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強い人間とは、どんな人間か、人間は強くなれるのか。

その3 弱い人間、いや人間はみな弱い。
    どう人生の土石流と向き合うべきか!?

2jpg 念じてすぐ羽が背中から
生えるわけじゃない。

鋼鉄の心臓に変え
瞬間数千トンの濁流にも
破壊されない新素材の
筋肉に総入れ替えするわけにも行かない。

10メートル
20メートル、30メートルの土砂の濁流に
襲われて破壊されない
肉体など存在しない。
自らそんな土石流の濁流に向かっていったり
そこに身を置くなんてことは
愚かなことだ。

得体の知れない強烈な死と不安と恐怖
身の毛もよだつ無意味さ、虚無感
それはうねり狂う土砂の濁流だ。

その濁流にわざわざ身を置き
強さを証明する意味はない。
証明もできない。

そんな肉体は、この世にない。

強い人とは、濁流に流されても
破壊されない肉体、不死身の命を
持っているわけじゃない。
もう心に濁流は流れてこないんだ。
濁流がやってこない高台の菜の花畑に
自分と言う存在、精神と心の
コントロールセンターを
構築しているんだ。

その土砂の濁流の来ない世界か
届かない世界に暮らし
生きているんだ。

真っ黒い濁流が頻繁に襲いますけど
決して傷つきません、死にませんなんて
人はいない。

強く見え、幸せそうに見えている人は
その濁流から常時避難してるか
素早く避難しているか
もう絶対、その巨大な濁流が届かない
高台の菜の花畑で暮らしていることを
知って欲しい。

土砂の濁流に身を置き続け傷まぬ人
死なない人いないのだ。

巨大な土砂の濁流、比較的大きな土石流も
そして小さな土石流も余裕を持って見下ろし
いつでもしかるべき適切な対処の出来る
高台の菜の花畑の住人に
高台の野の花咲き乱れる花の住人
花の民族となれ。

改めて、確認しよう。

巨大な土石流との戦い方
対処の仕方はどうすればいいか。

30メートルの土石流を押し返す
完全な岩壁を積み上げること。

30メートルの土砂の濁流が
届かない破壊できない高台に
生きること。

地震が来たり、大雨が続いたら
最悪の事態を絶えず想定し
すぐに避難する。

私たちは巨大土石流にも
得体の知れない強烈な死と不安と恐怖
身の毛もよだつ無意味さ、虚無感という
人生の土石流にも、そうすべきだったのだ。
そしてこれからもそうすべきだ。

この巨大土石流に立ち向かうなんて
まったく無意味で、出来ることでもない。
完璧な防護壁を構築するか
そこから完璧に安全な高台の菜の花畑で
暮らすのだ。

30メートルでなくても45センチでも
大の男でも足を掬われ命を落とすのだ。
地震、大雨が来たら、万全を期していつでも
すぐに避難するのだ。

羽を生やし鋼鉄の心臓を持ち
自分の肉体の全ての筋肉を
いかなる衝撃にも耐えうる新素材の
筋肉に総入れ替えする夢など見ないことだ。

巨大な土石流波に打ち勝つ肉体作りではなく
巨大な土石流波に会わない、影響されない
菜の花畑で、大地で、世界で
生きること、それこそが
死を免れると言う意味で
巨大土石流でも死なない肉体のターミネーター
と同じほどに強いのだ、幸せなのだ。

それが、命を守ること、強きこと
生きることなんだ。

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