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強い人間とは、どんな人間か、人間は強くなれるのか。

Jpgjpgその2 私は幸運だった。

一命を取り留めた。
ぽんと快い美しい花の咲く
野原まで飛ばされ
そこから私の苦しみの正体を
見下ろしていた。

あれが私の苦しみか!
あれがかっての私か!

私はその時気づいた。
自分の背中に羽が生えていることを。

私はあの押し寄せ荒れ狂う濁流
いわばあの真っ黒い土石流のような
巨大大津波を、無意識のうちに
この羽で飛び越えて来たのだろうか。

それとも、ここに辿り着けば
みな自ずと背中に自在自由の
羽が生えるのだろうか。

脳内の変化にも気づいた。
神経線維シナプスは太くなり
数を増しそのつながり方が
まったく違うものなっていた。

『不安』『恐怖』というものの
実感を伴った完全な否定
決別が達成されていた。

不安は、漠然としたままでなく、その俯瞰的な視点の分析により
計画と作業内容に細かく具体化され落とされた。

60兆の細胞内の
化学変化も鮮明に認識、自覚された。
それは具体的には強烈な治癒能力、
免疫力として発現し、
私は疲れもせず病にも
犯されない体になっていた。

私は幸運だっただけだ。
紙一重の所で死なずに
運のいい綱渡りをして
その高台の野原に辿り着いた。

紙一重で気がふれ薬漬けの人生や
病院を出たり入ったりの人生に
なることなしこの高台の野原に
辿り着いたのだ。

やくざやわけのわからない外国人に
高いお金を出して薬を買わなくても
程よく健康的な快感物質
ドーパミンやエンカファーレン
セレトニンの分泌を自然発生的に
あるいは意図的に、自由自在に
コントロールすることができた。

死なずにこの高台に辿り着いた
結果論として、ここまでの
すべての道のりが幸運だった
としか言いようがない。
 
それは、自分の人生として
生きてここにこれた結果オーライの
道のりであり、愛する誰一人にも
進めることの出来ない道のりだ。

だから、死ぬほど苦しみぬいて
ここに至れとは誰にも言わない。

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