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今日という日の意味

世界的に有名な言葉、韓国発だったかな?
前にもブログに書いたことがある。
あなたの今日は、昨日までに死んでいった
死なざるを得なかった多くの人たちが
欲しくてたまらなかったものなのだ。
という感じの言葉だった。
東日本大震災がらみの文章で
見つけたものだった気がする。
 
面倒くさい話をワクワクしながら
話せたチハル君とヒロシ君は
死んでしまった。
チハル君もヒロシ君も、したかったこと
いくつもやり残したのだろうな。
そして、それはどんなことだろう?
 
私が今、この時点で
やりたいことはなんだろう?
そしてなりたい自分は、どんな自分なのだろう?
私は、それに向かうことが出来る。
生きているから、たとえ一歩でも、二歩でも。
 
ヒロシ君は、もう34年前。
チハル君は、もう亡くなって10年たったか?
ヒロシ君は癌で、チハル君は脳出血で。
ところで私は、今だ「今日」を生きている。
昨日までに死んだと思えば
今日という日は、プレゼントだ。
 
そう、今日という日は
プレゼントなんだと思う。
もともとなかった今日だと思えば
この今日を思いっきり生きようということだ。
明快に生きよう、楽しく生きようということだ。

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