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すばらしい顔、すばらしい心

どちらも難しいだろうけれども、
世界一美男子でカッコイイ男
世界一美しく魅力的な女性になるよりは、

世界一素晴らしい心になる方が
幾分かは、この人生で
可能性があるかもしれない、

現実的には、どちらかということでなく
まあ、世界一の美男子カッコイイ男
世界一美しく魅力的な女性を
目指さなくても、せめて
清潔に身を保ち、嫌じゃない顔、
好感の持てる顔くらいには、自分の顔を成し
でも、心は世界一を目指すだけは目指しても
いいかもしれない。

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人生は「集中力」が肝心要の分岐点、最重要事項。

何事も気負わず構えず
フットワーク軽く
すぐやること
すぐ取り掛かることだ。

たとえば、私なら
3日で1枚の納得いく絵を
1週間で感動的、あるいは
素晴らしい1篇の物語や短編小説を
書き上げるような
そんな自分になりたい。
そんな生活を実現したい。
集中力が問題だ。
創造力、創造性の本質、中身は
集中力だ。

これがないと、形ができない。
形にならない。

形にする力、決め手の集中力がなければ
単なる夢想、妄想で終わってしまう。

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ヒロシとチハル

僕は、ヒロシとチハルの名を
思い出したり、書いたり読んだりすると
凛とする。

そういう名前ってありますか?

ヒロシは二浪の末、同志社大の哲学科在学中24歳で癌で
チハルは上智大の哲学科を中退して演劇の道に48歳で脳出血で
この世を去った。

どちらも仲の良い、同級生だ。

生きている私は、哲学科でもないが
かってに思い込み、気負いで
哲学書を書かなければならいかなとも
思ってもいる。

それに関しては

なんか、僕はひどい勘違いをしてるんだと思う。

さて、ヒロシとチハルの名前は

きちんと仕事をしていない自分を
集中して次々創り出していない自分を
いましめる。

今すぐ、取り掛からないと
結局やらずじまいに死ぬぞと
ヒロシとチハルは、僕をいましめる。

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本日、5月28日は、私の誕生日。誕生日の意義

お父ちゃん、お母ちゃんに感謝する日。
生きていること、この世界に感謝する日。

感謝をエネルギーに
人生の軌道修正、調整
そしてきちんと
未来を見据える日。

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翻訳という創作物。翻訳家、村岡花子さん

ということで、翻訳と言えば
今、絶好調の高視聴率のNHKの朝ドラ
「花子とアン」の翻訳家の村岡花子。

村岡花子の孫娘、村岡 恵理の
「アンのゆりかご―村岡花子の生涯 」を
原作にしての朝ドラ。 
   

戦争へと向かう不穏な時勢に、
翻訳家・村岡花子は、カナダ人宣教師から
友情の証として一冊の本を贈られる。

それが、後年『赤毛のアン』のタイトルで世代を
超えて愛されることになる名作と花子の
運命的な出会いであった。

多くの人に明日への希望がわく物語を届けたい──。
その想いを胸に、空襲のときは風呂敷に
原書と原稿を包んで逃げた。
情熱に満ちた村岡花子の生涯を今後
描いていくようだ。

そもそも
   
「赤毛のアン」の原作者は
ルーシー・モード・モンゴメリ。
それを翻訳したのが 村岡 花子だ。

同じ原作でも様々な言語による、様々な翻訳家の
表現力、文体、感性とセンスによって
まったく違うものなっているのではないだろうか。
原作はあっても翻訳は、翻訳者による創造、創作物だ。

「赤毛のアン」あらすじ

カナダのプリンス・エドワード島に住むマシュー・カスバートと
マリラ・カスバート兄妹は手伝いとして男の子を孤児院から一人
引き取ることにしました。男の子が来る日マシューが駅に迎えに
いってみると、赤毛で顔中そばかすだらけの女の子が1人しか
いませんでした。仕方なくその子を家に連れて帰ります。
家に着くとマリラがびっくり!!男の子ではなくて、女の子を
連れて帰ってきたからです。女の子の名前はアン・シャーリー。
想像力豊でおてんばですが、賢い11歳の女の子です。結局、
手伝いをするという約束でアンを家に置きます。アンが学校に
行くと、ギルバート・ブライスに赤毛を人参といって馬鹿にされ
ました。怒ったアンは小さい黒板でギルバートの頭を殴ってしま
います。それから、何年か経ってクイーン学院にアンは優秀な成
績で入学しました。ギルバートも一緒にです。2人は普通2年は
かかる一級教員免状を1年でとる難しい過程を選び同じクラスに
なりました。しばらくして、アンはクイーン学院にもエンブリー
奨学金が出ることを聞きました。エンブリー奨学金というのはあ
る大金持ちの実業家の遺産を基にしてかなりの学校に分け与えら
れているのもでした。ここでは、英語と英文学で一番良い成績を
とった人に大学学資として4年の間1年に250ドルずつ送られ
るものです。試験が終わって合格発表の日、ギルバートはメダル
を授与されました。でも、アンはエイブリー奨学金をもらうこと
ができました。
次の日マシューが倒れました。そのままマシューは息を引き取
りました。マリラは一人になってしまいました。アンはせっかく
もらった、奨学金をあきらめ大学に行くのもやめマリラの手伝い
をすることに決めました。そして、アンは最後につぶやきました。
神は天にあり・世はすべてよし。

この後にも「アンの青春」、「アンの愛情」など、計5冊の続編
が出ている。

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「サヨナラ」ダケガ人生ダ :訳の凄さ、創造性。

「『サヨナラ』だけが人生だ」は、
寺山修司のコトバかと、思っていたら
井伏鱒二の漢詩の訳だったんですね。

それにしても、訳、翻訳というのは
もの凄いオリジナリティーと創造性に
溢れる作業なのですね。

しびれる訳ですね。

勧 酒  (于武陵)

勧君金屈巵         
満酌不須辞         
花発多風雨         
人生足別離

         
(書き下し文)  酒をすすむ 

君きみに勧すすむ 金屈卮きんくつし
満酌まんしゃく 辞じするを須もちいず
花はな発ひらけば 風雨ふうう多おおし
人生じんせい 別離べつり足たる

 和訳(直訳) 
  
君に この金色の大きな杯を勧める  
なみなみと注いだこの酒 遠慮はしないでくれ 
花が咲くと 雨が降ったり風が吹いたりするものだ 
人生に 別離はつきものだよ 

(井伏鱒二の訳)
 
コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトヘモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ 

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AKBのメンバー2人とスタッフ、のこぎりで襲われる。哲学者、池田晶子さんの言葉が脳裏を走る。

悲しい事件が、わが町で起きた。
握手会に来ていたAKBの女の子が
夕方5時ごろ、約50センチのノコギリで
一人の若者の乱入者により切り付けられた。

被害を被ったのは
川栄(かわえい)李奈さん(19)
入山(いりやま)杏奈さん(18)の
メンバー2人とスタッフ。

その場にいたスタッフが同容疑者を取り押さえ、
数分後に現場に駆けつけた警察官に引き渡したという。

メンバーの2人は手や頭に傷を負った。
3人は救急車で病院に運ばれたが、
命に別条はないという。
不幸中の幸い。死がなくて良かった。

搬送先の岩手医大病院で、
川栄さんは右手親指の裂傷と骨折、
入山さんも右手小指に同様の症状と
頭部にも裂傷があり、2人は緊急手術を
受けているらしい。

47歳でこの世を去った
まさに美人薄命というにふさわしい
哲学者・文筆家の池田晶子さんが
「14歳からの哲学」でだったと記憶しているが
相次ぐ無差別殺人を起こす若者に語りかけた言葉は
明快で私の甘ったるい脳みそに突き刺さった。

ー生きているのが苦しいとか
 世の中がどうだと、人を殺すようなことをするなら
 自分が死ねー

というものだ。

自殺一般や若者の自殺を肯定も奨励もする立場にないが
この二者択一しかないとしたら、他人を何人も殺すことを
肯定するものでもない。

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労働災害の「ハインリッヒの法則」を人生の教訓に

労働災害における経験則として広く知られる法則で
「一つの重大な事故の背後には29の軽微な事故があり
 その背景には300の異常がある」というもの。

事故ではなく
我々の人生における大きな失敗、事故にも
当てはめられる含蓄深い法則だ。

我々の大きな失敗、ミスも突然起こすものでなく
いくつもの予兆、小さなミスや事故起こすということであり
逆に言うと、たくさんその大きなミス、失敗に至る前に
いくつも、何度も対処すべき、対処できる機会が
あると言うことだ。

それをきちんと把握して
対処できるかどうかが
大切だ。

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いい言葉、今日、NHKあさイチで収穫

やなせたかしさんの
素晴らしい言葉を知った。

「人生は、喜ばせごっこ」

感動!

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時々、ザクッと自分を見る、考える。

一番、何が特徴の生物か?

一番何が得意な人間か?

一番何が好きな人間か?

こういう事をザクッと時々考えて
仕事や人間関係や生活を見直したり
人生の軌道修正をしたりしよう。

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未だ見ぬ力

何を目指すか。
どこを目指すか。
そのことによって全てが
再構成される。

人生も
人格も
この世界も。

そして

そして、その人間の持てる能力、力も
それは、生み出す。

訓練も鍛錬も必要であり
尊いものであろう。

しかし

何のトレーニングも
訓練も準備もなく
突然その力は現れてくる。

いや、訓練、鍛練では
現れない、現わすことが
できない力でもある。

それまで見えていなかった力
潜伏していた力
いちども出したこともない力

そういう力だ。

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一日も早く(   )内を、あなたなりに整備しよう!

人生に問題発生
→(                     )
→出来うる最善の対処の実行または全て解決

疲れ、元気がなくなる
→(                   )
→リフレッシュ&元気がでる。

悲しく、つらくつまらなくなる。、                       
→(                 )
→わくわくし安らかで楽しくなる。

不安になり弱くなる、                   
→(                  )
→安心し、自分の軸がしっかり戻り、強くなる。

見えなくなる
→(                 )
→展望やビジョン、未来への希望や情熱が湧く。

カッコに入れる、有効なあるいは可能とする
人やシステムをきちんと整備しよう!
なるべく早めに、一日でもはやく。
この人生で、それだけ楽しい日々が多くなる。

カッコ内を埋めた後、それ以降は
ほぼ日々の生活、生きていること
人生は安らかでありながら
わくわくで楽しくなる。

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大胆な反応系

怒りを感じる場面

あるいは

怒りを感じる相手というのは

本当は感謝すべき状況だったり
すべき人間であることが多い。

そのことを、頭に心に留めておこう。

怒りを感じた時
この状況、この相手にこそ
感謝すべきではないかと

それは、恐ろしく難しいことだろう。
だから、条件反射のように
むりくり訓練のように

「怒り」→「感謝」

と反応系を作ってしまおう。

それも、人生を楽しくする
一つの工夫だ。

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約束

私たちは、気軽に
何か約束をしている。

その時は、
本当にそんな気分
気持ちだったかもしれない。

でも、場所、状況が変わったり
時間が経つうちに
忘れてしまっている。

時々思い出しても
まあ、いいかという風に
やり過ごしている場合も
あるかもしれない。

そんな誰かとの約束を
私たちは、人生のあちこちに
置き忘れていないか?

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ある旅

ある場所に10日間の
旅を与えられた。

なるべく楽しいところ
すばらしいところ
面白いところを
行き損じないように
いろいろ行き先のことを
調べる。

そして、実際に旅が
始まる。

せっかくの短い旅だ
なるべく怒ったり不機嫌だったりせず
愉快に楽しく過ごし旅を終えよう
まっとうしようと思うだろう。

生きるということ
人生も、そういうことだ。

 

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行動力+行動の仕方

どうせそれをやるのなら
どうせそれをやってあげるのなら
ニコニコとしてやること。

たいへんそうにしないで
いやいやな感じにしないで。

その行動が、誰かのため
何かのためでありながら
何よりも自分の進化を促し
幸せな心にするものでありたい。

本質賢い人、真に賢明な人は
いつでもどこでも何にでも
何をしていても学ぶ事を
見つけられる。

人のため、何かのために行動して
彼は、彼女は深化、高度化して
進化する。

いずれ

どうせ何かをやってあげるならば
嫌々ながらやるのではなく
やってあげてるのだと言う
重荷を相手に貸せるのでもなく
自分もためになる、楽しい、学んでいる
と言いい、あるいはそういう顔をして
頼もしくやること。

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マイペース

せねばならない状況に追い込まれて
ことをするのではなく
自ら先んじて自分の前を見て
自分の意思と理想から
行動を選択し自分発で
生き続ける。

それが、ほんとのマイペース。

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はっきり言える人は、すばらしい。

誰かの行動や状況に問題があると
感じた時は、我慢せず
微笑みながらはっきり
言ってあげよう。

でも、とにかく言えばいい
というものじゃない。

相手が受け入れやすいよう
心を砕き頭を働かせて
言えるようになろう。

言えずにため込んで
嫌いになったり、
影口を言ったり、
その人間を憎むようになるのは
悲しい。

かえっていつもより
明るく目を見開いて
元気にはっきり言ったり
場合によっては、深刻にならないよう
少しワザとなまって言ったり
そういう細かい工夫、技を駆使して
相手が受け入れやすいようにし
そして受け入れて、少しでも
状況がよくなるように
してあげよう。

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一日に1度や2度、精神統一をしよう。

深呼吸もいいだろう。
ストレッチもいいだろう。

ヨガ的な何らかのパフォーマンス
もいいだろう。

はたまた、たとえば
座禅などもいいかもしれないが
その他のたくさんある宗教的な
個別の方法には、その真偽や
効能の優劣などには、
ここでは言及しない。

いずれ、精神的統一の場を
日常の生活で1、2度は設けることは
お勧めだ。

精神統一は
自分を「今」にくっつける作業だ。
自分の実感を「今」に
フィットさせる作業だ。

その作業がないと
我々は宙に宙ぶらりんに
なってしまう。

昨日の悔やまれることに
いつまでも胸を痛めて
昨日に生きていたり
はたまた遥か遠い過去に生きていたり
明日の不安に苦しめられ
明日に生きていたり
自分の人生に起こるかもしれぬ
膨大な不安の数々で満ち溢れた
不安だらけの楽しくない未来に心を支配されていたり
なかなか私たちは
この今日自体に生きていない。

今の瞬間、瞬間に心が存在し
フィットさせて生きるというのは
本当に難しいことなのだ。

いったい、いったい私たちは、どこに生きているんだろうか。

今の瞬間に自分をフィットさせるには
意図的努力、なんらかのメソッドや
システムが必要だ。

漠然とした時間、
雰囲気と空気の中で
私たちボヤッとして暮らし生きて
時間をやり過ごしているため
たくさんの自分の人生の
チャンスを見過ごし
気づかずつぶして生きている。

この時、この時が
二度とやって来ることはない
輝く黄金の時であることにも
気づいていない。

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エネルギーを補給して、元気にしておく理由

なぜいつも心を元気にしておく必要があるか。

それは優先順の高いことに気持ちよく
すんなりと取り掛かり
一つ一つ片づけられる
自分を維持するためだ。

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退屈な人生、ただ毎日が時間つぶし。

本気でなりたい人格
とてつもなく、途方に凄くて素敵な
憧れの人格、人柄、人間像があるとか

この人生で、挑戦したいこと
誰でもなくこの自分の能力で試してみたいこと
どうしても実現してみたいこと

そういったものがなければ
人生は退屈すぎて、退屈で退屈で
死にそうになるだろう。

実際、死んでいたかもしれない。
今日まで、生き続けられなかったろう。

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気になる流木

Dscf7523 四十四田ダムを抜ける道路を行くと

先月から気になる流木の山。
また、通ったらと思っていたが
無くなってはと思い
わざわざ今日は出向いた。
まだ、あって良かった。
しかし、近づいてみると
大きすぎたり、小さなものは
やはり海の流木と違って
今一つ造形的でない
創作には使いづらい。
しかし、気になっていたことななので
すっきりとしてよかった。
途中、広大な農業試験場の
まっ黄色に輝く、広大な菜の花畑を
遠くに見つけた。
今度は、あそこに行ってみよう。
気になることは、片づけよう。

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我々人間、私たちの自由としあわせ

私たちは、なんて自由で
幸せな生き物なのだろう。

なぜなら

誰に遠慮することもなく
どんなにステキな絵を描いてもいいのだから。
どんなに素晴らしい詩やエッセイを
書いてもいいのだから。、
どんな感動的な文章や深い深い童話や寓話を
書いてもいいのだから。

法律にも触れなければ
誰も困らせないし
誰も不幸にもしない。

なんて自由で幸せなのだろう。

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万引きオバサンのこと、盗むことの意味

どこの町にも一人二人と有名な
万引きオバサンがいる。

この街にもいる。
知る人ぞ知る。

今日も自転車で走る姿を見かけた。

視点を人と合わせず、まっすぐ前を見て走る。

あの顔を見るとせつない。悲しい前向きだ。

近所のスーパーでは、もう要注意人物になっており
どんどん遠くのスーパーへ凱旋していく。

相当、足の筋肉、体力はあるのではないか?

犯罪性への意識は、ほぼなく、ただ、どう工夫すれば
安全にたくさん堂々と物を盗めるかだけの意識しかなく
それはそれで彼女の仕事でもする意識、働いている意識に
なっているのではないか?

万引きや盗みをしたら、もう働いて
お金をもらうということが
出来なくなるだろうなと思う。

ずいぶん、学校現場では万引きの問題を聞く。
若いうちに万引きしたら、勤労意欲に根本的に
問題を生じる、生じているのではないかと思う。

余談だが、ネットオークションというシステムが
市民権を得て一つの物を購入する方法として
増加している状況に比例して、、万引きが
増加してしているという話も聞いた。

たとえば、10万、20万する盗品の釣竿が
ネットオークションで
売られているというのだ。

万引きや、盗みは人生を根本から
ぐらぐらさせ、人として生まれた人生を切り開いていく
喜び、感動とかというものとは、完全なる決別となるだろう。

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絵の描き方、あるいは文章の書き方あるいは戦い方。

絵を描くように文章を書き、
文章を書くように絵を描く。

料理の得意な人は、料理をするように、
文章を書き絵を描けばよい。

歌うのが上手な人は歌うように
踊るのが上手な人は踊るように

親孝行や友達作り和づくりが上手な人は
親孝行するように、友達を作り和を作るように

その自分の獲得している
得意としているノウハウで
絵を描き、文章を書けばよい。

何ごとも自分の得意技で極めるのが
賢明で効率的で楽しい戦い方だ。

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私は、ゴールデンウィークの最終日。川原で、ボ・ボ・ボクラは探偵団!を見つけた。

Dscf7468 いつか彼らも
この今の時を
少年時代
少女時代
と呼ぶのだろうか。

10年後、20年後
少女は、「あんたが好きだった。」と
いつの日か酔いに任せて言うのだろうか。
少年は、今でもキミが好きだという言葉を隠して
「キミが初恋だったんだ。」と
いつの日か、打ち明けるのだろうか。

人は皆、いつか、この日も
あの頃になる。

幸せな未来のために、ステキな今日をどうぞ。

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今日は、久慈市と野田村へ

Dscf7283 久慈へ向かう途中
山並みに平行に走る
大きな大きな見事な虹が出た。
盛岡から大坊峠、平庭高原と二つの
山を越えて久慈に着く。
NHK朝ドラ「あまちゃん」効果は
年を越えて今だ健在で
連休5月5日というこの子供の日も
全国から人を集め人に溢れていた。
ただ、人だかりの割に久慈の目抜き通りの
シャッターの降りた店の多さが
何かその賑わいと
アンバランスであった。
私はこの北の港町久慈に20代の中頃
2年ほど教員をして住んでいた。
Dscf7386 震災から4年目の町の消失した
野田村の様子を見に行った。
先月行った陸前高田のように
まったくフラットになった大地に
大きな土盛りが見える。
これは宅地のためではなく
公園を作りそこを津波から守る
防波堤のための土盛りのようだ。
ここに美しい整備された大公園が
出来上がるのはいつの事だろう。

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風の丘の白い巨人

Dscf7201 巨大発電風車の並ぶ
山並みの絶景へ
いくつもの絶景を通って
たどり着いた。
山の上に向かうにつれ
ところどころに雪が残り
まだ蕾のままの一番おいしい
旬のばっけ、ふきのとうが
枯葉の中から顔を出していて
時々採り集めた。
山の上の厳しい寒風と雪の冷たさを
耐え越えたふっくらとした
薄黄緑色の蕾は、おいしい天ぷらか
ばっけみそになるだろう。
どこをどう走っているのか何の目印もない
この道をどうやって覚えているのか。
土集めで獣道まで知っている陶芸家の友人と
湧水収集が趣味の絵描きの友人と
野郎3人でのドライブだ。
山を降りたらちゃんとピンポイントで
「森と風のがっこう」という
学校跡を改良した施設にたどり着き
そのカフェでおいしいピザと
樹液入りコーヒーなるものを頂いた。
いずれも美味しかったが
何より地下水だという水が美味しく
何杯も頂いた。
帰りも国道、県道は通らず
山の中を通り抜け、まだ咲き誇る
濃いピンクや薄いピンク、白、黄色と
織りなす山並みのタピストリーを
堪能して家路についた。

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大学の同窓会。

今日は、大学時代の同窓会。
あの頃から、30数年が過ぎた。
年月の流れ、時間の流れは速い。
というより、私たちは
30数年が存在しないかのように
すぐにあの頃の親しさに戻った。
まず、第一に死んでしまったため参加できない友人
自分の病気のために参加できない友人、
介護や家族の諸状況で参加できない友人がいる。
こういうふうに同窓会に参加できる
その幸運や幸せに感謝しなければとも思う。
アートの道に入り込んでしまった人間は
みな、言わずもがな、心の中で
自分を天才と思っているものだ。
あるいは自分を今日は天才と思い
翌日はもっともみじめな凡才と思い
それを繰り返し繰り返し
若き日を過ごしていく。
天才と思い続けた人間だけが天才になると
聞いたことがある。
しかし、自分を天才と思い続けることは
非常に難しい。
そして、あの頃、みな思っていたものだ。
これからの人生、たくさんの素晴らしい出会いと
奇跡とドラマに満ちているだろうと。
しかし、人生は、思ったようではなく・・などと
人がよくいうように、文章を結ばない。
私は、思い通り、いや、思った以上に
人生には、たくさんの素晴らしい出会いと
胸高鳴る奇跡と感動的ドラマに
満ち満ちていた、と言う。

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どんな自分で生きるか?

新しい自分を始めよう。
新しい?どんな自分?
それは、自分で少し考え
自分で決めよう。
あるいは
なりたかった自分を始めよう。
理想の人生がやってくるかは
わからないけれど
理想の自分は、この自分が
始めると決めれば
始めさえすれば
たった今からでも始められる。

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5月

今日から、5月。
5月といえば、ユーミンの
「緑の街に舞い降りて」を、
聞きたくなるものだった。
この歌には私の生まれ育ち、今、生きているこの街
「MORIOKA」が、歌の歌詞として出てくる。
新しいことの始まる予感と期待。
そのざわめきを、この曲の詩とメロディーが
脳の中に起こしたものだ。
新緑の葉が、心地よい風に揺れる と相まって
ざわざわと5月の気分にしてくれた。
しかし、いつの頃からだろう。
新しいことの経験、新しいことへの期待より
深め高めることへの日日の思いが強くなり
ユーミンの「緑の街に舞い降りて」の
ボリュームが小さくなって来た。
思いを深めよう、高めよう。
思考を深めよう、高めよう。
技能を深めよう、高めよう。
仕事を深めよう、高めよう。

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