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ケシの花

Burogu_kesinodscf9694 木工オブジェを作るため
街の中、裏道山道を車で
駆け回る。

街も面白い。

知らない通り
住宅街、新鮮だ。

迷い込んだ郊外のハズレの空き地。
鮮やかに咲く野生のケシの花。

妖しい女だ。

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今日、街中で可愛いお尻を発見!

なんてかわいいおしり。
車からパチリ!

P6270020_2 

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まったく別な方法

もし君が
心に元気のなくなる
病気になったとしたら
心配しすぎたんだな。
君の未来や
君の幸せについて。

あるいは苦しまねば
立派な心、立派な人になれないと
説教され過ぎたのだろう。

あるいは

頑張らねば天国に行けないよとか
頑張らねば地獄に堕ちるよと
脅されすぎたのだろう。

人は

少なくても人は

楽しみながら笑いながら
立派な人にも
優れた人にも
幸せにもなれることが
出来ることを
覚えた方が
いや
思い出した方が、いい。

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「存在」味わい方

「存在の一番おいいしいところ」

「存在するということの
一番おいしいところ」

創造、創作において
それがわかることが
一番大切だと思う。

難しいことではない。

まず、存在に気づき
注視しすることだ。

それだけしたら
後は、脳と心に任せればいい。

愛情が湧いてきたり
物語が感じられたり
何かを語ってきたりするだろう。

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アラーキの天才と言われる所以

61lpyk7iqil__sl500_aa300_久しぶりにダニーハに
お茶を飲みにいく。

アラーキーこと荒木経惟の
写真集「さっちゃん」。

いい顔の子ども達が
その1994年の小さな古い写真集
の中に溢れていた。
いい写真だ。

「アパートの子供たち」と題した膨大なネガと
荒木氏の自製のスクラップアルバム
「さっちゃんとマー坊」の中から
1964年第1回太陽賞受賞作「さっちゃん」
の写真を一部含み編集したものらしい。

その写真集の「あとがき」で
彼は言う。

「生きるってのは、やっぱり跳ねるとか
 ヴィヴィドであるとか、声が大きい
 とかってことだから」

ナイス!

アラーキは、寺山修司の写真の師匠。
アラーキは、スゴイ。

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忙しかった6月が終わろうとしている。どうぞぶらりと「無ら里」へ。

Burari_2忙しい6月が過ぎた。

自分の個展
準備、プロデュースをした梅沢空世絵画展
そして寺山修司「星の王子さま」舞台美術

昨日、今日と舞台の後始末。

今日は、弟と大学の図書館に
舞台で使った大判の美術書を
返却に行った。

その足で、花巻の「無ら里」へ
Kaiこと渕向なおみちゃんの個展へ。

無ら里は3つの客室もあり
1階はギャラリーとレストランになっている。

寺山の舞台でとてもよく手伝ってくれたお礼に
ランチプレートをご馳走する。
無ら里のママお勧めのオリーブオイルも
お土産にした。

実際、舞台の仕掛けの要になる
一坪もある書庫や飛び出し扉や
ホテルのカウンターなどなどの
大工仕事のほとんどやってもらった。

おかげで 私は全体のマネジメントや
「星の王子さま」の肖像画や
ヒツジの木人形のオブジェ制作などの
アート的なものに心の余裕を持って
取り組くむことができた。

料理がうまく味にうるさい弟も
絶賛する無ら里のランチコース。
1500円だが3000円でもいける。
おいしく盛り付けもよく盛りだくさん。
3000円でもいける真心込めた料理だから
お買い得感があって連日、
ご婦人、女性たちで
満杯なのだろう。

お勉強になります。

なおみちゃんの作品は、昨年の秋
この同じ会場でやったものとは違う
新シリーズの新作ばかりで
短期間に充実した制作を
頑張った。

展示会は30日まで。
南花巻インターからだと3~5分でいける。
どうぞ、いらっしゃってください。

無ら里http://burari.gooside.com/

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あなたのこの世での名ぜりふ

自分なんか
一秒で変えられる
ことを知れ。

構えるな。
深刻になるな。
大事、難事と
思うな。

なりたい自分を決め
一瞬にしてその舞台に
飛び込むのだ。

後先考えず
いつまで、何時間
何日、何年
演じ続けられるかなんか
考えるな。

心配するな。

断ち切るのは
自分のその女々しさ
臆病、何一つ損せず
失いたくないと言う貧乏臭さ。

人生に必要とするのは
頭脳ではない。

「どんな人間が素晴しく
どんな人生が素晴しいか。」
「どんな人間が頼もしく楽しく
どんな人生が愉快で楽しいか。」

なんて

そんなの誰でもわかっている。
誰だって考えられる。
そんなに難しいことじゃない。

不足しているのは
脳細胞ではなく
勇気と潔さ。

一番大切なものは
勇気と潔さ。

人間の差は
勇気と潔さの差。

さあ、着たくない服、
気に入らないところのある服を
我慢してきている必要は
まったくない。

勇気を振り絞ってその服を
脱ぎ捨て、裸になって
いちばん着たい服を
その服を着て、あなたらしい
楽しいタップを
シビレるダンスを見せてくれ。

一番あなたが言いたいセリフを
言えばいいじゃないか。
とっておく必要はない。

今日、そのセリフを使っちゃえ。

あなたが、この世で
この人生で言いたい、言ってみたい
その名ぜりふが合う場面を
あなたの今日に
あなたの生活に人生に
創ればいいじゃないか。

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舞台「星の王子さま」終わる。

22日土曜日2回公演
23日日曜日1回公演の
計3回公演、無事終了。

寺山修司記念館の館長
元天井桟敷、状況劇場団員
映画「書を捨てよ、町へ出よう」主演
俳優・詩人 佐々木英明氏の
15年に渡る年月をかけての
寺山修司への思いを綴った
12分間に渡る詩の朗詠は
感動だった。

スポットを浴び
スポットを外れ
小さくささやき
歌うように叫び
舞台を知り尽くした者の
熟練のパフォーマンスは
さすがとしかいいようがなく
天井桟敷の状況劇場の
寺山修司の凄さを
演繹させる。

私は、途中から
泣きじゃくった。
涙がダムを瓦解させた。
いや~、凄かった。
あんな凄い詩の朗詠のライブは
初めてだ。

もの凄いソウルフルなジャズの
サックス、トランペットの
演奏を聴いているようだった。
この時と出会えただけでも
今回、この舞台に関われて
幸運だった。

もちろん、この舞台と関わって
絵も生まれ、オブジェも生まれ
新しい出会いがあり、
楽しい思い出もたくさん出来た。

でも、このライブに出会えたことは
本当に幸運だった。

この舞台は、チハルの7周忌の
追悼の思いで美術に関わった。

演出の坂田裕一さんは
チハルの義理の兄だ。

打ち上げで、二人の女の子が
泣き崩れた。

音響と照明担当の女の子だ。

チハルに、若き日
手取り足取り、舞台を照明を
音響を教わった言わば
教え子、弟子、後輩たちだ。

同じ思いで、この舞台は
作られていたのだと知って
感慨ひとしおだった。

しかし、私は泣くわけにいかない。

演劇関係者の前では
特に厳禁だ。

7年前のチハルの葬儀の日
チハルとたくさんの思い出を共有した
演劇関係者がお寺に入りきれないほど
集まった。

私は号泣する演劇関係者の弔辞の後
今日は私がチハルの魂と一緒に
いつも演ずる側の彼らを客席に座らせ
癒そうと、チハルのことを長編詩にした
舞台シナリオとしての弔辞を読んだ。

皆、笑い泣き舞台「チハル」の10分程度の
公演とした。

演劇を通してチハルを
兄のように、弟や息子のように慕う
彼らの前では、同級生風をふかして
いい気にはなれないのである。

彼らは、同級生・友人関係とはまた違う
同志としてのとてもいい時間を過ごした
人たちなのだ。

だから、私は、坂田さんに
打ち上げの締めを指名されても
そしてチハルのことを語れど
微笑みながら語り
そこに集う彼らの未来に
たくさんの幸運を祈って
元気な力強い一本締めで
この公演、この物語を括った。

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ヒツジ完成。

Hituzi_dscf9457 ヒツジは舞台で完成する。
舞台に置き、見つめること
数時間。

ヒツジは日時計の主となって
舞台美術として完成する。

そして、完成を祝ってヒツジ役と
ヒツジの記念撮影。

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ヒツジを作る。

数週間前
大学の農学部のヒツジの宿舎に
ヒツジを見に行く。

横から前から後ろから
バチバチ写真を取り捲った。

ウィンクして誘いをかけてくるやつもいれば
おならをするやつもいる。

ヒツジもいろいろだ。

にんげんもいろいろなように。
私もおならをするし。

寺山の舞台
「星の王子さま」には
ヒツジが出てくる。

私は寺山のその台本を
何ども読みヒツジは実は
隠れ主人公といってもいいほど
重要だと感じた。

じっと物語、舞台を俯瞰したところから
見続けるヒツジ、そしてそのヒツジの目。

ヒツジの目も何枚も写真を撮った。
表情がない分、どうにでも取れる
日本が世界に誇れる
秘密兵器、能のお面のように
悲しそうでもあり、楽しそうに
わらっているようでもあり
どこかの惑星と絶えず
交信しているようでもある。

ヒツジは村上春樹のネズミに
勝るとも劣らぬ味わい深い
ミステリアスな存在だ。

古木をあちこち街中、
家中から集め
かくて半日格闘して、
30年間雨風にさらされた
野原の基地に秘密の時刻に集まって
悪ガキたちが作ったヒツジが
出来上がった。

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創造の才能。

楽しんで文章を書く
楽しく文章を書く

楽しんで絵を描く
楽しく絵を描く

楽しんで企画する
楽しく企画する。

楽しんでクリエートする。
楽しくクリエートする。

残念ながら
一生懸命も努力も
研究も楽しんでいるやつ
楽しくやっているやつには
敵わない。

楽しいということは創造における
実はもの凄いノウハウであり
能力、力であり素質なのだ。
起爆剤であり、飛躍であり
秘密であり魔術であり
創造における魔法なのだ。

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夢見る大人、生きてゆけ!

毎日の生活に
その人生に
問題もトラブルも
ない人がいる。

あっても、それに
まったく苦しまず
苦悩の瞬間を持たずに
条件反射的に明快な対応の
システムが完成に至っている
人がいる。

そいうレベルの人は
実は、とても人生に
退屈している。

人生の退屈を
つまりホントの孤独と虚無を
知っている。

私はそういう人が実は
一番心配だ。

すぐ泣く人
すぐ怒る人
センチだったり甘えんぼちゃんは
心配ない。

そういうところにいる人たちは
なんだかんだと分けも解らず
大丈夫、生き続けるからだ。

すぐに泣かない人
すぐに怒らない人
センチでなく甘えんぼでない
本当の孤独と虚無を知っている
そういう人は夢に自分を
投げ込もう。

大きな夢
ステキな夢
感動的夢
素晴しい夢

自らをその夢の実現闘争の日々に
投げ込み決して退屈せず
生きて行こう。

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なんて、易しく書いて優しく深い詩なのだろう。

「ねがひ」

人と人とのあひだを
美しくみよう
わたしと人とのあいだをうつくしくみよう
疲れてはならない

八木重吉

*現代仮名遣いでは「ひ」は「い」です。

「つかれてはならない」
なんと実践的な詩でしょう。
そして自己変革と
自分の生きてる世界
この世界の変革への
不断なる闘争の故の
一番のポイントを抑えた
知り尽くした素晴しい
ワンセンテンスだ。

「うつくしくみよう」

そして

「つかれてはいけない」

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本を借り、ランチを食べ、本を買い、スタジオへ。

弟、中村太樹男が
全面的に「星の王子さま」の
舞台づくりを手伝ってくれている。
弟は大工仕事がうまく
助かっている。

アトリエのメンバーにも
手伝ってもらい集団制作
共同立体、空間アート作品だ。

今日は弟と二人で
大学の図書館に行った。
私はカードを更新
弟はカードを作成。
一人5冊まで。
合わせて10冊。
いかにも古風で、ザ・本という感じの
大きな本を借りた。
舞台の本棚を飾るためだ。
「星の王子さま」のメインの
ホテルの一室の書庫。

図書館隣の2階
インシーズンでランチを食べ
学生協の購買部で本と雑誌を買う。
「星の王子さま、禅を語る」重松宗育 ちくま文庫
「凹まない技術」西多昌規 php
「世界の大天才」徳間書店

そして、舞台の風のスタジオへ。

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生まれて初めて酔っぱらいのようにアトリエの玄関に眠る

ブラジル対日本戦。
世紀の番狂わせ
勝ちに行くと言っていた日本だが
3対0。
前回のマッチでは4対0なので
点数的に少々良くなったと言えるだろうか?
しかし、フィジカル・テクニック・雰囲気と
学生とプロの戦いの様で
プロ同志という感じの試合ではなかった。
試合数日後、インテル長友自身言っているので
実感としてそうだったのだろう。

この深夜というか早朝の
サッカー観戦が利いた。

この日は、連続の二つの肉体労働。
「梅沢空世絵画展」
大きな会場での、大きな作品の
展示会の搬出。

寺山修司「星の王子さま」の
舞台仕込み。

どちらも会場の時間の関係上
休む暇もなく駆け足での
作業だった。

10時半にアトリエの玄関を開ける。
靴を脱ぐ、そのまま床に寝る。
目覚める事、12:00
一時間半、熟睡。いい眠りだった。
疲れたといっても、初めての体験。
睡眠不足で二つの大仕事は
さすがキツイお年になってきた。

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沖縄から友達来たり

東京での6年間
予備校に勤めながら
絵を描き、文章を書き
それでも、ただの一日も
欠席、早退の無い
優秀なサラリーマン
だった頃の、あの頃の話だ。

夜の帰りはへとへとになって
12時、1時近くに帰ったが
私の帰りを見計らって
毎日、毎晩、コーヒーを飲み
あれやこれやと話をするのが
大好きだった友達が
この沖縄の友達だ。

今年、早稲田の文学部に
合格した息子を
盛岡の今年の春迄、
岩手大学の人文社会学部の
東洋史の教授をやっていた
おじさんに合わせに来た。
おじさん、甥っこを
どうやら自分の東洋史の世界に
引っ張り込もうという魂胆らしい。

さて、毎夜訪れ私と延々と
話をするのが大好きのその友達は
大学卒業後、サウジの商社の寮で
賄いや現地のアルバイトの束ね役をしたりと、
変わった経歴を持っていたが
よくも毎夜、話は尽きなかったものだ思う。

今日はそれに、彼のDNAを持つ息子も加わるので
朝4時、ブラジル、日本戦のサッカーの試合が始まるまで
延々と話し込むことになりそうだ。

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へんな生きもの

Onagabachi_1305230 「へんな生きもの」という
本がある。

Img_1599716_49350117_0 随分前に出版されたものだ。
でも、売れ続けているようだ。

私も、黄緑の方を1冊
持っている。

いろんなへんな生きものが
いっぱいいるもんだ。

でも、その辺に
ふと止まっている虫一匹だって
へんと言えばへん
不思議といえば不思議。

でも、へんさ
不思議さでは
何よりも人間は
相当な生きものだな。

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午前中の街の風景

Dscf8795お母さんたちは、
太陽の下で毎日
頑張っている。

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友人の個展

Dscf9139jpg_2 朝の9時集合。
搬入作業。
3時間後の12時から
展示会開始。

見ごたえのある
いい展示会に
なった。

すばらしい展示会になったが
それよりも何よりも
素晴しい家族って
いいものだ。

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小さい頃の世界と今の世界

Dscf9179 小学校時代に住んでいた長田町。

今日、車でその辺りを通った。

長田町という街は
道路沿いに住宅やお店が並んで
その周りは田んぼだった。

初夏にはカエルの大合唱。
秋には赤とんぼの大群を
招いていた。

裏の田んぼの向こうに
医大の教養部の校舎があって
その脇には、下水の堰があり
つりのマネをしたり
木片等で作った舟を浮かべて
遊んだものだ。

それにしても
あんなにでかく感じていた校舎も
あんなに大きく幅広く感じていた堰も
なんと小さく感じるだろう。

もちろん、今、あの頃の身長の
2倍になったとしても
それ以上にあの頃の風景は
3分の1にも5分1にもなった。

あの頃の実感と今の実感と
どちらも真実なのに
実体は、同じ一つというのも
なんか不思議だ。

この世界は不思議な
変則反比例の方式がある。

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不安のない生活にするために

そのためには
順不同で、アトランダムに
思いつくままに毎日
すべて書き出すこと。

紙に書き出して
目に見えるようにしておくこと。

それだけでいい。

それだけで、だいぶ
生活に不安がなくなる。

不安は、見通しがたたないこと。
先がみえないこと。
自分の知らないところで
ミスや不幸やトラブルや事故が起き
進行していないかという深層の思いがおこすもの。

だから、毎日、すべきこと、した方がいいことを
書き出すことだ。

1.やらなければならないこと(仕事・生活のため)
2.やった方がいい、やるべきこと(人として、自分のポリシーとして)

上記の1、2の中で人生には
時間や自分の体力・能力、経済力などの
様々な制約があるのでどうしても
優先順位をつけなければならない。
一つ一つ上から片付けていくしかない。

誰かに任せたり、替わって貰ったらり
時間・体力・能力の不足を
お金で解決できる場合もあれば
お金が無い分、お金の替わり
自分の体力・能力・時間で対応したり
補うことも出来る。

いずれ、やることはすべて
はっきりと目の前においているのだから
工夫して優先順位の高いものを
一つ一つ片付けていけば
どんなに忙しくても
安心して生活できる。
安心して生きていける。

やらなければならないこと
やるべきことを明確するため
書き出すクセを習慣としよう。

カレンダーの裏紙一枚
部屋のどこかの壁にドーンと貼るもよし
毎日私のように日報を書くもよし
手帳や付箋を上手に使うもよし
いずれ生理的にボーンと単純に
自分のすべきこと、した方がいいことの
全体が見えるような形がいい。

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与える人生・奪う人生

与えたものだけが
自分のものとなる。

心静かに来しかたを
自省してみるなら
自分の人生に
そのことの真実が
その法則が見えて
来るだろう。

たとえば、そもそも

人は損得、計算関係なく
そして理屈でなく
人から与えられたものを
与えたいという生理を持っていることを
考え合わせただけでも
納得のいく真実、納得のいく法則である。

人は人に与えることによって
そこにこの世界に
その与えたもののパイプ、通路が出来て
与えたその人と世界に自由に
その与えたものが出入りするようになり
それで、そのことにより
その与えたものが自分にもやってくるという
自然が起こるようになる。

でも、だからといって
それは謎のパイプ、通路であって
自分が得るがためにの目的で
その願望と欲が強くて
与えたってそのパイプ、通路は
出来るものじゃない。

この世界で、真の愛情、心からの思いは
ほんの少しも誤差なく無駄なく
すべては創造に使われる。

それは、一言で言うなら
すばらしい世界の創造にだ。

そして、逆も真実。
奪って手に入れたように思っても
奪ったものは永遠に
手に入れることはできないという
厳しい法則ががある。

人から奪ったものだけが
ついぞこの世界、人生で
手に入れることができないという
厳しい法則だ。

だから、人から奪ったり
横取りしてはいけない。
奪って手に入れたつもりが
永遠にそれを人は手に入れることが
出来なくなるのだ。

欲しくてたまらなかったものなのに
悲しく寂しく哀れな物語の誕生だ。

いやそれは、悲しく寂しく哀れなどという
生易しいものでない。

喉が渇いて死にそうだと
水を掬えばみな火になる地獄絵図のように
あと数センチ届きそうで届かず深い闇の穴に
大切なものを掴めず落としてしまう悪い夢のように
それは手に入れることは出来ない。
終わりなき永遠なる消失感地獄。
奪うものは奪った自分よりもあさましい
ハイエナたちにより肉はもちろん
骨の髄までしゃぶり食われてしまう。

与えることはあっても奪ってはいけない
その理由、所以だ。

欲しいものは、本当に自分を豊かに
幸せにしてくれるものは
手に入れるとか、まっして奪うものなどではなく
人と世界に自分の最大限のものを
与え続けるその中で、自然と誰かからか
あるいはグレートサムシングからか
あらうれしや、気づいてみれば
与えられ届けられやってくるものだ。

この世界と、人の人生は
そのように出来ている。

私の人生と数十本
いや数百本の人生の
分析結果だ。


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今日の日が価値があるかどうか?

あなたにとって、私にとって
「一番大切なもの」
「本当に求めているもの」は
何だろう。

そのために何を
今日しているか?
したか?

明日は、何をするか?
明日からは何をするか?

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秘密のカフェ

その男は
毎朝秘密の通路を通って
秘密のカフェに行く。

そこはステキな人で溢れている。

彼らの顔もいい顔をしている。
さりげない身振り手振りの
すべての動きパフォーマンスも
一幅の名画を観ているようだ。

彼らの目の前には
パソコンかノートが置かれている。
携帯やスマホをいじっている人間はいない。
それはいい風景だ。

しかし、どのノートにもパソコンにも
同じことが書かれている。

毎朝のチェック事項
「どんな人生にするか?」
「どんな人間になるか?」

そこを毎朝押さえて
今日の予定と行動を決める。

それが、秘密のカフェに早朝
そこに集まる人々の日課だ。

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私たちと私たちの人生は、100%行動選択自由の瞬間の集合で出来ている。

私たちは、今この時、何をするのか選択できる。

私たちは、今日、何をするのか選択できる。

私たちは、今年、何をするのか選択できる。

私たちは、ここ数年のうちに何をするのか選択できる。

私たちは、この人生で何をするのか選択できる。

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一枚、キャプションの言葉変更。一枚作品増加。

展示会のキャプションを一部変えた。

「人生のスタッフ」

 愚痴らない、怒らない、いじけない。

 から

「美しきスタッフ 美しき人生」

 強さの中にしか
 本当の美しさは
 ない。

 そして

 弱いものだけが
 本当の強きものになれる。

 心の強さ、存在の強さを
 偶然任せでなく
 意志とシステムによって
 常なるものと出来るからだ。

 

 作品も新たに未完成だったものを
 仕上げて完成させて今朝、展示。

 タイトルは

 「人は皆、私という美しい花」

 超、気にいった作品になった。

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東大に合格する人、頭のいい人、出来る人の共通点

「今でしょ!」の東大合格請負人
随分、テレビにも露出している
東進ハイスクールの林修先生が
雑誌で言っていた。

東大生、つまり東大に合格する人には
共通した所があるという。

1.マザコン
2.親から勉強しろと言われなかった 。
3.完璧主義者ではない。

ということだ。

自分なりにこの林先生の言葉を考えてみたい。

東大に合格するという人は
つまり勉強の出来る人というのは
頭がいいのでなく、勉強が出来るのである。

もちろん勉強ができて頭がいい人も多い。

でも、頭がいいというのはもっと大きい意味がある。

そこで、勉強ができるということに限定して考えたい。


勉強が出来る人というのは
勉強の仕方を生み出せる人
目的に対して、それを実現するシステムを
生み出せ、それを継続的に稼動させられ続ける
能力のある人だ。

状況、目的に対してどんどん適応し
自分を、生活を、変えていける適応性、進化力がある。

もちろん、基本的に5時間や10時間ある作業に
集中できる集中力、その持続力、持久力が
欲しい。

1.マザコンということは、人がこの世に
  生まれてまず誰よりも何より愛されるべきものに
  愛された幸運な人間であるということだ。
  そのことで自然と人と世界を愛する力を学ぶ、
  身に着ける。それは情緒の安定を促す。
  情緒の安定は、集中力発揮、作業としての
  勉強においては基本的、必須条件だ

2.勉強好きでなければならない。
  「勉強しろ、勉強しろ」という親に育てられた子が
  勉強好きになるわけがない。

  勉強好きの子は、「勉強しろ」とは言われず育ったが
  「おまえ勉強好きだね」「勉強ってそんなおもしろいんだ?」
  「頭いいね」「頑張りやさんだね。」とか、そういう風に
  照れずにわが子を褒め、感心し誇りに感じる親に
  育てられたのだろう。子どもは、自然に、勉強好きなる。

3.完璧主義者でないということは、物事を形成、創造して
  行く上では、非常に大切な感覚、システムと言ってよい。
  「出来ることから、出来るだけ、出来る時にすぐにやる。」これが、
  完璧主義と対極の行動原理、ノウハウだ。

  頭のいい子、頭のいい人の、出来る人の共通する性質だ。
  少しずつ、全体的に形づくり描き込んでいくデッサンのようだ。
  自分が今その時出来ること、確実なことの積み重ねの
  延々の作業の向こうに素晴しい絵が出来上がる。
  
 

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いよいよ映画鑑賞解禁

5月31日まで映画禁止。
6月1日から解禁だったが
昨日、おとといと何かと
忙しかった。

いよいよ1か月ぶりに
ゲオに行き、映画を見れる。
この間、見たかったもの
友人たちとの会話で
話題に出てきた映画。
私はメモ魔。
その都度、メモしていたので
これからたんまり見よう

映画をBGMに
パソコン打ったり
絵を描いたり、舞台美術の
構想を練り設計図を描き
制作しよう。

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イエロープラントというニューヨークの香りの倉庫ギャラリー

Dscf8711 今日は、一日仙台で
ギャラリーとスタジオ
絵画教室をしている先輩家族を接待。
盛岡市内の展示会と雫石の倉庫を
改築ギャラリーにしたイエロープラント
というギャラリーでの友人の
現代アートの作家の展示会を見る。
なかなかニューヨークっぽくて
良かった。

受付もいない勝手に入って
勝手に見て帰っていく
街中の道路沿いの大きな倉庫の
ギャラリーというコンセプトも
ありだ。

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6月1日は1時間刻みのスケジュール

今日は非常に忙しかった。
午前中、今日から開催の個展の
昨日やりきれなかった部分の
会場の展示作業。

そのままギャラリーから
国道4号線を潜り抜け
のどかな田園風景を突っ走り
渋民の姫神ホールへ。

10時半からのリハーサル。
舞台にはすでに一緒に歌い演奏する
マオさんと舞台スタッフとイベント
運営スタッフでいっぱい。

音を合わせ、照明にきっかけ確認し
歌の時、ステージバックで流す
写真映像とのタイミング合わせ。
そして、ナレーションからの
通しのリハーサル。
オッケー。トラブルなし。

本番は1:30から。
MCや歌も自分でしか気づかないミスも
あったがまずまずのでき。
こんなもんだろう。

それから、アトリエに
飛んで帰り自習にしていた
若い絵描きさんたちに
顔を合わせ作品アドバイスをし
グッパイ。今日は、不在でゴメンナサイ。

それから、三々五々集まるちびっこたちの
子供絵画教室。

それが終わるやいなや、ホットラインの
寺山修司の舞台をやるアートサポートセンターへ。
舞台美術の資金を預かりいよいよ具体的制作へ。

それから今年の夏、予定されている
大学の美術科の同級会の打ち合わせ兼懇親飲み会へ。
車で動いているのでウーロンで一緒に
盛り上がり、さすが疲労が来たか
坐骨神経痛の持病が悪化。
10時半、一次会で戦列を離れる。

中山式コトスキというマッサージ器具を
腰にぐいぐい当てて応急処置。

根本的にマッサージ治療をしないと
ダメなくらいの状況だ。

う~。ハードだった。

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