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与える人生・奪う人生

与えたものだけが
自分のものとなる。

心静かに来しかたを
自省してみるなら
自分の人生に
そのことの真実が
その法則が見えて
来るだろう。

たとえば、そもそも

人は損得、計算関係なく
そして理屈でなく
人から与えられたものを
与えたいという生理を持っていることを
考え合わせただけでも
納得のいく真実、納得のいく法則である。

人は人に与えることによって
そこにこの世界に
その与えたもののパイプ、通路が出来て
与えたその人と世界に自由に
その与えたものが出入りするようになり
それで、そのことにより
その与えたものが自分にもやってくるという
自然が起こるようになる。

でも、だからといって
それは謎のパイプ、通路であって
自分が得るがためにの目的で
その願望と欲が強くて
与えたってそのパイプ、通路は
出来るものじゃない。

この世界で、真の愛情、心からの思いは
ほんの少しも誤差なく無駄なく
すべては創造に使われる。

それは、一言で言うなら
すばらしい世界の創造にだ。

そして、逆も真実。
奪って手に入れたように思っても
奪ったものは永遠に
手に入れることはできないという
厳しい法則ががある。

人から奪ったものだけが
ついぞこの世界、人生で
手に入れることができないという
厳しい法則だ。

だから、人から奪ったり
横取りしてはいけない。
奪って手に入れたつもりが
永遠にそれを人は手に入れることが
出来なくなるのだ。

欲しくてたまらなかったものなのに
悲しく寂しく哀れな物語の誕生だ。

いやそれは、悲しく寂しく哀れなどという
生易しいものでない。

喉が渇いて死にそうだと
水を掬えばみな火になる地獄絵図のように
あと数センチ届きそうで届かず深い闇の穴に
大切なものを掴めず落としてしまう悪い夢のように
それは手に入れることは出来ない。
終わりなき永遠なる消失感地獄。
奪うものは奪った自分よりもあさましい
ハイエナたちにより肉はもちろん
骨の髄までしゃぶり食われてしまう。

与えることはあっても奪ってはいけない
その理由、所以だ。

欲しいものは、本当に自分を豊かに
幸せにしてくれるものは
手に入れるとか、まっして奪うものなどではなく
人と世界に自分の最大限のものを
与え続けるその中で、自然と誰かからか
あるいはグレートサムシングからか
あらうれしや、気づいてみれば
与えられ届けられやってくるものだ。

この世界と、人の人生は
そのように出来ている。

私の人生と数十本
いや数百本の人生の
分析結果だ。


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