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人生の多視点画法

視点を変えれば不可能が可能になる。
ハンニバル・パルカ(カルタゴの将軍)

高い所から見たり
対象を拡大したり、分割したり
大きくしたり、小さくしたり
右から見たり、左から見たり
上から、下から、ななめから見たり
過去から今を見たり
未来から今を見たり
相手の立場、立ち位置から見たり
必要とあればいろんな人の立場、視点になって
いろんなところから、今を、自分を
これまでの人生全体を見る。

新しい戦い方、創造の仕方、アイデアが生まれる。

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自分を引き上げて自分を高める人と、相手や周りや引き下げて自分を位置を上げる人

負けましたと言って頭を下げるのが正しい投了の仕方。
辛い瞬間です。でも負けましたとはっきり言える人は
プロでも強くなる。
これをいい加減にしている人は上には行けません。
谷川浩司プロ棋士

負けを認める。
相手の、他人の才能、力、努力を
潔くしっかりと明朗に明快に称賛する。

そのことは、潔良い撤退か、堅実な努力の開始をもたらす。

自分は高まらず、相手を卑下し評価せず
欠点、足らぬところ探しまくることで
相手を自分のところ、さらには自分の下まで
下げおろそうとする悲しい人間
悲しい人生になってはいけない。

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陸前高田仮説住宅の女性戦士たち 

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喫茶店かなと思って
陸前高田高校の仮設の人たちの休憩所の
ドアを開けてしまった。

明るいおばさんたちが5,6人。
まずまず入れ、お茶飲んでけ。
ということで、インスタントコーヒーと
奥の冷蔵庫から取り出して来た
チョコレート一粒を御馳走になった。

震災から5年と三ヶ月。
鉄のプレハブの四角い仮設で暮らして5年。
おそらくは、それぞれに愛する家族や友人を
失って5年三ヶ月。

誰も恨むことも訴える事も出来ない
海に殺されてどこににも怒りをぶつけられない
噴門と闘って5年三ヶ月。

その狭い休憩所の空間は、
おばさんたちの笑い声と熱気で膨れ上がっていた。
こうやって我々の意識とはかなり上のハイ状態でないと
5年の月日くらいでは、愛する旦那さんや子ども
親や仲の良かった友達を失った引っ張り寄せられる
悲しみのベクトルの強さに対抗できないのかもしれない。
彼女たちの明るさは、戦いだった。
戦場の女たちだった。

ーあなたの、ご主人、父ちゃんは
 やさしかったそうですね。
 日焼けの笑顔がステキで頼もしかったそうですね。
 恋をしたのですね。
 あなたが先でしたか?
 父ちゃんがあなたに、ひと目惚れでしたか?
 やるじゃないか。
 たくさん思い出ありますね。

 あんなにまじめであなたにやさしくみんなにもやさしい
 よく働き、よく面倒を見、よく動いた父ちゃんが
 この人生で最期しあわせになれなかった。
 なんでだ?なんでだ?なんでだ?

 5年三ヶ月、答えはでましたか?

 難しい問で答えも難しいですね。

 あなたの父ちゃんのあなたへのやさしさ
 あなたしか知らない、あなたの父ちゃんのやさしさ。
 あなたの父ちゃんが職場や地域、父ちゃんの家族親族、友達に
 与えたたくさんのやさしさの恩恵は
 あの大津波があっても無くても
 人生の最後にまとめて戴くものではありません。
 最後にやってくるものではありません。
 父ちゃんは、父ちゃんの心、魂は
 その時々に相手と周りからの感謝の思い、信頼、尊敬の思いとして
 しっかり受け取っていたのです。
 父ちゃんは、あなたの愛した愛してやまない父ちゃんは
 その時々にしっかりその恩恵を受けとつて幸せだったのです。
 だから父ちゃんは何も損してない。
 父ちゃんの最後、それは事故だったのです。
 素晴らしい人生を送った人が
 最期に事故に遭ったから、
 その人生が素晴らしくない人生に
 なるわけがない。

 なるわけがない。ー

 もっともちっぽけと思っていた思われている瞬間。
 しかしその瞬間、瞬間瞬間が永遠で巨大。
 だれもがその人生に永遠で巨大な瞬間を無数無限に持つ。
 10年の時間、人生にも。
 よって10年、30年、50年、70年の
 どの人生も等しく無限大。
 30年、50年、70年の時間、人生も
 無限大の瞬間が無限に構成されている。
 短い人生なってどこにもない。

 合掌。
 
 

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漂流ポスト、今は帰らぬ愛する人への悲しみの手紙

陸前高田も、大船渡もかさ上げ工事と
新たな防潮堤建設には、勢いと進展を感じた。

しかし、このかさ上げした台地の上に
家々が立ち並び、店や学校、様々な施設が出来
町として血脈が通り人々の熱気や生活感が
感じられるようになるには、
どれだけの月日が必要なのだろう。
いやもうかってのようには戻らないだろう。

広田湾に突き出た半島の先端にある「森の小舎」という
カフェにある漂流ポストを訪ねた。

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ケモノ道より少し幅があるかのような
細い山道を不安になりながら走り辿りつた。

愛する人を失った人たちの
誰にも言えない悲しみの真意を手紙に添えて
ここに送ってくるのだと言う。
震災から5年。今ではいつの間にか
震災で失った人だけでなく
様々な理由で、愛する人を失った悲しみの手紙が
日本全国から届くと言う。

愛する人を失った悲しみ、寂しさが癒えることは無くとも
その悲しみによる痛みを癒すには、それ相応の時間と
その悲しみを何度となく吐露する機会が必要だ。

自分を知らない人、見も知らぬ漂流ポストに
悲しみのありたっけ、寂しさのありったけ
そうして、ああすれば良かった、ああしてあげたかったという
ありったけの後悔を書き綴り吐露することの意味と効果も
大きいように思う。

今年の春、96歳で母が逝った。
片手では収まらないほどの愛する人たち
かけがえのない人たちが逝ってしまった。
その一人一人にお手紙を書こうか。
私自身のこれからの指針とエネルギーを
確保するため。

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千年に一度の被災地5年目の三陸の街々、千年の哲学を求めて

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        陸前高田一中から見下ろすかっての市街の嵩上げ

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        陸前高田→大船の防潮堤工事風景

Dscgyiujcf5660        盛んに嵩上げ工事の進められている大船渡市街


5年目の東日本大震災の被災地
震災直後、理由は分からぬが被災地支援をしながら
衝動的に、動物的に被災地の写真を撮って回った。
2年、3年後と支援イベントに関わりながら
三陸の被災地をカメラを持って歩いた。
何のためかは分からない。
多くの写真家や報道カメラマンが
充分に撮ってはいたが、そんなことは関係ない。
この自分が撮りたいだけだ。
誰に求められている訳でもない。

先月から青森は八戸から南下して
岩手の三陸、久慈・野田から宮古までを
5年目の東日本大震災の被災地を
写真に収めた。

そして、今日明日と陸前高田から大船渡と
撮影に行く。

釜石・追槌・山田もこの夏の内に回りたい。

写真を取りながら
因果応報の仕組みも意味をなさず
愛する人を、あるいはその全員を
突然に失った人をも救い照らし力強いエネリギーを
与えうる考え方、哲学を産み出すべく難問を抱えながらの
被災地めぐりだ。

それは実践的、実効的、深く強く大きく高い
生の根本的、根源的な哲学になるだろう。

その探求は、この1000年に一度の
希少な体験を共有した我々の
今後の重要な共同作業、仕事になるだろう。

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「一流、超一流の人」について。

一流の人、超一流の人は
人の評価、批判を気にしない。
一流、超一流の人は皆、そういうものらしい。
一流、超一流の人が書いた本を読んでも
また、一流、超一流の人たちの研究家たちの
書籍、雑誌の文章を読んでも
共通した見解だ。

たいしたことのない人、二流、三流
さらにはニセモノ、どこかに嘘とごまかしを抱えた人は
人の評価、批判が気になってしかたがなく
一喜一憂し、有頂天になったり
激怒したりする。

超一流のが人の評価や批判さえにも動じないのは
自分が一番しっかり自分を知っている
自信に満ちているからだろう。
誰よりも自分と自分のこれまでに、自分の過去に
責任を持って分析、自己評価し
そしてこれからの自分の未来に対しても
繊細で大胆な企図と覚悟を持って
いつも心のマグマは煮えたぎっている。

一流、超一流の人はもちろん怠け者で無い。
不断の努力をしている人たちだ。
自分が最善を尽くしても好むべき結果とならない時の
その結果の受け入れ方と、どんな結果からも何かを学ぶ力をもち
どんな結果も未来に活かして行ける。

超一流の人にスランプもない。
傍から見たら、スランプに見える時もあるかもしれない。
しかし、超一流の人は止まっているわけじゃない。
みじめで不幸のどん底にあるわけでもない。
寡黙にしっかりとした真剣なそれはそれで満ち足りた
人間として高度高質な時が流れているのだ。
何が問題で何が課題かを分析して
それに今、自分が出来得る最善の対処をしていくだけ
と言うのが、彼の彼女の人生だからだ。

泣き言を言って同情をかって
偶然な幸運の展開による解決とか
神さまの救済や誰かの温かい救出とか
丸ごと依存依頼の助けを求めたりはしない。

もちろん、やけを起こして
薬や酒に溺れるようなこともない。

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はだかにて生まれてきたに何不足

はだかにて生まれてきたに何不足
小林一茶(俳人)


はだかにて生まれてきたに何不足
はだかにて生まれてきたに何不足
はだかにて生まれてきたに何不足
はだかにて生まれてきたに何不足
はだかにて生まれてきたに何不足
はだかにて生まれてきたに何不足
はだかにて生まれてきたに何不足
はだかにて生まれてきたに何不足
はだかにて生まれてきたに何不足
はだかにて生まれてきたに何不足

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悲しい時

何もしてあげられないことが悔しいけど、一緒に泣いたげる。
木下恵介(作家)「二十四の瞳」

そうだね。悲しい時
もうこれは人しかどうしようもない。
人が一番だ。

言葉はいらないが
その悲しみがいくらかでもわかってくれる人が
そばにいてくれる、一緒にいてくれるだけ
どれほど救われるか。

言葉は何もいらない。
あなたの悲しみに共に泣き
涙を浮かべてくれる人がいたら
たしせつにしなさい。
そして、その助けられた人に
いつかそんな時が来たら必ず
自分もタイミングを外さず一緒に
涙を浮かべ泣いてあげることだ。

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絶対におにぎりをゲットする方法

<おにぎりがもらえなかったらどうするのかと問われ>
おにぎりがもらえるまで歩くからもらえないって事はないんだな。
山下清(放浪の画家)

「失敗する人たちは、成功する前に諦める人たち」と松下幸之助は言い
「私は絶対マージャンで勝つ。なぜなら勝つまでやめないからだ」と
ダイエー創業者の中内功は言う。
ここに来て、放浪の食いしん坊画家、山下清まで、松下幸之助と
中内功の哲学でおにぎりを確実にゲットしていた事を知る。

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この世界における影響力


「自分らは、たくさんの人を喜ばすことだけを
 成功って思ってるみたいやけど、
 たった1人の人間をたくさん喜ばすんも成功なんやで」
 水野敬也(作家)「夢をかなえるゾウ2」

成功イコールしあわせではないし
ぎらぎらつき過ぎて「成功」と言う言葉自体は
実はあまり生理的に好きではない。

水野氏はどういう意味で成功と言う言葉を使っているか分からないが
私はこの文章で「自分も満足と幸福感を感じて
社会おいても評価され何らかの社会的貢献がなされている状態」を
意味するという言葉として使いたい。

少ない限られた人間、あるいはたった一人の人に
たくさんの喜びを与え愛情を注ぐ生き方、人生もあれば
多くの人に深く大きな啓示と感動、喜びを与える
そんな人生もあるだろう。

しかしそれは、どちらが良いとか優れているとか、幸せだとか
比べられるものではないだろう。

そしてそれは、受け取る側の数量や反応、効果、影響力と言う側面より
発信者の純粋性、その思いの深さ、強さ、高みというものが
長い目で見れば受け取る側にとっても発信者にとっても一番重要であり
たいせつではないかと思う。

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仕事のリズム

「仕事はナメてかかって、真面目にやれ」と思っている。
俺は、どの仕事もそうしてきているんです。
テリー伊藤(演出家)

わかる、わかる。そうですね。

力もないのに、経験もなく見通しもたたないくせに
見えないくせに、なめてかかって、「はい」という。
「大丈夫、大丈夫」とナメてかかって
力のない分、日本一、世界一、緻密に多角的に
準備して苦労して真面目に取り組む。

そんなもんでいいんでないでしょうか。
でないと、仕事取れないし、生きて行けないですよね。

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世に事を成した成功者たちの間違いなく共通する唯一の成功の法則

世に言う失敗の多くは、成功するまでに
諦めてしまうところに原因があるように思われる。
松下幸之助

今、取り組んでいることがある。
狙っているものがある。
獲得をもくろんでいるものがある。

よーし!諦めないぞ。
それは、失敗しても諦めないということより
失敗しない、成功するように
あらゆる手を尽くす、あらゆる努力をする
という思い、決意、姿勢であるべきだ。
そして、その行動であるべきだ。

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こだまの法則の利用

「遊ぼう」っていうと
「遊ぼう」っていう。
「ばか」っていうと
「ばか」っていう。
「もう遊ばない」っていうと
「遊ばない」っていう。
そうして、あとで
さみしくなって
「ごめんね」っていうと
「ごめんね」っていう。
こだまでしょううか、
いいえ、誰でも。
金子みすず(詩人)「こだまでしょうか」

そう、人間は皆、こだまなんです。
びっくりですね。

だから、どんどん言ったが勝ちなんです。

「ありがとう」といえば「あんがとう!」という
「愛している」といえば「愛してるよ」という
「大好きです」といえば「大好きだ」という
「信頼している」といえば「信頼しています」という
「がんばる」というえば「がんばっぺー!」という
こだまなんです。

先手を打つ、どんどん言って欲しい言葉を発し
抱いて欲しい思いを抱いてもらう
あなたの生きる世界に広げていく。

どんどん、いい言葉
気持のいい言葉、言って欲しい言葉を
あなたの生きるあなたの世界で
先ずは誰より何より先にあなたが言うのです。

言っちまう、飛び込んでしまう。
最後の最後の所は、分析でも人格や能力や
ノウハウじゃないです。

おもっきりですね、勇気ですね。

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天の助け

天は自ら行動しない者に
救いの手を差し伸べない。
W・シェイクスピア

行動あるのみ。
この自分の頭で考え
この自分の心で決心、覚悟し
そして目をつむって飛び込むんだ。
でなければ、人は
生まれた町、生まれた部屋で
腐って終り。
さよなら、私、終了。

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この人生、動いて1000回以上、恥をかこう!

恥をかいてもいいから
ズカズカと踏み込むんだ。
黒澤明(映画監督)

ただじっと見ていて
何もせずに、待ち焦がれていたって
何も起こらない。
何一つ起こらない。

ズカズカと踏み込んで
恥をかくかもしれないが
かかずにゲットできるかもしれない。
仕事に結びつくかもしれない。
でも、それはじっとしていては
絶対起こらない事だ。

私がこんな田舎で
たとえどんなに絵がうまくても
東京にある出版社の編集の人たち
著名な装幀家、アートデレクターに作品を

見せなければどうしようもない。

もしかしたら笑われるかもしれない
お門違い見当違いと鼻であしらわれるかもしれない
それもあり。

でも、そこからいくつも次のための情報を
得るだろう。

さらには、悔しさ、準備に対する悔い、みじめさ
クソ―!というリベンジの爆発的思いが
飛躍的に自分に絵の力をつけさせ進化させるかもしれない。

私もドキドキドキドキしながら
大手出版社編集部、著名装幀家につぎつぎ電話を入れ
新幹線に乗って地図見ながらドキドキドキドキしながら
心はズカズカズカズカと有名大手出版社、有名装幀家に
絵を見せて歩かなければイラストの仕事は
永遠に来なかった。

この国屈指の装幀家、この国最大手の出版社に
世界的ベストセラーの表紙と中のイラストを
依頼される事も無く、全国区の人気雑誌
ダ・ヴィンチに何度も特集のイラストなどを
描くと言うこともこの人生では
ついぞ無かったろう。

「恥」ってなんだ?
いくらかいたっていいんじゃないかと思う?
ズカズカと具体的、今日できることを
たった今から計画して実行に移すのだ。

それこそ、人生!
それこそ私の私だけの人生!
それこそあなたのあなただけの人生!!

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仕事の原点、帰るべき心の源

「自ら喜び、人から感謝される仕事をしなさい」ということです。
感謝は、私たちが提供することができる最高の仕事、最高の商品です。
「ありがとう」と言ってもらえる会社や社員に、不況は来ません。
彼らは、何をすれば、お客様に喜んでもらえるか知っています。
長谷川和弘(コンサルタント)

なるほど、感動。
仕事の原点。
仕事する人間の心の原点のお言葉
ありがとうございます。

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達観

死ぬこと以外はかすり傷。
未詳

そうだね、そうだね。
死ぬこと以外かすり傷だね。
なんでも思う存分、やってみようじゃないか!

ずっと好きだったあの人に
打ち明けてみよう。

ずっと行ってみたかった
ローマの街をお散歩してみよう。
ニューヨークの町でおいしいモーニングコーヒーを飲み
ブルーノートで痺れるライブを聞きながらビールを飲もう。
やってみたかったビジネスを始めてみよう。
有名作家を輩出してきたあの著名な公募に
小説を応募してみよう。
あなたがなれるなれない関係なく
なりたい自分、さあ、たった今から
何も考えず何もためらわず
1秒、2秒もためらわず
たった今からなってしまおう。
演じてしまおう。
無責任に今までの自分と役替えをして
さあ、たった今から、あなたがなりたい人間
憧れの人間の演技と演出を開始しよう。
死ぬこと以外、かすり傷だ。

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2種類の人間

人間は、2通しかない。
成功者と失敗者ではない。
成功も失敗もする人と、
成功も失敗もしない人である。
中谷彰宏(作家)

思いがあるから
その思いに向けた行動があるから
その前提において失敗も成功もある。

自分を自分の人生をどうしよう
こうしようという思いのないところに
失敗も成功もない。

失敗も成功もない、つまり思いもない人生とは
ただとりあえず生き続けているという日々であり
もっとワクワクしてドキドキしながら
楽しい人生と言うものがあるのに
とてもとても残念なこの人生の過ごし方
使い方と言うことになる。

どう過ごし終えても自分のこの一生なら
なりたい自分でなりたい生活、人生の方がいいだろう。

ちなみに私は、億万長者になってお金の為に
働く必要が全く無くなったら
本を読み、絵を描きと文章を書いているだろう。

今だ、億万長者になっていないが
一生成れるか成れないか分からないが
私はすでに私が億万長者になった時に
するであろう生活をしている。

ということは、私はすでに
億万長者なのだろうか?

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自分探しの旅はするべきか?

人生とは自分を見つけることでは無い。
人生とは自分を作ることである。
バーナードショー(アイルランドの劇作家)

自分が本来、どういう人間なのか
どんなに探索しても探索しても分からない。

なりたい人間に自分を創り上げることこそ
やるべきことだ。

そして、しかも、唯一、言えることは
あなたが考えるなりたい人間こそ
あなた自身であり、本当の自分、本当のあなただ。

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百歳のおばあちゃんの貯金

私はね、人からやさしさをも貰ったら、
心に貯金しておくの。
寂しくなった時は、それを引き出して元気になる。
あなたも今から積んでおきなさい。
年金よりいいわよ。
柴田トヨ(百歳の詩人)

自分が褒められたこと
やさしくされたこと
信頼をされたことなどの状況や
その具体的な言葉を
時間がある時、箇条書きでいいから書きとどめておくか
キーを打ちスマホやパソコンに打ち込み保存しておこう。

自分を助けてくれることもあると思う。
自信を失ったり、迷ったり
未来が見えなくなった時
励ましてくれたり鼓舞してくれたり
導いてくれたりすることがあると思う。

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1分から5分でわかる事

飲み屋で1分話せばわかる。
相手が本を読む人なのか、ただ生きている人なのか。
なぜなら、会話にはその人の考え方や頭の回転の速さ、
教養の有無などが如実に現れるからだ。
成毛眞 (実業家)「本は10冊同時に読め」より

1分では分からないが、私でも
3分から5分くらいでは分かるだろう。

とは言え、ある状況、ある分野では
随分と思慮深く素晴らしい考え方と行動をする人もいるので
人を簡単に分類したり決めつけてはいけない。

ただ、確かに

「本を読んでない人だな。」
「自分に置き替えリアルな思索をしていない。」
「日々あまり考えずに生きてるな。」
「自分の考えがないな。」
「自分の言葉が無いな。」

そういうことは、わかるものだ。

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言い訳はしない方がいい。

言い訳が得意なものに、他のことが得意である事は滅多にない。
ベンジャミン・フランクリン(アメリカの政治家)

言い訳は、もっとも努力する機会を失わせ
自分をなまけものさせる。
もちろん、言い訳人生の人が何かを極めることもできない。
自分をこの人生で同じレベルに留まらせる。

確かに同情の余地がある場合もあるだろう。
だからと言って、必ずしも誰もが許されるべきという
状況ではないはずだ。

そこで、ああだこうだ言い訳と弁解を聞かされると
同情もかばう気持も、次回に期待する気持ちも
失せてしまう。

くやしいし、辛いが、言い訳はしないことだ。

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しかってくれる人

叱ってくれる人がいなくなったら、
探してでも見つけなさい。
永六輔(作詞家)

私はあまり人を頼りにしない性分だった。
褒められることはあっても
誰かに怒られる、叱られるということは
めったにない。
自慢げに言っているのでなく
意外と皆、この人生でなかなか叱られない
叱ってもらえないのではないか。

この人生で、叱られた記憶にあるのは
1度目は、13歳、中1の時、男勝りのこわーい女の国語の先生に
クラスのある役職を推薦され、皆の賛同で決まったのだが
それを了解した私の言い方が屈折した照れかくしのような
へんなふざけた言い方になり、調子こいてしまった。
その時、雷を皆の前で落とされた。
月日は流れもう40数年経ち
先生も何度か脳溢血もやって80過ぎ年取り弱ったが
今でも交流している。

2度めは、25歳の時、あるイベントのデザイン責任者として
ある作業をしていたのだが、その取り組む姿勢に対して
本部のイベントの責任者からスタッフの前でしっかりと
叱られた。ありがたいことだ。
その方は、みんなの前で
「キミはレオナルド・ダ・ヴィンチのような人だな。」と
称揚してもくれた。がみがみしてるだけの人ではない。
しかも、その後、現場に泊まり込み
不眠不休でやっていた私の身体のことを気にかけてくれ
「がっつり肉でも食わしてやれ」と一万円を
現場責任者に渡したのだった。
お金の金額ではないが30数年前の一万円だ。
物価を考えると、ずいぶんと高額だ。
真剣で豪快で温かいリーダーというのは
もう昔物語の住人達なのだろうか。

3度目は、31歳、東京から盛岡に帰って来るあたり。
6年間信頼して仕事を任せてくれていた予備校の社長
元文部大臣の下村博文さんに一度だけ叱られた。
退職を申し出た後の頃で、ある幹部の姿勢に不満もあり
その頃取りかかっていたある仕事の仕上がりが
ずるずると数日伸び、その取り組みも中途半端になっていた。
「中村さんらしくないな。」と
たった一言だったが叱られた。
叱られたと言うより、残念がられた、
失望したというような元気のない口調で
私には、怒鳴られるよりキツイ一言として
今でも鮮明に脳裏に刻まれている。
でも、それ以来、疎遠にされたわけではない。
本を出版するればサイン入りで送って下さるし
いつか選挙応援で盛岡来た時も
お電話をくれたり、何より、その事件の時も
何んとか辞めないでと引き止めの説得を
受けていた最中であったし、退職後も
ならばコンサルティングでと、盛岡から
東京までの往復の新幹線代とひと月にたった2泊3日だけだったが
ずいぶん高いコンサルティング料で仕事を戴いた。
下村氏は、私だけでなく、老若男女、少々能力の差があろうが
どんなに若い社員でも「さん付け」で呼び
人に対する平等で、万人に対して
尊厳と敬意を抱いているように感じた。
誠実で成長志向が強く勤勉で向上心に溢れ
尊敬のできるトップだった。

ということで50数年の人生で3度だけだ。
その一つ一つが深い自省の機会となり学ぶ事は多く
その一つ一つが、貴重な思い出になっている。

叱ってくれる人がいるのは
嫌味でも何でもなく、本当に
うらやましいことだ。

叱ってくれる人の真剣さ、自分への深い情愛、思いを感受し
憎しみとしないあなたなら、それは本当に
あなたにとってあなたを進化させる貴重な機会になるだろう。

自分を褒めてくれる人
優しくしてくれる人もありがたく大切だが
自分を心から怒ってくれる
叱ってくれる人がいたら
あなたはなんて幸せな人だろう。

私は、まだまだ叱られたい。

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理想の有る無し。成功する、しない。

夢なき者に理想なし
理想なき者に計画なし
計画なき者に実行なし
実行なき者に成功なし
故に、夢なき者に成功なし
吉田松陰

人生にまず理想は必要か?
成功は、そんな欲しがるようなものか?

理想がある人生は、おそらく
理想のない人生より
楽しいだろう。

成功は失敗だらけの人生や
失敗だけの人生より
その人生に感動があるだろうし
やはり楽しく豊かなものだろう。

すると松陰先生の言う様に
理想を持ち人生を成功に
導く方がいいだろう。

理想を持とう。
成功しよう。

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学ぶことについて

学ぶことで心が疲れると言う事はない。
レオナルドダビンチ

学ぶことは、この神秘の無限の宇宙から
無限のエネルギーを自分に供給することなので
疲れるわけがない。

素晴らしい人の話しを聞き
素晴らしい知と出逢い
自分の興味ある事、好きなことに
ワクワクしながら新しい情報と智慧を
獲得して行っている人は
どんどんどんどんエネルギーに満ちて
快活で楽しく笑顔に溢れ
どんどんモリモリ元気になって行く。

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しあわせな人生の作り方

興味があるからやると言うよりは、
やるから興味ができる場合が
どうも多いようである。

寺田寅彦(物理学者、随筆)

なにごとも、そうだろう。
しっかりやり続けていれば
好きでない仕事も好きになり
天職だと思う日も来ることもある。

面倒を見、気に掛けて手を尽くすごとに
好きになり愛しくもなるものだ。

人生の多くの時間と労力を費やす仕事は
好きな仕事の方がいい。
好きな仕事につけなくても
工夫し仕事を愛し職場を愛して精進していけば
仕事が好きになりその仕事を天職と感じて
しあわせな人生だと思う日も来るだろう。

周りの人、今、共にいる人と
自分の仕事に心を尽くしているなら
あなたの人生は、好きな人と好きな仕事の存在する
幸運でとてもしあわせなものとなるだろう。

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正しい夢の見方

英雄は自分のできることをした人である。
ところが凡人は、できることをしないで、
できもしないことを望んでいる。
ロマンロラン(フランスの作家

自分の出来る事の
どれだけを行動して
私たちは日々生活し、自分の人生を
創っているだろうか。

やればできることを
集中力がなくぼんやりしているため
あるいは自分と自分の人生に起こり得る幸運を
信じることが出来ずに、何一つやらず
あるいはとても中途半端にやって
「ほら、また、語ってる。」と
バカにされ、飽きられて
この人生を空しく終えてしまうのだろうか。

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三流から超一流まで

三流は人の話を聞かない。
二流は人の話を聞く。
一流は人の話を聞いて実行する。
超一流は人の話を聞いて工夫する。
羽生善治(プロ棋士)

人の話しをまず聞ける人になろう。
いい話だで終わらず、自分の人生に
そのまま出来なくても
せめて自分の出来る形で
行動しよう。

もしできるのなら
その行動に、工夫を加え
その行動を進化させ
行動を進化させることで
あなたのクオリティーを高め
豊かにしよう。

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分類、怠け者

努力する人は希望を語り、怠ける人は不満を語る。
井上靖(作家)

不満を言う人は大体怠け者だ。
問題との自分の労苦と係わりを最小にしながら
得ることは最大限に得ようとする。
不満に対して健康的で建設的な努力をせず
他人や上の者、世間や社会に対して
お喋り気分で不満を延々と話しているうち、
誰かが何とかしてくれないか
何かが起こって解決してくれないかと
深層で期待しながら自らが先頭に立つことはもちろんなく
ほんの少しも手を下そうとはしない。

では不満を言わない人は、どんな人か。
不満を言わずに解決に向けて
自分の出来る事を無言で開始する
皆の気づかぬところで動いている。

自分の力だけでは及ばぬことは
解決をお願いする、あるいは、
しかるべき人、所に協力をお願いする。

それも出来ない今どうしようもない事に対しては
気心しれた人間とは酒のつまみにしても
言っても仕方がないところでは言わないし
言ってたら場の空気が良くならないところでは
愚痴りたい、不満をつい口にしたくても
ぐっと愚痴と、不満と泣き言は言わない。

そういう大人になりましょう。

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給料の上がる人と、上がらない人。

「給料をもっとあげてほしい」と考えているうちは
給料は上がりません。
「給料は、もう十分もらっている。会社という場を借りて
自分の才能を伸ばさせてもらっているのだから」と言う人の
給料は上がっていきます。自腹を切ってでも勉強に行きましょう。

中谷彰宏(作家)

中谷さんほどの行動力と能力のある人ならではの
また、ちょと意地悪なうがった見方だが
彼自身、それなりにお金のかかるセミナーをたくさん主催しており
ちょっとアピールっぽい脂ぎった感じのする文なので、
私風に下記のように書き直したい。
自腹を切ってでも勉強に行きましょうは
また、この前半の文書とは趣旨が少々違うので
全面カット

「給料をもっとあげてほしい」と考えているうちは
給料は上がらない。
「会社という場を借りて自分を伸ばしてもらって、その上
 給料も戴きありがたい、ほんとうにありがたいものだ」
という人の給料は上っていく。

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