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ブログ「JKTS」のURL

http://blog.goo.ne.jp/flower-wing/arcv

Dscf2275本日は、大地震発生からちょうど1ヶ月
3月11日地震の時、壁から落ちず
発生時刻に止まっていたアトリエの時計

昨日、陸前高田に行ってきた。
ブログ「JKTS」のことは
夕べ聞いたが、昨晩は
風呂に入ってバッタンキュー。

今日、午前中、嗚咽、号泣しながら
読んだ。

私の昨日行った陸前高田は
その時々に、新たな課題を
抱えているとはいえ、既に
そのブログにある修羅場を
超えた避難所であり
陸前高田だった。

廃墟と化した市街に
瓦礫をどかした迷路のような
道路も張りめぐらしていた。

電気も通り、避難所の方々も
穏やかに過ごされていた。
役割分担された各部署の
たくさんのスタックが
きびきびと動いていた。

いろんな支援があるだろうが
命と直接関わる医療スタッフの
生半可でない厳しさと
その高邁な使命感と
尋常でない奉仕の心に
胸を打ちぬかれる思いで
号泣しながら読んだ。

その医療スタッフたちの
すばらしさとともに、彼女のブログから
改めて、日本人の素晴らしい公共の良識
にも感動した。

それは、1億だ、100億だと寄付した
わけではないが、その電気の無い避難所に
予定より早い電気の復旧を可能にしたのは
東北の、日本全体の節電のおかげだったと
知って、日本人に感動して涙が溢れた。

今日で、あの大地震と巨大大津波から
ちょうど1ヶ月がたった。

節電は、震災直後から盛んに言われだしたが
3日ほど経って電気が復旧しても夜の街は
真っ暗だった。

各家庭が、電気使用を最小限に留め
再開したあらゆる商店、サービス業の店舗
それぞれに工夫し節電に勉めていることに
感動を覚えていたが、このブログで
この悲惨な避難所の電気復旧に日本人
皆の良心、良識、温かさが関わって
いたことに感動を覚えた。

この最悪な状況の中で
嫌な人間の話ももちろん聞くが
概して私は日本人は凄い
同じ日本人であることに誇りを持てた
震災発生からの1ヶ月であった。

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コメント

日本人のDNAの中に礼節、奉仕の心という物があるのだと私も感じ涙しました。復興まで微力ながら、何かし続けたいと思います。

投稿: カーチス 評判 | 2011年4月11日 (月) 22時22分

うちでできるささやかな節電や工夫も、決して無駄にはなっていないということなんですね。よかった。

こうしてみんなが心をひとつにして「自分のできるちいさなこと」を積み重ねていけば、きっとこの大きな困難も乗り越えられる・・・という気がしてきました。

投稿: toughgirl | 2011年4月12日 (火) 17時03分

カーチス 評判さん

微力も集まれば大きな力になります。
一人一人は効果よりも、まずは
思いが大切ですね。

投稿: | 2011年4月14日 (木) 11時36分

toughgirl さん

他人の評価で、何かの尺度で
大きい、小さいでなく
自分のできることを精一杯すれば
それは、一人一人が起こせる
最大限の変化であり
それが尊いことだと
思います。

投稿: | 2011年4月14日 (木) 11時43分

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