« わらび座 手塚治虫原作ミュージカル「ブッタ」 | トップページ | 欲しいもの、なりたい状況 »

「私の彼の詩」、あるいは「私の彼がツァラトゥストラだったら」

Dscf3535_2 私は彼の一部だった。

彼は私を彼の皮膚にしてくれた。

雨の日、風の日、吹雪の日
彼は自分の肌を、私の肌とし
職場にも、街中どこにでも
いつでも迎えに来てくれた。

彼は父の愛のように私をいつも
優しく大きく包んでくれた

彼は兄のように私をちゃかし
からかい、そして可愛がってくれた。

彼は姉のように細やかに気遣い
いつも心地よい安心する時間を
作りだしてくれていた。

彼は恋人のように時に
可愛らしく、やきもちを
焼いてくれた。

時に彼は、弟のように無防備で
元気で頼もしく可愛らしかった。

時に彼は、我が子のように無条件に
すべてが愛おしいかった。

時に彼は何ものかで、それはそれは
とにかくいとおしい何ものかで
懐かしい懐かしい何ものかで
この人は誰だろうと思うのだけれども
それはとにかく懐かしい
いとおしい何ものかであった。

彼は時に神のように凛としていた。
彼が自分の人生と自分の運命と
向き合い受け入れているように
私の運命のすべてを受け入れる
凛々しい覚悟に満ちていた。

時に彼は風であった。
大きな大きな大風であった。
力の塊、宇宙のうねりだった。

時に彼は海であった。
深く神々しくそして怖くもあり
神秘的であった。

時に彼は空であった。
つかむことが出来きず、
つかみようがなかった。

彼は鳥でもあった。
自由で、すべての鎖から解き放たれていた。
道徳や常識、お金や成功、
憎しみからも愛さえからも自由だった。
だから、いつかどこかに行ってしまいそうで
私は、いつも心配だった。

時に彼は私を犬猫のように可愛がり
私も人をやめ人でなしになり
犬猫になった。

時に彼は魔術師のようだった。
私が心の中で、その時一番欲しいものや
私も気づかない意識できていない
私の未来が欲するもの、私の未来に必要なものを
私の心や生活を元気にしたり豊かにしてくれたり
一新するものを、たびたび私に渡してくれた。

それは、ものばかりでなく
コトバだったり
ただ、この上ない優しい笑顔
だったりもする。

とにかく彼は、いろんなものを
たくさん私にくれた。

とにかく私は、たくさんのものを
彼からもらった。

楽しく生きるための数々の法則
人生から苦しみと悲しみを
出来るだけ減らす技術の数々

たとえば、1つ2つ話しましょう。

誰も私をバカにしていないこと、
あるいは、別に誰に馬鹿にされようが
構わないということを教わった。
それ以来、私の中から人と世界に対して
怒りと憎しみが消えた。
私は自分でも気づかなかったが
プライドのいやに高い
嫌な女だったのだ。

何のためらいもなく惜しげもなく
彼は1,000円札でもくれるがように
百万ドルの金塊、数十箱に及ぶ
金銀宝石の宝地図を私にくれた。
おかげで私はこの人生をお金のために
使う必要がなくなった。
使おうとも思いもしなくなった。
もしかしたら愚かにも悲しくも
お金のために使ったであろうかもしれない
人生のほとんどの時間を
人を愛し愛される
人を信頼し信頼される上に起こる
数々の感動の出来事に出くわすことができ
その日々はこの上なく楽しく幸せな日々だ。

彼にどれだけ、どのように
感謝すればいいのか
私には分からない。

「キミが楽しくしあわせに毎日を過ごし
 生きていることが私にとっての報酬だ。」
と彼が言っても、まったくキザに聞こえない。
ほんとうに、この人間はそうなんだろうと
感じ得るからだ。

しかし、彼は神でも仏でもなければ
物の怪でもなく、一人の人間として
やはり継続した一つの人生を持ち
過去があり今日があった。

だから、時に彼は嘘つきだった。
彼は彼の愛した彼女たち
彼を愛した彼女たちの物語を
聞きたがる私に、
私用にアレンジして語った。
本当の彼女たちは
その偽造の物語仕立ての
隙間に息をしていた。

時に彼は吟遊詩人のようであった。
彼は彼を取り巻くこの世界のことや
彼の人生、そして他愛もない日常を
語るのであったが
彼の言い回しは美しい詩であり
彼の声は、テノールとバス、アルトが
見事にブレンドされた絶品の音楽だった。
その声を私はいつまでも
聞き続けていたかった。

時に彼は哲学者だった。
見失いかけていた自分
見えなくなっていた世界を
一瞬にして鮮やかに蘇らせる問い掛けを
私の脳と心に中に落とした。

彼は何かの答を言ったのはない。
ただ、私に質問をしただけだ。
それは、答えを必要としない
様々な有効な答を無数にはらんだ
英知に満ち溢れた問であった。
その問にも問いかけ方にも、
頭がいい、切れるというのを
遥かに超えたところの愛情に溢れた
真の智者のそれを感じた。

私には直ちに状況が把握され
気づきとある種の感動や決意を持って
行動が開始された。

時に彼はイリュージョニストだった。
私の頭を腕枕に納めると
天井を夜空にして星々をちりばめ、
いくつも流れ星を飛ばし
即興の星座の物語のナレーションが
流れてきた。

果てなく広がる青空にして
大きな大きな巨大な入道雲を
そこに連れてきた。

秋の夕暮れ、無数の赤とんぼを
どこからか、呼び寄せても来た。

初冬の青空、どこを目指して
飛んでいくのか、数知れない白鳥を
そこに飛ばし、そして時に
「凛として生きよ!」などと
突然叫んだ。

彼はこの宇宙に、たった一人しかいなく
宇宙誕生以来135億年
そして永遠にこれからも
彼は、この宇宙にたった一人で
その意味で永遠なのだった。

たった一つのものは
永遠なのだから。

私は彼を波長に変換することに成功した。
波長になった彼は
私の存在する世界に融合し充満し
私の生きるこの世界にまんべんなく
拡散した。

彼が充満する世界
私は永遠に安らかな心で、
進化していける。

私は学び愛し
自分のためにつつましく、
人のために豊かに行動し
この上ない幸せな人間の一人として
この人生を生き抜いていくだろう。
生き抜いて行けるだろう。

|

« わらび座 手塚治虫原作ミュージカル「ブッタ」 | トップページ | 欲しいもの、なりたい状況 »

人生」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「私の彼の詩」、あるいは「私の彼がツァラトゥストラだったら」:

« わらび座 手塚治虫原作ミュージカル「ブッタ」 | トップページ | 欲しいもの、なりたい状況 »