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ファミレスの3人のヤングママ「あの頃にもどりたい。」

Pgふと入ったファミレスで
化粧も衣装も派手なきれいな
3人の若い女の子が
大きな声でおしゃべりを
していた。

空いてる席が
彼女たちの比較的そばで
息遣いまで分かる場所だった。

一人で照れて
店を出て行くのもへんなオジサンだし
座りました。

ただ、声の本当でかいこと。
ファイヤレスマイクつけて
話しているのではと
思うほどだった。

まさに、彼女たちは
舞台の上の女優で
店の客は、その舞台を
見る観客のようであった。

私たちの楽しいおしゃべり
聞いて楽しいんでね、
って感じだった。

だったが、おしゃべり
おもしろくねー!
ファッションや雑誌や
友達の悪口、旦那や男との
叩く蹴るの喧嘩の仕方など
過激だけど薄くて中身がねー!って感じ。

聞き耳立てていたわけでないが
こんな声ですから、聞こえてくる話から
彼女たちは、みなすでに
結婚しているヤンママのよう
びっくり!

しばらくすると
3人の話題が
「あの頃にもどりたい。」
バージョンに入った。

「もし一度戻れるっていうなら
中学時代からやり直したいな。」
と一人が言うと、ほかの二人が
「そう」「そう」と同調する。

「もっと勉強したかったな。」

ー私は『すれば!?』、今からでも遅くないー
と思った。彼女たち少し
した方がいい気がしました。

「勉強まじめにやって遊ぶ時は遊ぶ、
 そういう感じ!?」

「そう、そう!」

「そう、そう、かっこいいよね!」

ーそうだね、かっこいいね。
 今だから気づいたんでなく
 きっとキミ達は当時だって、
 出来ればそうしたい、
 そういう人かっこいいなと
 思っていた、気づいていたはずだよ。

 なんでその時々、解っていて
 人は出来ないだろうね。

 やがて、この今も、今日も、
 若いこの時代も
 あの頃になるんだ。

 2度と後悔しないよう、
 いつも後悔しないよう
 あの頃、こうしておけば
 こうできれば、かっこいいね、
 素敵だったね、幸せだったね
 と言わなくてすむよう

 今の自分が
 今、感じ解っていることを
 今、がんばるんだよ。

 きれいなヤンママさんたち。
 今から、今日から少し
 お勉強しなさい。

 目の周りをパンダのように
 黒く塗るクレヨンとか
 マニキャ一、口紅を1本減らして
 近所のエムズ書店に行って
 本を一冊買おう、
 買って飾ってないで読もう。ー

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ザックに学ぶ、サブの力を出せる組織マネジメント能力

Imagessss準々決勝の伊野波や準決勝の細貝、
そして言うまでもなく
最も派手な印象的決勝ボレーを
突き刺した李忠成にしろ
これほどまでに控え選手が
必ず得点し、得点せずとも
交代メンバーがそれぞれに
十分に活躍するという驚嘆すべき
状況は、偶然ではない。

この結果が出る前から
マスコミやネットを通して
ザックがこれまでの日本代表の監督で
これほど控えのメンバー声をかけ
激励する監督はいなかったとのことだった。

すばらしい。

さらに、練習での紅白試合は
普通は控えと先発組で作るが
両者を混ぜた2チームとし
先発も試合当日まで発表せず
ぎりぎりまで競わせ
全員のモチベーションを
高めると言うのだ。

すばらしい。

機会均等、評価平等。
これが、組織の肝要、リーダーの
基本であるが最重要事項だ。

言うはやすしで、
実際に実行することは
たいへん難しい。

これを、信念通りやり切る
ザック監督の人間力
人格は高潔で強靭だ。

イタリアのACミラン・インテル・ユベントス
のビッグ3の全てで監督をした人間はいない
とのこと。

そして、この20数年間
今回日本に一緒に連れてきた4人のコーチで
やって来たという。
今回も、コーチは3人までと言う日本の
要請に対して自分のペイを削っていいから
4人にしたいと申し出たそうだ。

ザック、かっこいいですね。

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サッカー日本代表、アジアカップ優勝から学ぶこと

20110130125132 「一枚のハガキ」を
書き上げて
サッカー、アジアカップ
日本・オーストラリア戦を見る。

キューピッチでフィニッシュ。

物語は自分でもまったく
どうなるのかわからない。

作者は、分からないで
書いていく。

だから作者も読者で
わくわくしながら
書き読んでいく。

一仕事の後のサッカーは楽しい。
力関係からいって
3対1乃至、3対2くらいで
日本が負けて順当だろう。

すごい試合だった。

日本は、ここまで数々の
アクシデント、不利な状況を
奇跡のチーム力とザックの采配で
勝ち上がってきた。

201012240004spnavi_2010122400008_th しかし、かといって
延長後半までもつれ
控えの李選手が、サッカー史に残る
美しい完璧なボレーキックで1点先取。
守りきってアジアカップ優勝。
決勝までこんなにドラマチックに
決めるとはもはや感動を超えて
驚異だ。

本田を初め、このチームは
なんのためらいもなく
純粋に世界一を目指している
理想水準の高いチームだ。
だからどんどん進化する。
どんどん強くなる。
いまだかってない頼もしい面々
チームだ。

この優勝は何よりザック監督の力だ。
ザック監督になって8戦全勝。
まさに、ザックマジック。
ザックに学ぼう!

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一枚のハガキ  その6 エピローグ

Img137 私は破かれたノートの
真ん中に書かれてあるその文を
じっと見つめた。

私はこの一文を
チハルとヒロシが言う
運命のノルマ表を
誰が書いたか
わかった。

私は、チハルとヒロシがいることも忘れ
じっとそのヘタクソな文字で書かれた一文を
ボーッと見つめながら考えた。
いろんな思いがよぎった。

思えば私はずいぶんいろいろと
やってきた。

周りの人間は
もしかしたら家族でさえ
私が何屋さんなのか
わからないかもしれない。

時々、自分でもわからない時がある。

迷った時は、いつでも
ポジティブな方を選択して生きてきた。
いつも忙しく私の人生に
退屈な時期はなかった。

何かに追われるように
いつも自分で自分を忙しくしていた。
そして、それなりに器用に
こなして来た。

自分にできることは
一銭の得にならなくても
自分の美学で随分と労を尽くし
動いてきたことも多々あったことも
いやらしい言い方だが
それも事実だ。

しかし、世のため人のためだとか、様々な
理屈や理由や大義名分をつけながら
それは
私が何かをしないための
私が何かを先延ばしにするための口実であって
今日まで私は自分をはぐらかし、
ごまかし続けてきたのではないか。

私の人生は、私がせねばならない
したいと思っている
優先順位第1を省いて除いてよけといて
第2位から数百、数千、数万番のこと
ばかりをやってきたのだ。
40年もの間、私は優先順位1番のことを
せずに生き続けていたのだ。

破かれたノートの真ん中には
ヘタクソな10歳の私の文字で
私の人生の優先順位1位が
書かれてあった。

まぎれもなく
計算も分析も出来ない
常識も知識もない
最も素朴な本性で
私がしたいと思う
今でも正直変わらぬ
その優先順位一番の行動を開始
しなければならない。

そんな思いが定まった頃
私のその心を見透かしたように
ヒロシが語り始めた。

ー死んでしまった俺たちには、
 もう、この世界では
 現実的に何も出来ない。

 でも、おまえは何でも出来る。
 おもしろく生きろ。
 おもしろく生きなけりゃ、もったいない。
 そして世界を少しでもおもしろくしろ。

 ねっ、遅くはないが、もう若くもないよ。
 もう一番したいこと
 一番すべきことを
 したらいいよ。

 今日から3年後5年、10年後、
 人生がどんなふうに
 なっていても不思議じゃない。ー

ヒロシがチハルの顔を見た。
あれ、そろそろサヨナラか
そんな空気がしてきた。

その空気をチハルのコトバが決定的にした。

ーまた、10年後
 二人で会いに来るよ。ー

ー10年後か?-

ーそう10年後ー

ーよし、わかった、10年だね。
 この10年をラストフェステバルと思って
 なんでもありでやって見るよ。
 位置についてヨーイ、ドン!-

私はチハルとヒロシが
まもなくいなくなると思うと
キューンとせつなくて
急に走りたくなったのだった。

数十メートル走って
ユータンすると
向こうでチハルとヒロシが
手を振っていた。
体が少し薄くなってきていた。

私は思わず叫んだ。

「ありがとうね。また、絶対、来てくれよ。」

   

    エピローグ

「なんで一番したいことでなく
 二番、三番、はたまた
 四番、五番のことばかりして
 生きているのですか。」
などとというコトバもプレゼントしたり
語ったり、諭したりしながら、実は
誰よりも私が指導、叱責しなければ
ならないのは私自身です。

あなたも、優先順位1番を
手付かずにしていませんか。

あなたの目には、脳裏には
あなたの本当の優先順位第一が
見えましたか、思い出されましたか。

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一枚のハガキ  その5

Img136 ーさすが、そうだよ。ー
チハルがすかさず言った。

私はチハルに褒められたことを、いいことに
調子に乗って聞いた。

ー「運命ノルマ表」は誰が書いたんだい?
  二人が書いたの?ー

ーいいや、ちがうよ。-
ーじゃ、だれ?神様か?ー

ー神様?ー

チハルとヒロシが顔を見合わせた。

ー神様なんてこの宇宙には存在しないよー

いかにも二人の代表という感じで
チハルが言った。

ーじゃ、どちらさま?-

ーどちらさま、どなたさまは、まあ、いいよ
 いずれわかると思うけどー

思わせぶりにチハルが言う。

私はチハルとヒロシのはぐらかすような
言い方にイライラしそうになっている
自分に気づいて、もしも彼ら二人が
少し私をからかって遊んでいるというのなら
彼らの予想を裏切って、あえて冷静に
言おうと思った。

ーそうだね。誰が書いたかは、問題じゃない。
 中身がまじめなものか、信用できるものか
 共感でき感動できるかが、ボクの基準だ。
 たとえそれが10歳の少年が、鉛筆で
 書いたものだとしてもー

ーえっ、10歳の少年!?鉛筆!?-

ヒロシとチハルは少し目を見開き大きく広げ
口をすぼめ顔を見合わせ、そして笑い出した。

ーえっ、何が、おかしいー

ーいや、なんでもないー
ーいや、なんでもないー
と二人は同時に言った。

チハルもヒロシも
昔からよく突然笑うことがあった。
だから気にしない。深追いはしない。

ーなんか、いやな感じだな。
 まぁ、いいや。その肝心の
「運命ノルマ表」とやらは?-

ーああ、渡すよ。はい・・・-

チハルが胸ポケットから
取り出した。

金の箱でも、木箱でもない。
封筒にさえ入っていない
何やら一枚の紙切れだ。

「運命のノルマ表」妄想し
期待だけ大きくなっていたので
少々拍子抜けだ。

それは、カッターでなく
手で破かれたノート1ページだった。
しかも、それは、へたくそな文字で
鉛筆で書かれてあった。

今日からの10年間のノルマ
仕事がびっしりと書かれていると
思っていたが、書かれてあったのは
たった一文だった。

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一枚のハガキ  その4

Img135 自分なんて、とってもちっぽけで
この宇宙の偶然の産物であり、
この無数無限の中の一人一人で
しかない自分なんてものは
議論のモチーフになる
普遍性なんてものはこれぽっちも
ないと、あの頃ボクらは
思っていたんだと思う。

だから、ボクらはいつも
世界や人類を語り
人間個人という概念はテーマになっても
その具体的存在の一つでありながら
自分というものは
テーマになりえなかった。
さらに他人はテーマになっても
自分はテーマになりえなかったのだ。

あの頃のボクらは
自分と言うものがあまりにも
ちっぽけな存在であると言う
センチメンタリズムにすっかり
心の深層は侵されていたんだ。

ボクら一人一人は実は
とても広大であり
人間と言うものは一人一人、
まったく違うと言えば違うが
似ていると言えば
限りなく似ており、故に
実は一人一人が普遍的なものであることに
考えがいたらなかった。

人生は、せねばならないと思い込んでいることや
周りの誰からか教示されるMUST以上に
自分の深いところから感じるWANTの中にこそ
自分の本当のすべき仕事や
ミッションが隠されている。

言い換えれば、楽しいことの中に
本当の仕事やミッションが
隠されているんだ。

人は誰一人特別な存在ではない。

しかし、人は人生をかけ費やして
自分を特別なものに
しなくちゃならない。
その工程というのものが人生だ。
その意欲と意志の強さに比例して
自分はどんどん特別な存在になっていく。

そしてある日ある時、
その過程、来し方が
一瞬にして必然になる。

人生が解読され読み解かれ
物語となる瞬間だ。

人は実は自分を自分勝手に扱ってはいけない。
自分と自分の人生は自分のものだから
どんな扱いをしようが自由なんだと言うのは
実は間違いでかなり幼稚だ。

しかし、あまりにも多くの人が
生きている時に抱く
最も大きな勘違いの一つだ。

たとえ自分の人生だとして

一つの人生をだいなしに

つまらないもの、楽しくないものにする

そんな大それた権利なんて、資格なんて

この自分にはないんだよ。

自分を大切にし、
自分を満ち足りたものとして
生き続けさせることによって
人は自ずと本当の自分の仕事と出会い
ミッションに目覚め
その存在は、個人的なものから
公的なものになっていく。

いずれ、自分の仕事と確信できる仕事と出会い
これこそ我が人生のミッションと覚知した人を
「幸せな人」といい、目覚めない人を「不幸な人」
と言う。これが、正しい分類だ。

この目覚めにより、
人は根本的積極性を獲得し
月並みな無難な人生の
あまりにも平凡な人間的
非生産的不安との決別も
ここに完結する。

人生の本当の楽しさも、ここから始まる。
生きている歓喜、人生の醍醐味も
ここから堪能できるのだ。

私は相槌を打つのも忘れて聴いていたが
久しぶりに一言、口を挟んだ。
それに息もつかずに話しているヒロシに
息をさせなければと思ったが、
彼らには無用な心配か・・・。

ーそれ「運命ノルマ表」と関係ある話かい?

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一枚のハガキ  その3

1 ーおどろいた?-
チハルが言う。
ヒロシは、相変わらず
にゃにゃしている。

ーおどろかねーよ!ー
私はあわてる様に即答した。

親しみと笑顔で語られた言葉に
少々、語気が強すぎた気がしたが
私は私なりに
二人のことを気味悪がっていない
全然、怖がっていないよという
気持ちを伝えたかった。

しかし、そのバランスを崩している分
あわてている分、やはり、どこかに
二人に対して、この状況に対して
不安や恐怖のようなものが
あったのだろう。

チハルは4年前
ヒロシは27年前に
すでにこの世を
去っていたのだった。

チハルは私に
ウィトゲンシュタインを
ヒロシはニーチェを
会わせてくれた。

ーいや、本当は、驚いたよー

ーおどろくよね。ー
二人はまた、顔を見合わせて
笑った。
私も笑った。

3人で笑った。

ーでも、チハル、ヒロシ。
 ボクはずいぶんと度々、二人を
 思い出していたよ。
 思い出す度に、ボクは力をもらった。
 思い出す度に生きていることに襟を正し
 思い出す度に襟を出して生きて行こうと
 ボクは心が凛としたよ。

 そして、宙のどこからか
 膨大なエネルギーがボクの体の中に
 注がれるのを感じたんだよ。-

チハルが言う。

ーそうだね、思い出してくれているのは
 知っているよ。
 誰かが思い出してくれるたびに
 この宙のどこからかエネルギーが注入される
 ような感じを受けるんだ。
 この世も、あの世も宙は不思議な仕組みと
 力とエネルギーが充満しているんだ。

 そのことが、もっとはっきり強く確実に
 わかっていたら、ボクらは革命的人生を
 もっと強烈に生きることができたんだけどね。
 生きている時には、わからないものさ。-

ヒロシがまじめな顔をして話し始めた。

ー生きている時には、ボクらは
 ずいぶんと深刻な顔をして
 いろんなことを議論したように思う。
 でもそれは、まるで女子中学生や
 女子高生が、あっちのパフェがおいしい
 こっちのクレープがおいしいと
 おしゃべりに花を咲かせているようなものだった。

 世界の様々な出来事
 自分以外の有名無名の誰かについては
 ずいぶん話し込んだ。

 しかし、ボクらは、一番根本的な問題を
 議論していなかったんだ。

   「自分の意味だよ」ー

     続く・・・・・

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一枚のハガキ     その2

Hutarinootoko_img134_3 残念ながら、美しい女性でも
どうやら銀河鉄道009の
メーテルでもなかった。

そしてクマちゃんでもなければ
ボッシュでもない。

男性らしい人影が
二つ見えた。

大きな空と延々と広がる街の
パノラマの中で見るビルより
近づくごとに、そして着いて
階段を一段一段登るごとに
このビルが思った以上に
大きいことがわかった。

屋上もとても広くて
向こう端に立っている
二人のところまで遠く
姿は小さくて顔まで
よく見えない。

私は一歩一歩近づいて行った。

近づくごとに私は
なんだかドキドキするような
懐かしいような
せつないような
うれしいような
くすぐったいような
変な気分になった。

一歩ごとに二人の姿は
少しづつ大きくなり
それと共に顔も少しづつ
大きくなっていった。

そしてはっきりとその顔がわかり
二人と目が合ったかと思った瞬間
にゃりと照れ笑いの笑顔で
二人は「やぁ」とほぼ同時に
手をあげた。

バリトンとテノールの
世界で一番短い
美しい男性二部合唱だった。

いい響き具合だった。
2~3小節程度のメロディーを
聴いた気がした。

私もつられるように
右手を上げ
つられるように笑顔で
「やぁ」と言った。

ヒロシとチハルだった。

 

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一枚のハガキ

Akibiru_dscf2162ある冬の日の午後
一枚のハガキが届いた。

差出人の名はない。

「あなたの出生の秘密を
 お話します。

 あなたが誕生してから
 今日までの人生のある時期
 ある時に
 いくつかの遺伝子操作を
 行いました。

 まず

 悲しむ仕組みと
 苦しむ仕組みを
 削除しました。
 
 

 
 私が、誰か知りたければ(知りたいし!!)
 明日の午後3時
 M駅の後ろに作りかけ
 建設中断したビルの屋上で待ってます。

 その時、私はあなたに、あなたが
 明日から10年間にやっていただく
 運命のノルマ表を
 お渡しします。(何それ?誰が作ったの!?)

 ぜひ、来てください。」 

 『運命のノルマ表』に何が書かれていても
 中身には、さほど驚かないと
 思いますが、そういうのが
 あるのに驚いています!(って言うか、あんたホントに誰?)

 いずれ、私は、翌日
 指定されたビルに向かったのだった。
 怖くはなかった。
 
 超可愛い青いクマさんだったり
 あるいはあの世に行っちゃったちょっとだけ
 大人びた顔つきになった愛犬ボッシュが
 黒い背広を着て現れたり
 銀河鉄道009のメーテル風の
 美人が現れるのでないかと、
 予感していたのだ。

   

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今は、やがてあの日、あの頃になり、思い出になる。

Dscf2159jpg

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究極の選択「空気を暗くする人か、白くする人か?」しかし・・・・

2jpg_2  「自分のことを悪く言って
 空気を暗くさせる人」と

「自分のことを良く言って
 空気を白くさせる人」と

どちらかを選ばねばならぬという
悪夢を見たら

それでも、暗くさせる人より
白くさせる人の方がいいだろう。

最近の船井幸雄さんはよく分からない
難しいことばかり言うが
昔は、愛読者だった。

その船井総研の何本指かの著名な
コンサルタントの方が言っていたが
話し手が一流の人間であると
いくら自慢話をしても
聞く人たちがいやな気分にならず
心地よく、その話し手を好きになる
と言う。

そのレベルでなければ一流の話し手、
講演者でないと語っていた。

そういうレベルの人は
自慢話をしたいのでなく
そもそも自分でしなくても
多くの人が、世の中が
十分彼の、彼女の実績と能力と
人間性を評価しており
自慢話をする必要もなければ
その欲求もない。

それは、一つの演技であり
人を育てたいという
深い情愛に根ざしたもの
だからだろう。

だから、中途半端な照れもなく
快い自画自賛も出来るのであろう。

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「怒らないこと」としあわせついてスマナサーラは語る

Ff7ea昨年の暮れに買って
10ページくらい読んで
途中になっいてた
アルボムッレ・スマナサーラの
「怒らないこと」を本日完読。

いやー、考えさせられました。
勉強になりました。

元来、私は怒らない方の人間だが
いや、と思っていたが
それは間違った評価だったと
気づかされた。

大きな声を出したり
暴力的威圧だけでなく
心の中でムカついていたり
心の底で許していなかったり
いじけたりすることも
ある意味大きな意味では
怒りであり、怒りが
存在しているし
つまらない、退屈であると
言うこと、その感情さえ
怒りであると筆者は言う。

なるほど。確かにそうかもしれない。

流れるような分かりやすいやさしい言葉で
述べられているが、読み進めるにつれ

怒りがいかに当人にも気づかずに
自分を壊し自分の人生を不幸にしているか
身につまされていく。

怒りはその人格と知性から
理解力も合理性も客観性も失わせる。
何一ついいことがないことを学ぶ。
怒りの反対が「笑い」らしい。

「人間は怒らない方がいいのです。」

私も賛成だ。

筆者は怒らないために、怒らない方法を
「ただ怒らないことです。」と言うが
自己変革のコツはほとんどこんなもんだ。

怒らないしかない、怒っている自分を観じ
怒りを中止するしかない。
我慢とは違う。怒る自分と決別するのだ。
怒る自分と無縁の高みをマスターするのだ。

「悪いことをする人に対して怒るのは当然だ」
というのは世間が一貫して認め多くの人の
見解、立場だろう。

それでも、怒ってはならない。
怒りは人生に一瞬たりとも存在価値をもたない。

怒るよりも、もっと冷静で、知的で
むしろ厳しい迫力でもって
我々は悪には対峙するとよい。

そして、最後に
今までの自分であれば
怒ったであろう状況で怒らないことが
もたらす奇跡を、筆者は語る。

怒っている人、自分をののしった人に対して
怒らないと、その人間が味方になる
ずっと味方になる。

怒らないことは奇跡を起こす。

筆者は、語る。

「怒りは、人間の不幸そのものです。私は
 人間みんなに素晴らしく幸福に生きて
 ほしいと思います。たとえ1分、2分でも
 30秒でも、困ったり悩んだりする必要は
 ありません。」

そうですね。
勉強になりました。
たとえ1分、2分でも
30秒でも、困ったり悩んだりする必要は
ないのですね。

私もそう思います。

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魅力のテイラー・スウィフト

Teiraimg1210715200001_2 YouTubeで一昨年偶然、彼女の
「ユー・ビロング・ウィズ・ミー 」
を発見した。

ダニエル・パウダーの「Bad day」
に勝るとも劣らぬインパクトを受けた。

2年の年月が流れ
最近、日本でも急にブレークして
テレビにもよく出て来ている。

音楽は正直、私の好みの100%ではなく
80%~90%だが、テイラーの人は
100%、120%だ。

彼女が可愛い、美人だということではない。

グラミー賞を受賞したアルバム
「FEARLESS」の彼女の紹介の文
そして、彼女自身のこのセカンドアルバム
に込めた思いを綴った文章を読んで
感動で打ち震えた。

彼女は11歳で、自分の作詞作曲のCDを
もってレコード会社を

「私はテイラーです。レコード契約を
したいので、電話をください。」

と言って歩いたのだ。

その厳しさを知り、さらに曲作りに
打ち込み、後、ファーストシングルになる曲のCDを
ラジオ局に、曲作りに応援してくれている友達と
一枚一枚封筒に入れて送った作業を
私は一生忘れないとその友に感謝のコトバを
綴っているところで私は不覚にも号泣した。

この作業、彼女たちが13、14歳の時だ。凄い!

東京の有名出版社の一流デレクターを
怖いもの知らずで歩き回ったり
作品ファイルを作っては彼らに送った
私は自分の若き日が蘇ったり、とにもかくにも
どっと何かが押し寄せた。

彼女は15歳でデビュー。

19歳でグラミー賞受賞という、全ての記録を更新。

文章の最後は、兄弟や両親、親友、
共同作曲者や才能を見抜き
最初にレコーディング機会を与えた
デレクターや現在のユニバーサルの
デレクターや広報へそして最後に
ツアーのトラックの運転手に
感謝を述べているところが、この娘は素敵だ。

そして
「私と私の音楽を信じて、
最初のCDを買ってくれた人
コンサートに来てくれた人がいなければ、
今の私はない。」
この2枚目のアルバムも存在しないと、
とても謙虚で
素直なコトバは、ますます、
デビュー前後からの
ファンを離さず、新たなファンも
増やしていくだろう。

彼女の歌の中で好きな一つ
「bacK to december」<youtubeから↓>

http://www.youtube.com/watch?v=4wcW5WP7N78

http://www.youtube.com/watch?v=gHhARmtlaUI&feature=related

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自己管理能力のないおデブさん、すい臓癌の夢見る。

722jpg 正月以来、ベースを2~3キロあげ
肉体をデブ化してしまった。

思いついては、1日、2日食事を
抑え間食をせず対策するのだが
一日気を抜き食欲に任せて過ごすと
あっという間にリバウンド。

夜9時以降のスパーで半額になった
握り寿司やカップラーメンは
本当に厳禁なのだが
夜中1時、2時まで仕事がある時は
夕食から4時間前後すると
小腹がささやき始める。

ついつい悩んだ挙句
夕べは、
焼きそば「ホームラン軒」の
スパイシーの効いた味が
妙にリアルに思い出され
無性に食べたくなって
誘惑に負けてしまった。

デブ化の自分の状況も
十分把握、認識していたので
その深層心理の自己嫌悪
自省の念も深かったのか
すい臓癌になって
死を宣告されて
街中を悲しく歩いている
夢を見た。

びっくりした。

死を宣告されたことが
夢の中で本当に素朴に
悲しくてたまらないのである。

ああ、みんなとサヨナラするのか。
もう会いたくても会えない。
もうここの世界で話したり
笑ったり何かを一緒にすることは
出来ないんだと、もう悲しくて
さびしくてせつなかったのだ。
びっくりするほど、自分は
あまりにも普通で並でした。

もっと達観した自分、
悲しみに浸かったりしない自分で
あると思っていましたが
違いました。

本当に私は、自制心なく食べるし、
強欲に未練たらたら生きたいし
煩悩に塗れた愚人、凡人で
あることが、私の現実の食性と
夢での実験観察でしっかり
あらためて認識しました。

勉強、修行しっかりせねばなりません。

ということで

まずはデブ化の流れ阻止のため
「反デブ化腹筋運動」を開始しました。

くしくも、憧れの木村佳乃さんと結婚した
東山紀之さんは、毎日1000回の
腹筋をするという話を今日聞いたので
東山君ほど出来なくても300回くらいと
思っていたのですが、きついですね。

ということで
まずは、100回に変更しました。
でも、実行しました。

今日から、ダイエットと筋肉強化いろいろがんばります。

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アトリエ半径30メートル内に溢れる宝

Dscf2129今日は、アトリエを中心に
半径24,7メートルの所に
宝の一瞬を見つけました。

いいですね。

寒い冬の日の午後
一瞬日が差し込み
帰り道を急ぐ人々。

特別イベントでもない。
祭りでもない。
特別な記念日でもない。

そういう宝の一瞬が
半径30メートルの中にも
無数にあって
誰にも何にも留められず
この世界の中に
流れ消えていく。

ああ、記録も記憶も
追いつかない。

もう、在るだけで
どこもかしこもいっぱい世界は輝く
アリスもびっくりの
光輝くワンダーランド
なのだ。

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日曜日の朝、再び、歌詠み。テーマは太陽

Bouhuu_img雨嵐
そこに光が足りぬなら
自らをもって
陽の人となれ

アメアラシ
ソコニヒカリガタリヌナラ
ミズカラヲモッテ
ヒノヒトトナレ

Rain And Storm
If there is not
plenty of light.
Make yourself the Sun man.

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愛してくれないと嘆く人

72_2jpg人はよく嘆く。
私も、かってずいぶん嘆いた。

いろんなことを嘆くが
「愛してくれない」と
人はよく嘆くのだ。

子供が愛してくれない
生徒が部下が愛してくれない
と嘆くのだ。

さて、ところで
そう嘆く自分は自信を持って
うそ偽りなく、自然に心から
愛してくれないと嘆くその子を
生徒を部下を、果たして
愛しているのだろうか。

幸せや成長を心の底から
本当に願えているのだろうか。

もしかしたら
愛してくれない
愛していないのは
自分の方なのではないか。

そう気づくことがあります。

愛してないどころか
その愛してくれないと
嘆くその相手に対して
冷たいものや嫌悪、
見下げた思いなどが
深層心理に存在してやしないか。

単純に、その嘆く相手を「好き」
「いとしい」と言えるか、
そういう嘆きを持っている皆さんで
たった今、自問自答して
実験、検査してみましょう。

検査してみると、
気づくかもしれません。
実は、愛されないことを
深層では、よしとしている自分に。
あるいは、実は、仕方がないと思っていて
その気持ちを隠すために
深刻ぶったり、愛されていないと
悩んだふりをしていた自分に。

この世で、伝わらないものは
いろいろあるかもしれませんが
愛だけは伝わります。

愛してくれるものを愛する
愛には愛が反応していくのは
普遍の命あるものの性質です。

そういう意味でも

1年、2年、3年
5年、10年、20年
いっしょに暮らし、仕事をし
関わっていて、愛してくれない
信頼してくれないと嘆くのは
嘆くのであれば、嘆く自分自身の方の
親としてリーダーや経営者や上司として
先輩や教師として
愛する力や信頼にたる人間性の部分で
自身が、弱く貧弱であるではないかと
厳しい見方が必要かもしれません。

愛してくれない
信頼してくれないと嘆きながら
実は、愛してくれないという
その相手をどこかで攻めている自分
はいませんか。

陰湿で冷たい攻撃していませんか。

そういう自分を見切り、
そこを見定めたところからそこを脱し
そのような自分であることを認め
その認めたそこから、いい関係を築き
楽しく幸せな家庭、職場などなど自分の
生きている空間を世界を
作りましょう。

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花咲く場所

Img1151113240001 今日の一首。

訪ねても

見つかりませぬ

夢の国

そこで輝け

そこの花

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ジョージァ。冬の寒い空の下、甘く君を思い出す。

Dsc00561 拝啓

ボッシュくん。
お元気ですか。

君がこの世界からいなくなって
もう6年経とうとしているけれど
冬の冷たい空の下
甘い缶コーヒーを飲むと
君を思い出し胸がキューンと
痛むよ。

冬の散歩道
雪を踏みつけながら
自動販売機やコンビニで
缶コーヒーを買う。

あの頃は、なぜか
ジョージアのロング缶の
甘い缶コーヒーが好きで
君は上目遣いで
私の飲むその甘いコーヒーを
せがむのだったね。

私は、冷たい冬の早朝の風の中
手袋をとり手のひらに
コーヒーをたらした。

君はぺろぺろなめ回し
もっとと目で訴えるのだった。

何回やらせるのだ。
きりがないだろう。
糖尿病になったらどうするのだ。
私のようにデブなったらどうするんだ。

体は40キロも、50キロもあって
人間の大人一人分ほどの
大きな体をしていたけれど
その愛らしい瞳と
気持ちは、何歳になっても
赤ちゃんのままだった。

アインシュタイン超えと言われ
最もノーベル物理学賞に近いといわれる
ハーバードのあの超美人、理論物理学者の
リサ・ランドールが言う様に
この世は、輪切りにした
フランスパンのように
いくつもあって
きっとあの世とか、この世とか
いろんな世、世界があって
どこかに君の命は生きているんだろう。

君は、たいへんな時に現れて
私たちを守ってくれている。

Dsc00256 時々、君の気配もする。
車を走らせていると
一緒に駆けている時もあり
アトリエで仕事をしていると
ふと風にまぎれてカーテンを揺らし
部屋に入ってくることもある。

魂は電波には乗りやすいという。
いつぞやは携帯電話の中で、
確かに4度吼えて
小火に、漏電に気づかせてくれ
大火事から救ってくれたこともある。

ねぁ、ボッシュくん。
ありがとう。

犬猫を飼っている皆さん。
もちろん人間だってそうだと思います。

お金は宇宙銀行には預金できませんが
愛情は預金できます。
愛することです。
深い愛情は宇宙に貯蓄できます。

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自営業主・創作系のアーチストの皆さんへの提案

Tanosiimg079 朝、4時か、5時に起きて
午前10時か、遅くても12時までに
仕事を終わらせ
後は寝るまで、いい本読んだり
書きたいことを書いたり、お手紙書いたり
勉強したいことしたり
いい映画を観たり
いいライブや音楽聞いたり
会いたい人と会い
語りたい人と語り
教えを請いたい人に請い
ただただ楽しく毎日を
過ごす事を提案します。

仕事内容的に、無理な方も
いるかもしれませんが
よくよく考えると
あるいは少々思い切れば
あるいは少々工夫すれば
可能な人もいると思います。

一度、ご検討ください。

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今年、最初の訪問者。「魔法のドア」のこと。

Imagedder_2 先日、コトバカフェに
ヘーゲルさんが
やって来ました。

コーヒーを飲み
あっちの世界、こっちの世界の
四方山話をしました。

さすが哲学者
最後は、

「幸福とかけてなんと説く?」

と、禅問答みたいな
問題の出しあいっこになり
年始早々、頭を使いました。

哲学をやってるお客さんは
疲れます。
でも、好きだけど。

西洋哲学、最高峰の
巨人の一人である
ヘーゲルさんが語るに

「幸福とは自分が自由である
 ことに気づいている状態」

とのこと、なるほど・・・なるほど。

実は、私もわかってました。

「自由」の深い覚知は
エネルギーを取り込む
「魔法のドア」なのです。

宙から無から膨大な
エネルギーが体内に
怒涛の勢いで
入ってきます。

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かもめの展示会終わる。ご来場、ありがとうございます。

Img1101202400003_2 ブログから選出したコトバを
加工して14個、額に入れて
展示しました。

近くは、町内のご近所の皆様
遠くは東京、京都から
はるばるのご来場
心より深く御礼申し上げます。

展示作品をまとめた
小冊子も予想以上の好評で
うれしい限りです。

Img1101202400001_2 ここ2年、恒例となっている
正月のさいとう製菓さん
かもめでの展示会も終わり
いよいよ2011年が
すでに足早にスタート
しました。

たくさんの幸運と
たくさんの飛躍の足跡の残せる
一年になりますこと
お祈りいたします。

今回の出品作のコトバ
Img1101202400006_2 どれも好きなのですが
これは特に好きな
ベスト3のコトバを
皆様にお贈り致しまして
改めまして、新年のご挨拶
申し上げます。

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人類の分岐点  その2

72jpg_2おそらくは、人類が生命を創りだす事と
同等の衝撃が、革命が起こるとしたら
これまでの神や仏、ブッタやイエス
その他の神々の持つ境地を
あらゆる哲学が説く境地を
はるかに超える
はるかという量的なものでなく
もっと根本的に質的に違う
内世界、精神世界をイメージするものが
現れることだ。

既存の宗教や哲学がいがみ合っている
どころではないのだ。

古い争いだ。

もしも、そういうものが現れたら
人類の既存の哲学も宗教も全て
崩壊、無に帰し、そこに
糾合されるであろう。

しかし、それは昇華であって
破壊ではない。

人類は生命も創るが
その前に、神を創らねばならない時が
来ていると、私は予感している。

争いなど生みださない神だ。
人を盲目にしたり不幸にしたり
エネルギーを奪い
暗黒と密室に閉じ込めない神だ。

それは、あくまでも人類に幸福を
与えるものでなければならず
それ故、神の創造は、「人類の幸福」
「人間の幸福」の革命的
定義の創造なのだ。

人類は、幸福について
もっと戦略的に、科学的に
徹底的に突き詰めなければ
ならない。

人類は、悲しいくらい
センチメンタリズムだ。

人類よ、進化しよう、共々に!
ヤッホー!

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人類の分岐点  その1

72jpg 遺伝子解読、つまりゲノム計画が
達成された時点で
人類は人間の領域を超える
危険な領域に足を踏み入れて
しまったのだと思う。

クーロンやES細胞は
人類の未来に
恩恵以上に混乱と
多くの苦しみや悲しみ
恐怖を生み出すかもしれない。

ここにきて化学物質から
とうとう自らを形成する細菌
つまり生命を持つもの
つまり生命を生み出してしまった。

それは、地球を100個も壊せる
核爆弾の1発目がこの星に
7、80年前に誕生して
しまった危機と並ぶ危機を
生み出すかもしれない。

人類は、急がねばならない。

人類は、今だあまりにも
生命の定義とその扱い方があいまいで
「世界のあるべき姿」と「幸福」というものの
人類共有のファイナルアンサーを出せないうちに
生命を作り出すところまで
来てしまった。

世界の知性が糾合して
その定義を、急がねば
この科学力を人類は統制できない。

急げ、人類!

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なるなら100%のおせっかい野郎!

Udegumi_72udekumi_2jpg人を面倒見切る
人を育て上げる
上げきるというのは難しい。

8割、9割
80%、90%までの
なかなかのたいした
おせっかい野郎は出来ても
そのあと、もう少しというところが
難しくて中途半端になってしまう。

本当にたいへんなことだ。

そこが課題だ。

中途半端でなく
きちんと人を面倒み、支え
育て上げる持続的、強靭な
情愛力が欲しいものですね。

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良書「ドラゴン桜」

Top_img大学受験シーズンになった。
昨晩は東京の美大受験の教え子を
見送りに行った。

2011年度大学入試センター試験は
1月15日~16日に実施される。

漫画「ドラゴン桜」は
センター受験者にはお勧めだ。

Imagededefg_2 何せ、センターはほぼ
8割、9割の現役東大生たちが
原作のスタッフになって
加わっている。

今からでは遅いが
高2、高1の皆さんには
ぜひ、読んで欲しい。

持続力や集中力
積み重ね方や
自分の変え方
心のコントロールの
お勉強にも
様々な雑学、豆知識的にも
楽しいので大人の方にもお勧め。

ゲオでレンタルすると一泊二日一冊60円。10冊借りると1週間可。

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大谷広樹君の写真

P1310747 この写真の撮影の現場に
私は立ち会った。

私のアトリエの壁に飾ってある。

弟の創ったオブジェの人形を5、6体、車に積み
11月の末、夜中の3時に起きて
ごそごそし、真っ暗な街中を駆け
野郎3人で、コンビで
ドリップコーヒーを仕入れ
海に向かった。

その写真の中には
2010年の11月の末、
初冬の太平洋の潮の香
波の音が閉じ込められている。
あの日の陽の光。

あの海、あの場所に
たどり着くまでの物語。
そこに繋がる時間の織物。

この写真に留められた瞬間が
この世界に確かに
存在したことの、私は証人だ。

この写真の中に
収められている
わずか400cm平方メートルの海は
世界の大海原に繋がっている。

いろいろな国の港に
私の心と体をいざなうのだ。

アトリエにて
バンクーバーの濃紺の冷たい海を思い出し
地中海の真っ青な海を懐かしみ
まだ見ぬ、南極やカリブの海に思いを馳せる。

贅沢な一枚だ。

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弟の絵を買う。

P1310745_3 彼が絵描きになっておよそ20年
初めて昨年暮れの個展で
弟の絵を買った。

版画の小さな作品で
値段も安いものだったが

本当に心からその絵が
欲しかったのだ。

アトリエに飾りたいと思った。

なんか、よくわからないが
幸せないい仕事をしたくなる。
穏やかな気持ちで、損得ばかりでなく
損得超えたいい仕事をしたくなる
圧迫感のない声で「仕事をしよう!」
その絵の中から聞こえてくるのだ。

いい仕事をするすばらしさ。
すばらしい人生をいきる男たち。
3人の男たちが背中で教えてくれるのだ。
いい仕事をする、いい人生を生きようと。

さあ、今日もいい仕事をしよう!

弟のブログ、新装開店しました。

TAKIO NAKAMURA BLOG
中村太樹男のつれづれ日記

http://black.ap.teacup.com/nakamura-takio/

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去年は「喜森の湯」今年は「開運の湯」で始める。今年は、開運じゃー!

Ohuro_72husigijpg正月は、
東京でテレビの仕事をしている
友人の帰省に合わせて温泉に行く。
恒例の裸の付き合いだ。

温泉といえば
ひところは、繋温泉、鶯宿温泉だった。

美しい御所湖の湖畔の繋温泉も
そこを通り抜けて奥までドライブする
鶯宿温泉も、それはそれで
いい時間だ。

しかし、盛岡市内の本当、街中に
温泉が沸いて温泉場から
久しく
足が遠のいている。

昨年オープンした「開運の湯」は
建物の中が、郊外の温泉街のホテルのような
ゴージャス感があって、いい。

まさに温泉に行った気分だ。

正月から何かとタイミングをはずしていたが
友人が明日帰るという今日、夜、この温泉に
浸かってきた。

31日から今日まで休んだ4日間
いつもながらあっという間の
休憩だった。

昨年は、「喜森の湯」で始めて
楽しいことがいっぱいの一年。

今年は、「開運の湯」で始めて
大きく開ける、開く年にしたい。

ヨーッ!!

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「私」という実験観察、研究対象。

722jpg自分と自分の人生があれば
どんな実験も研究もできる。

特に、いかに弱くて
ずるくて、中途半端で
薄情な人間が
幸せになることが
出来るかという研究には
私は打ってつけだ。

私は、私くらい
弱くて震えて細い
人間をしらない。

本当の強よさと安らかさとを
持ち合わせた、太い心の人。
そう言う人の生活と人生は
憧れだった。

もちろん、今でも、憧れている。

私は、自分が不安になったり
疲れたり悲しくなったり
空しくなったり
死にたくなったりした時に
それを絶好の研究のチャンスだと
私のその感情をどこか
離れた高いところから
俯瞰し、ワクワクしながら観察し
記録しようとしている
もう一人の私がいるのがわかる。

ーここを、どうおまえは、
 おまえという人間は
 対処するのか。ー

この暗く不幸な感覚、感情を
どう明るく幸福に向う
活力あるベクトルに、いかなる思考で
いかなる技や仕組みで変えることが
出来るのか。

「私」は私の最も自由でロープライスな
実験材料であり、興味深い研究対象
なのだ。

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2011年1月1日 ウサギへ

1ウサギ、元気ですか。

あけましておめでとう。

今日、私は
太陽と月と天界の軸で
一直線となり
「私」はリスタート
されました。

太郎君やケンジ君
ハナコちゃんやゆみちゃん。
「いちについてヨーイ、ドン!」の
あの位置につきました。

みんな同じスタートライン。
誰にも平等で
アドバンテージはありません。
それが人生。
だからみんな頑張れる。
だからみんな頑張れ。

そうだよ、ウサギ。

思い出してごらん。

どうせ何も持たずに生まれて来たんだ
誰もが、皆。
どうせ何ひとつ持って行けないんだ
誰もが、皆ね。

だから人生は、どれだけ抱え込み
持ち込むかでなく
どれだけ人に与えるか
自分の存在する世界と時代に
何かを、どれだけ与えるか
残すかということだと思うんだ。

ウサギもそう思うかい?

ー何を失うことに怯えていたんだろうね
 昨日まで。ー

ー何を守ろうとして、あんなに
 気負い気を張っていたんだ
 昨日まで。ー

そんなことを、
今年初めの朝一番に、考えたよ。

そう、考えたんだ。
悠々として、堂々として
自分が正しいと思うことだけをしようとね。
そうやって生きて行こうとね。

意味のある、価値のあることだけをしようとね。
そう、しようとね。

だって

10歳の少年、少女にとっても
20歳の若者にとっても
40年の壮年にとっても
50、60の初老の人間にとっても
70、80の老人にとっても
等しく人生はあまりにも短いんだ。
誰にとっても人生は短い。
もちろん、私の人生だって
ウサギの人生だってね
長くは無いんだよ。

その長くは無い人生で
いくつものことは、できないんだ。
気持ちだけは欲張ってはいるけれど
ひとつのことがしっかり出来なければ
もちろん二つのことはできない。
さらに、もちろん多くのことはできない。

けれど人は多くのことをしようと思いながら
何もしないで、ただ一つのことも
ちゃんとしないで今日を暮らし過ごしながら
その集まりが人生だという事を
直視せずにぼんやりごまかしながら
生きているんだ。

ウサギはどうだい?

多くのことをしようと思わず
一つのことをしよう。
しっかり一つのことをした向こうに
たくさんのことや
たくさんの物語が
つながっている気がするんだよ。

自ら決めた自ら感じた役割分担表の
役割をしっかりやろうと
私は思っているよ。

それは、出来なくたって
罰金は取られないし
誰にも罰せられはしない。

誰も気づきもしない。

でも私は私を好きになれないだろう。
愛せないだろう。
人生で一番寂しいのは
一番寂しい人生は
誰かに愛されないとか
誰にも愛されないではなく
自分に愛されない人生ほど
寂しく空しくせつなく
そして悲しい人生は無いからね。

ウサギは、今の自分が好きかい。
もし好きならどこが、どんなところが好きで
もし嫌いなら、
どこがどんなところが嫌いなんだろう。

もし、嫌いなところがあったって
大丈夫。

生きていることの素晴らしさは
自ら変化することが出来ると
いうことなんだよ。

ウサギは、変ればいい。

ステキな音楽やおいしいコーヒーだって
この人生にはあるし
損得考えず友だちを大切にし
人を大事にしていれば
人は誰でもその人生を
しあわせなものにできる。

おまけに歌をうたってあげたり
踊ってあげたり
詩を書いてあげたり
何かを彫ってあげたり
創ってあげたら
いっそう愛され
人気者にもなれるし

実は人生は多くの人が
信じているように
信じこまされているように
哲学者や宗教家や老人たちの言うように
辛く悲しく苦しいものでなく
愉快で楽しいものじゃないかと
私は予想しているんだ、
直感しているんだ。

ウサギは、どっちが正解だと思う?

正解というものは
実は、どこにも無くて
自分が勝手に決めるものなんだ。

だから、ウサギも自分で決めなさい。

人生の正解を、正体を。

ウサギに、言っておきたいことが
あります。

全責任をもって智恵を働かせ
本を読み、ネットを駆使し
輝く人にアドバイスしてもらい
自分をしあわせにしなさい。

それが、人それぞれにこの人生で
課せられた最低限の責任です。

しあわせになりなさい。
たとえ、そこが暗い場所でも
まず、キミが微笑み
声を上げて笑うんだよ。
たとえおかしなことがなくても。

するとその声につられて
引き込まれて
この宙(そら)から、
この世界のどこからか
距離も時間もつじつまも関係なく
おかしいことが、愉快なことが
しあわせなことが集まってくるんだ。
それが宇宙における音声の
不思議の力。

そして、あの月に住む
スペシャルゴールデンラビットのように
ぴょんぴょん飛ぶんだよ。

するとつられて
皆、飛び跳ねるからね。

そこに祭りが生まれるんだ。

祭りを起こすウサギになりなさい。

キミは
キミが存在するそこに
楽しい祭りを起こす
仕掛け人になりなさい。

いつだって
どこだって
飛び跳ねる
勇気の最初の人になりなさい。

臆病ではいけません。
ずるくては許しません。

女々しい男も、女も嫌いです。

あなたは、あなたの革命家でありなさい。

ウサギよ!

キミは、キミの人生の
キミが存在するキミの意識を
広げられるだけ広げた
あなたの世界の革命家でありなさい。

そして

ウサギよ。

人々に謳われなさい。

あのように輝く
あのような楽しそうに生きている
生命(いのち)あるものを見たことが無いと。

あれほどみごとなぴょんぴよんを
見たことがない、なんと見事な、
あっぱれなウサギよと。

人々の憧れの人となりなさい。

自分自身を自分の憧れの人と為しなさい。

そのような人生でありなさい。
そのような人生を生ききりなさい。

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