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私は言うまでもなく魔法使いでも神様でもドラえもんでもない。

Pomera_2jpg 東日本大震災発生から
今日まで、空くことなく
様々に支援活動をしている
友人とお茶を飲んだ。

命だけは助かったと
たいへんながらも高揚し緊張していた
避難所生活から、仮設住宅での生活は
配給になる食べ物もなく衣食住すべて
自己責任で、今や、緊張も和らぎ
改めて震災の不条理に向かい合い
改めて失ったものの大きさに
脱力感と失望、絶望し笑顔も
口数も人との交流もなくなり
事態は好転どころかますます
悪くなっている。

物質的なこと、経済や仕事のことも
そうだが、何よりも、精神の心の危機が
被災地を新たな津波になって
襲っている。

私は彼と別れた後、ポメラの
キーを打ち始めた。

      ●

人生に起きた
この世界に起きた
どんな出来事だって
起きてしまったら
それは仕方が無い。

無慈悲だ、冷たい、
人間じゃない
なんて言われても
私は魔法使いでも
神様でも
ドラえもんでもない。

私の周囲に一部、私を
ドラえもんだと思っている人や
子どもたちもいる。
それは間違いだ。
百歩譲っても
それは体型だけだ。
私だってできれば、
ドラえもんになりたい。
「どこでもドア」を使って
あの日に戻って
大津波が来るぞって
声をからして、喉がつぶれたって
被災地を回りたい。

でも、ドラえもんでもない
魔法使いでも、神様でもない
未熟なる、薄情なる私は、批判覚悟で
あえて、起きたことは
しかたがないと言おうと思う。

しかたがないというのは
別に肯定しているわけではない。
起こるべくして起こったなどと
言っているのでもない。
これは事実だ、
起こってしまったんだと
受け入れるしかない
認めるしかないという
意味です。

問題は
そのことで苦しむか悲しむか、
はたまた、どれだけいつまで
苦しみ、悲しみ続けるかは
自分が時と相談し
そのことに心身と生活、人生が
支配されているその状況に
いつ決別するか、その覚悟を決める
その時を決めねばならない。

たとえ
家をなくし
財産をなくし
愛する人をなくしたとしても
残りの人生を苦しみと悲しみだけの
中身にしては本当に悲しすぎる。

そんなきれいごとを言えるのは
当事者ではない周りの我々の思いであり
発言だろう。

当事者たちは悲しみ苦しんで
ばかりもいられないと
百も承知だ。

でも、どうやっても悲しみ、不安、
絶望が襲ってくるという
状況だろうと思う。

しかし、しかし生きていく限り
そんなことはだめだ。

人生の中身が悲しみ苦しみだけなんて
そんなの人生といえない。
そんなのは人生ではなく
ただただ終わりのない地獄絵図
地獄空間でしかない。

あまりにもせつない人生だ。

どうか人生を取り戻して欲しい。

その悲しみは無くならなくても
新しい喜びを、新しい楽しみを
新しい生きがいを、ミッションを
新たな覚悟と決心を
その人生に、この人生に
起こし加えていって欲しい。

被災地の人たちをガラス細工に
触れるように気を使ってばかりはいられない。
怖いものに触るようにあたりさわらずに
いつまで接していていいのだろうかと思う。

被災地では悲しみ苦しみせつなさで
鬱も蔓延しどんどん自殺する人が
増えているからだ。。

家をなくし
財産なくし
愛する人を亡くしても
生きていく希望や生きていく意味や
欲求を起こさせることこそ
哲学者、作家も思想家、そして詩人、宗教家
全ての文化人のミッションではないか。

東日本大震災で
亡くなった3万人の周りには
家族がいて恋人がいて
亡くなった彼を彼女を慕い
尊敬する人々が
5人も10人もいて
掛け算すると、その悲しみに
その苦しみに耐えて今だ
毎日泣き続けている
数十万の人々がいる。


さらに、長い間頑張って築いた
財産を家を仕事を無くし
その影響を共に受けている失意の人々と
その周りに思いを同じくする人たちを
また掛け算すると
それもまた数十万の数になる。

家を無くし
財産をなくし
愛する人を突然
何の因果も見出せずに
失った人々の
心と生活、人生の復興、再生は
被災地の人たちだけの問題でなく
机上の哲学論議など足元にも
及ばぬ切実で現実的強烈な
全人類の哲学的課題であり
日本国全体、日本人全員で
総力を挙げて対処して
いかねばならない
現実問題である。

頑張ろう!日本。

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