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ボケたり一部脳がやられても愚痴ったり悪口言わない美しい老人になるために

3jpg ガロの「学生街の喫茶店」
You tubeで聞いていたら
いくつかの懐メロを経て
ルイ・アームストロング
辿り着いた。

東京で暮らした6年
私は池袋のよく行く
画材屋の下にある
ミュージックボックスの
おいてるカフェで
100円硬貨を入れて何ども
ルイス・アームストロングの
歌を聴いた。

ルイ・アームストロングは
父にそっくりだ。
父はルイ・アームストロングに
そっくりだと言えば
失礼がないのか。

まっ、それは、いいことにしよう。

24歳の時、父は亡くなった。
くも膜下出血をやって16年
半分ぼけたままでの
日々を生きての68歳だった。

なくなる数年は、下のほうも
ゆるくなって、大のお漏らしも
あったが、同居している
同性の人間、息子として
私がその現場に直面した時は
頑張らせてもらった。

ご飯を食べたのは忘れ
年齢は60過ぎても30代だったけれど
ボクは時間の許す限りは
勤めて話をした。

聞く話は、何ども聞いた話もあったが
私の相槌と掘り出し方
切り込み方が上手ければ
そして、ほんとうにおもしろがって
心込めて聞けば
そのつど新しい昔話も聞くことが
出来た。

話している中で
時折見せる笑顔は、今でも
鮮明に蘇がえる。

いい笑顔だった。

物心ついてからずっと
病気とボケの父ではあったが
私が大人になるほどに
父がすばらしい人だったという
ことが分かった。

ボケた頭、一部壊れた脳でも
一言も愚痴めいたことや
人への悪口を聞いたことが
なかったからだ。

それは、すごいことだと思う。
本当に性根がいい人なんだと
思った。

きっと父は知情意で
家族や部下、同僚、友人や
人生で出会った人たちを深く
愛していたのだと思う。

きっと人を許し
憎しみ、うらみも少なかったのだろう。

深層心理に憎しみや怒りが
刻まれ溜め込まれていなかったから
ボケた頭、壊れた脳でも
愚痴や悪口も出てこなかったと
分析する。

人生への憎しみや恨みを
溜め込んだいやな目つき
顔つきもならなかった幸運を
得ることが出来たのだろう。

6人の子沢山、病人も抱えながら
誰も引き取り手のない脳梗塞で
手のかかる寝たきりの叔母を
亡くなるまで数年面倒見たり
てんかん発作を持つ若者を
どこからか連れて来て
飯を食わせしばらく面倒を見たり
勤め人の時分には、若い貧しい
部下たちに背広を買ってあげたり
まあ、母は苦労したことだろう。

母は92歳、元気だ。

父のことを語る時、母は
根っからやさしい人だった
いい微笑を浮かべて言うから、
苦労は多くてたいへんだったろうけど
母は不幸では、なかったのかなと
その笑顔を見ながら安心もし
幸せな気分になる。

私は不安ですね。
今は何とか前頭葉新皮質の
意思と知性でなるべくは
愚痴、根も葉もない憎しみの
人への悪口など言わないようにしてますが
不幸にも脳が半分やられたり
年をとってボケたら何を言うだろう。

これはもう、深層心理の問題。
私がこの生活、人生の中で
いかに憎しみ、うらみ、怒り少なく
そしてなるべく人や世界や人生に対して
上質な良質ないい感情、思いを抱いて
生きて行くかにかかっている。

愚痴ったり人の悪口を言ったり
直ぐひねくれたりいじけたり
怒ったりムッとしたり
やさしさに対して素直でなかったり
いやな、醜い年寄りにならないよう
精進したい。

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