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非常識のたいせつさ

2jpg とにかく非常識に
生きるということだ。

夜中に近所迷惑な大きな音を
立てたり、叫んだりしよう
ということではない。

常識を超えるということであり
常識に縛られないということであり
常識に逃げない、常識で怠けない
ということでもある。

それは、普通なら
3年かかることを1ヶ月で
10年かかることを半年で
いやいやそれを1週間で
やってしまうという
いわゆる
ケタ違いの発想、行動だ。

そこには、それを
可能にする確信ある
達成のための
単純明快で確実な
戦略、具体的な方法が
見えなければ
実行しなければ
やはり、ただの
妄想家、虚言症患者に
なってしまう。

だから、現実的には
具体的はこうだ。

「平凡な人生はこうだろう、
 こんなもんだろう。
 だから10年もかかるが私は
 今日から毎日、半年間、これを続けて
 10年分やってしまおう!」

などと、さらに人が一生かかって
到達するようなことを
半年で1ヶ月で一日で
一瞬で到達しよう
達成しようと
考えて生活し生きていたら
毎日毎日わくわくして
楽し過ぎて死にそうだ。

特に人が人生で到達し得る
精神的な進化、深化、拡大、高質化に関しては
肉体的なことや、環境の物質的充実と違って
場所も時間もお金や諸条件も選ばず、制約受けず
いつでもどこでもいくらでも可能ですから
もう、考えられないくらい思う存分希望して
理想をもって憧れて野望をもって
底なし、天井上知らずに
実現してください。、

人生において、自分で自分を変えていく
進化させていく、創っていくというのは
生命体として実は最もエキサイティングな
ゲームだ。

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