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我がいとしのキューブちゃん  その1

Cube今から1ヶ月ほど前の夜中に
私は物質である愛車のキューブに
命を守れ救われた。

あえて敬意と感謝と愛を込めて
その愛車のキューブを彼女と呼ぼう。

その方が、文章も書きやすい。

彼女は車の中で熟眠する私を
自らの体の半分を破壊して
柔らかに電信柱を包み込み
車内では、もはや自分の再起は無いと
悟って1個復旧にかかる10万程度の
エアバックを不経済に少しでも私の衝撃を
和らげようと助手席の方のエアバックも
開いて私を包んでくれた。

彼女は自分が出来る死力、全力を
尽くしてくれたのだ。

おかげで、衝突によるシートベルトの
急激な圧迫による胸への圧打撲のみで
目の前にあった電信柱に、フロントガラスを
割って脳みそをかち割ることもなく
怪我もなく守ってもらった。

目の前に電信柱が、あった時は
うれしかった。

「良かった、人を、殺していない。
 人を傷つけていない。
 良かった、本当良かった。
 それでは、今から
 自分は死ぬのだろう・・・!?。」

心は、人を巻き込んでない安心感と
いやそれは、不幸中の幸いの幸い
喜びに近いもので、なぜか
安心して死を迎え入れ
覚悟ができすっきりとしていた。

しかし、どうも
手も動く、足も動くし死んでないし
少なくてもしばらくは生きていそうだ。
今まだ、手も動き足も動き頭も働くうちに
事故処理、対処だけはしなくてはと
開けづらくなっている
ドアを開け外に出て携帯電話で
警察、消防に連絡し車の処理を
警察に頼み自分は救急車で
病院へ検査と治療。

良く見ると
右腕にコンピューターの小さなマウス程度の
真っ赤な血のにじむ擦り傷があった。

エアバックが飛び出す時に
割れたハンドルの真ん中のセルロイドで
薄く表面の皮をスライスされたのだろう。

今思えば、彼女からの
最後の愛の言葉でありきつい
お仕置きの言葉だったのだろう。

「もう、あなたを守ってあげることは
 出来ませんよ、しっかり
 してくださいよ。」と。

レントゲンで胸部の骨を検査し夜中の2時近く
右腕の処置を終え、会計の所に行くと
丁度、警察官が2人

「大丈夫でしたか?」と
ニコニコ、愛嬌良くよって来て
いろいろ保険のことや
今後の処理、処置について
話してくれた。

彼らがその中で言うには
あのぶつかり方をして、不思議なことに
電信柱が傾くとか折れるとかどころか
傷一つついていないというのだ。

一応専門家に見てもらうが
おそらく弁償等は発生しないと
思うと言うのだ。

状況においては、電信柱の修理
修復、新調はもちろん
停電など起こしたらそれに伴う
損害賠償などが発生したら
最悪は数百万単位となるとのこと。

彼女は、神業を使ったのだろう。

自分の体をめちゃくちゃにして
電信柱にも私にも衝撃を与えない
内に外に大きく包み込む
離れ業を使って自分の命を使って
私の命を守ってくれたのだ。

我がいとしのキューブちゃん。

ありがとう。

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