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愛することを教えてくれたピンク島の彼女たち

私の趣味は世界旅行。

未開の、未発見の文化と
民族と出会う喜びは
ひとしおだ。

あれは私が二十代最後の夏を
インドネシアの小さな島々を
自分の白いヨットで渡り歩き
船を岸につけては、2.3日から
一週間、その島内を歩き回わるような
旅に没頭していた頃だ。

そんなある日、洋上で
激しいスコール、嵐に遭遇してしまった。
私は、船内のどこかの出っ張りに
背中、頭を激しく打ち付けて
意識を失ってしまった。

どれだけ時間が経ったのだろう。
船は、美しい砂浜に乗り上げていた。
私は、全ての木々の葉、草花が
ピンク色の島に辿り着いていたのだ。

ピンク島?

まもなく、向こうから話し声が聞こえ
突然そのピンクの葉の木々の間から
3人の美しい、可愛く、可憐な女性が
現れた。

私は、彼女らの言語を理解し得なかったし
私が言うことが伝わるとも思えなかったが
私が、この星で唯一修得している
ジャパンのコトバで一生懸命
旅の経緯と自分が何をし
どんな人間なのかしゃべり続けた。

するとしばらくして、彼らは片言に
私の使うコトバで私と会話を初め
そして数時間もすると同じ言語を
話すもの同士として私たちは
会話を弾ませた。

彼女らのあの小さな頭の中に
スーパーコンピュータが
入っていたのだろう。

それから私は、どれだけ彼女らと
話を続けていたのか分からない。

とにもかくにも彼女たちと話していることは
この上なく楽しく気持ちがよく、
しかも安らかでしあわせな気持ちになり
私はその島にいる間
地表から数センチから、時に
数十センチ浮き続けていた。

私は決断した。

この島を出ていく理由がない。
この島以上の安らぎ、しあわせな感情
そして彼女ら以上に魅力的な
人間や女性が私の住む日常の世界には
存在せず、今後も出会えそうにない。
私はここに留まろう。

しばらくしてあらためて気づいたのだが
この島の住人は皆、女性だった。

私は、島中のどこを歩き
いつ何時、島中のどの家に突然入って
食べ物をご馳走になっても
そこに泊っても、心に任せて
男女の営みをしても
構わなかったのだ。

彼女たちは一様ではなかった。

それぞれにそれぞれの感性と思考と
口調を持ち、それぞれに魅力的な
顔と体であった。

彼女たちは、みな私に深い愛情と慈しみを
持っていた。

この島で未熟な心を持っている人間は
私だけだった。

私が、時に不機嫌になったり
怒り出したりすれば、
「おこりんぼちゃん、ダメダメ」となだめ
私は、おこりんぼであることが
いかに人としてかっこ悪く情けないことか
彼女らの声や言い回しは深く
私に自省を促し悟らせ
私はおこりんぼでなくなった。

私は弱くずるく汚い思いを
ずいぶんとたくさん持っていた。
しかし彼女たちは、
私のわずかばかりの奉仕性や
いくぶん優しい性格を讃え
信頼してくれた。

そのことで私は安心して
自分の未熟さ、欠点とと向き合い
彼女らのより深い強い信頼を勝ち得ようと
日々ひそかに自己改革を試みたのだった。

その努力を彼女たちは気づかぬふりをし
私の結果としての変化を驚きと賞賛を持って
信頼の感情をあらわし讃えてくれた。
彼女たちのそのまなざしは深く強く
真っ直ぐで美しく慈愛に満ちて
やさしかった。

人は慈愛によって自己変革を開始し
進化するこの星の生物種だ。

彼女たちと、このピンク島との
別れは突然にやってきた。

私は、何ヶ月、何年そこにいたのだろう。

ある晩のこと
突然に天空にみるみるうち
数が増っして無数の星たちが
輝きだしたのだ。

空が、宇宙が澄み渡って多くの星が
姿を現しだしたのか、それとも本当に
星の数が満天に突然溢れだしたのかは
分からない。

窓の外を見ると島中の彼女たちが
私の家の回り集まっていた。

彼女たちの体はピンク色に輝き
替わりに、ピンク色の島中の
木々草花は緑色になっていた。

私は彼女たちに促されるように
海辺に向かった。

別れの時が来たのだなと
私はその時、悟った。

砂浜に置きっぱなしにしていた壊れた船は
ピカピカと輝き新品のそれになっていた。

私の手を携えていた彼女たちが
だいじょうぶ、だいじょうぶと
私の心を撫で回すようにやさしく言った。
すると、その声は一人二人と増え
皆の声となり、美しいメロディーを
伴って繰り返されそれは強く大きくなっていくのに
音量として変換されるものでなかった。

私は、こんなに深く彼女たちを愛しているのに・・・
いや私は彼女たちを愛しているのか・・・?

私はただ彼女たちを自分の安らぎ、快感、
しあわせの感情のため必要としているだけで
彼女たちを愛してなどいないのだ。
その日々に気づいた、その自分の心に気づいた。

私は何一つ変わっていない。
愛する力においてなどは
まったく進歩も進化していない。

しかし、もし違うことがあるとしたら
たった一つ。

「私は、自分が本当は何も
 誰も愛してはいないんだ。」

ということに気づいた。
それが、私の日々
人生だったということに気づいた。

考えてみれば
私はピンク島に辿り着く前は
自分を人を愛する力において
十分で豊かで人より優れているとさえ
深層思っているところのある
気持ちの悪い博愛主義者
偽善者、きれいごと野郎だった。

そうか、彼女たちの私へのお餞別は
あなたは何も誰も愛していない
いなかったのだよ、という私のこの自省の
この今まさにこの瞬間のこの私の感情、
このきずきなのだな。

私は了解した。
この旅の意味、このピンク島の意味。
少なくても私にとってのこの旅と
ピンク島の意味。

私は、それからジャパンを目指して
船を走らせた。

彼女らは私を見送りいつまでもいつまでも
手を振り、私と私の船が見えなくなるまで
あの「だいじょうぶ」の合唱を
私に向けて、私の船に向けて
満天の星空に向けて
歌い続けてくれた。

私は、あの旅から帰ってから
数十年の月日が経ち
少しづつではあるけれど
愛する力を強め、愛する喜びというものが
ちょっぴり分かる人間になった気がする。
でも、本当にちょっぴりだ。
愛とはとてつもなく深く神秘で
巨大で偉大なものだから。

私はあのピンク島に行かなければ
愛をよく語ることの好きな
薄情な気持ちの悪い人間で
あり続けたろう。

少し私を気持ち悪くなくしてくれた
ピンク島、そしてピンク島の彼女たち。

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