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一枚のハガキ  その4

Img135 自分なんて、とってもちっぽけで
この宇宙の偶然の産物であり、
この無数無限の中の一人一人で
しかない自分なんてものは
議論のモチーフになる
普遍性なんてものはこれぽっちも
ないと、あの頃ボクらは
思っていたんだと思う。

だから、ボクらはいつも
世界や人類を語り
人間個人という概念はテーマになっても
その具体的存在の一つでありながら
自分というものは
テーマになりえなかった。
さらに他人はテーマになっても
自分はテーマになりえなかったのだ。

あの頃のボクらは
自分と言うものがあまりにも
ちっぽけな存在であると言う
センチメンタリズムにすっかり
心の深層は侵されていたんだ。

ボクら一人一人は実は
とても広大であり
人間と言うものは一人一人、
まったく違うと言えば違うが
似ていると言えば
限りなく似ており、故に
実は一人一人が普遍的なものであることに
考えがいたらなかった。

人生は、せねばならないと思い込んでいることや
周りの誰からか教示されるMUST以上に
自分の深いところから感じるWANTの中にこそ
自分の本当のすべき仕事や
ミッションが隠されている。

言い換えれば、楽しいことの中に
本当の仕事やミッションが
隠されているんだ。

人は誰一人特別な存在ではない。

しかし、人は人生をかけ費やして
自分を特別なものに
しなくちゃならない。
その工程というのものが人生だ。
その意欲と意志の強さに比例して
自分はどんどん特別な存在になっていく。

そしてある日ある時、
その過程、来し方が
一瞬にして必然になる。

人生が解読され読み解かれ
物語となる瞬間だ。

人は実は自分を自分勝手に扱ってはいけない。
自分と自分の人生は自分のものだから
どんな扱いをしようが自由なんだと言うのは
実は間違いでかなり幼稚だ。

しかし、あまりにも多くの人が
生きている時に抱く
最も大きな勘違いの一つだ。

たとえ自分の人生だとして

一つの人生をだいなしに

つまらないもの、楽しくないものにする

そんな大それた権利なんて、資格なんて

この自分にはないんだよ。

自分を大切にし、
自分を満ち足りたものとして
生き続けさせることによって
人は自ずと本当の自分の仕事と出会い
ミッションに目覚め
その存在は、個人的なものから
公的なものになっていく。

いずれ、自分の仕事と確信できる仕事と出会い
これこそ我が人生のミッションと覚知した人を
「幸せな人」といい、目覚めない人を「不幸な人」
と言う。これが、正しい分類だ。

この目覚めにより、
人は根本的積極性を獲得し
月並みな無難な人生の
あまりにも平凡な人間的
非生産的不安との決別も
ここに完結する。

人生の本当の楽しさも、ここから始まる。
生きている歓喜、人生の醍醐味も
ここから堪能できるのだ。

私は相槌を打つのも忘れて聴いていたが
久しぶりに一言、口を挟んだ。
それに息もつかずに話しているヒロシに
息をさせなければと思ったが、
彼らには無用な心配か・・・。

ーそれ「運命ノルマ表」と関係ある話かい?

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