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私の天才の定義「春、創作家を目指すキミへ」その1

Image私の天才の定義は至ってカンタンだ。

「かきたいものをかけ
 つくりたいものを
 つくれる人間を
 天才という。」

だから、子供は天才とよく言われる。

なぜ、天才は天才じゃなくなるのだろう。

簡単に言うと

「かきたいものをかかない
 つくりたいものをつくらない」

からだ。

大人も天才なのだが
つまり、永遠に子供は
自分の中に住んでいるのだが
大人になるにつけ、だんだんに我々は
その子供の自由なるみずみずしい
創造性、創造力が発露されないように
する阻害要因だらけになってしまう。

見栄と保身とか人の目・評価
安全思考と思いのままに自然に動くのに必要な
基礎エネルギーの減退とか
さまざまなものが阻害要因として
天才を封じ込めてしまう。

注意してほしい。

「かきたいものがかけない
 つくりたいものがつくれない

のではない。

自分がただ

「かきたいものをかかない
 つくりたいものをつくらない

だけなのだ。

「かきたいものをかかない
 つくりたいものをつくらない」

から楽しくない。

楽しくないから
さらにアイディアと創造性、創造力は湧かない。
究極の、それでいてよくある悪循環の代表だ。

「かきたいものをかかない
 つくりたいものをつくらない」から

いつまでも

「かきたいものもをかけない
 つくりたいものをつくれない」

創作的悪循環に陥るのだ。

「かきたいもの、つくりたいものが
 分かったら苦労しない。」

と、開きなおってはいけない。

別に、創作家でなくても
人間だれでも描きたいもの、表現したいものは
あるのだ。

かきたいものが、つくりたいものがない
なんてのは、創作家云々前に
「しっかり生きてるの?
 成長、進化、向上しようとしてるの?
 人として笑って涙して感動して生きてるの?
 自分のため、ひとのため生きてるの?
 少しは、しあわせなの?」
と心配になる。

人間の、あるいは生きるという作業をしているものは
だれでも、表現したいものが必ずあるのだ。

曲がりなりにも、創作家は、さらには
その自分の中にある表現したいもの
香りや色やその世界を、肥大化・デフォルメしたり
枠でくくったりしての見せか方、取り出し方の
いく分かの技術と、慣れと、ノウハウがあるはずだ。

こころ空しくしてかきたいもの
つくりたいものにペンを持ち筆を持ち
手を動かすのだ。

一瞬の気分を、一瞬のひらめきを
一瞬のメルヘンを不思議を、
何か気になるこの思いを気分を
もしかしたらとてもステキなこの気分を感覚を
一瞬の物語を映像・シーンを
メモり、ドローイングし
色を乗せていくのだ。
創造力はメモの量に完全比例だ。

人は変化する。
人は生き続けるだけでたいへんなことで
ひどく悪く生きていない限り
皆、進化、深化、高度・高質化しているのだ。

生き続けているだけでどんなに
凄い努力でありエネルギーであるか。
進化と深化を続けているか。
凄い戦いであるか。
その凄いことをしている自分
凄い自分である、凄い生物であることに
気づきなさい。目覚めなさい。

自分に、人間であることに。

意識活性体として生き続けている
私と言うこの生物の凄さ。
それは膨大なる智恵とエネルギーの塊であることに
気づき自覚しなさい。

自分がそのようなものであること
無限の智恵とエネルギーの当体であることを
自覚し信じ、そのものであると生き始めなさい。
生き直しなさい。今日から、今から。

そしてかきなさい。
つくりなさい。

変化と共に欲求が変わる。
創作家であれば、その変化に伴い
表現したいもの、テーマ、世界も変わってくる。

変わって来ているのに
現われる作品が、同じであっては
楽しいはずがない。

芸術、創作とは、根源的に
自己創造であり、自分を自分で見たい、
把握したい欲求に根ざしているからだ。

表現と言う手段で外に自分を出して
眺めて実感して抱きしめて
そこからまた作品を進化させて
自分も進化するフィードバックを
繰り返しながら、創作家は進化し続ける。

そのフィードバックを起こさせない作品とは
慣性の法則で産み出される
自己の過去の作品のベター、ベストの自分によるレプリカ作品である。

「あなたの最高傑作は?」

記者の質問に

「Next one」

と答えたチャップリンの顔を思い出すだけで
私は、ものを創る端くれとして
いつでも泣ける。
今でも涙が溢れてくる。

凛としたい。

創作家よ、芸樹家よ。
ぼっーとするな。
スランプだなんていうな。
スポーツ選手より
心よ、体育系であれ。

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