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ハービー山口写真展

さっそく、今日は、ハービー山口写真展に行って来た。
北欧のおしゃれなインテリアの中で
モノクロトーンの写真がどれもステキだった。

展示中の家具も魅力的だった。
家具と展示棚、壁にアート作品も
たくさん展示してあって
なかなかショップとしても魅力的だった。

12月11日まで写真展もやってますし
お店も見てください。

手作り家具や自分の立体作品の
アイデア、部屋づくりの
インスピレーションも
たくさん頂きました。

会場:クラブエイトhttp://www.club8studio.jp/

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「それがパンクだ。」

写真家ハービー山口氏が
若き日、ロンドンの街を歩いている時
パンクロックにおけるセックスピストルズと
共に2台巨頭のクラッシュと偶然に
地下鉄の座席で遭遇する。

世界的ロックスターを目の前にビビルのだが
ありったけの勇気をふり絞り、写真を撮らせて
欲しいとお願いする。

予想に反し彼は笑顔で自然体で
被写体になってくれた。

何枚か思いのままに撮り終え
しかるべき駅で降りた若き無名のハービー山口に
電車から身を乗り出し彼を呼び止めて言う。

「撮りたいものは、すべて撮れ。
 それがパンクだ。」

そして、その言葉がハービー山口の写真家人生を創った。

シビレル話だ。

写真家の友人とお茶を飲みながら
今晩は、いい話を聞いた。

描きたいものは、すべて描け。
書きたいことは、すべて書け。
そう、私は変換して脳に刻み心に落した。

今、12月11日まで東安庭のクラブエイトという
とてもおしゃれな家具屋さんでおしゃれな家具と共に
ハービー山口のモノクロの写真が展示されている。

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毎年送られる美味しいリンゴ

毎年りっぱな美味しいリンゴが
送られてくる。
ご高齢の御婦人からだ。
雪の日に車で送ってあげたら
それ以来、もう十年も十数年も
毎年送られてくる。
今年のリンゴ美味しいという。
そういう天候だったのだろうか。
パイナップルの様な真黄色に熟した
見るからに美味しそうな美味しいリンゴだった。
感謝を形にしたり行動にする人は
毎日人生にゆとりと幸せを感じ
生きているだろう。
リンゴの向こうに彼女の
様々なことに、様々な人に感謝で溢れている
知的で感受性に溢れた気高い
しあわせな日常が見える。
 
 

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自分と友の心の健康のために

こんなひどい人がいるという話ばかりする女や男より
こんな素晴らしい人がいるという話をする女や男、友でありなさい。
そんな友といる時間は、楽しく有意義だ。
 
そして何よりあなた自身の健康と
美しい皮膚と顔づくりのため
話し相手の友の心の健康のため。

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一つの人生、一つ為すこと、やりたいこと。

欲張らなくていいと思う。
そして、そんなに頑張らくていいと思う。
これだけは私の人生、この人生でやって
死のう、終えようということを
たった一つやれば、やれればいいと思う。
十分りっぱだと思う、偉い、素晴らしいことだと思う。
 
何かになろうと慌てず気負わず
深く深く強く強くあなたはあなたになればいい。
そして、自分のその一つを見つけ
それに向かう、繋がる今日を生きよう。

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毎日のチェック、心身健康な自分づくり

毎日、体にいいことやってますか?
歩いてますか?運動してますか?
 
体にいいもの食べてますか?
お菓子ばっかり食べてませんか?
夜九時以降、二回目の夕食や
何か太るもの食べてませんか?
心にいいこと考えてますか?
思い願ってますか?
心が安定し強靭になるよう心にエネルギーを
補給してますか?
 
 

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未来の自分の、今日の自分への評価

近いところで、来年の春
私のこの2017年の冬、11月、12月から
来年の初春3月頃までの私に
 
「素晴らしかったね、すごいね、りっぱだったね、
 かっこよかったね、やるね」
と言うことが出来ているだろうか。
 
数年後の私は、この今も含め来年含めここ2,3年の自分に対して
 
「いやー、この数年、頑張りどころだった。
 見事だった、さすがだ。ターニングポイントだった。
 よく頑張った。集中したね。戦ったね。
 素晴らしい数年だった。」
 
とほめてあげれているだろうか?
そうなっているように奮闘したいものだ。

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「冬来たりなば春遠からじ」

私がジャケットを描いた津軽三味線日本一に輝き
世界を舞台に活躍する葛西頼之君のCDを
久しぶりに聴いた。
 
津軽三味線、いいですね。
 
十代からそして今でも大好きな斎藤真一さんの
津軽の女性盲目の三味線奏者たちの旅の絵が浮かぶ。
吹雪舞う中、一歩一歩、町から町、村から村へ
山から里、里から山へ。
 
葛西君が好きな言葉だろう。
CDジャケットには
「冬来たりなば春遠からじ」というコトバが
彼の直筆で書かれたものが印刷されてある。
 
彼女たちもそう思いながら
雪を踏みしめ雪を吹き付けられながら
一歩一歩、一時一時を耐えて厳しい季節を
乗り越えて生きていたのであろうか。
目が見えない彼女たちの冬の旅は
毎年毎年、命がけだった。
 
確かに春は、夏よりも秋よりも近い。
人は限界状況では、どんなことでも
力にしようとする。
こじつけであろうが、独りよがりであろうが
たとえそれが誤解でさえあろうと。
 
冬が来たら春が近いと言って
その言葉だけしか自分を支えたり
命をこの世に留めておくことができないようなところで
耐えて生きている人のことも時には
平々凡々と生きてる私は思い出さねばならない。
たとえば、津軽三味線を聴きながら。
 
わたしは、三味線は弾けない。
イラストレターとして絵描きとして
「冬来たりなば、春遠からじ」というタイトルの絵を
一枚描いた。数日かけて仕上げよう。
いい絵になりそうだ。

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未来をつくる燃料

私は私の過去を否定しない。
否定しようもない、出来ない。
私は1分1秒でも他のだれかであった時間はなく
ずっとずっと間違いなく私だったからだ。
 
その意味で、この今の自分における全責任
この今の自分の置かれている状況
この生きて存在しているこの、まさにこの世界の
在り様、捉え方、感じ方まで全て自分の完全責任だ。
良くも悪くもだ。
 
間違っても、自分の不幸の、不運、トラブルや問題を
1%や2%でも自分以外の誰かのせいにしてはいけない。
親や兄弟、友人や恋人、今の恋人かっての恋人
同僚や上司などなどのせいにしてはいけない。
 
それらは何も未来を願うような方向に変えてくれる
エネルギーにはならない。
諦めや焦燥感、恨みつらみや嫉妬の感情になり
自分を壊し周りの人も壊して行くだけだ。
「この私の今」に、全ての原因を見る。
それが正しいかどうかは別として全責任を取る覚悟をする。
決断、決定することだ。
30万円も50万円するような怪しいセミナーなど受けず
そのことを決定することだ。
 
それは、最もお金のかからない,、最も根源的、効率的に
自分の思うような快い幸せな未来を創っていく
エネルギーになるだろう。

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忘れ物を忘れ物と認め、取返しに行く勇気を

人は必ずしも単純に進化するわけでない。
停滞する時もある。
悪くなる時もある。
時に愚かになったり
退化してしまうこともあるだろう。
かっては持っていたもの
備えていた美徳やよいものや魅力。
 
そういうものをどこかに忘れてしまったとしても
気づいたらためらわず、あの頃に戻って
あの時に戻って、その時に戻って
見栄を張らず、頑固にならず、面倒がらず
忘れ物を取り返しに行こう。
あなたの忘れ物だ。
あなたしか取り返せない。
とてもステキなものだ。
とてもすばらしいものだ。
 
 

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絵も文章、創作一般も人生も、みな同じ。

何を言うかでなく
どのように言うかが大事、という話を
先日アップしたが、その自分のブログを
読み返しながら

「何を描くかよりどう描くかが、絵でも大事」
と、そう閃いた。

だから、極論、なんでもいい。
あんまりかまえず、かしこまらず
描き始めることだろう。

何を描くかより、どう描くかが大切なんだから。

それは文章や小説でも同じだろう。
何を書く、どんなテーマを書くかの重要さはもとより
より大切なのは、どのように書くかが大事だろう。

だから、甚大なるテーマや決定的画題など求め待つより
まずは筆を持ち塗ったり消したりしながら
タッチを生み出し、味わいを醸し出す。

まずはキーを打って文字を落しながら試行錯誤しながら
独自の文体を生み出し書き始め、描き書き続けることが
大切だろう。

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みゆきと拓郎に泣かされて

T君からダビングしてもらったライブ音源
「永遠の嘘をついてくれ」のCDを
音をビンビンにして車を走らせながら聴いた。

言葉の一つ一つが染み入る。
映画のように情景が浮かぶ。
チハルが、昨晩より鮮明に強く
思い出される。

これはチハルの歌だな。

私は、車の中で号泣した。
チハルと、もっと語りたかった。
もっと一緒に生きて、この星で
ワクワクしたかった。
いっしょに頑張りたかった。

チハルが死んで、この夏でちょうど10年。
私は10年目にして初めて泣いた。

だって、葬儀の時も弔辞を読む私意外の4人の
演劇関係者の後輩、同僚、先輩方は
みな号泣し、そしてそのことは想定内で
私はチハルの誇り高き同級生として
弔辞を演劇調で仕上げ葬儀で
チハルの人生で泣きと笑いを取った。
だから泣かなかった。
泣いたら、そんなバカ芝居はできないから。

劇団関係者、演劇界の方々、文化関係者
テレビ、ラジオ、新聞社の方々。
チハルさんの友達は、やっぱり変だと
思ってくれただろう。

「おー、よかった、さすがユウコウ」
と、読み終わった後、チハルの声がした。
あれ以来、私は10年、泣いていなかった。
墓場まで持って行かず、生きている間に
声を出して泣けてよかった。

中島みゆきさん、吉田拓郎さん
ありがとう。

チハルも、あなたたち2人の歌を歌い
ギターを奏でていました。

私もりっぱな永遠の嘘ついて
生きて生きていきたい。

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「永遠の嘘をついてくれ」

月1の中学2,3年と同じクラスの野郎5人の飲み会。
今日は、私とT君のギター2台で時々
中島みゆきや懐メロを歌いながらの宴席。

中島みゆきの吉田拓郎に贈った歌
「永遠の嘘をついてくれ!」の音楽鑑賞と
その逸話と中島みゆきの讃嘆。

この歌を聞いていると死んだチハル君が
思い出される。

「チハル、おまえは死んでいないじゃないか。」
死んだって、ウソをついて、どこか浮浪し
上海や香港当たりの街で、中学時代から愛飲していた
ニッカウヰスキーを片手に、フーコーや
ニーチェ、ウットゥゲンシュタインでも
誰かと語っているのではないか?

チハルが生きていればこの飲み会は
6人になっただろう。

6時くらいから始まって
野郎料理でだいたい12時くらいまで。
みんなで茶碗も洗い、残飯整理し
部屋もきれいに掃除して戻して解散する。
とてもしっかりとした飲み会だ。

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たとえばレンタルの未来と、その向こう。

最近、レンタル料金1本100円から80円が、
ちらほら増えてきた。

宅配レンタルにゲオやTUTAYAも力を入れている。
同時進行で進んでいるPCやスマホでのダウンロード形式が
やがて主流になり、やがてその先にどんどん低価格化が進み
エネルギー革命やAIの加速度的発達と人類の労働からの解放
などなど想定外のことどもも加わり、そんな日にはいつの日か
いずれすべて無料になる日がくるのではないか。
きっとあらゆるものが無料になって行き
お金、価値や利益、すべての仕事というもの
人間のあらゆる行為の再定義が必要になるだろう。

その時、人類は避け続けうやもやにしてきた大問
「哲学的に実質的に個々人の幸福と、人類の幸福」
と真正面から向き合いその答を出さねばならない時が
来るだろう。

その答えをしっかり出して人類の全ての行為の
再定義、価値づけが行われなければならい。

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DVD映画を観ながら絵を描いたり事務仕事をする。

最近はもっぱらyoutubeの講演や洋楽のmvをBGMにしながら
絵を描いたり事務仕事をしていたが、久しぶりに今日は
レンタルDVDで映画2本を、流しながら作業をした。
映画の時は、絵がある段階で単純作業的な時や、
仕事もあまり考えず事務的な時は映画にする。

今日の2本は、1本目が、ビートたけし主演の
日米を舞台にした、任侠ものの「ブラザー」
アメリカのマフィアがちょっと貧弱だったのが
少し気になったがまずまず。

2本目は、仲代達也が観たくて借りたが
今は亡き絶世の美女夏目雅子主演の「鬼龍院花子の生涯」
本当に美しい演技も達者な女優。
日本映画界に於いて、その美しさと演技で
吉永小百合を越えたのは彼女だけだろう。
映画としても見ごたえがあった。

楽しく仕事が出来た。

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何を話すか、どう話すか?

何を話すかより、
どのように話すかが大切。

話し方、伝え方にこそ、
本当の話したい中味が、内容が出る。

愛なのか敵意なのか、
尊敬や信頼なのか。
はたまた、軽蔑や失望なのか。

話す内容でなく、どのように話すか。
どのような語調、どのような顔つきで
話すかこそが大切。

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ついつい人の批判や悪口をいう時の注意すること。

ついつい人は、人を批判し、時に悪口を言ってしまう。
そんな時は、いろんなことを注意しなければならない。
 
1.言っている相手が、あなたを本当に信頼しているか?
  その人から批判や悪口を言っている相手に、あなたの
  その言動が将来にわたって伝わる可能性がないか?
 
2.言っている相手が、笑顔で聞いてそれなりに相槌を打ち
  同調しているように見えるけど、人を批判し悪口を言う人間を
  実は心底軽蔑しあなたに興ざめしてはいないか?
 
3.言っているあなたが深層心理では、自家中毒を起こし
  気持ちの悪い状況、エネルギーをどんどん減少する
  状況に陥っていないか?
 
4.そもそもある人への批判や悪口がその人間の行為、言動への
  批判や悪口でなく、本質、深層心理は、ただそのことを通して、
  それに比べ自分はいかに気が利くか、やさしいか、優秀か
  魅力的な人間か、配慮のある出来た人間かをアピールしたい
  だけでないか、自分を見つめてみよう。
 
5.そしてそもそも人間の生命を根本で支える原始脳は
  一人称把握しか出来ず、二人称の目の前の話し相手
  三人称の話題にしている彼、彼女への悪口は、自分
  へのダメージとして蓄積されることを覚えておこう。
  そのダメージは老化を促進し、皮膚を傷めあなたを
  魅力的でない美しくない顔にしていく。
 
せめて、あまり怖い顔をし、自分を見失うほどのパワーで
人の悪口、批判はしないことだ。
人の悪口、批判を言う時は、笑みをたたえて言う、
笑顔で言うという決まりを作って
システム化することもとても有効だ。!(^^)!
批判したり、悪口を言っちゃった時は、無理くりでも
その相手のいいところ、かって感謝すべき行為を受けたこと
かって賞賛すべき行為を見たり聞いたりしたことを
無理くり付け加えておこう。
いくらかは、自分の深層心理と、あなたの人への批判や悪口を
言うのを聞かされ続けた相手への幾分かの救いになるだろう。
 
オッケー?(*^_^*)

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人への注意の仕方。

ただ自分の苛立ち、ムカつきをぶつけるでけに
注意をしてはいけない。
 
その行為が治ること、反省して改善するのが
注意することの、あるべき本来のゴール。
 
だから、相手が誇りを失わず
注意したあなたへの信愛を失わないよう
相手がそれを受け入れやすいよう
使う言葉、言い回し、表情など
工夫に工夫を払い、感受性全開、頭フル回転で
心を砕き注意をしよう。
 
あなたがステキな人生の俳優、女優なら
あなたの注意は快い感動的名ゼリフになるだろう。
 

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虹の足を初めて見た。

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空は薄暗く灰色で
時々雨を降らせては
太陽が時折、光線を地上に放つ。

その時、その灰色の空に
強い濃い色の虹が現れた。

本当にすぐ近くで
家もない田畑の広い平地であったため
進路から外れて虹の方に左折して向かい近づき
何んと虹の足元を初めて見た。

虹は畑、田んぼの地面から出て
空に向かって伸びているように見える。
不思議の国の一現象を見てる思いだ。
まさに虹の足元を見届けた。

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楽しく健康的に生きるには大切なことがいくつもある。

たいせつなことはたくさんある。
きりがないくらい。
どれもたいせつで順不同。
 
1.笑うこと。今日笑ったか?ここんとこ何かで笑ったか?
2.空を見上げよう。いつ最後に、空を見上げた?見つめた?
3.深呼吸しよう。最近、深呼吸した?
4.早起きしよう。時に朝日を見よう、感じよう。
  太陽系人は時に太陽を感じよう。
  そして、人生は朝デザインされる!
5.歩こう。走ろう。地球人は地球を感じることだ。
6.掃除、整理整頓しよう。
  心が掃除されない掃除はありません。
  心が整理整頓されない整理整頓はありません。
 
  たいせつなことはたくさんある。
  自分を気持ちよく楽しく生きさせる
  工夫をしまくり生きていくんだよ。(*^_^*)
 

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心から尊敬する人の最大の利用法

なんと言っても最大の利用法は
自分が日常の様々なことや
大きな人生の岐路や選択に立たされた時
あの人なら、あの方なら
どっちを取るか、選ぶか、行動するかと
考えてみることだ。

自ずと自己ベスト、自分を越えたいい
選択が出来、行動がとれる。

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心から尊敬する人の性質と正体

へとへとに疲れた時、ちょっと疲れちゃったかなという時
心から尊敬する人を思い出そう。
「がんばってるね。」「すごいね」って言ってくれるはずだ。
 
うんざりした時、がっくりしたり失望したりした時
心から尊敬する人を思い出そう。
「がっかりだね」「しんどいね」と、あなただけに向ける
深い慈愛、親愛に満ちた微笑みをかけてくれるだろう。
 
あなたがとてもみじめで、涙が溢れてしかたがない時
心から尊敬する人を思い出そう。
決してあざ笑ったりしない。
あなたから離れていったりしない。
離れるどころか、あなたの横に座って
誰より一番近くに来て
一緒に悔し涙を流してくれるはずだ。
 
心から尊敬する人と言うのは、
そういう人たちだ。
 
そして、あなたという生物が、人間という生き物が
目指し憧れる羅針盤、宇宙に放たれた
一本の輝く眩しいベクトルだ。
 
 
 

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3150の文章

朝、近所のマックに来た。
岩手大学のそばだ。
24時間営業。
私は、朝は5時頃に来て
2時間程度、何かを描いたり
ノートパソコンのキーを打ちまくる。
 
ブログの管理画面を久しぶり
本当に久しぶりにふと開いた。
本日まで3150の記事をアップしていたようだ。
この記事は3151ということになる。
てっきり10年は、もう毎日アップしていると思ったが
まだ、10年は経っていなかった。
3650になって、10年。
 
とは言え、毎日アップし始める前に
1~2年とびとびでアップしていたから
4000くらいにならないと10年連続には
ならないだろう。
 
ただ、私は10年とか20年を目指しているわけではない。
毎日、文章を書く、アップするという負荷をかけて
ダラダラしない、自分の意志を持って生きていく
最低限の緊張感を維持させているだけだ。
 
ある行為を持続していると、
それが自分の心の生活の調整の基準
バロメーターになる。
好きな時に、気まぐれに書くより
毎日書く、たくさん書く方が
時にいい文章が生まれることもあるだろう。
量は質を変えるし、量は時に良質なものを孕んでくれる。
 

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どうせ生きていく私たち

        あなたは何のために生きているのか?
    あなたは何のために働いているのか?

    悩み苦しむため生まれて生きて
    働いているのか?

    生きていること、働くことを
    楽しみにしよう、天国にしよう、
    祭りにしよう。
    
    だって生きていくんだから。
    だってどうせ生きていくんだから。
    

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では、「未来」とは何か?

未来とは、いくらでもかえられもの。

今は、あなたの意志、こころで、思いで
変えられるのは容易に分かること。

変えられる今が、積み重なって出来る未来が
変えられないことはない。

未来とは、決心、覚悟、決断、決定の異名だ。
ただ、やって来る時間は、未来でなくただの時間で
未来ではない、あなたの私の未来じゃない。

決心、覚悟、決断、決定のない生活は
時間を過ごしているだけで、
あなたの私の人生とは言えない。

あなたがあなたの人生を生きて
私が私の人生を生きて
人はしあわせを感じる。

誰かの人生や、誰のでもない人生でなく
自分の人生を、はっきりすっきり
元気いっぱい生きよう!

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では「過去」とは何か。

いくらでも変えられるもの。

いつも「過去」を見つめるのは
「今」だからだ。

人は人類一般の過去など見ない。
この自分が、この今の自分が
自分の過去を、見つめるのだ。

見つめるあなたの今
あなたの今の心が変われば
過去は変わる。

今は、今、あなたの意志で
決意で決断で覚悟で決心で
いくらでも変えられる。

いくらでも変えられる今は
いくらでも過去を変えると言う事だ。

この今、この今のこの自分の心を進化させよ。
過去も再構成し進化するだろう。

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「今」とは、なにか?

「今」とは、私そのもの。
あなたそのものだ。

「今」とは、とてもとても大きくて
我々がもし宇宙なるものを
本質的、実質的に感じ繋がろうとするなら
星空を見上げるより、「今」にアクセスすることだ。

「今」の巨大さは、煎じ詰める所
大きすぎて宇宙と同じ大きさ
宇宙そのものとしか言いようが
なくなる。

「今」を深く感じ、その巨大さを、無限さを感じることが
我々生命体の獲得しうる最高智の獲得法であり
溢れ満ち足りた豊潤なエネルギーの獲得法である。

「今」の巨大さを実感するその度合いの強さ深さと共に、
我々は智を得、エネルギーを得る。

「今」には生命体が獲得しうる最も良質な
智とエネルギーに満ちている。

「今」を出来る限り深く強く感じよ。
未来を創造する、過去を再創造する
秘密とノウハウがそこにある。

「今」には、創造の術のすべてがあり
創造そのもである。

頭のいい、集中力と持久力と
根性のあるあなたが
「今」を探究し思索し極め、
「今」の謎を解き明かした時
「私」の謎、「宇宙」の謎、
「ここ」の謎が明快にすっきり
解明される日も近いだろう。

「今」の強く深い感受に、ひらめき、アイデア、行動、
やさしさ、愛や慈愛や慈悲、知恵、無尽蔵のエネルギー
そういうあらゆるもので満ち溢れている。

「今」を極めよ。
「今」を手に入れよ。

 

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11月3日文化の日、スポーツの秋

今日は、教え子の高校生の

ハンドボールの試合を見に花巻に。

ハンドボールをライブで見たのは初めて。

面白かった。

来る途中は紫波農園の隣の公園で

サッカーの試合もやっていて

少々寄り道し観戦。

冬のアウターではじんわりと汗ばむ

晴天の温かい気持ちのいい秋の日の

一日だった。

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「ごめんなさい」「ありがとう」を言うタイミング

あやまることは、早くあやまっちまえ。
一日も早く、一秒でも早く。
人生は、いつ突然終了するか、解らないぞ。
 
人類の5分の1が、病気になり、
年を取り寝込み施設や病院に入り
そろそろかなと思いながら、
その日を迎えるけど
 
人類の5分の4は考えもしない
予想だにしない臭いさえしない
ある日ある時、脈絡もストーリーもなく
突然に終了するのだから。
 
「ごめんなさい」「ありがとう」はどんな時、
どんなタイミングでいうか?
 
どんな時でも、いつでもいい。
それこそ、あっちも脈絡もストーリーもないのなら
こっちも、負けてられない。
 
脈絡もストーリーもなく、一日でも1秒でも早く
言うべき人に、手当たり次第言うのだ。
 
家族に、友達に、恋人に
同僚や先輩や後輩
隣近所の人に、もう手当たり次第だね。
 
言える今日を生きていることに、感謝して。
 
お団子やケーキ、お手紙やご本
添えるべき人には添えて。

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気が付けば、今日は11月1日。

ウソだ、そんなのウソだ。
あと2カ月もすると、大みそか。
もういくつ寝ると、お正月なんて。
 
たとえば秋ひとつにしたって
芸術の秋も、食欲の秋も
読書の秋も過ごしてないぞ。
美しい紅葉も見てないぞ。
早すぎるではないか、1年というものが。
 
この2カ月、今日から頑張る。
いやな正月は、嫌だからね。
大晦日はk-1ファイトやボクシングを見ながら
美味しい寿司、美味しいそばを食いたいからね。

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