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久慈・野田へ支援物資、しかと届けて来ました。

P1340436 P1340399 天気は良くない。
雨が降っている。
雨天決行。

午後は、曇りというので
だんだん雨がやんでいくだろう。

ゴールデンウイーク。
道路が混むのはいやだ。
朝6時、弟のアトリエに集合。

さすが、プロのカメラマン。
大谷君はいつも時間にピシッとしている。

コンビニで
ドリップコーヒーを仕込み
いざ、久慈市、野田村へ。

高速を降りる九戸インターの
辺りから青空が広がってきた。

P1340320 今日は曇りどまりと思っていたが
気持ちが明るくなる。

道路は混んでいなかった。

予定より1時間以上早く久慈市に着く。

私は若き日、久慈で教員をしていたが
その下宿先のホテル旅館でお茶一杯。
若旦那と女将から、久慈、野田の
P1340342 地震発生時の様子と本日までの
経過、現在の様子を聞く。

久慈市発行の小冊子化された広報は、
リアルな被災と復興の写真の
特集になっていた。

被害の酷かった野田村に向かう。

P1340335 死者が38人で、他の沿岸市町村に比べ
その数が少なかったせいか
あまりマスコミにも取り上げられていないが
死者数こそ少ないが、街自体の壊滅状態は
釜石、大船渡を越え、陸前高田と
勝るとも劣らぬ状況である。

災害対策本部は、野田村役場。
ボランティア、役場の職員が
P1340583 あわただしく、活気の中で
復興、支援活動をしていた。

持っていった、皆さんから預かった
フライパン、なべ、やかん、包丁が150強
ということで、対策本部として
今、不足し欲しいものであったので
とても担当者の方に、恐縮され
喜んでいただきました。

20数年来、久慈に来ては食べに来ていた
美しい砂浜の十府が浦海岸を望む野田の
高台の道路沿いにあったはまなす食堂
その他3~4軒の食堂・旅館が
完全に波にさらわれ、跡形もなくなっていた。

聞けば、ご主人、息子さん、従業員の3名の方が
なくなり、女将さんだけが無事だったというが、
来る度になで繰り回していた可愛い
ゴールデンリトリバーのあの子は
無事だったのだろうか定かでない。

海岸沿いに、久慈市の街を走る。
漁業組合の大きな建物は外枠は遠くから見ると
あるのだが、波にさらわれ中はガランドウ
壊滅状態。

それ以上に痛ましいのが
開設以来十数年、いつか行こう、いつか行こうと
思っていた久慈の水族館、もぐらんピア。

P1340591 こんな形で、もぐらんピアに来ることに
なるなんて想像だにしなかった。

向かい合うように海辺方面にある
石油コンビナートも壊滅。

久慈もあまりマスコミで
取り上げられないが      
<壊滅のもぐらんピア>
海岸沿いは被害がすさまじい。

一ヶ月半経った現在も、時々
流れ着く遺体の一時収容場所と聞かされた
白いテントが妙な輝きを放っている。
悲しい迫力だ。

たいへんなことが起き
たいへんなことが続いている。

久慈、野田は、2年間と言え暮らしていた街。
釜石、大船渡、陸前高田とは、また違う
喪失感が冷たい浜風に増長される。  
 <↓弟のおんぼろランクルで回ってます>

P1340628

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