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今日のようなこんな夕日に向って何度も叫んだものだよ

Dscf9572 いつまで、おまえは、不幸でいるんだ。

何を守り、何にそんな怯えているんだ。
何にそんな執着して、もがいているんだ。
今の人生、これまでの人生。

それはそんな守らねばならないものなのか。
無ければ死んでしまうのもなのか。

ああ、そんなささいなことに
こんなささいなことに
悩み続け、怒り続けていたのだろう。
いるのだろう。
そして、打ちひしがれていたのだろう。

笑うことの少なくなった生活に
すぐに気づいて手を打って
少しでも長く自分を楽しく
生きさせるべきだった。

もっと私は自分を大切にするべきだったのだ。

もっともっとよく考えて
一日でも早く自分を
しあわせにしてあげるべきだった。

いつまでおまえは、ふつうなんだ。
なぜそんなにふつうなんだ。

おもしろくねーな、おまえって人間は。

いつまで、おまえは、不幸な月並みな人生
月並みな人間をやっているんだ。

何をそんなにしあわせにビビッているんだ。
そんなに、あらたまり、身構えているんだ。

気軽にしあわせになれ。
決心、覚悟しろ。

しあわせが何ものであるかを解ることより
解らなくとも、しあわせになると決心する
無防備な飛躍の冒険の瞬間を
この人生において1秒でも早く体得することだ。

それが、実は、ドアであり
開始さ、はじまり、はじまりさ。

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