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仲のいい見ず知らずの二人、今年の夏を送る。

 P1410817

あの山の向こうから
秋はやって来るんだよ。

へー、なんでも知ってるのね。

いやー、なんでも作っちゃうんだよ。

勝手な人ね。

あの山、まもなく爆発するのよ。

怖い子だね、キミは。

いいえ、私はやさしくてかわいいわ。

いやな子だね、キミは。

あなたほどではないわ。

たたいていいかい?

たたくなら、思いっきりね。

怖い子だね、キミは。

今日は、今年の夏の最後の日。
どうか仲良くおだやかに、
今年の夏を見送ってくださいね。

風はすでに秋風だ。

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携帯電話のヘッドフォンマイクの効用

P1410875私は、車の運転中は
携帯電話にヘッドフォンマイクを
使っている。

1.移動中に連絡アポが出来て
  動きに無駄がなくなる。

2.走りながら、連絡、相談、報告
  の類の仕事を全て処理できる。

3.車だけでなく電磁波から
  脳を守るため、携帯を耳に押し当てて
  通話するより、ヘッドフォンマイクの
  常時の使用を推奨。

4.走行中の電話にあわてることもなく受信、応答。
  安全を増し、違反で警察に捕まる
  こともない。

5.特に写真の型がお勧め。外界の音も
  遮断することなく受送信の感度もいい。

  でかいのがいやな人は、イヤフォン型もある。

尚、この携帯は借り物。私はソフトバンク
なのだが、今、修理に出している。
その期間中は、自分の使っている
近い機種を、貸してくれる。
もちろん、アドレスやメール、画像も
バックアップを取ってくれ、
その借りた携帯でも、今まで通り使える。

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母校の文化祭、鳥肌ものの演奏、いいひと時。

P1400892 母校の高校の文化祭に行ってきた。

華道部、科学部の充実を感じた。

無料喫茶コーナーのお母さん方も頑張っていた。

吹奏楽は丁度、数日前
東北大会で銀賞。
惜しくも金賞を逃し
全国大会には行けないようだが
すばらしい演奏
すばらしい小一時間を
過ごさせてもらった。

P1400951 東北大会の課題曲も
自由曲もすばらしい演奏だったが
惜しくも今夏、県代表を逃したが
決勝まで進み大いに我々OBも
盛り上げてくれたのだが
その野球応援メドレーの
プロレスラー猪木のテーマソングに
楽器から手を離し手拍子する
パフォーマンスは鳥肌ものだった。
すばらしい。
青いTシャツも良かった。

三年生はこの文化祭での演奏が最後。

最後後輩のみで演奏し、

先輩一人ひとりにコメントと花。

いやー、じんと来る。

いい高校時代を過ごしたのではないか。

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一流のプロ、小比類巻さんのすばらしさ。教え子たちの活躍。

Jpg今日は私の教え子が
キックボクシングの大会に
出ている。

2年半まで毎週、日曜日の
夕方5:00から
市の体育館で練習していたが
今日は、就職先の東京から
わざわざ戻って来ての参加だ。

弟が高校時代から
ボクシングをしており
キックボクシングの指導者はいるのだが
ボクシングの側面の指導をしている。

ボクシングする絵描きだ。
中村太樹男のホームページ&ブログ

私は、年に数回、運動しに行き
練習風景、シャドーやスパーリングの様子を
写真に収めている。

私が会場に行った時には
すでに教え子は、試合が終わっていたが
4年目にして初勝利を掴んで喜んでいた。

   サプライズその1

今日は、なんとゲスト出演
今から小比類巻選手が来て
エキシビジョンマッチを
やるという。

イヤーグットタイミング。

1分30秒、2ランドの
愛嬌の試合だったが
時折見せる鋭い蹴り、パンチの
連動はやはりプロ、頂点を極めた
選手の力量の凄さを感じさせるに
充分だった。

  サプライズその2

あちこち移動したり、小比類巻選手を
パフォーマンスしながら登場したり
エキシビジョンに出ていたプロ選手
どこかで見たことのある顔だなと
思いつついたら、表彰式前の空き時間
その選手がニコニコ笑顔で「先生」と
寄って来た。

高校で美術を教え、その後
将来整体師になりたいと言うことで
マッサージとかちょっとした雑務で
安いバイト料で出入りしていた
教え子だった。

いやー、びっくり。
高校を卒業してから、キックボクシングは
始めたという。

来月、新宿で試合があるようなことを
言っていたが、どうか大成し
納得のいくプロ生活を送って欲しい。

暇を見つけて後で、アトリエに
遊びに来てくれることになった。

P1410129
  感動その1
 
私が感動したのは、それより
表彰式での小比類巻のスポーツをするもの
人間としての清涼感だ。

リングの上で小学生から
社会人までの数十人が
一人ひとり丁寧に賞状を読み上げ
表彰されていた。

写真を撮りながら時折、小比類巻さんの方を見た。
小比類巻さんは、きちんと立って
一人ひとりに一生懸命、拍手を送っていた。
すばらしいと思った。感動した。

「一生懸命拍手をしてくれている小比類巻さんの姿が

 少年の力となり未来のチャンプを生むかもしれない。」

さすがに、小比類巻さんが立って
拍手を一人ひとりに送っているのに
周りの大会関係者らしい人々も
座っているわけにもいかず
立ち上がって拍手を送った。

一流の人は、違う。

まったく、有名人の傲慢さを
微塵も感じさせず、それでも
サインや写真を求められると
にこやかに応じている。

P1410438閉会式で最後に、小比類巻さんから
挨拶があった。

彼も、東北出身らしい。
この震災で、格闘技を通して
東北に、被災者に元気と力を与えたいと
短くも心のこもった挨拶があった。
表彰式でのあの一人ひとりへの拍手は
そういう思いもあったのだろう。
そして、格闘技の宣揚と活性化と
発展のため、これからの未来を担う子どもたちや
こういうアマチャアの裾野の広がり
中央だけでなく地方も、全国への思いを感じた。

最後に、リングの上で
小比類巻さんを中心に数十人固まって
記念撮影となったが、誰か
写真を撮ってくれないかとリングの上で言う
司会の方と目が合い、私が撮ることに。

Kohirui_p1410340預かったりっぱなキャノンのカメラと
念のため私のカメラでも収めたが
何人かに小さなデジカメを渡され
一番最後に、小比類巻さんも
駆け寄ってきてiphoneでの撮影を
頼まれたので、話がしやすくなり
写真展や出版、そしてブログなどで
今日撮影した彼の写真を使っていいか
確認した。

オッケーということで
あったが展示会や出版などの時は
その写真の確認をしましょうと
私の方から申し出、名刺交換した。

もし、iphoneでうまく撮れてなかったら
メールで私のカメラで撮影したものを
送るとうことで、握手してわかれた。

有名人やタレントは被写体としての
モチベーションは、私にはないが
この地方の小さな大会の子どもたち一人
ひとりに、選手の一人ひとりに背筋を伸ばし
きちんと立って拍手を送る小比類巻氏は
一人間としても、それゆえ被写体としても
強いモチベーションをもった。

いつか発表の場があれば
よろしくお願いしますとメールを
送りたい。

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宮崎駿「デッサンとスケッチをやっても絵はかけない。」

折り返し点―1997~2008 折り返し点―1997~2008

著者:宮崎 駿
販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

ここ12年間の対談、講演など
60本余を一挙収録ということで
少々高い本でしたが
その分厚い本をぱらぱらと
拾い読みしてもどこも
どこもおもしろい。

宮崎さんのドキュメントは
これまでも録画して、メモしながら
何ども見てきたし
もし、2000円、3000円で
講演会があれば、行くだろうし
それを考えると60本の収録は
魅力的だった。

宮崎さんは、若き日
手塚漫画が大好きでありながらも
意図的に手塚さんの軍門に
入らないようオリジナルを
追求していたという。

それでも、世の中は
何を描いてもて手塚さんに
似ていると言われ苦しんでいた
若き日を回想し、そこを脱するため
やっぱりデッサンとかスケッチから
入らないといけないだろうと
一時は思ったようだ。しかし

「デッサンとかスケッチをやったら
 絵を描けるというのは嘘で、
 違うイメージを持たないと
 違う絵はかけないですね。
 違う世界観なり違う人間観を
 自分の中に持たないといけない。」

このコトバに出会って、私のアトリエに
絵を描きに来ているメンバーにも
教えたいことが、山ほどありそうで
レジに持っていった。

宮崎さんの類まれな博識、思想性
思索性は、この手塚漫画との拮抗
もがきながらの独立性の確立の
蓄積がスタートであり基礎を
なしていたということも
興味深い。

とにかく、おもしろい。

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残暑見舞い申し上げます

Jpg_2

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写真は宝物

P1390696 この大震災で
いかに我々にとって
写真が宝物であるか
思い知らされた。

多くの人が瓦礫の中から
アルバムや写真を
一生懸命探していた。

回収された写真の
集まるセンターはどこも
一枚でも探し当てたいと
被災者とその家族が
集まっていた。

孫の写真アルバムを取りに
2階から降りて
命を失ったおじいちゃん。

福島原発でも
2時間一袋の持ち帰り条件の
一時帰宅で皆が何よりも
アルバムを第一に
待ちかえっていた。

写真は思い出に形をもたせたもの
もっと言えば、この人生での
愛した証と愛された証。

そして、またこの今も、いつの日か思い出になる。

一枚一枚、誇りを持って写真を撮り重ねて行きたい。

いずれ、大震災で写真の力
価値には改めて認識させられ
驚嘆した。

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強い人間とは、どんな人間か、人間は強くなれるのか。

その3 弱い人間、いや人間はみな弱い。
    どう人生の土石流と向き合うべきか!?

2jpg 念じてすぐ羽が背中から
生えるわけじゃない。

鋼鉄の心臓に変え
瞬間数千トンの濁流にも
破壊されない新素材の
筋肉に総入れ替えするわけにも行かない。

10メートル
20メートル、30メートルの土砂の濁流に
襲われて破壊されない
肉体など存在しない。
自らそんな土石流の濁流に向かっていったり
そこに身を置くなんてことは
愚かなことだ。

得体の知れない強烈な死と不安と恐怖
身の毛もよだつ無意味さ、虚無感
それはうねり狂う土砂の濁流だ。

その濁流にわざわざ身を置き
強さを証明する意味はない。
証明もできない。

そんな肉体は、この世にない。

強い人とは、濁流に流されても
破壊されない肉体、不死身の命を
持っているわけじゃない。
もう心に濁流は流れてこないんだ。
濁流がやってこない高台の菜の花畑に
自分と言う存在、精神と心の
コントロールセンターを
構築しているんだ。

その土砂の濁流の来ない世界か
届かない世界に暮らし
生きているんだ。

真っ黒い濁流が頻繁に襲いますけど
決して傷つきません、死にませんなんて
人はいない。

強く見え、幸せそうに見えている人は
その濁流から常時避難してるか
素早く避難しているか
もう絶対、その巨大な濁流が届かない
高台の菜の花畑で暮らしていることを
知って欲しい。

土砂の濁流に身を置き続け傷まぬ人
死なない人いないのだ。

巨大な土砂の濁流、比較的大きな土石流も
そして小さな土石流も余裕を持って見下ろし
いつでもしかるべき適切な対処の出来る
高台の菜の花畑の住人に
高台の野の花咲き乱れる花の住人
花の民族となれ。

改めて、確認しよう。

巨大な土石流との戦い方
対処の仕方はどうすればいいか。

30メートルの土石流を押し返す
完全な岩壁を積み上げること。

30メートルの土砂の濁流が
届かない破壊できない高台に
生きること。

地震が来たり、大雨が続いたら
最悪の事態を絶えず想定し
すぐに避難する。

私たちは巨大土石流にも
得体の知れない強烈な死と不安と恐怖
身の毛もよだつ無意味さ、虚無感という
人生の土石流にも、そうすべきだったのだ。
そしてこれからもそうすべきだ。

この巨大土石流に立ち向かうなんて
まったく無意味で、出来ることでもない。
完璧な防護壁を構築するか
そこから完璧に安全な高台の菜の花畑で
暮らすのだ。

30メートルでなくても45センチでも
大の男でも足を掬われ命を落とすのだ。
地震、大雨が来たら、万全を期していつでも
すぐに避難するのだ。

羽を生やし鋼鉄の心臓を持ち
自分の肉体の全ての筋肉を
いかなる衝撃にも耐えうる新素材の
筋肉に総入れ替えする夢など見ないことだ。

巨大な土石流波に打ち勝つ肉体作りではなく
巨大な土石流波に会わない、影響されない
菜の花畑で、大地で、世界で
生きること、それこそが
死を免れると言う意味で
巨大土石流でも死なない肉体のターミネーター
と同じほどに強いのだ、幸せなのだ。

それが、命を守ること、強きこと
生きることなんだ。

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強い人間とは、どんな人間か、人間は強くなれるのか。

Jpgjpgその2 私は幸運だった。

一命を取り留めた。
ぽんと快い美しい花の咲く
野原まで飛ばされ
そこから私の苦しみの正体を
見下ろしていた。

あれが私の苦しみか!
あれがかっての私か!

私はその時気づいた。
自分の背中に羽が生えていることを。

私はあの押し寄せ荒れ狂う濁流
いわばあの真っ黒い土石流のような
巨大大津波を、無意識のうちに
この羽で飛び越えて来たのだろうか。

それとも、ここに辿り着けば
みな自ずと背中に自在自由の
羽が生えるのだろうか。

脳内の変化にも気づいた。
神経線維シナプスは太くなり
数を増しそのつながり方が
まったく違うものなっていた。

『不安』『恐怖』というものの
実感を伴った完全な否定
決別が達成されていた。

不安は、漠然としたままでなく、その俯瞰的な視点の分析により
計画と作業内容に細かく具体化され落とされた。

60兆の細胞内の
化学変化も鮮明に認識、自覚された。
それは具体的には強烈な治癒能力、
免疫力として発現し、
私は疲れもせず病にも
犯されない体になっていた。

私は幸運だっただけだ。
紙一重の所で死なずに
運のいい綱渡りをして
その高台の野原に辿り着いた。

紙一重で気がふれ薬漬けの人生や
病院を出たり入ったりの人生に
なることなしこの高台の野原に
辿り着いたのだ。

やくざやわけのわからない外国人に
高いお金を出して薬を買わなくても
程よく健康的な快感物質
ドーパミンやエンカファーレン
セレトニンの分泌を自然発生的に
あるいは意図的に、自由自在に
コントロールすることができた。

死なずにこの高台に辿り着いた
結果論として、ここまでの
すべての道のりが幸運だった
としか言いようがない。
 
それは、自分の人生として
生きてここにこれた結果オーライの
道のりであり、愛する誰一人にも
進めることの出来ない道のりだ。

だから、死ぬほど苦しみぬいて
ここに至れとは誰にも言わない。

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強い人間とは、どんな人間か、人間は強くなれるのか。

その1 いかに私は弱い人間だったか、弱い人間であるか。

Kanasii_jpg私を実験台にして
強い人間いついて考えてみよう。

私は時々、強い人間だ
強い人だと言われる
ことがある。

それは、とんでもない間違い。
大きな誤解だ。

私はまったく強くない。
いや非常に弱い人間だ。

かって私は、息をして
存在し生き続けることだけでも
苦しくてつらくて
もがいてもがいて
なんとか死なず昼まで生き
何とかもがいて夜まで生き
何とかもがいて翌朝まで生き
かろうじて死なずに存在し続けていた
そういう弱い生きもの
であった。

それはいったいどんな
苦しい、どんな苦労、どんな問題を抱え
そんなに苦しいい日々を生きていたのですかと
聞かれると、私は、当時も今も
その説明を充分にすることが出来ない。

存在することの苦、
存在そのもの苦としか
いいようがないのだ。

ドンだけ貧しく苦労したの?
ドンだけ凄い病とたたかったの?
ドンだけひんどい状態で生きていたの?
と、問われれその期待に応えられる
衝撃的な何かを語ることが出来ない。

何ですか?その「存在すること自体の苦」
「生き続けること自体の苦」とは。
そんなのよくある若者的な不安定な
一過性の精神状況でしかないと
言う人もいるかもしれない。

しかし、この私を苦しめた
「存在の苦」は実は
私にとっては充分
たいへんなものなのだ。

えっ、そうなの?と納得いかない
よくわからないという人のために
なんなのか、よくわからない
この「存在していることの苦」のつらさを
想像できない人のために一言だけ
説明しておきたい。

実は、私も人並みに
一編の小説になりそうなくらいの
一般的な価値観での苦労話のような
苦労はしている。

ここではあまりそのことに
触れないが、たとえば一つだけ
小学生の4年生くらいから
小学校時代は、母を助け
時に母親を休ませ一人で
重い病の家族を徹夜で看病したうえ
朝に新聞を配りそのまま、
学校に行ったりというような
少年時代の経験を持っているのだが
その手の苦労話はいくつも
書けるが、実は
この「存在していることの苦」は
いわゆるこれらのお涙頂戴の
わかりやすい苦労話の何十倍も、
何百倍も苦しいものなのだ。

この「存在していることの苦しみ」に
苦しめられる子、人間は
本当に異常に弱い子、
弱い人間なのだ。

私はいずれ異常な弱さ
異常に弱い人間であったのだ。

だから、もがいてもがいて
もがききった。

十代から二十代初めまでの長い十数年。

読みまくり書きまくり
考え抜いた。

考え抜き、書きまくり
書きまくっては考え
考えながら書き
この苦しみを一瞬にして消し去り
そしてこの人生において永遠の決別を
させてくれるコトバや教えやら
哲学を求めて手当たり次第
読みまくり自分なりに思索しぬいた。

私は生き続ける苦しさと
自分の吐き気がするほどの弱さに
ほとほと疲れ切っていた。

私は本当に強さに憧れていた。
強い者、微動だにせぬものに
憧れていた。

強くなりたかった。
死のぎりぎりまでいっても
死ねないのなら、死なないのなら
楽しく生きることは出来ないものか。
何をこんな苦しんで生きているのか。
何が私を苦しめているのか。
誰一人、私をナイフを持って脅すものもいないではないか
誰も毎夜、おまえは豚だ、狸だ、馬鹿だと攻め
虐めるわけでもない。

いったい、誰に何に、何のためなぜ
苦しみもがいていいるのか?
それはいつ果てるとも終わるともわからぬままに
いつまでもがき苦しめば言いと言うのだ!
ああ、もういやだ、つかれ切った!
ああ、もういやだとその苦しみが
耐え難い頂点に達したかと思った瞬間
大地が割れて真っ黒な天まで突き刺ささんかなの
巨大な石柱が、無数に突き出し
真っ黒な土砂の波が濁流となって
私と私の立つ大地を飲み込んだ。

フィニッシュ!

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17年毎年続く高校の同窓会。介護の時代が到来。

Jpg毎年、クラスごとに参加者がステージで
一人一人ごと近況報告をする。
今年の同窓会は、やはり皆
3月の大震災話だった。

テーブルでは
何人か介護の話になった。

そういう世代だ。

苦労し悪戦苦闘している友人もいた。

親にやさしくできないで
自己嫌悪に陥って
落ち込んでいる友達に
こう言ってあげた。
彼には優秀な子どもが3人いる。

ー子育ては愛情で出来る。
 ウンチも臭くない。
 未来もある。かわいい。
  
 でも、年取った親の
 ウンチは耐え難く臭い。
 すぐ怒ったり、いらだったり
 いじけたりひねくれたり
 かわいくない。
 
 親の面倒は愛情じゃ出来ない。 
 人格がなければ出来ない。
 
 我々が、本当の一人前の大人
 本当の人間になり、さらに
 最後の人生の試練、神になる
 トレーニングメニューとして
 親の面倒を見るステージが
 準備されている。-

(私はクリスチャンではない。
 神とは宗教的意味の神ではない。
 人間を超越した、人間的悲哀や
  愚かさを超越した大いなる
  宇宙レベルの魂を意味する。)

彼はすばらしい人柄
信頼も厚い。

ピュアでまじめで誠実だから
自分にも厳しいのだろう。
きっとしんどいのだろう。

ありがとう、なんか元気が出たと
少し目を潤ませていた。

私も感極まり、もう一つ重要な
助言をした。

大切なのは、コトバ、コトバ遣い
丁寧できれいな言葉遣いが
介護の疲れや苛立ちで
自分を見失わないための
重要なスキルだ。

息子、親でなく、他人を預かる
お医者さんになった気分で
介護ヘルパーになったつもりで
美しく手際よく受身でなく
明るく元気に介護することだ。
それは、冷たいことでも
悲しい考え方、姿勢でもない。
お互いにとって、それは
居心地のいいこと
快適なことだ。

何事も人間の取り組みは
受動でなく攻めの能動的
気持ちの方がストレスが
ないのだ。
 

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ボケたり一部脳がやられても愚痴ったり悪口言わない美しい老人になるために

3jpg ガロの「学生街の喫茶店」
You tubeで聞いていたら
いくつかの懐メロを経て
ルイ・アームストロング
辿り着いた。

東京で暮らした6年
私は池袋のよく行く
画材屋の下にある
ミュージックボックスの
おいてるカフェで
100円硬貨を入れて何ども
ルイス・アームストロングの
歌を聴いた。

ルイ・アームストロングは
父にそっくりだ。
父はルイ・アームストロングに
そっくりだと言えば
失礼がないのか。

まっ、それは、いいことにしよう。

24歳の時、父は亡くなった。
くも膜下出血をやって16年
半分ぼけたままでの
日々を生きての68歳だった。

なくなる数年は、下のほうも
ゆるくなって、大のお漏らしも
あったが、同居している
同性の人間、息子として
私がその現場に直面した時は
頑張らせてもらった。

ご飯を食べたのは忘れ
年齢は60過ぎても30代だったけれど
ボクは時間の許す限りは
勤めて話をした。

聞く話は、何ども聞いた話もあったが
私の相槌と掘り出し方
切り込み方が上手ければ
そして、ほんとうにおもしろがって
心込めて聞けば
そのつど新しい昔話も聞くことが
出来た。

話している中で
時折見せる笑顔は、今でも
鮮明に蘇がえる。

いい笑顔だった。

物心ついてからずっと
病気とボケの父ではあったが
私が大人になるほどに
父がすばらしい人だったという
ことが分かった。

ボケた頭、一部壊れた脳でも
一言も愚痴めいたことや
人への悪口を聞いたことが
なかったからだ。

それは、すごいことだと思う。
本当に性根がいい人なんだと
思った。

きっと父は知情意で
家族や部下、同僚、友人や
人生で出会った人たちを深く
愛していたのだと思う。

きっと人を許し
憎しみ、うらみも少なかったのだろう。

深層心理に憎しみや怒りが
刻まれ溜め込まれていなかったから
ボケた頭、壊れた脳でも
愚痴や悪口も出てこなかったと
分析する。

人生への憎しみや恨みを
溜め込んだいやな目つき
顔つきもならなかった幸運を
得ることが出来たのだろう。

6人の子沢山、病人も抱えながら
誰も引き取り手のない脳梗塞で
手のかかる寝たきりの叔母を
亡くなるまで数年面倒見たり
てんかん発作を持つ若者を
どこからか連れて来て
飯を食わせしばらく面倒を見たり
勤め人の時分には、若い貧しい
部下たちに背広を買ってあげたり
まあ、母は苦労したことだろう。

母は92歳、元気だ。

父のことを語る時、母は
根っからやさしい人だった
いい微笑を浮かべて言うから、
苦労は多くてたいへんだったろうけど
母は不幸では、なかったのかなと
その笑顔を見ながら安心もし
幸せな気分になる。

私は不安ですね。
今は何とか前頭葉新皮質の
意思と知性でなるべくは
愚痴、根も葉もない憎しみの
人への悪口など言わないようにしてますが
不幸にも脳が半分やられたり
年をとってボケたら何を言うだろう。

これはもう、深層心理の問題。
私がこの生活、人生の中で
いかに憎しみ、うらみ、怒り少なく
そしてなるべく人や世界や人生に対して
上質な良質ないい感情、思いを抱いて
生きて行くかにかかっている。

愚痴ったり人の悪口を言ったり
直ぐひねくれたりいじけたり
怒ったりムッとしたり
やさしさに対して素直でなかったり
いやな、醜い年寄りにならないよう
精進したい。

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朝飯前の3~4時間のゴールデンタイム。

Rjpg8時、9時
10時やお昼に
起きる人の知らない
朝、4時半や5時から
存在する朝飯前までの
3時間、4時間の時間は
黄金の時間だ。

太陽と
私たちの60兆個の細胞のDNAが
波長を合わせ
未来から情報が溢れ
押し寄せる。

過去は健康的に
創造的未来の構築のために
必要な建設的な情報のみを集めて
再構築される

苦しんで生きても一生
悲しんで生きても一生

しかも苦しみと悲しみは
限りなく人生には
溢れている。

いやー、次々
やって来るといってもいい。
いやー、おそらく全ての人間の
全ての人生においてそうだ。
しかも毎日だ、無数にだ、おそらく
死ぬまで、永遠にだ、
もしかしたら、
死んでからかもしれない。

それは、わからない。

だから、念のため、この意思という道具を
確実に自由に使えるこの生きている
この時に、苦しまない悲しまないと
決定した方がいいのかもしれない。

何もわからない。

だから人生は、かってに
決めていくものかもしれないな。

腹をくくって
リスクを負って
決めちゃったわけです。

苦しまない、悲しまない。
たとえ苦しくても悲しくても
自分では苦しまない、悲しまないと
決める徹底度です。

苦しまない、悲しまないと
決めて生きて数10年
なんの問題もなかった。

なかったですよ。

せめて自分で自分を苦しめたり
苦しめ続けたりしないで

生命体にとって苦しみ悲しみが
肯定されるのは
その苦しみ悲しみによって
より大きな進化と強化と拡大と
高質化が達成された結果オーライ
の場合であり、結果オーライでなく
死に至ったり、救いようのない
不幸な人生を現出するに至る場合も
あるわけです。

つまり、苦しみ悲しみを
自分の進化と強化と拡大と
高質化に使うのは
非常に人間にはリスクがある。

私のように苦しみ悲しむことを
捨てる、遮断するリスクよりも
それは高いリスクだ。

結果、つまり進化と強化と拡大と
高質化が達成できるなら
手段にリスクはない方がいい。

もしも、笑って楽しんで
楽しく生きて進化と強化と拡大と
高質化が達成されるなその方が
いいのだ。

今日、どんな楽しいこと
自分が好きなこと
人が喜ぶこと
愛する人たちが
喜ぶこと幸せになること
苦しみや問題を取り除いてやる
こと
応援したりフォローしたり出来るか
わくわくしながら計画すること
たくらむ事、それこそ
この朝のゴールデンタイムの
為すことの重要な作業の1つなのだ。

人生は、朝、デザインされる。

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ワタシタチノシアワセ

Img001私たちは
鳥であることに
気づこう。

あなたはまだ
空どころか、世界中を、
この宇宙を、時空を
自在自由に飛び回る
あなたの背中に
ついている羽に気づかないで
生きているのか
暮らしているのか。

この星が丸ごと
ふるさとであり
家であることに
気づこう。

積水ハウス新築一軒家5000万が
全財産と数十年の借金で手に入れた
おしゃれな地上18階のマンションが
あなたの家ではない。

誕生した市町村がふるさとという
わけではない。

と、大きく考えよう。

同時代に存在する人々の中で
もしも出会い関わる誰かが
少々、意地悪だったり
バカものだったり
愚かものだったりしたからといって
あなたがそんな熱くなって
むきになって、先頭に立って
悪口言ったり非難するは
やめよう。

おおらかに
許そう、愛そう
理解しよう。

ソローは「森の生活」の中で
こう言った。

太鼓の音に足の合わぬ者を
 とがめるな。
 その人は別の太鼓に
 聞き入っているのかもしれない。

いろんな人がいて、いろんな感性や価値観がある。

愛せなくてもまず許そう。
あなたの心と脳が
ステキな弾力と大きさを持っていたら
理解もしよう。

耳を澄まして、心を澄まして
別な太鼓の音も聞こう。

すばらしい人は
たくさんいる。

この自分も
すばらしい人になろう。

自分を好きなように
すばらしい人にしてください。

この程度のすばらしさと遠慮せず
考えられるだけ、びっくりするくらい
みんなが惚れ惚れするくらい
まぶしく光を発し輝くくらい
すばらしい人になってください。

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フィッツジェラルドの希望、ボブ・ディランの希望

010398e6フィッツジェラルドの

一つの敗北を
決定的な敗北と
取り違えるな。

と言う言葉は
失職、失恋、何らかの失敗をして
打ちひしがれそうな我々の心に
希望を与えてくれる。

荒々しいコトバだが
温かく熱い愛を感じさせる
力強さに溢れている。

もう一度頑張ろう!
と再挑戦、再出発の
思いを自ずと湧き
起こさせてくれる。

ボブ・ディランの

Imagecal90hb4_4何もかも失った時も
未来だけは残っている。

というコトバと共に
そんな時、力をくれる。

絶望するなと言うことだろう。
人生を小さなものと捉えるな
人生はもっと大きなものだ
いくらでも自分で大きく出来ると言う
ことだろう。

その敗北、この敗北が
とても小さなものになってしまうほど
自分で人生をいくらでも
大きく出来るということだろう。

挑戦ゆえの敗北は
挑戦することを
辞めない限り
次の勝利で清算されるし
何より次の、あるいは
より大きな勝利のための
糧そのものであるという
ことだろう。

負けると思った瞬間から負け
老けたと思った瞬間から
老化のプログラム
が開始されるように
希望を失った瞬間から
死へのプログラムが
始動する。

希望は、生を我々の存在を
成立させるエネルギーであり
生そのもの、存在そのものである。

これなしで生きることも
楽しく生きることも出来ない。

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まず手をつけることと、「一歩」の意味

Photo_3 まず手をつけよう。
どこまでやれるか
わからないけれど
まず、手をつけるのだ。

結局何もせず終わることは
多くはないか。

夢ばかり思いばかり
決意ばかり語って
行動を起こさない人は
それは妄想家、夢遊病者
虚言症、精神の病の人です。

未来の自分に
自分のことを
あの頃の自分のこと
つまり、今の自分のことを
卑怯者
怠け者
ずるいやつ
いつも口だけのいやなやつと
言わせてはいけませぬ。

やろうとしていることが
いいことなら、
あなたにとってそれが願いであり
幸せなことなら
まったく進まず
何一つ手をつけないよりは
1メートル進むほうが
一歩進むほうが、ただ一つでも
行動するほうが正しいのです。

私は「一歩」について
数10年研究して来ました。

そのゴールが正しく
あるいはあなたを誰かを
幸せにするものならば
一歩も進まなかったより
一歩でも進んだほうが
それは正しく偉いのです。
しかも、一歩には実は
魔法の仕掛けもあって
勢いの10歩に化けたり
楽しい100歩に化けたり
至福の1000歩に化けたり
感動の10000歩に化けたり
ゴールに連れて行くばかりか
新しいゴールやステージに
連れて行ったりも
するのです。

一歩、恐るべし!

一歩とは0(ゼロ)とはまったく
異質次元が違うものなのです。
ゼロは永遠にゼロなのです。

私の好きなローマの哲学者
セネカは言っています。

「物事が難しいから
 我々はあえて行わないのではない。
 我々があえて行わないから
 物事が難しくなる。」

と。OK!

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「おまえは、ステキな花になれ!」

Hanasakaseyouおまえは
ステキな花になれ。

若き日に、そんなことを言ってくれる
マスターに会っていたら、どれだけ
人間的に成長していただろう。

ステキな花には美しい蝶が
周りから集まってくる。

ステキな花には
どこに咲いても
どこに行っても
そこに飛び交う
美しい蝶が留まり
宿るだろう。

スイスの高原ではその高原の
アジアの密林ではその密林の
ボストンの美しい公園ではその公園の
知床岬の夏の草原ではその草原の
美しい蝶がステキな花には
自ずと集まってくるだろう。

しかして、逆に

何百枚と名刺を作って
自ら動いて世界中のパーティーに
顔を出し名刺交換したとて
魅力のない花には
美しい蝶どころか
ハチ一匹だって
とまりはしない。

だから極論、逆にそのステキさが
限りなければ、無限大なら
周囲から遠くから
はたまた異国の地、世界中から
美しい蝶たちが名刺を持って
やってくるだろう
ということ。

私たちは時に自問しなければならない。

魅力ある蝶を生きたまま宿らせるには
自ら魅力あるステキな花にならなければ
ならないのだ。

蝶の集まる魅力的なステキな花?

自分は何を耐え何を超えた人間なのか。
何を学び何を習得した、している人間なのか。
何を学んだ、何を学んでいる進行形の人間なのか。
この自分は人に何を与えることの出来る
何を与える準備のある人間なのか。
与える豊かでおいしい蜜もあれば
蝶も集まろう。

人からもらう事ばっかり考えている人間は
どこかおどおどして醜い。
与える者は多くを得る。

憎しみの宿っていない
安らかなおおらかな心で
日々学び、進化への意識を持った
自己嫌悪に陥ることのない
美しく舞うように歌うように振舞い
今日を生きよう。

美しい蝶が自然に寄ってくる
ステキに花になろう。

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8月14日 被災地をロケ 陸前高田・大船渡・釜石・大槌を回る

P1390138 朝4:00
私のアトリエに集合。

東日本大震災の関連の
ドキュメンタリーの
撮影協力で今日は
お盆休暇のど真ん中だが
被災地の撮影に
向かった。

被災初のお盆
高速無料化による
大混雑などの要素は
被災地の道路状況の
混雑予測を難しくしている。
早め早めの移動行動。

まずは陸前高田に向かう。

瓦礫処理等、被災地は
その後、どうなっているのだろう。

あの高田一中から
全体を俯瞰して見ることの出来る
陸前高田は、どうなっているだろう。

すべてがグレーのカオスの
瓦礫の山は、被災から5ヶ月
鉄、コンクリート、木材と
分類されて積み上げられていた。

作業は進んでいると言うべきか
5ヶ月たっても、それしか
出来てないと言うべきか。

瓦礫の中に大きく広がっていた
海水の池は、この連日の日照りの中でも
枯れる事はなく点在していたが
4月半ば頃に、群生し飛び交っていた
カモメは、どこに行ったのか
まったく消えてしまっていた。

大船渡を回り
その後、釜石へ。

そして、壊滅の被害を受けた
大槌へ入った。

ここは、父母のルーツ。

P1390670 町長初め職員丸ごと
役場丸ごと津波に飲まれた大槌は
行政の体制も作業も最も遅れて
いるところだ。

遺体こそ、もうその場所に
ないだろうが名前と住所が
マジックで書かれたオレンジの旗が
瓦礫の中で何本も風に揺れていた。

壁が火災で真っ黒く焼け
ガラスも壊れたままの
大槌小学校の校舎の1階は
瓦礫から集められた
膨大な写真が保管されており
このお盆で見舞いに来た
帰省の被災者とその親族であろう人々と
報道のテレビ局のクルーたちで
込み合っていた。

それは悲しい賑わいだった。

すべての撮影予定を終えて
遠野を経て帰途、盛岡に向かう。
朝4時出発、夜8時終了
16時間にて作業終了。

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いろいろな質問

Photo自分にいろんな質問して
生活しよう。

死ぬ前に絶対したいこと
死ぬ前に絶対行きたいところ
死ぬ前に絶対ほしいもの
死ぬ前に絶対なりたい人間

そして、そんな生活、そんな生き方の
自分になっているかとか

それに向かう今日か
それに向かっている心はあるか

とにかく、質問しよう、自分に。

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自分のプロフィールを書こう。レポート用紙一枚の自分物語。

2jpg ノート一枚、レポート用紙一枚
12ポイントワードA4一枚に

氏名
西暦○○○○生まれ
○○にて誕生

父、母
家族のこと

生育歴
学歴
職歴

短い人物伝のような
短いこれまでの自分の物語
書くように

そうやって
文字に起こして
自分と自分の人生を
観客から見ると
今とこれからの人生において
いつまで経っても
自分の役柄、セリフで
いっぱいいっぱい
万年素人俳優、女優から
名優、名監督に
名プロデューサー
名シナリオ作家に
なれる。

全体を見ること、感じること
これが、特に人間に優れた能力であり
進化方法なのだ。

ただ、全体をみること
感じること
がんばるため、がんばろうと
力んで思わなくてもいい。

自分と人間という枠を越えた
もっと大きなこれは生命の
自然に為す進化システムなのだ。

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被災地の夜空に2万発の花火

75792_1東日本大震災の被災地
海辺の街々で、
鎮魂と復興を願って
2万発の花火が
今日、11日19時から30分間
10カ所で打ち上げられた。

岩手県5カ所
宮古市、山田町、大槌町、釜石市、大船渡市、

宮城県2カ所
気仙沼市、多賀城市、

福島県3カ所
南相馬市、会津美里町、いわき市

坂本龍一さんが演奏する
「赤とんぼ」のリズムに合わせ、
全会場一斉に鎮魂・追悼の花火を
打ち上げ、その後は各地で
オリジナルの追悼、
復興の花火を打ち上げた。

あの日3月11日から
今日でまる5ヶ月が経った。

あの日、3・11との
また被災地との向き合い方
関わり方を、もう一度
しっかり考えたい。

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なぜデッサンするか?

P1390001平常は週一回
夏休みは週2回
美術クラブの
生徒を指導している。

連日の猛暑
今日の出席率はどうだ?
開始時間前に来ているもの
一人。

デッサン。

無意識に無自覚に
いつの間にか流れる
人生の時を
くくり、フレームの中に
収めることで
自分の人生を
自分を物語りにするために
その訓練のため
彼は、石膏像と
一人、毎日、
向かい合っていた。

無自覚に広がる
目の前に広がる世界。

そこにそれがある不思議。
時にありがたさ。
自分が存在することと
目の前にあるものと
目の前に広がる世界との
係わり合いの探求。

間違いは、間違いと
気づいた瞬間に修正を
開始しなければ
人は砂地獄、アリ地獄に
落ちることを、教えてくれる
デッサン。

デッサンしよう。

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天才というもの

P1390032 私は自分のアトリエで
現在8人の子どもに
絵やアートを教えている。

絵が中心になっているが
時々、立体や絵具でない
平面構成もする。

テーマも画材も
子どもの希望を
なるべく生かして
やらせている。

力のある子には大人の
プロのイラストレーター
志望の顔負けのテーマや
課題を与えている。

今日は乗らない
描きたくないとかと
集中力がない時は
対話をして徐々に
モチベーションをあげていく。

いずれ、子どもたちの
制約されない発想と
器用な手仕事
味わいある線には
舌を巻き感動することも
多々ある。

今日は、紙粘土を
やりたいという女の子に
紙粘土を預けたら
ちょっと見ない間に
あっという間に
馬と遊ぶ3匹の犬が
出来ていてビックリした。

世の中の平均、常識や
周りや他人との比較する事なしに
本当に自分の作りたいもの
描きたいもの、あらわしたいものに
一心不乱になり続けられれば
皆、天才になるのだ。

天才とはそういうものだ。

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濱守栄子「国道45号線」

Dscf8061_3 mont・bellの白いテーシャツが
欲しいと久しぶりに
イーオンに行った。

お目当てのものはなかったが
魅惑的なカメラ用のバックが
あって、しばらく私の心を
悩ませそうだ。

どこからか
ピアノと女性の歌声が
聞こえる。

1Fのオープンスペースで
ハットを被った女の子が
きれいな声でピアノを
弾きながら歌っていた。

ライブだ。

スタバーの前だったので
がっちりホットで
これも久々のスタバーの
少し苦味、コクのあるホットを
飲みながらしばし
ライブを楽しむことにした。

濱守栄子
東日本震災チャリティ復興プロジェクト

8月3日CDリリースの
コンサートのようだった。

新曲リリース「国道45号線」

いずれライブは
どんなライブもいい。
自分の生きている「今」
が感じられるから。

テレビ局の女子アナンサーが
進行役で、どうも
このシンガーはあの被災地
大船渡出身らしい。

CDの売り上げの半分が
被災地復興に寄付されると
言われて、買わないわけには
いかない。ライブ料でもある。

大船渡、陸前高田は
どうなっているだろう。

家々を飲み込み
大きな湖になってしまった
そこはには、今も
無数のウミネコが
飛び交っているのだろうか。

国道45号線は
津波に破壊された
三陸の海辺の街々をつなぐ
海沿いをどこまでも真っ直ぐ走る道路だ。

また、行こう。

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希望の法則と整理の法則

2jpg自分を全体的に感じたり
自分の今の状況を
全体的に把握しただけで
無意識に、無意志的に
人は、こうしよう
ああしようと
思いが計画が沸いてくる
ものなのです。

だから、意志を持とうとか
決意や目標、計画を持とうとか
考えなくていいのです。

ただ、自分を感じ人事のように
自分の今の状況を見渡すだけで
いいのです。

人はそこから黙っていても
気合いを入れなくても
自然に、一番たいせつなものが見えたり
とりあえず自分が出来ること
手をつけられることが見えたりする。

そこに自然と心が動き
意志や計画や決心が
生まれたりするのです。
それは希望の因子であり
やがて自然に希望となります。

だから、なにより大切なのは
自分を感じ今を見ること。

最近、自分のアトリエを
喫茶店仕様に改造中だが
まずは、なにより
物を少なくする
少なくした物を
どれだけ効率よく
生活感の漂わない形で
収納していくかということで
日々、物をまとめ物を捨てる日々。

その中で分かったのが
引き出しにしろ
本棚の書類にしろ
画材にしろ
広げて取捨選択すると
まず3分2か、半分
場合によっては
カラになる棚や引き出しになる
ということ。

だから、まず
一棚一棚、一引き出し一引き出し
まずテーブルに広げて
ただ整理したり捨てて見よう。

それを繰り返すと
部屋のお家の荷物は
3分2、2分1になり
3分1、半分のスペースが
出来ることになります。

お試し下さい。

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15才の意味、地方の中学生における高校受験の意味、勉強する意味

Bennkixyousurukoto_2jpg 中学生へ講演をする機会があった。
子どもたちや先生方に色紙を
求められる場合
私はこう書く。

「楽しく生きる人」
「世界を楽しくする人」

そのために勉強する。

なりたい自分、夢を実現する訓練

高校受験がんばれ!

中学受験のほとんどない
地方の子にとって
15歳で経験する高校受験
それとそれまでへの
1年、2年の努力から
学ぶことは非常に
とてつもなく大きい。

希望や未来、理想に向かって
だらだら無意識に流れる時間を
そこに意志的に舵を取り
向けて行く自己コントロール
の能力養成

ゼロから、思いから未来を
形を作っていくコツの拾得

がんばれば、がんばらないよりは
状況が良くなる、自分が進化する
実感の獲得、経験の積み重ね。

理想通り行かない状況
頭打ちの状況打開の
精神的、現実的なスキルの獲得

すばらしい人
すばらしい状況の
すばらしい力量の人は
偶然ではなく、意志による
努力の存在があることの気づきと承認

こうすれば、こうなるという
当たり前の確実なことの
地道な積み重ねこそに
飛躍と進化と成長と満足と栄光が
あることの実感とその経験

あまりにも貴重だ。
高校受験勉強は
大学受験勉強より
しっかりやってもらいたい。
一生の財産だ。

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苦しみと不安からの決別について

722jpg 私の興味は
人の心の中から一切の
苦しみと不安を
消滅させること。

愛しき人々と人類から
一切の苦しみと不安を
消滅させること。

究極それだけが
最大の興味、関心事
一番のこと。

おまえは
ブッタの生まれ変わりか
みたいでゴメンナサイ。

でも、ふざけてません。

もちろん、
2番、3番、4番、5番もあるけれど
これほど胸高鳴る情熱の湧く
そして必要に迫られた
私の作業はない。

これが、正直
自我意識というものを意識できてから
数十年、生涯を通して変わらぬ
興味であり情熱である。

たとえば

イラストレーターや画家として大成することや
創作家や小説家やエッセイストと
として成功することよりも
億万長者や見目麗しき人間であることよりも
わかりやすくて実効性があり
決定的効果のある人の心から
一切の苦しみと不安を消滅させる
魔法の文章とシステムの創出は
この人生のまじめな一番の
情熱だ。

1ヶ月しか寿命がないと言われたら
迷わず集中して私は
この人の心から苦しみと不安
もがきを消滅させることに
いくらかでも役立つ
この人生で私が掴んだ情報や
アイディアを一心不乱に
書き続けるであろう。

それが先立ち
私の残していく人々への
人類の後輩への最も
熱く純粋な一人よがりの
愛の結晶だ。

しかし、問題は大きい。
私は死、間近かでなければ
それに行動を起こさないのか。
これは、私の薄情さと
やはり怠惰さと集中力と
思いっきりのなさに由来している。

だから、完璧などと力まず
まず、今日、頭にあることを
このブログという場で
一息で言えることだけ
書いておきます。

今晩、史上最悪のマグニチュード9.5が来て
あるいは、交通事故で死んでしまうかもしれない
のですから。

それでは・・・・・

苦しまない、悲しまないと決めると
苦しまない、悲しまない
哲学が生まれる。

すばらしい哲学が完成され
苦しまない、悲しまない状況を
自分と言うものを
作り出すのでない。

哲学が必ずしも苦しみ悲しみを
消滅させるものが出来上がるとは
とはかぎらない。

益々、生きていることをつらくさせる
苦しみと悲しみを増大させる
哲学に辿り着くことも
ありうるのだ。

苦しみと悲しみで充満した心と脳みそで
構築した哲学は、その構造のひと柱に
パネルの一つに、そのパネルの裏側に
苦しみや悲しみを使ってしまうかもしれない

生き方や、生きる意味やなにやらが
わかったから、はい、それでは
生活と人生に、苦しみも悲しみも無くなりますよ
というものでなく、苦しみは、悲しみは
痛みのようなものであり
人生や自分の意味がどうであろうと
無いほうがいいものである。

だから、苦しみ悲しみに
ほとほと疲れきった疲労困憊の日々を過ごしていたある日
私は、苦しみと悲しみに一方的に決別宣言をした。

苦しみと不安は、この世界と人生のなすがままに
任せていたら、きりがないことを知ったからだ。

それなりに生きている実感を味わらせてもくれ
もしかしたらその向こうに大いなる喜びや
哲学を準備してくれているかも知れぬ
苦しみ君や悲しみさんと
突然の一方的決別宣言は
勇気のいる決断だった。

しかし、思い切った。
思い切れるまで、私は、私を苦しめている
苦しみ不安を見切ったと言える。
それで、もはや見限ったである。

リスクはあったかもしれない。
苦しむこと、悲しむことはもっと
大切にすべきものだったかもしれない。

しかし、私は、苦しみ悲しみを見限ったその後、
バカにもならなければ不幸にもならなかった

むしろ私は脳みそは強健になり
自律神経はますます太くなり
思うように心と体と行動をコントロールできるようになり
思考は自在となり、何よりもエネルギー効率はよくなり
楽しく、照れくさいコトバだがずいぶん幸せになった。

だから、私は、この決断に
後悔していない。

私は皆さんととても違うと言えば
限りなく違う。しかし、似ていると言えば
限りなく似ている。

大きな尺度で言えば
見分けのつかないほど
私とあなたはそっくりだ。
そんな私が、私と私の人生の
しつこいしつこい
苦しみと不安の実験と観察を通して
得た考察から私は、あなたに問い
語るだろう。

苦しみ悲しんでいる自分を
重要なもの、重要な状態と
大切にする必要はまったくない。

苦しみ不安をエネルギーにせずに
生み出す大きな哲学、エキサイティングで
りっぱでしっかりした高度で深々な哲学を
生み出すことは出来るのだ。

その哲学を自分の存在と生活、人生の
背骨にして、強く楽しくおおらかに
しあわせに生きていける
そういう人生を開始することが
出来るのだ。

苦しみや不安を大切にするな。
そういう状況にあるある自分を
重要に考えるな。

苦しみと悲しみから解放された脳と精神と存在で
哲学と自分の人生計画と指針は創造された方が
良いのである、楽しいのである。

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太陽の陽子と太陽の陽太

Photo私たちの住む
私たち生物、人類を
生み出だした母なるこの星は
46億年前に太陽から
分かれて誕生した。

太陽からこの星は生まれ
この星は私たちを生み出した。

つまり私たちは
太陽の子なのだ。

あらゆる組織、有機体、生命体
生あるものは、その持っている
組織、機能を全開する事で
満たされた状態
最大の快適状態になる。

私たちは私たちを全開して
快適となる、しあわせになる。

しあわせは
私たちがじめじめと
苦しみもがきながら
手に入れるそんな人生ドラマではなく
宇宙ドラマなのだ。

私たち人類がなんどもその歴史の中で
繰り返してきた最も有名な問い謎掛け

ーしあわせとは何で、人はどうすれば
 しあわせになれるか?-

私たちは太陽になればいいのだ。

答えがこんなに簡単だったとは、ビックリ!!

太陽の子の私たちは
溢れるエネルギーに満ち溢れ
自ら燃え、燃えるゆえに自と輝き
その光は周りをも照らし
周りをも輝かせ
温め育てゆくもので
あるのだ。

私たちが目指す方角は太陽
私たちが目指す状態は
太陽たること。

太陽を目指せ。
太陽となれ。

太陽の子たち。
太陽民族。

NHK連続テレビ朝ドラマの
井上真央だけが、陽子なのでなく
私たちは、みな陽子と陽太なのだ。
そしてそして井上真央だけが主人公でなく
私たち一人ひとり主演を張った
陽子と陽太なのだ。

計画も見通しも哲学もいらない。
圧倒的エネルギーを獲得せよ。
そこに自然と仕事は生まれ
使命は見え覚悟され
葛藤のない全開の楽しき
ドラマは始まり
道は広がる。

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コトバのスコップで自分探し、知らずして死ねません!愛しく死ねません。

724jpg私はメスも
解読用スパーコンピューターも
持っていない。

そんな免許も技術も
おまけに頭もお金もない。

そこで

オギャーオギャーと音を発してまもなく
自然に周囲の人間と世界から
習得したコトバという道具で
自分自身を探索したい
自分自身を解読ししよう。

コトバでまだ見ぬ自分を掘り下げて、
そのまだ見ぬ自分と出会おうと決めた。

私は、どんな力を持っているのだろう?
どんな力を秘めているのだろう?

130億年前に宇宙がビッグバーンして
生成を開始して
46億年前に地球が誕生して
それ以来の宇宙とこの星の歴史が、業績が
我々一人ひとりの細胞一つに
体全体に蓄積されている。

私たちは、どれほど
すげーやつら!?

すげーやつらの私とあなたとみなんさん!

そのすげー存在を
この自分と言うものを
コトバで無理なものは父母を通して
頂いた宇宙的能力、この五感六感、スーパー直感を
フル稼働させて探索し
そしてまた言葉にできる限り変換して
自分と仲間のあなたに
人間同士の同志のあなたに
還元して、あなたも私も
ハッピー!ハッピー!って
生きて行きたい。

と決めました。

何でも分かったような顔をして
いつもしゃーしゃーとして
平気そうな顔ばかりしているもんだから
でも私はスーパーマンじゃない
ドラッグもやっているわけじゃない
だからほんとはしんどい時、きつい時もあるんですが
言いづらいと言うか遠慮してと言うか、心配ないさと
誰も、私には強く言ってくれないので
いつも自分で勝手に決めて
がんばってます。

私は頑張りますよ!

死ねませんよ。

愛している人
いとしい人
可愛い人
心配な人
感謝を返さなければならない人
喜ばせたい人、笑わせたい、楽しませたい人
幸せにしたい人、めんどう見てあげたい
世話してあげたい人が
育て指導してあげたい人が
いっぱいいますから。

死んだら悲しんで気が狂うかもって人
悲しみで病気になったり
死にそうになったりする人
張り合い、生きがい、頼りがいを
なくす人もいるんじゃないかって
思い上がって生きてますから。
とても死ねません。
これからもなるべく健康で
しっかりした頭で生きて
行こうと思っているんです。

いっぱいいっぱいで何言っているか
まとまらないので

今日は、この辺で。

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8月の空に、巨大地震にも大津波にも負けないと、ライオン吼える。

407502323_d3eca0255f人に優しく
人のため世のため
生きていれば
巨大地震にも大津波にも
会わないと言うわけではない

巨大地震にも大津波も
私たち個人が人生に
作り出している
積み上げている因果とは
別な因果で出来ている。

人のため世のため
人に優しく生きていれば
巨大地震や大津波を
防げるわけでもなく
会わないようにすることが
できるわけじゃない。

人のため世のため
人に優しく生きることで
自分がしあわせな感情になり
人から感謝され
充実や感動に満ち溢れた
人として幸福な日々を送れるであろうという
その原因に対する充分な恩恵を
その時々で得て私たちは
生きているのだ。

それでも、そういう日々を生きているからといって
大地震を止め、大津波を防ぐことはできない。

しかし、人は
どのような死に方をするにせよ
一切がこの脳と宇宙に刻まれ
死ぬ時には、いずれスーパーモルヒネが出て
スーパードーパミンも出て
一瞬にして永遠の人生の総括と
走馬灯の映画を見るという。
他者に対する愛した行動記憶と
愛され信頼された記憶は
その人を幸福に包むであろう。

我々は、大地震にも大津波にも
子猫のように怯えることなく
百獣の王のライオンの如く
悠々と堂々と怯えず負けずに
生きていかねばならない。

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