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「大人の流儀」愛する人を失った人の悲しみ

P1370118_2 数年前に観た映画でのチェチェンの
老婆のセリフを紹介します。
「あなたはまだ若いのだから
 知らないでしょうが、
 哀しみにも終わりがあるのよ。」

 
<「大人の流儀」最終ページ最後の2文>

という言葉の意味を本全体と
文脈から正確に読み取り
検証するため本書を購入した。

この大震災、大地震で
あまりにも多くの方たちが
非業の死を遂げられ
その死が鮮明でもある今日日
ー悲しみにも終わりがあるー
と言う言葉は、何か
「はい」と素直に承服できないものが
あった。記者による部分的
取出しでは、作家の真意は
分からない。わからないものに
いちゃもんをつけては失礼と
せめて本を買って
当たってみた。

夏目雅子と彼との出会い
闘病生活も含め
文字にしてみれば
素敵なものであり
夏目雅子の深い優しさと
強さにただただ
敬服するばかりだ。

癌で亡くならなければ
どれほど女優として
功績を残し、一人の
人間、女優としても
どれだけの感動を
残し私たちの心によりいっそう
刻まれたであったろう。

本書を読み夏目雅子を失ってからの
彼の途方に暮れた様、茫然自失の苦しみの激しさ
そして彼が、完全に自分と自分の人生を
コントロールできなくなり
人の援助と愛なしでは帰還できなかった所まで
落ち行ってしまい、そこを超えた筆者
と言うことを知り、その上で

「あなたはまだ若いのだから
 知らないでしょうが、
 哀しみにも終わりがあるのよ。」

と映画の中でのチェチェンの老婆のセリフとは
言うものの伊集院静自身の今現在の
愛する人を失ったものへの
最高の哲学でありメッセージであろうから
幾分、本を読み共感、理解は増した。

しかし、たとえば、この震災、大津波で
なくなった人たちの遺族にとって
今は無力であろう。

しかし、もうしばらく
時間が経ち、時が流れていく中で
この言葉は、幾人か人たちの
心を安らかにさせ、救うかもしれない。

私の小説から一部抜粋。

主人公の彼にある女性が言う。
それは、恋人なのか
担当の女医なのか、はたまた母親なのか
祖母なのかわからない。
彼女が言う、その最後のセリフは
こうだ。

=人は鉄砲やナイフがなくても
 悲しみで死ぬのよ。

 ウサギだけじゃないの。

 生命体は自分を生かそうと
 あらゆる手を使って
 自己存在の維持に全力で
 稼動しているの。

 悲しみ続けているあなたを
 死なせないため
 脳はあなたを休ませるため
 ちょっぴり悲しみに反応する感度を下げさせ
 宇宙は時の流れというやさしい子守歌を
 静かに一時も休まず歌い続けているわ。

 あなたが新しい何かを始められるよう
 あなたが未来に向かっていけるよう

 生かされた命をこう使ったと
 あなたが誇り高く言える日が来ることを
 祈っている。=
 

 

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