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1962年

私は3歳になっていた。
大雨になると氾濫する
北上川沿いの盛岡は
仙北町に住んでいた。

もちろん記憶はない。

しかし3つ児の魂100までもという。
私はDNA的なものでなく
後天的ものは、この頃までには
もう固まっていたことになる。

国内と世界に目をやろう。

東京が史上
世界初の1000万都市となる。

世界初だ。

世界と言えば
金田正一が3509の
世界記録の奪三振を
達成する。

映画『キューポラのある街』が
公開され吉永小百合の出世作となる。
原作は昭和34年(1959年)から1年間、
雑誌『母と子』に連載され、翌36年(1961年)
単行本化された早船ちよの
『キューポラのある街』。

キューポラとは「鉄の溶解炉」のこと。
鋳物の街でキューポラが多く見られた
埼玉県川口市を舞台とした青春ドラマ。
主人公ジュンこと吉永小百合の周りで
起こる様々なエピソードを描いている。

吉永小百合という人は
化け物みたいにいつまでも美しく
清楚で本当に良識、知性的
魅力的な女性だ。

日本7不思議の一つかもしれない。

とんかつ200円、LPレコード290円
理髪料160円の時代。
とんかつ200円って当時の時代の
エンゲルケースが高かったんだね。

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