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まず手をつけることと、「一歩」の意味

Photo_3 まず手をつけよう。
どこまでやれるか
わからないけれど
まず、手をつけるのだ。

結局何もせず終わることは
多くはないか。

夢ばかり思いばかり
決意ばかり語って
行動を起こさない人は
それは妄想家、夢遊病者
虚言症、精神の病の人です。

未来の自分に
自分のことを
あの頃の自分のこと
つまり、今の自分のことを
卑怯者
怠け者
ずるいやつ
いつも口だけのいやなやつと
言わせてはいけませぬ。

やろうとしていることが
いいことなら、
あなたにとってそれが願いであり
幸せなことなら
まったく進まず
何一つ手をつけないよりは
1メートル進むほうが
一歩進むほうが、ただ一つでも
行動するほうが正しいのです。

私は「一歩」について
数10年研究して来ました。

そのゴールが正しく
あるいはあなたを誰かを
幸せにするものならば
一歩も進まなかったより
一歩でも進んだほうが
それは正しく偉いのです。
しかも、一歩には実は
魔法の仕掛けもあって
勢いの10歩に化けたり
楽しい100歩に化けたり
至福の1000歩に化けたり
感動の10000歩に化けたり
ゴールに連れて行くばかりか
新しいゴールやステージに
連れて行ったりも
するのです。

一歩、恐るべし!

一歩とは0(ゼロ)とはまったく
異質次元が違うものなのです。
ゼロは永遠にゼロなのです。

私の好きなローマの哲学者
セネカは言っています。

「物事が難しいから
 我々はあえて行わないのではない。
 我々があえて行わないから
 物事が難しくなる。」

と。OK!

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