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死しても友はありがたし。

P1310259_2今日は突然、中学の同級生からの連絡。
車で東京から帰省するから
午後、チハルのお墓で
会おうという事になった。

小雨チラつく中、線香つけて合掌。

お墓参りは故人に祈りを捧げながら
実は、生きているものたちのものだ。

故人を祈ることで
自分が生きていることを確認、実感する場。
そして、同時に普段忘れている自分の死や
死の可能性に思い出させさせて
襟を正さしてくれる。

自分が生きている実感は
生きていると言う事において
この自分が出来ることども
為さねばと思いつつも
手をつけないでいることや
遅遅として進めていないことに
決心を新たにさせてくれる。

そういう意味で、私は水木茂の「お墓好き」
とは違うが、心の垢を流してくれ
ぼやけた志や心の有様をしゃきっとさせて
くれるということにおいて
いい時間だと思っている。

こういう作用をしてくれることにおいても
故人は、友は私の中で生き
エネルギーを与え続けてくれていると言える。

死しても友はありがたい。

小さな幾重もの山並みは、薄い雲の
小雨降る中、美しい紅葉のタペストリーを
織りなしチハルの眠る大きな墓苑を
温かく包んでくれていた。

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