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「銀行に100億円の貯金のある私」の人生と日常

万が一100億円、銀行に貯金が
あったとしよう。

生涯賃金2億円と言われる。

長生きしたとしても
残りの人生の生活資金としては
余りあるものだ。

少々の贅沢な暮らしをしても
何一つ心配することなく
生きていける。

むしろ使いきれないだろう。

しかしだ。

自分の心の軸を失って
お金を快楽、欲望を満たすことに使ったら
私も、いや誰でも地獄に落ちるだろう。

より激しい底知れぬ渇望と満たされぬ
永遠の不足感、不毛感、焦燥感
嫉妬や不信、狂気にまで
陥る不幸に見舞われるかもしれない。

お金は美しく生きるため
素晴らしく生きるために
使う指針を決心、覚悟しないと
たいへんな魔物、地獄からの贈り物に
なるだろう。

と、予想する。
そんなお金を持ったこともないので
分からないけど、そう予想する。

そんな心配も、予想も必要ないと思うかもしれない。

しかし、持つことも出来ぬだろう
大金を持つことを手に入れることを
想像することは空しく無駄なことでないと思う。

万万が一、そんな大金持ちの状況になった時の
心の準備、生き方の準備ができるし
もしも自分がそんな大金持ちになった時に
自分がやろうとすること
自分が実行するであろう行動や暮らし方が
もしかしたら、お金の全くない今でも
お金が、ほどほどにしかない状況でも
まるまる出来るかもしれないし
いや、かなり出来るかもしれないし
あるいは、そのうちのいくらかでも
いくつかでも出来るかもしれないし
そのことに気づいたら、それを今すぐ
今日、明日にでも実行すればいいのだから
この思考実験は無駄ではない。

大金持ちにならずとも
銀行に数百億円のお金がなくても
それを手に入れた時の自分の
生活を、人生を今すぐ始められるかもしれないことの
大発見をするかもしれないのだから。

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