライブハウス
で、弾き語りのライブがあった。

坂本健という昨年から
本格的に活動している
シンガーソングライターだ。

メロディーラインに魅力的な
ところがある。
ポエムもぽっと心に
入ってくるところは
作り手としての
地力と可能性に
溢れている。

声量もあり
はずし、裏声の使い方もうまい。

語りも、しんみりとしたとか
湿っぽいとか、暗いとか
自虐的に言っても
本当のところ自分と
自分の歌に自信が
あるからであろう
そう言っても
暗くならず笑いを取れる
なかなか腹の据わった
知性を感じさせる語りだ。

彼の場合、自信もあるのだろうが
歌にかける覚悟、決心といえるかのしれない。
未来の成功や栄光
を信じる強さと言っても
いいかもしれない。

8曲収録された
2000円のライブ収録アルバムを買った。
今宵だけでなく、また、聞きたいと
思ったからだ。

そして、聞き役だけでなく
私もライブハウスで20代の初め
歌っていた。

なんか、歌をつくりたくなる気持ち
を喚起させるライブだった。

行って、正解。良かった。

坂本健「お帰りなさい」youtubeよりhttp://www.youtube.com/watch?v=ZqTHxt7qdZ4&feature=related

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美術館に行って「感動」を書く。

P1190891 大学の先輩H氏から電話が来た。

現代アート、美術教育の大家だ。

県立美術館の一番広い空間、
グランドギャラリーで
自分の感動、成功体験を
カードに書いて壁に展示する
「Happier Project」
なるものを、彼が企画
仕掛けている。

案内葉書をもらっていたが
頭の中で会期を間違えていて
あぶなく行きそびれてしまうところ
電話を戴いて良かった。

心理学者アルバート・バンデューラの
「人はネガティブなことしか記憶に強く残らない。
 ほとんどの人は成功した体験が強い情動記憶として
 残らない」という発言も心にとめての企画。

成功体験の時の感情を鮮明に想起させ
それを肉体への刺激と関連付けさせ
肉体の刺激から逆に成功体験時の
感情をフィードバックさせるという
プロジェクトだ。

私も書いた。記名でも。無記名でもいいという。

私は無記名をセレクトし
私の人生の成功体験のベストは何かと
数十秒思い巡らし、数十秒で
殴り書いた。

考えすぎない方がいいだろう。
そっちの方が真実に近づく気がした。

私は書き終えると、指示通り
クリップで壁の格子に
くくりつけた。

P1190895 「20代の初め 
 人生に苦悩が消滅して
 苦労だけになったこと。

 人は進化できる
 変われると知ったこと。

 バンクーバーで
 絵画展ができたこと。」

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流れと勢いで「人命救助の自慢話」

Jpg学生時代。
いろんなバイトをした。

全国桜百景選定の高松の池公園に
並ぶように、屋外市民プールが
あった。

私は、そこでプールの監視委員
のアルバイトをしていた。

水質検査をしたり
消毒の固形薬を入れたり
プールサイドを走り回ったりする
悪ガキを注意したり
怖いお兄さんや派手派手のお姉さん
に「サンオイル、すみません。」
ってニコニコ注意したりする。

一番重要なのは、おぼれたり
具合の悪い人が出た場合の
対応だ。

心肺蘇生法・人口呼吸、水の中で
溺れている人間の運び方、対処法
も研修した。

暇な時は泳いでいた。

連日の悪天候
どしゃ降りの続いたある夏の日。
私は、急な休みのメンバーの穴埋めのため
離れている屋内プールめがけ街を抜けて
自転車を飛ばしていた。

間もなく目的地というところ
上の橋という橋にかかると
橋の上、川っぷちにものすごい人だかり
が出来ている。

「なんじゃこりゃー!」

橋げたの方を見てみんながワーワー
騒いでいる。

なんと、川ぷちに降りてみると
小学生の子供が二人
その真茶色に増水し大暴れしている
川の水がぶつかりしぶきを上げる
橋下駄に抱きついてしがみついて
いるではないか。

これだけの人が集まっていると言うことは
しばらく時間がたっているのだろう。

「急がねば、疲れて手を離したら
 完全に終わりだ!」

「さて、ところで、なんで俺は、水泳パンツはいてんだ!?」

ーそれは、プールの監視員のバイトの最中だからー

「そんなことじゃない!そんな答はいらない!
 なぜ、この時、こんな時、今、俺は
 水泳パンツはいてんだ!!ってことだ」

私は、人を掻き分け川ぷちに向っていた。
一歩一歩水の中に足を沈めていった。
きていたパーカーを脱ぎ捨てた。
するとそばにいたおじさんも、服を脱ぎ
また、一人二人と服を脱いで私のパーカー
に結びつけ太い衣服の綱が出来た。

私は、それを手首にしっかり撒きつけ
そのまったく足元の見えない
濁流の流れに向って体重をかけ
自分の体が流される角度と子供たちのいる
橋げたまでの距離を予測計算して進んだ。
かなり適当な計算だ。勘だ。

あと、4~5メートルで子供たちの
橋げたと言う時だ。

やった!助かった!(自分が)と思った。
ドラマが起きた。

自衛隊がトラックで
数十人やってきて
橋の上と、川ぷちに十数人ずつ分かれて
待機した。

そして、そして、私に「頑張れ!頑張れ!」
と、綱のついた小さな浮き輪を投げてよこした。

「えっ!俺が、がんばるの!?」

そうらしい。

一瞬でも、迷いや気の緩みがあったら
私が流される。

もう、世界の何ものをも期待しない!

愛も自由も平和もこの社会のシステムも。


ボクはあそこに辿り着くしかないんだ!

しかし、でも、待てよ。

確かにあの時、勇敢な自衛官が数人でも
川に入ってきたら気が緩み
流され二次災害っていうか「俺災害」に
なったかもしれない。

ーありがとう。自衛隊のお兄さんたち!!ー

たった今、このブログを書きながら
20数年間にわたる誤解が解消された。

今日の今日まで、あの時の数十人の自衛隊の
お兄さんたちを勘違いしていた。
自衛隊のお兄さんたちは、他人任せでも
勇気・根性なしでもなかったんだ。

この極限状況での心理分析と
適切な状況判断に根ざされていたのだ!

と思う。

それが、正解かどうかはわからない。
私は、今日を限りにそれを
正解とする。

いずれ、私は、子供たちに
「がんばれ!手を離すなよ!」
と叫びながら、橋げたに辿り着き
自衛隊のお兄さんたちが橋の上から垂らしてくれた
脚立に子供たちを一人ひとり抱きかかえて
脚立を登らせて橋の上に救助。

拍手が沸き起こる。

新聞記者が寄って来た。
「あの、お名前と、ちょっと
 少しお話聞いていいですか。」

私も若かった。熱い観衆の視線を
感じて、少し得意になっていた。

別に、さっと、名前くらい言いやいいのに
口から出た言葉は
「別に、名乗るほどのことでもないので」
ちょっとバイト先に行かなきゃないと
3文役者張りの言い回しで
そこを立ち去ったのである。

ところが、翌日の新聞はこぞって
「濁流に飛び込み子供2人の命を救い
 名も告げず立ち去った好青年」という
千両役者になって誌面を飾ってしまったのだった。

その日のバイト、プールの監視委員の
本締め的役割のおばさんが
その新聞記事を読んで
「イヤー、こういう素晴らしい若者もいるんだー!」
といって私を含めた数人の学生バイトに
諭すように言ったのだったが
「アッそれ、ボクです。」
というや否や、興奮していくつか質問
を浴びせると、怒涛のように
受話器を握り110を回していた。

と言うことで、即日、警察から連絡が入り
私は、盾と金一封を戴いく光栄に
至ったのであった。

あの時、私が、子供たちを助けた後
足元取られて濁流に飲み込まれて
死んでいたら、画家の弟は、画家にならず
「星になったお兄ちゃん」をモチーフに
賢治の「銀河鉄道の夜」を越える物語
を書上げる作家になっていたかもしれない。

あるいは、上の橋の一角に、
盛岡市が、鎮魂の石碑
立ててくれたかもしれない。

「小さき2人の命を
 救くい濁流飲み込まれ
 尊き命を失い土座衛門に
 なった好青年の魂、
 名誉市民としてここに讃える。
 良い子は、雨の日川原で
 ゴムボート遊びはしないように!」

あの時死なずに、その後も20数年の
寿命を戴いて、今日まで生きてきた。

そうして、今も、こうして
生きている。

有り難や、有り難や・・・・ 

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家の前の前の前あたりで大火事発生!

72jpg_2 朝、いつも通りのどかな一日が
スタートしたと思ったら
午前8時、
「家の前、燃えてない?」
と、携帯に電話。

ーウェー!うそ!?ー

外に出て前を見る。
いや、燃えてない。
で、数歩、後ろ下がって見たら
燃えてる!燃えてる!
煙もうもう、こりゃ、たいへんだ。

現場まで自転車に飛び乗る。
現場で火に飛び込む必要性が出てこないか?
その場合、この服装でいいか?
まずは現場へ!

携帯にヘッドホンマイクをつけ
一応カメラも持参。

急にサイレンがけたたましくなる。
これで、私が飛び込み救助はないな。

ウン!

でも不安。20代にどしゃ降りで茶色く
溢れかえる河川で子供2人を飛び込み
救助。自衛隊数十人も来たのに
結局、先に川に入っていた私が
救助するという苦い?いや
誇るべき経験があるから
あまり安心はできない。

この話は、また、いつか。いずれ現場へ。

現場は自転車で数十秒。
消防車も数台、通りは人だかり。
煙はもんもんとまっすぐ空へ。
風がなくて良かった。

アパート一棟消失。
隣への引火の可能性なく
消火がほぼ終了が見え
自分の活躍の場もないと
判断し、記録写真を
数枚納めて帰宅。

私は、いったい何屋の何者?

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子犬と牛と羊のケツ見る

Jpg 朝飯を食べて
小岩井に牧場を経営する
親戚のところへお彼岸の菓子届けと所用。
飼い犬のチョコちゃんと久しぶりに会う。

チョコちゃん、相変わらず元気。
犬小屋の上にのぼって
狼のように青空に遠吼えの
大歓迎。
シッポはあんまり振ってないぞ。

Jpg_2 お仏壇に手を合わせ
少々おしゃべりをし
牛舎の牛さんたちに
「こんにちは」「さよなら」
の挨拶をして御免。

途中、小岩井農場を通る。
観光客の一連が
羊たちの群れと
楽しい楽しいお散歩。
平和な家族と
しあわせな子供たちの
声がする。

写真に、その声と
その時、吹いていた風と香りと
光を閉じ込めることができれば
私も写真家に転向だ。

転向!

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画家「澤田哲郎」さんについて

Sawada_img_0398 神奈川の相模原で東洋医学の治療院を
開院している兄が、東京は錦糸町で
勤務の整体士をして中野区に
住んでいた頃の話だ。

今から、もう20年以上も前になるだろうか。

兄は、澤田哲郎の医者である奥様の耳鼻科医院で
奥様と彼女のご友人2~3人を、日曜日に
長きに渡って治療を施していた。

兄は、私と違って体を鍛えるのと
医学書を読むのが趣味と言う
根っからまじめな誠実な人間なので
その人柄と治療方針、治療理論、治療方法が
信頼されていたのだろう。

兄は絵をやっていた私の勉強になるだろうと
ある日、一緒に連れて行ってくれた。

病院の2階がご主人の澤田哲郎のアトリエに
なっていた。

兄の治療を終えた後、
奥様は、私にお勉強にと
既に亡くなっていた澤田哲郎のスケッチブックや
様々な作品、澤田のトレードマークにもなっている
葉書2枚分の大きさであるサムホールのキャンパスに
描かれた無造作に本棚にぎっしり詰まった作品を
取り出しては、見せてくれ、在りし日の
澤田哲郎を懐かしみながら、たんたんと
彼のことを話してくれた。

その後、麻布のどこかの小さなギャラリーと
六本木のストライポ美術館での大展示会と
二つ見た。無数のサムホールが、額に入れず
数珠繋ぎに巨大なタペストリーのように
1階から4階まで展示され、それは
壮観な展示会だった。

兄の相模原の中村治療院には
奥様からもらった「澤田哲郎」の
サムホールの作品が一枚掛けられてある。

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しっかり頑張ります!

Photo 曇り空の中
ちょっとひんやりと寒い
今日の日。

向こうから
足を引きずりゆっくり
歩くおばあさん。

そのおばあさんを、事故?
自分も足を引きずりながら
おばあさんの足の運びに合わせ
おばあさんを見守りながら
ゆっくりゆっくり
歩いているワンちゃんに
出会いました。

やさしい眼差しでした。

偉いですね。

「頑張れ!頑張れ!」

私たちも、もっとしっかり
人間を頑張りましょう。

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「他者への行動」という充電法

Wimsこの宇宙は、不思議。
この宇宙の最少の素粒子をつくる
さらに素材となるものが
無には無数に満ちているという。

それらは、思いも乗せる。
思いも影響を与えることができる。
感謝や愛もそれに乗って
時空の制約を超越した伝達システムで
伝わるものではないかと
私は予想している。

まっ、それは、それとして
感謝は、莫大なエネルギーだ。

感謝の心は、感謝を向けた人間と
感謝したその人自身と両方に
莫大なエネルギーを注入する。
湧現させる。

感謝する人と、される人は
どんどんエネルギーが蓄積される。

だから感謝し感謝される状況の生まれる
他者への行動は、この人として楽しく
しあわせな人生の創出のためには
たいへん重要だ。

しかし

無理をして人に尽くせ、動けなどとは
言わない。

自己の統一感がとれず、
コントロールバランスが崩壊する
場合もあるからだ。
他者へのその行動を為しうる十分な
エネルギーがなくての行動は怖いのだ。
背伸びして他者に尽くすのは
考えものだ。

しかし、一方で
行動しなければ、いつまでも
エネルギーは充電されない。
エネルギー潤沢な力と強さ、
動的な生きた知に満ちた
魅力的な人間にはなれない。

理想は、そのエネルギーに
見合った自然に、葛藤、迷い、照れも躊躇も
へんな遠慮もなく起こされる他者への
行動がとれる状態の生は幸運である。

しかし、自然に他者へ行動がとれるほどの
エネルギーが自分にない場合は、その期間は
自己のバランスを崩さない程度に
人格と知性、想像力で他者へ行動しなければ
いつまでも貧弱なエネルギーで動き続け
存在する、そんな自分のままである。

「自分のバランスが崩壊しない程度には
 自分の周りの人の、起こっていることに対して
 出来ることはなんでもしてあげよう。」

というふうに生きて暮らしていくくらいで
調度いい。

それが、健全に年相応にステキな大人
人間になっていく生き方だ。

それが世のため、人のため
何より自分のためということになる。

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人は、なぜ不幸になるのか?

722jpg_2 「人は、なぜ不幸になるのか?」

それは、単純明快。
エネルギー不足というただ一つの
理由
による。

それでは、なぜエネルギー不足になるのか。

1.エネルギーの消費、消耗が激しい
2.エネルギーの充電、補充が十分でない。

のどちらかである。

エネルギーが自分のためだけに使われている人生は
エネルギーが消費されるだけなので、充電は充電での
別システムを確立・構築してエネルギーの確保に
努めなければならない。

しかし、人生が他者のために使われると
消費と充電がなんと同時に行なわれる。

場合によっては、消費を上回る充電が
行なわれることもある。

自分のためだけの人生、他者への興味、
愛情の欠落と、その行動のない人生は
閉塞し楽しさと
発展性のないものになる。
もろく、危弱だ。
生命体のあるべき方向性のあり方でない。

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「魔法の武器 」負けること、譲ること、許すことのその2

090211_5_4 「不幸とは、幸せであることに
 気づかない状態」と定義されるように
「憎しみ、怒りとは、感謝すべきことを
 を忘れ、感謝の心が消滅している状態」
と定義したい。

「感謝」の気持ち「許すこと」
これは、もっとも高度な脳と心、感性、
適応変化力がなければ、為しえぬ
精神活動で、これがなければ
人間関係は何もかにも上手く行かず
これを失わなければ、何もかにも
上手く行く。

そして、実は、一時の負け
一つの譲歩に甘んじる方が
肉を切らせて骨を切るで
最終的に、自分の願ったとおり
いや、願った期待したこと以上の事が
起こり、「あら、楽しや、あら、楽しや」
と、幸せいっぱいになってしまうんだ。

この二つの能力のない人は
結局、いかなる構築も
人間関係の破綻で完成させることが
できない。

なかなか人生も、しあわせにならない。

「感謝」と「許すこと」そして
「負けてやること、譲ること」を
周りの人間にぶっ放せ!

本物のナイフより、弾丸より
いや、まったく異質の人類最高の武器だ。

なぜなら、この武器は
殺さず生かして、
殺すよりも
10倍も、100倍も
自分と自分の人生に役立つものへ
撃った相手を変えてしまう
不思議の域に達した
魔法の武器だからだ。

この武器で世界平和
だって作れるかもしれない。

ドッキューン!!

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負けること、譲ること。許すこと。

090211_5_3 勝つことの100倍、1000倍
難しいのが負けてやること、譲ること。

これは、かなりの高度な脳を
持ってないとできない。

頭のいい人程度では無理だ。
本当に頭のいい人でないと
負けてやること、譲ることは、
できない。

そして、もうひとつ。
許すということ。

愛せなくても、許すことはできる。
尊敬できなくても、好きになれなくても
許すことはできるし、すべきだ。
怒りと、憎しみから自分をフリーダム。
でないと、心を蝕み病気になる。

「悟り」を英語で「フリーダム=自由」
言いえている。
執着からの開放。

自分が誰かを何かを
憎んでいたり、怒っている
その事から自分を解放する。
感謝すべきことに、シフトしよう。

友や家族や同僚を、今、何か
あったとしても憎んではいけない。

その何倍も、何十倍も
その友、家族、同僚には
感謝すべきことがある、
かってあったのではないか。

あったのではないか。

あるのではないか。

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紅茶専門店「しゅん」でトースト

72img_0425_2 夕方、5時頃。用事もあったので
抜いていたお昼ごはんに、しゅんで、
トーストセット600円を楽しんだ。

かりっと焼き上げた
小さめのバタートースト3枚。

オーブンで料理した卵の
スモールデッシュ。

オレンジの皮を使った
美味の小鉢。

そして、ストレート紅茶。

満足。

居心地が良くて
気がつけば
明かりの点り始める
夕時になっていた。

6月にうちのアトリエのメンバー
がここで、イラストの作品展をする。

1階のカウウターの世界もいい。
2階も、広くて、仕事や読書にはいい。

とてもクオリティーの高い時を
感じられるステキなお店だ。

しゅん:盛岡市中の橋通1-3-15

019・623・3036 11:00~20:00(冬季は~19:00)

水曜休み(祝日営業)

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喫茶ラーガで、一輪挿しを買う。

72p1190724_2今日は、雫石のラーガに所用が
あって行って来た。

飾らない親しみやすいママが
ステキだ。

ハーブティ、ワッフルが美味しい。

やさしい、いつも笑顔の人徳溢れる
ご主人は、店の二階の事務所で
設計の仕事をしている。

娘さんが高校生の時
美術の授業を受け持った。

授業は4時間目だったが、納得いくまで
昼休みも描いていた女の子だったことを
記憶している。

この建物全体は、蔵作りで
落ち着くいい喫茶とオフィスに
なっている。

たまたま、彫刻家の友人
長内努氏の陶芸家の奥様の
作品展をしていたので
春の花を机に活けるため、
一輪ざしを戴いた。

なかなか、いい。

温かくなったと思ったら
また、雪が降り、今日も
粉雪が少々、舞っている。

でも、あと1,2度
雪が降れば、春がやって来る。
今年の冬は、あっと言う間だった。

ラーガ:雫石町37-67  019・692・6171

11:00~18:00 日曜午前休み

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漫画、横山光輝「水滸伝」。「宋江」という男のすごさ

11061112_472fcd8e60606 戦う力、腕力には抜きん出ていなくとも
皆が宋江に従い、敬慕し
荒くれ豪傑どもを率いる頭領となり
梁山泊の砦を率いる。

人の力、人格の力に魅せられた
衝撃的漫画だった。

小学高学年から
中学にかけて
何度も何度もみた。

「宋江の力」とは、
「人の力、能力を賛嘆する力」だった。

荒くれ豪傑どもは
自分の持てる特徴、能力を
宋江率いるその組織で
発揮した。宋江と触れ
宋江に期待され信頼されることで
力をつけ、能力を増していった。

宋江の力は、すごい。

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経営者、あるいは組織のトップに必要なもの

Photo_2 トップに一番必要なのは
強さと志、ビジョンへの情熱だ。

人格もノウハウもいらいない。
あれば、それに越したことはない。

トップに強さと志、ビジョンへの情熱
があれば、後は安心。

生命体は、組織体は、不足の所は
自然に他が、補完・補充するように
形成されていくのだ。

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強い人の強い人生、通知表5の人

72kaizou_5jpg 思い通りになるのは通知表で4。

たとえ人智を尽くせど
思い届かず、ならずの時があっても
その思い通りにならないことも
結果すべて良かったとなる
不思議な人、不思議な人生
通知表の5人生を
を目指ざそう。

結果、途中経過はどうあれ
結果良かったとする
変えていける強い人になり
強い人生を生きること。

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岩手大学の芸美の卒業制作展その2

P1190708P1190709 今日も、来ることになった。
今日は、岩手大を受ける生徒を
二人連れて見学、鑑賞会。

二日続けて見る。

やっぱり、パソコンもいいが
手作り、手描きはいい。

この作品は、冴えを感じた。

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岩手大学の芸美の卒業制作展

この三月で盛岡の中心街に
15年営業していた
ギャラリー・ラヴィが
閉廊するとのことで
絵描きの弟と、その最後の
展示会になっている写真展
を見に行き、ねぎらいと
挨拶に行ってきた。

その後、岩手大学の
卒業制作展へ。

便利な道具コンピューターが
出来たもんだから
やっつけでも、
それなりなものが出来てしまう
ところが今は逆に怖い。

Img_0420 72p1190712立派な作品入りのパンフも
作り、イベントとしては
見栄えの整った展示会になって

いる。

ただ見終わった後
もっと創作の情念、エネルギー
強烈な感情、強烈な思索
強烈な技術というものが
みたいなという気がした。

一番感銘を受けたのが
窯芸の作品。
クオリティー高かったです。

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アインシュタインも凄いが、茂木健一郎もすごい。

Mg_0401_2 本当に、本当に、
おもしろい本です。

風邪対策、ウイルス殺菌のため
3日間通った早朝サウナで
読み終えました。
汗かいた、汗かいた
ワクワク、ワクワクした。

本当におもしろかった。

物理の難しい話は、まったく
書いていません。

アインシュタインの人生
感動です。
彼の行動と人格に敬礼です。

茂木さん、文章上手すぎ。
天才の域。上手いというのでなく
本当に熱い本気、真剣が伝わる。
なんか人気作家だけど
ページ埋める文章じゃない。

アイシュタインが大学の授業で言ったという。

「前提自体を問い直すことが
 一番の価値がある」

これ、創造と科学、学問、哲学
思考の大法則ですね。

名実共に誰もが認める
20世紀最大の知の巨人の
感動のエピソード満載。

この本と美味しいコーヒーが
あったら、死んじゃいますね。
いっちゃいますね。

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「宮澤賢治 愛のうた」制作、いよいよ大詰め。

722jpg 岩手が誇る地元女流作家
日本エッセイストクラブ大賞受賞の
澤口たまみさん、渾身の書き下ろし
もりおか文庫第二弾
「宮澤賢治 愛のうた」の制作準備が
3月末発売に向け着々と。

表紙のイラスト担当してます。
今日はその表紙の打ち合わせ。

文章を読み込み読み込み
納得のいくイラストが出来た。
微調整はあるものの大筋オーケー。

お楽しみに。

特に出版に伴ってイベントの予定は
決まってませんが、なぜか
宮澤賢治の「雨にもマケズ」の歌
yutubeで探して練習してます。

いつ何時、歌わねばならない
場面がくるかも知れないので。

yutubeでお歌をどうぞ。

http://www.youtube.com/watch?v=cfn8_D7lTzk

「雨ニモマケズ」作詞・宮沢賢治

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
欲ハナク
決シテ怒ラズ
イツモシヅカニワラッテ井ル
一日ニ玄米四合ト味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
小サナ萱ブキノ小屋ニ井テ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイイトイヒ
北ニケンクワヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ

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雪桜

72p1190704温かくなって3月を
迎えられると思ったら
昨日からの雪。

枯れ枝に、雪が残り
花を咲かせる。

かれこれ15年教えている
パステル・水彩の
カルチャー。

ご婦人がほとんどだが
多趣味なステキなおじ様も
いらっしゃる。

こんなに長いと
家族のような感じ
を抱いている。

窓から見える風景。

P1190695 いつもは、各自が持ち寄った花
や雑貨を描く事が多いが
今日は、久しぶりに
私の持ってきたモチーフを課題
みんなで同じものを見て描く。

たまには、こういうのもいい。
木彫りのウサギと缶と切花と。

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クマちゃんのしあわせ。

Photo_3クマちゃんは、可愛くて
みんな愛されているから
しあわせなんじゃないよ。

クマちゃんは、自分が
愛する人、大好きな人が
いっぱいいるから
しあわせなんだよ。

しあわせの基本。
しあわせへの分岐点。
大人への分岐点。
愛される事から
愛する人生への
シフト。

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