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陸前高田、被災地「愛する人」を待つ人、失った人、失はなかった人

Img4122125180001 この写真は、岩手県のナンバーワン地方紙
岩手日報4月10日付の一面大きく載った
写真です。

写真の下には、こんな文字がありました。

ただ会いたい
陸前高田・菅野さん
夫発見を願い毎日に海岸へ

ーおなかすいてるだろうと思って。ー

陸前高田市気仙町字双六の菅野カチ子さん(67)は
目に涙を浮かべて話す。避難所で配られるおにぎりや
パンを半分残し、毎朝、海岸に持って行く。
行方不明の夫富男さん(70)の分だ。富男さんは
目の前で津波にのまれた。明日で1ヶ月になるが、
「来るな!」と叫んで手を振る姿を思い出し、眠れぬ
夜が続く。「早く見つかってほしい」。祈るようにつ
ぶやいた=9日午後3時26分、陸前高田気仙町

宇宙の最重要の構造
「瞬間は無限である。」

「無限である瞬間」は1年の寿命
10年の寿命、50年、80年の寿命にも
無数無限にある。

無限とは凄い。人智を超える概念。

それは、人類が覚知しえた宇宙の実態。


1個の無限も、無数の無限も等しく無限。

よって、1年、10年の寿命も、人生も
短い人生は、この人の世、人の世も含む
この宇宙には存在しない。

そもそも、時間と空間の人間の生活運営管理上の
利便性から時刻や時間の概念は有効かもしれない。

しかし、そもそも時間は存在せず
時と空間は一体であり同じものである。

愛した事実も、思い出も
一緒に在ったその時も永遠です。

理屈は、愛する人、愛するものを失った悲しみを
救うことも弱めることも出来ない。

「頑張れ!」と言えない人たち
ただ「耐えろ。耐えて。」としか
言えない人たち。
街が消滅したこの街には、
その言葉さえも発することができず、
せめて、周りのものは
一緒に居てあげる、見てあげる、
なでてあげるしかない人々で
溢れている。

しかし、一方で

家も財産も、通帳も印鑑も
思い出の品々も何もかにも
失いながら、それなのに本当に
幸せそうな笑顔をテレビの
画面や実際に目にする。

「何もかにも、無ぐなった、これだけだ。」と
隣のしわくちゃのおばあちゃんに微笑む御主人。

「家もお金も、なんもなくなった、この人だけだ」と
満面の笑みを浮かべてご主人の方を見るおばあちゃん。

家も財産も思い出の品々があった時は、
もしかしたらあまり気づかず
意識もしなかったろうけど
どんなりっぱな家より、
どんなたくさんの財産より
どんなにたくさんの思い出の貴重な品々より
大切な、大切な人と毎日一緒に居る、
一緒に生きて来た幸せに気づき
「ありがとう」を言える人はいい、
言葉が照れくさいなら
微笑むことが出来る人はいい。
一番大切なものが見えたこと
一番大切な人が残ったこと
それは、本当に良かった。

しかし、家も財産も思い出の品々の全てを失っても
しあわせな笑みを浮かべる方々こそ、この被災の
とてつもない酷さ、悲惨さを物語っている。

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コメント

形のあるものはいつか必ず古びて、朽ちて、壊れたりするけれども、魂とか絆とか、大切な人と一緒にいた幸せな記憶とか思い出は、ずっと滅びることなく在り続けますよね。

沢山のものに囲まれて、不自由なんてほとんど感じない生活。
そんなときおきた震災によって、麻痺しかけていた感覚が研ぎ澄まされて
本当に大切なものはなにか・・・ってことに、私自身も気づかされました。

被災した方々の失ったものや大きく口をあけた傷口を埋める術は見つけられずにいますが、せめて黙って寄り添っていける自分でありたいと思います。

投稿: toughgirl | 2011年4月14日 (木) 10時14分

toughgirlさん

同感、感無量!

投稿: | 2011年4月14日 (木) 11時34分

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