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「苦しむ」と「つらく感じる」と「悲しむ」の意味と価値

苦しいか?つらいか?悲しいか?
死んでからも、追いかけて来る
苦しみも、つらさも、悲しみもない。

そもそも、人は苦しむ意味、つらく感じる意味、悲しむ意味
あるいは価値などあるのか?

この人生が
安らかで生き生きと楽しくしあわせであるべきと
誰も反対意見を言わずに賛成するなら
苦しむ意味、つらく感じる意味、悲しむ意味は
まったくないのではないか。

あるとしたら
苦しみやつらさや悲しみで押しつぶされず
安らかで生き生きと楽しくしあわせに
生きていける強い自分を構築するために
苦しみやつらさや悲しみを経験するという意味、価値が
やっとあるということくらいではないか。

しかし、苦しみやつらさや悲しみのみが
安らかで生き生きと楽しくしあわせに生きていける
唯一の自分を創り上げる手段ではない。

笑って充実して苦労はあっても苦しみはない生き方で
安らかで生き生きと楽しくしあわせに生きていける自分を
強靭で牢堅で巨大な自分を創り上げることも出来る。

たとえば、私という生物の場合
あらゆる負の精神、感情状態を発生させ、持続しないために
自分の全能力を使ってその感情の消滅のため、
その時自分が出来る行動に還元するシステムが
生理的に完成している。

だから「苦しみ」を「苦しみ」のままで、「つらさ」を「つらさ」のままで
「悲しみ」を「悲しみ」のままで甘受してる時間は存在しない。
それは努力でも人格でも偉い、偉くないも関係ない
私の貪欲に幸福状態を追求する存在の仕組み
生来の苦しいこと、悲しいことの嫌いなため
やむにやまれず形成されたしかけだ。

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