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街から本屋が無くなると

3jpgその本屋に同居する
喫茶も無くなってしまう。

それが、寂しく残念だ。

とても本がぐいぐい読め
ペンを持つと文章が
沸きあふれる
喫茶店というものが
あるものだ。

今日は、久々に
さわや書店の2階の
喫茶に入った。

盛岡一番の繁華街
ここ大通り商店街に
さわや書店さんと第一書店が
通りを挟んで向かい合わせで
営業していた。

今はもう無き第一書店。
ここの2階の喫茶が良かった。
上品なクラッシックやジャズが流れ
イスからインテリア
座席の配置、大きな水槽まで
お気に入りだった。

今、街の本屋は危機的状況だ。
盛岡の書店文化を支えてきた
東山堂書店も、ここ、さわや書店も
なんか品数が少なく棚の空白が
目立って気になる。

大手のジュンク堂や
郊外型大型書店のエムズエキスポなどが
集客を独占し新たな状況が生まれ
さらにここに来てipadやスマートフォンでの
小説、漫画、雑誌の講読がじわりじわりと
押し寄せてきている。

強いと言うことは
適応力、順応力、変化力のことだ。


この状況の中で、街の書店は
この新しい状況とニーズにどう
適応し、変化していけるか。

喫茶と一緒に何らかの
価値を維持し、価値を付加して
生き残って欲しい。

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コメント

独身の頃、休みの日には本屋に行って一日中本を見ながらぶらぶらしたり、その本屋の喫茶店で珈琲を飲んだりするのが一番幸せな時間でした。

以前は老舗の本屋さんや、小さくても面白い本を扱ってる穴場の本屋さんもあって、いい時代だったなあと思います。

地方の小さな街の学校の近くにも同じく小さな本屋さんがあって、人の暮らしに寄り添ってる感じがしましたね。

便利にいろんな本を読める時代もいいけど、あの本をめくる指先の感覚とか本の匂い、手の中に残る質感まで味わえる本を扱う本屋さんにもなんとか生き残っていってほしいですね。

投稿: toughgirl | 2011年6月24日 (金) 11時22分

toughgirl さん

しあわせは、どこにも逃げないのに
自分から離れて行ったり
構えすぎたりかしこまったり
はたまた照れたり
まずは、不幸を優先したり

人間とういうのは
どうして素直に単純に
しあわせを手に入れようと
しないのでしょう。

自分がどうであれば
どうすればしあわせになるか
分かっていながら
それをしない。後回しにする。

自分をしあわせにする
自分にしあわせな時間を
与える過ごさせる事が
実は人をもしあわせにする
ことになる。

自分をしあわせにしてない人
自分にしあわせな時間を
与えてない人に
しあわせは分からないし
しあわせを与えることも出来ない。
人にしあわせを与える意欲も湧かない。

だから、みんなで
気軽にしあわせになりましょう。
できるしあわせ、与えられるしあわせから
どんどん罪悪感感じず、変な苦労性にならず
自分に与えてしあわせになりましょう。

投稿: | 2011年6月25日 (土) 09時58分

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