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PTSD<心的外傷後ストレス障害>とは

Ptsd友人のさらに友人の
20才前後の息子さんが
この震災の瓦礫処理などの
ボランティアに参加し
わずか一日の日帰りのもの
だったが、それから数日
瓦礫化した廃墟となった海岸の町が
相当にショックで強烈だったようで
それから、気持ちが沈み
しばらく家に篭るようになって
しまったとのことだった。
その後、さらに悪化し今現在
精神科の病院に入院して
居ると聞いて、驚きもし
残念で心配である。

確かに万年躁状態のような私でさえ
海まで延々と瓦礫に帰した
陸前高田を見てから
少し不安やむなしさなどの何かが
心の深層に宿し、心を侵食して
いるような状態を感じた。

ボランティアは尊いが
精神的にデリケートな人は
注意をし、違う形での
被災地支援を考えた方が
いいかもしれない。

ちょっと前は、DVや幼児虐待の話題と共に
最近は、この震災と共に話題になる
PTSDについてまとめておきたい。

PTSD<心的外傷後ストレス障害>

人の対応能力を超えた強い衝撃的な体験が
心に傷を残し引き起こされる精神障害
 PTSDとは災害や事故、犯罪、戦争など
の強烈な非日常体験、DVや児童虐待など
の近親者を主とする人間関係内における
傷害体験など、人間本来の想像を超えた体験が
きっかけとなって、脳が生理的な変化を起こし、
精神障害を引き起こすこと。

幼児などの脳の成長過程で
そのような体験をすると脳の発育に
障害を引き起こすことが判っており、
成人の場合も、検査で判別が出来るかどうかに
関わらず何らかの
機能障害が生じると考えられている。

脳の機能障害によって起こるため、
意識的なコントロールが難しく
治療は非常に難しくなるとのこと。

 症状として、代表的なものが3つ。

・フラッシュバック
事故・災害などの体験を突然鮮明に思い出し追体験する。

・回避行動
原因となった出来事・人物に関する事物を回避したり、
記憶の呼び起こしを回避する。

・覚醒亢進
ささいな刺激にも過敏反応する。イライラや不安感 
注意力散漫、感情のたかぶり回避行動が過剰になると、
悲しみなどの苦痛から逃れるために心理的な機能を
低下させて抑うつ状態になることがある。

 治療方法としては、薬物治療による精神的な安定
を図った上で、自己の体験を自由に語らせる
ナラティブセラピーが主流となっているとのことだ。

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コメント

大分前ですが陸前高田の町に4年間住んだことがあります。
場所は駅からほど近い森の前という所です。
そこも今回の震災ですべて流されてしまいました。
一時は現地に行ってみたいとも思いましたが、知人にあなたはまだやめたほうがいいとアドバイスを受けました。
テレビの映像と実際目で見るのとでは相当の違いがあることもわかりました。
その地がよく知っている所であればあるほどショックは大きいのだと思っています。

だから尚更そこに住んでいた人達の計り知れない心の傷がどれくらい大きくて深いものかということを考えさせられるのです。

投稿: sakauta | 2011年6月 8日 (水) 11時25分

sakautaさん

そうですね。
テレビの四角の目の前の一平面で見る被災地は
それはそれでクローズアップされたり
BGMが流れていたりで感情を刺激することも
あるかもしれませんが
陸前高田の瓦礫に化した海まで山まで
延々とぐるり360度広がる廃墟の風も舞う風景は
いかなるカメラワークも効果音も
ハリウッドのCG映像も及ばない
過激で絶望的悪夢のような
強烈な現実です。

4年住んだという事実
4年分の思い出や記憶があり
感受性の豊かな方は
行くなとはいいませんが
自分のこの震災と被災地に対する
心の立ち位置を、しっかり
整理したり明確にしたりしながら
一人ではなく、最低2人
出来れば気心知れた3人、4人で
行かれることをお勧めします。

さまざまな機が整った時には是非行かれて、
住んだことのある人ならではの
住んだことのある人だからこその
同情と感謝の気持ちで出来ることも
あるかもしれません。

いずれ陸前高田は、防波堤のまったくない
海抜ゼロというかマイナス地帯となってます。
行かれる時は、充分に気をつけて
お出かけください

投稿: | 2011年6月 9日 (木) 06時44分

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