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仕事の仕方

歴史上の大経済学者の一人
ドイツのアドルフ・ワグナーは言う。

「仕事をする時は、上機嫌でやれ!」

そうですね!

妙な明るさ、勢いでなく楽しくやることです。

ましてや、ぶすくれたり、いやそうに
不満そうに楽しくなさそうにするのは
絶対よくないですね。

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口と耳の数

ユダヤの格言に

「人には口が一つなのに
 耳が二つあるのは何故だろうか。
 それは自分が話す倍だけ他人の話を
 聞かなければならないからだ。」

というのを今日、本を読んで知った。

私は口が二つで耳一つだ。

私も口一つで耳を二つの人間になりたい。

耳の痛い格言だ。

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―キミの意味、ボクの意味、出会った意味―春

―キミの意味、ボクの意味、出会った意味―春

花を見よう。新しい風を感じよう。
この宇宙で一番大きな時間が‶今″なんだよ。
今日のキミへの講義は‶今″について。
ボクらは永遠には生きていけないんだ。
キミもいつ突然行ってしまうかわからないだろう。
だからボクは、ボクが発見したこと、
考えたことすべてをキミに教えておきたいんだ。
キミの心から少しでも苦しみが消え、
どこからか力が湧いてくる
世界が輝きだす魔法のコトバの数々を。

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―バカものー冬

―バカものー冬

自分の思ったこと、自分の生活に身の周りで
起こったささいなこと、
聞いてくれる人がいるというしあわせ。
会話を探さなくても、無言でも
いっしょにいれる人がいるしあわせ
いろんなしあわせだらけでわたしたちはここにいるのに、
その時、あの時何も気づかない、
何一つわかっちゃいない、
わたしたちはバカもの。
ボクらは、自分で思っている以上に、
感謝知らずの薄情ものだ。

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―たった数本のクレヨンで、キミはー秋

―たった数本のクレヨンで、キミはー秋

ボクらは世界を描いた。
‶たった一つのもの″と‶たった一度きりの今″で
輝くこの美しくまぶしい世界を。
キミはボクの絵をウマイ、ウマイと言う。
ボクはキミの絵をスゴイ、スゴイと思っていた。
ボクはキミのそこを目指しているのに、
キミはそのことに気づかない。
ボクはキミの才能に恋焦がれていたのに、
キミはボクを敬い頼りにしていた。それを、感じた。
それが、ボクにはしんどくて、時にいらただしく、
それがまたキミをいっそういとおしくさせた。
たった数本のクレヨンで、ああ、キミは世界の輝きと、
目にするもの、絵にするものの重量と密度
そして物語を描く才能を持ち合わせていた。
今でもボクはキミを目指し続けている。

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―理屈を超えた生の肯定と世界の肯定―夏

壁に何気に飾っていた版画の注文を受けた。

春夏秋冬の4枚の中の一枚の夏バージョン。
それぞれに、ワンちゃんの二人の恋人が
描かれ物語がついている。

―理屈を超えた生の肯定と世界の肯定―夏

キミは縄跳びをし、ボクは腕立てをする。
ボクらは汗をかくのが好きだったね。
キミは疲れをしらない。何がそんなに楽しいのか、
キミはケラケラ笑い、笑い続け、飛び続けていた。
きっと飛ぶということは楽しいにちがいない。
おそらくも、きっと生きているというのは
楽しいにちがいない。
この世界は楽しいのかもしれない。
そう、キミは不思議な輝きとまぶしさを
いつも放っていた。
確かに世界は存在し、そしてボクら
生きていかねばならないのだ。

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楽な仕事、楽な人生

楽な仕事も、なければ
楽な人生もない
要は、好きどうか
生き甲斐を感じれるかどうか。
受ける苦労か、攻める苦労か
でしょう。

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頭が良く、心根が良く、心の開放性が高いのは

よく笑う人である。

そして、よく笑う人は
フットワークも軽い。

笑う行為や笑顔には
賢さも、心根の良さも、健康も
言ってしまえば、しあわせも
含まれている。

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しあわせの場所、旅のゴール

己の立てるところを深く掘れ。
そこに必ず泉あらん。

高山 樗牛(たかやま ちょぎゅう)

しあわせや宝や栄光を求めて
遠くへ流浪の旅に出ることはない。

あなたの中にあるという賢人もおり
あなたの背中に背負っておるという聖人もおり
あなたのいるここに、あなたが本当に求める
すべてがあるという哲人もいる。

青い鳥のお話もアルケミストの物語も
世界の数々の幸せ物語のゴールは
みなあなたであり、あなたの今生きる
そこがゴールだ。

私が私を、あなたがあなたを
本当に深く掘り下げ
私が私に、本当の私に
あなたがあなたに、本当のあなたになる
そのことがおそらくは
全てを手に入れる唯一の方法なのだ。

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シェークスピアは言いました。

「お金を貸すとお金も友達もなくしてしまう。
 お金を借りると倹約の心が鈍ってしまう。」

仲のいい友達、信頼する友人から
お金を貸して欲しいと頼まれる不幸に
直面していない幸せ。

極論、悪徳高利貸しから借りたとしても
友だちから借りてはだめですね。

と私は、思っている。

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太陽遺伝子

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私はDNAが南の民族かもしれない。
暑い夏が大好きだし
仕事をしたくなる。

幼いころから
少年時代と朝から晩まで
太陽のもとで遊びまわっていた。
中学時代は炎天下でサッカーばかりし
三つ子の魂100までもで
私の体は太陽の光子を
DNAに取り込んでいる。

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悲しみの削減

二―チェのいうように悲しみの正体は
後悔だということの正解さよ。

「私にはもっとしてあげられることがありましたね。」

そんな風に思いますよ、今日、この頃、チハルくん。

キミの時だってそうだ。

亡くなる半年前、
池のほとりのベンチで昼寝するキミに
血圧200の話を聞いた時
その場限りのコトバばかりで
本気で、具体的に、対処を改善を説いていたなら
45歳という短さのキミの人生の終了はなかったな。
あんなにキミを慕うあんなに多くの若者たちに
悲しみの涙を流させず、演劇するするツワモノどもを
そしてもちろん、家族を、慟哭させることも
なかったろうに。

私は責任感が強い?
考えすぎ?
あるいは無責任、薄情もの。

ー私にはもっとしてあげられることがありましたね。ー

未来の悲しみの削減、消滅のため
私は、今日を、今をどう生きようか?
行動しようか?

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母の世話

私は、教員になって25歳でふるさとを離れて以来
30年母親と離れて暮らしている。

24歳の時、父は亡くなった。

母は93歳。

長男の兄夫婦が面倒みている。

他人ごとに言うと素晴らしいことだ。
自分も息子ということでは
兄夫婦には感謝してもしきれないという
ことになる。

ということになるのだから
あらためて感謝しなければ。

そして、その感謝の思いを表現する行動をどうするか
真面目にこの夏、考えてみようと思う。

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Where to?Here you are.Anything else?

Where to?(どこまで?)

体重ゼロになるまで。
つまり行きたいと思った所に瞬時に移動し
したいと思ったことを瞬時に実行、実現する
この体、体重ゼロになるまで。

可能ですか?

それはわかりません。

しかし、その人間が思いついくことは
その人間において可能なことだけです。

Here you are.Anything else?
(はい、どうぞ。他に何か?)

片付きました。
やってあげました。
次は?

根っからの貧乏性。
治ることのないワークホリック。

他に何か?
私に出来ることはありますか?

言いたいことを言い、書きたいことを書き
描きたい絵を描いているなら
残りの時間は、世のため人のため。

そんな風に思うこともある。

もちろん、コトバで表せる世界も
ドローイングとペイントで
表せる世界も限りなく
高く深くそして広い。

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ちゃんと「サヨナラ」しよう。

お友達のみなさんに

お友達のみなさんはどうか
突然行くのはやめてくださいね。

行く時は、ちゃんとサヨナラして行こうよ。
See you again なんて気やすめは言いっこなしで
きちんと、「さよなら」と「ありがとう」とか
言い合って。

  はなむけの
  ことばも渡せず
  ゆく人よ
  7月の空 青い空
  入道雲のその向こう

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朝から涙、涙。テレビで知った「スギハラチウネという日本人」

杉原千畝氏は、第二次世界大戦中当時
ナチス・ドイツから迫害を受けていたユダヤ人約6000人に、
日本政府、国の意向に反して「命のビザ(通過ビザ)」を大量発給し
多くのユダヤ人を救った日本人だ。

その発給のおかげで、リトニアへ国境を越え
シベリア鉄道に乗り日本の敦賀港(敦賀市)を目指し
そこから命を得て6000人は、世界中へ亡命して行った。

敦賀港は自由への第一歩を踏み出した「思い出の場所」であり
杉原氏が発給した「命のビザ」を手にした数千人の
ユダヤ人難民が日本へ上陸した唯一の港であり
「人道の港」と呼ばれている。

 着の身着のままで逃れてきたユダヤ人難民は、
シベリア鉄道で日本へ向かう途中、ソ連の秘密警察から
貴金属や金目のものを奪われ日本に着いた時には
所持金や金目のものはほとんど持っていなかった
という状況だったという。

 それを見かねた敦賀市民は、ユダヤ難民に対して
リンゴや食べ物を与え、風呂に入れ温かく迎え入れたという
わが誇りの祖先、日本人だ。

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あの日、あの時「学校という新鮮さ」

幼稚園にも行かず
隣近所の年齢も体の大きさも男女混ぜこぜの
集団の中にだけ育っていた私は

毎日飛び回っている
町中、野原や川原に比べたら
なんて狭い箱の中、ひとと処に、

同い年の同じくらいの小人が
こんなにたくさん閉じ込められ
集まってる不思議と新鮮さを感じた。

しかも、こんな近い距離
一日中、同じ女の子と仲良く
行儀よく並んで座っていなければ
ならないなんて、一匹の野猿には
革命的な生活様態の変化でした。

すごい所に入ってしまったもんだ。

でも、その隣の女の子ユカちゃんは
まんまるいお顔のやさしいケラケラ笑う
かわいい子だったので、
つらくありませんでした。

で?

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うれしいこともある。

6年生、卒業アルバム編集委員の4人のメンバーに
それなりに絵がうまかったからだろうか。
クマガイミヤコ先生からの直接のセレクトで
選ばれた。

放課後、その誇り高き会議は
皆が帰った後、机を合わせて大きなテーブルを
作って始まった。

「学校に食べ物を持ってきてはいけません」の学校で
その会議の時、「ここだけのヒ・ミ・ツ」と言って
先生がこっそり持ってくるチョコレートの
美味しいこと、その美味しさは忘れられない。

その後、外国旅行のお土産のチョコレートなどなど
数々の花の銀座の有名店のチョコレートなどなど
バレンタインデーでもらったチョコレートなどなど
あるのだけど、やっぱり一番おいしいチョコレートは
卒業アルバム編集委員会、放課後の教室
クマガイミヤコ先生のヒ・ミ・ツのチョコレートだ。

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悲しいことは、時々ある。

小学校時代に
一番悲しかったのは
運動会。

私は幼稚園に行ってなかったので
行事に慣れていなかった。

小学校でいよいよ聞きしに勝る盛大なる
初めての「運動会」が催された。

運動会たるもの
足の速いことを競うものという
事前知識はあったというか
それしかなかった。

それは、家族親族が応援する中
友達たちの熱い視線と評価を受ける
負けられない本気の勝負としか
私には捉えられていなかった。

だから、一列に何十人と
ずらっと並んで一斉に走り出したが
とにかく必死で一等になることしか頭になった。

私は、誰よりも野山を駆け回り同世代の誰よりも
空き地、路地道、裏道、隠れ家と飛び回り
誰よりもこの街を知り尽くす一匹の野猿で
足も速かったので、横目で左右を見るに
確かにあれだけの長い横一列であったが一番に着いた。
一等賞だ。

ただ、ルールの理解が
文化的な行事慣れ親しんでいなかったために
ゴールに並べられたビニール袋いっぱいに
詰め込まれたお菓子をもらって
帰ってくるのだという取り決めが
わからなかった。

母ちゃんが、「あれ賞品のお菓子は?」はと
目を大きくしてなんか問い詰めるように言う。

でも、私は、なんだか固まってしまって
何を言っているかわからなかったが
不幸な予感だけはしていた。
母親のその驚いたような問い詰めるような顔が
幸せを予感させるものではなかった。

そして、私は、そうか
あのゴールに並べておいてあったのは賞品で
もらって帰ってくるものだったのかと
しばらくの混乱の後、分かった。

しかし時すでに遅し。

母ちゃんは、早くもらって来いというけど
どこに誰にどう言ったら言いかわからないうえ
何より、私は猿の割にはマセテているところもあり
もらいそこねたお菓子を、もらいそこねたドジを
説明した上に、乞うなんてことは私には
恥ずかし過ぎてできなかった。

でも、もらえるものなら
一等賞の私こそもらえるはずだ
もらうべきだという左脳的思いと
単に、「えっ、もらえるの、お菓子欲しい」
という右脳的感情とが
頭と心と体中に湧きあふれているのだが
恥ずかしさの方が勝り、私は
その葛藤に耐え切れず、とうとうその風船は破裂して
立ち尽くし泣き始めるしかなかった。

勝負の世界なのに
一等もびりケツもとにかく走ったものが
みんな等しくご褒美がもらえるという
参加賞というもの、ひいては
参加することに意義ありという
先進的博愛的な思想には
私はまだ触れていない未開人だった。

決して裕福ではなかったあの頃の我家に育った私には
たたであんな様々なお菓子の入った大きな袋を
もらえるということが、想像だにしない
私の当時の認知を超える幸せであったので
ゴールに並んだその夢のお菓子袋は目に入らなかったか
入ったけれど、もらえるものとは考えもしなかった。

なんか、悲しい運動会デビューでした。

あまりにもその時のみじめさが悲しさが
深かったため記憶が定かではないが
確か、いつも私を守ってくれる
やさしいミサコねえちゃんか
タカノリ兄ちゃんが、後から
事務局のテントにでも掛け合って
お菓子袋をもらって来てくれたような
気もする。

今93の母は45歳だったわけで
なんか不思議な感じで、私は確かに
私の人生を継続しているのだと実感するし
兄、姉たちはいつも人生の様々なところで
私を守ってくれていたことを思い出すし

ほろ苦いけど、これだって
しあわせな記憶の一つだ。

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クラムボン「キムラアサギ展」を見る

Dscf9359


とてもいい作品展だから
見に行ってくださいと
昨日、弟の個展会場で
人形作家のお友達に言われた。

彼女は、不来方高校芸術科の受験の時
つまり中学時代に私のアトリエに
通っていた。

利発で絵も上手だったので
高校受験以上の課題で
トレーニングしていた。

そんな彼女も、もう二十代半ばのようだ。
初個展だという。

区界という山の方に住んでいて
羊も飼っていて、お母さんは
著名な羊毛織作家。
彼女もお手伝いしていた。

作品の「天使譜」「音道説」という
2作品は力作であった。
非凡なものを感じる作品だ。

全体に丁寧にしっかりと描き上げられていて
十分な準備をしての個展になっていた。

今後の制作の展開が楽しみだ。

久しぶりにクラムボンの苦みのしっかりした
コクのある美味しいコーヒーを頂きながら
とても良い時間を過ごさせてもらった。

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心のエネルギー発電所の一日も早い早期建設を!

薬に頼るとか
誰かに褒めてもらう
励ましてもらうとか

そういう何かや
誰かに頼るという
制約の多い
不安定な方法ではなく

自分で心のエネルギーを
生み出せるようにならなければ

しあわせには
楽しくは生きていけない

自分の人生を
愉快、痛快、エキサイテイングなものには
できない。

自分の内に
自分の生活の中に
発電所を一日も早く建設すること。

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野村克也氏の素晴らしい含蓄あるお言葉に出会う

「勝ちに不思議の勝あり
 負けに不思議の負けなし」


す、すばらしい!
さすが勝負師の中の勝負師。
感動致しました。

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この街の見知らぬ風景

Dscf9321


初めて通る道
いつも走る国道から
気まぐれにこの道に入る。

ライ麦畑やリンゴ園を通り抜ける
少々くねった道を行くと
突然、青々とした稲穂を讃える
水田が広がる。

その緑の大地の上に
巨大な入道雲。

気持ちのいい見知らぬ風景が
ここそこにもきっと無数に
あるのだろう。

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一日の過ごし方

早朝、ゴリゴリ、ガリガリ
ミルを回して豆を擦り
美味しいロースト気味の
コーヒーを飲みながら
人生をデザインする。

それから朝食後は
現実の様々
人生を計算する。
処理し対処する。

午前中は
人生のあのこと、このことや
あの時の悔しさうれしさ
悲しみやよろこび
せつなさや愛おしさを
そしてさらには
未来や想像や妄想
絵や言葉で形にして
作品にする。

午後、
興味深い人や
あって楽しい人
幸せになる人たちと
人の入れた美味しいコーヒーで
お話をする。

夜は、いいものを
見たり読んだりして
すぐさま形や利益や
仕事にならなくても
未来の自分の存続と発展への
先行投資の時間。

人生を味わう。

翌日の日報にやること
しなきゃないことのリストと
確定の予定を書き込み
プランニングして
安心して眠る。

私がすぐ眠れて
熟眠快眠、目覚めがいいのは
この安心のおかげだろうう。
明日をしっかり見て、見据えて
あとは明日の自分にがんばってもらう
楽しんでもらう。

大雑把な私の一日の
区割りの過ごし方イメージ。

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再度、「逆算」の重要性の確認

一番いい未来から、
一番幸せな未来から、
一番誇り高い未来から
逆算した今日の行動、
この瞬間の行動選択。

理想の自分
見事な自分
納得いく自分
素晴らしい自分から
逆算した今日の行動
この瞬間の行動選択。

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時と行動の価値

10年後、20年後、
死ぬほど頑張っても意味がない。
今年だから、今日だから、今だから
意味のある頑張りがある。

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中村太樹男絵画展:同時開催「大谷広樹写真展」

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中村太樹男絵画展:同時開催「大谷広樹写真展」
明日7月6日(日)~13日(日)まで
大通りギャラリー・リリオにて

4月19日から6月1日まで開催した
石神の丘美術館以降の最新作。
またその展示会のために作った
ジクレーを20%引きで販売。

大谷広樹君においては
中村太樹男を撮った
まったくの新作の写真。

どうぞ、お楽しみ下さい。

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人にエネルギーを与える人とエネルギーを奪う人。

人や集団にエネルギーを与える人は
いつも開放的でこわばりがない。

自分を肯定し
他人も尊重出来ているので
ネガティブな発言や
意地悪な言い方をしない。

根底にコンプレックスのある
上から目線の言い方もしない。
上に媚びらず下に威張らず
どんな人にも平等で敬意が溢れていて
その話し方も、話す内容も
爽快で気持ちいい。

人からエネルギーを奪う人は
まず相手を肯定しない。

根底には自分を肯定できていない。

人の発言に対して
まず、「でも」とか「けど」ばっかり言って
いい話にも否定的な意見を言うことで
いい話しの上、いい話しをする人の上に
立とうとする。

ポジテイィブなトータルな意見や
アイディアを言う事は、難しい。

しかし、ネガティブな部分的な否定的意見を
言うことは簡単だ。
どんな意見もアイデアも重箱を突くように
何かは文句や不足を指摘することは
並みの頭があれば誰でも出来る。

いいことを吸収しよう
いい部分を取り入れようとせず
文句や批判ばかりしていると
結局何ものにもなれず
皆に嫌がられるいちゃもんジジイ
もんくつけババアとして
この人生を終えることになる。

それは、いやな人生ですね。

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血圧低下には運動が一番

今だかってない
デブ値最高値を更新中だが
今日の血圧が今だかってないほど下がっている。

上が120台
下が60台まで下がった。

まったく、この年齢では健康。

これは、ひとえに運動だろう。
ジムでストレッチや少々の筋肉トレーニングと
自転車とお風呂という大したことも
してないのだが、それでも運動ゼロの生活を
時にやっていたサッカーボールの蹴りっこさえしなくなって
十数年の体には活気的なことだったのだろう。

ほんのり汗を掻くだけでも体中の毛細血管が
開き始め、その事で体全体の血圧が
下がっているのだと思う。

最高血圧が下がっても、なぜか
最低血圧が高い値を維持していたのだが
本当に理想の血圧になって来た。

痩せることも大切だが
それ以上に、運動がたいせつだ。

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ある国のある徴兵制

ある国において
貧困層をある程度存在させ続け
格差社会を維持すれば
黙っていても軍隊に
為ろうとする人間を確保できるらしい。

それに、当人はもちろん
家族も大変優遇の保健制度などもつければ
その徴兵制は完璧らしい。

その社会をベースに民間民間軍事会社を作り
国より安上がりに採用維持して戦地に
兵隊を送れば官民一体の素晴らしい
徴兵制が赤紙なしでも完成するという。

それがアメリカで、日本は今後
その真似をしていくのだろうか。

何かと不安な不安定な世界に
なって来た。

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「自分になる」過程

何かなろうとするのでなく
深く深く強く強く自分になる。
徹底的に、集中的に力を集めて
自分になって行く過程が
生きるということ
人生というもの。

この意見に賛成する者は
加速度的に自分になるべきだ。

反対する者は、生きること
人生というものの
別意見、別モデルを述べよ。
しかもそのモデルには
人のしあわせというものが
伴っていなければならない。

それは、難しいと
思うものは、あっさり反意を取り下げ賛成し
深く強く自分になる歩みを、たった今から
始めよう。

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