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「彼が自由である」理由と本当の自由人

彼が自由なのは

性格が明るいとか
根が伸び伸びしているとか
物にとらわれず大らかだからとか
そういう風に育ったからとか
深く考えない浅薄な
人間だからとか
そういうこではない。

一番の本質的理由は
彼は「死ぬ覚悟」が
出来ているからだろう。

「死ぬ覚悟」が
出来ているというのは
彼が自殺願望があるとか
「死にたい」ということではなく
彼は、むしろそのような感情で
生きている人の
対極にある人間だ。

投げやり、自暴自棄
八つ当たり、無銭飲食とは
無関係だ。

もうひとつ言うなら
彼は幸運を期待してない。

自分が原因を作らない結果を
期待する気持ちがまったくない。
幸運や運命などとによって
自分の生活、人生の好転や
しあわせの到来や実現を
どこかで待ち期待する気持ちが
まったくないということだ。

人は意外に深層心理で
幸運を期待し願い
祈り生きている。

人智を尽くして天命を待つと言う感情は
どこかにあるかもしれないが
人智を尽くさずに幸運や運命に
期待するほど人生にセンチメンタルでも
甘えんぼでもない。

誰もの人生がそのままで
みな等しく「名作」なのであるなどと
観念的平等論に立ってはいない。

人生は、ただの何も描かれてないキャンパスだ。

楽しい気持ちで楽しく描けば
楽しい絵になる。

それだけのことだ。

「私の人生は私専用のキャンパスで
 私が描かなければ永遠に白いままだ。」
という事を、よく解っている。

つまり人生の透徹した「無」認識がある。

だからこそ、彼は行動的であり
しかめっつらでなくなるべく怒らず
穏やかによく自ら笑って生きている。

人生を楽しく生きようと努力する
潔いまともな誠実な現実的、具体的な
自らが努力をすることなしに
「人生は楽しくない」とまるで
優秀な思慮深い哲学者気取りで
ぼやいている人間が、この地上には
かなりの数、存在している。

それに比べて彼は、いい感じの人間だ。
自ら楽しく生きなければ
人生は楽しいものにならず
世界から楽しいものを探し
何事も楽しく変えていかなければ
そのままでは、この世界も人生も
楽しくなるものでも
楽しいものでもないという
この人生の「無」を深く深く自覚している
しかるべき叡智を持った
しかるべき大人なのだ。
本当の自由人だ。

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