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あの人は、すばらしい人、あるいは不思議な人

とにかくエネルギッシュ。
疲れを知らない。
不機嫌な顔を見たことがない。
いつも穏やか。
よく笑う。
笑顔をしか思い出せない。
 
いつも、人のために動いて疲れないかと思う。
いつも誰かのために何かをしている。
一度、聞いてみた。
「人のために、そんな動いて疲れませんか?」と。
そしたら、笑顔で交わされた。
 
ーそんな、私は偉くはないけど
  人のためによく動く人と言うのは
  おそらくこうだと思うんだ。
 
  そもそも、その質問の前提に、
  ~人は自分のために動けば疲れない
  人のために動けば疲れる~
  という法則があるんでない?
  そういうタイプの人は、そもそも
  人のことだと思ってないんでないかな。
  人のその痛み、悲しみ、苦しみが
  自分の痛み、悲しみ、苦しさとして感じられるから
  それはもう自分のものであり、自分の問題であり
  自然に動いているんでないの?
  だから疲れないんでないの?
  だから、あなたの質問の前提となっている
  人は自分のために動けば疲れないという法則は正しい。
  鋭い、偉い!ー
 
と、私はそんふうには言ってないのになんだか褒めるもんだから
よくわからなかったが、うかつにも微笑んでしまった。
くそー!なんて人なんだ。褒め殺し魔!
 
あの人は、人の悪口、陰口を言わないし
人のいいところを見つける、見える人だ。
きちんと人を褒める、評価する。
テレが無くて潔くて気持ちいい。
こちらは謙遜したり恐縮したり照れたりする暇がないというか
そういう気持ちにもならず受け入れてしまう不思議な言い方だ。
子供のようにただうれしくなってしまう。
不思議な人だ。
 
策略がないからかな?かけひきがないからかな?
人を褒めることで自分を上にしたり、そう感じさせたりする人
小ばかにしているように感じさせる人もいる。
本気で言っているし愛があるんだろうな。
不思議な人だ。
 
そうそう、不思議な人だ。
自慢話も鼻につかない。
それは、ステキな頑張り物語、えらいね物語
心から感嘆、感動物語、素晴らしいですね物語として
聴いていてしあわせな気分になる。
 
怒ることがあるんだろうか。
どんな時、怒るんだろうか。
まったく怒らないのだろうか。
穏やかな顔しかみたことがない。
一度、質問してみた。
「怒らないんですか?
 いつもそんなにこにこして
 我慢したりストレスはたまらないんですか?」
と聞いた。
ー怒った方がストレス溜まるよー
と言われた。
 
そう言いながらやっぱり笑っていた。
ー人が怒るというのは、自分も人も少しも幸せにしない
  糞のような持っていてもしかたがないプライドなんか持っていたり
  究極、楽したい、ずるしたい、なまけものの気持ちが
  あるからなんだよ。ー
と、解説してくれた。
 
すごいこと言ってるなと思うと、糞とかウンチとかチンコとかいうから
よくわかんない人だ。
 
今も7、8割分かったが、わからないところも少しあったけど
「糞のようなプライドですか?」と言って私も取り合えず笑った。
笑うか微笑むか感心するしかないんだ、この人いると。
ぷっ。

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コトバで彫る。

コトバを書き積み重ね
私は私を成形していく。
 
彫刻家が石の塊の中に眠る形を
一ノミ一ノミ、掘り起こしていくように。
 
コトバというノミと詩心という鎚がなかったら
私はケダモノのままでこの生涯を終え
悪魔の心に支配されて生きていただろう。
 
今だまともな人間にはなっていないが
それでも少しはコトバのおかげで幾分かづつは
人間らしく人っぽくなってきているのではないか。
 
でも、まだまだ果てない作業が続く。
ケダモノから脱皮を完遂し悪魔の心を完全に払いのけ
この不純な泥岩の塊から私が夢見る人間を掘り起こすには
数十万、数十億個、数百億のコトバを連ねなければならない。
 
どんな人間が出て来るのだろう。
私はこの人生でその姿を見届けることができるだろうか。
それはどのような、「美しいもの」なのか
可能なら、出来ることなら見届けたいものだ。

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めんどくさく考えてはいけない。楽しいことをしよう!

なるべく人生を楽しくすることだ。
まずもってこの今日を楽しくすることだ。
 
楽しくするには
自分が楽しくなることをすることだ。
何が好きで、何をすると幸せで
どう行動すれば感動出来たり
自分に誇りを持て
自分と自分の人生を好きになれるか。
 
それらをすぐ実行することだ。
それらは、膨大な時間や莫大なお金がかかることでなくても
あなたがその気になってやろうと思えばすごできることが
たくさんあるのではないか。
 
私はお金のかからないいい男だ。
キャバクラに行ったりパチンコやギャンブルをしなくても
スタバやステキな居心地のいいカフェで
パソコンとペーパーとペンがあれば
何時間でも居られる
何時間でも幸せでいられる。
これは、302円あればいい。
よく早朝、5時、6時に起きては近所のマックにいく。
これは100円で済む。
マックの音楽はいい。
どこのサイトだろう?
マック独自の編集音楽だろうか?
いい曲ばかりだ。
ありがたい。
 
もちろん、時間もお金も必要なこともたくさんある。
行ってみたいところもたくさんあるからだ。
でも結局、私は世界中のどこに行っても
カフェでペンを動かし、PCのキーを打っているんだと思う。
 
バンクーバーに個展で10日間いた時も
悪いこともせず結局時間があれば、ペンを走らせ
カフェで文章や絵やアイデアを書いていた。
早朝のカフェテリアには散歩のワンちゃんと目が合うと
寄って来てくれてみんなを撫でてやった。
鍛えぬいた中学校英語で飼い主との会話も楽しかった。
 
だから、私は、毎朝、毎日、この人生で一番したいことをして
生きているんだ。
 
この人生で億万長者についぞなることはなくても
億万長者になっても、なったら
やっぱり私はカフェにノートパソコンと
紙とペンと数冊の本や雑誌を持ち込み
シコシコしているのだろう。
 
ニューヨークやフィレンツェ
パリやバンクーバー島のカフェでなくても
十分、私はしあわせな毎日を過ごしている。
 

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50代の私

40代の過ごし方の反省は、50代にも言える。
なんとか衣食住を維持し生業を維持し
生活してきたというビジョンのない
過ごし方だったろう。
 
しかし、そんな中でも
私としてはこの人生で大きな忘れ物
10代から20代の頃の私が実行できなかった
群像新人賞へ応募の230枚の小説を書き上げたことは
私にとっては大きなことだった。
私は私に信用回復した。
あれを書き上げなければ、大作家を妄想して
結局数十枚どまりの未完の大作をばかりを書いて
死んでしまった方々や、ついぞ1本も完成させずに諦め
思いと妄言で終えてしまった方々と同じになってしまう。
あの400字詰め230枚の群像への応募は
受賞どころか候補にさえ残らなかったが
私がもう一度ここから一つひとつ
きちんともう一度やって行こうという
思いを持てる作業となった。
自分の中で自分が作りだすものの完成度が
私としては全てにおいて一皮むけた。
ひとステージ、ふたステージ上がったと思っている。
軽口をたたいて行動しない嫌な野郎にはならず済んだ。

自分の言動と思いへの信頼回復は
自分の言動と思いをたいせつする感情
いとおしさを増大させた。
それは、自分と言う人間、自分の人生への
愛情の増幅となった。
私は私以外の何かに化けることはできない。
私は化け物じゃない、人間だ。
しっかりこの自分とこの自分の思いをたいせつに
この自分で現実的に自分の人生を作っていく。
これからの人生の初日の今日から。

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40歳の私

私はこの40代。
自分のやることを絞り、30代のあの東京から
故郷に戻ってからの数年のように
いやそれ以上の集中力とパワーで
取り組むべき時代であった。
 
それは、絵を描くことや
文章を書くことにしろ
企画や教室運営という事業にしろ
その後の人生の活動と経済の支柱となるべきものに
集中して取り組むべきであった。
 
でも、こうやって後悔と反省をくちにす口にする私は
実は何事も遅いということはないと思っている。
私は私と私の人生を見捨ててはいない。
 
人間の寿命は分からない。
10年、20年遅れても
後悔や反省は未来への指針として
今日、今からスタートすればよい。
 
後悔や反省をしない人生なんて
きっとこの星のどこへ行っても見つけられない。
人は何かに心から気づいたときは
それを今日からの、これからのビジョンとし
これからの行動指針として
未来を創る骨子としていけばよいと
思っている。
 

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35歳の私

東京での6年の生活。
片道500円で、たくさんの出版社に行けたのだが
ただの一度も、そのアイデアが思いつかなかった。
 
盛岡に戻って、往復3万の交通費+滞在費で
お金をかけて東京を歩き回った。
作品ファイルを作り出版社をまわり
多くのイラストレーターを輩出し育てているギャラリーで
個展をした。
 
そんな営業成果と結果で、世界的ベストセラーの
大手出版社の書籍のイラストを描いたり
人気総合雑誌ダ・ヴィンチで特集のイラストを
描かせてもらったり、カナダのアート展でグランプリを取り
招待されバンクーバーで企画個展をさせてもらった。
動いたから仕事が来るとは限らない。
しかし、黙っていては永遠に何も起きない。
運、不運もあるかもしれない。
私の場合は、かなり運がいいと言える。
結果はどうなるかは、分からずとも
まずは行動することがたいせつだ。
行動しなければ、何一つ、自分の望むこと
望む方向性にある結果は何一つ起きないということを
学んだ。

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30歳の私

30歳の誕生日のことは
よく覚えている。
 
唯一、その日の気分まで鮮明に
覚えている誕生日と言ってもよい。
27歳で東京出て3年。
東京に行けば何かが起こって
私は何かになっていると思っていた。
それが、人生における30歳と
私はなぜか勝手に思い込んでいた。
その30の誕生日。
私は目を覚ましたが、私は何ものでもなかった。
小説家でもなく、画家でもイラストレーターでも
なんらかのクリエーター、有名人でもなかった。
とても寂しい気がした。
なんか自分が信用できないきぶんだった。
 
私はただのサラリーマン。
予備校の社員でしかなかった。
ただ、私は東京の街にいる。
其れだけがなぐさみだ。
でも、30歳の誕生日で
わかったことがある。
 
東京は何もしてくれない。
東京に住んでいようが
自分が原稿用紙を100枚、200枚書き上げ
作品がなければどうしようもない。
1枚、2枚、5枚、10枚と描き上げた絵が
なければならない。
まず作品がなければならない。
 
それを誰かに見せに行く、届ける、応募する
個展をする、自費出版する等のアプローチの仕方は
いろいろあるとしても作品がなければどうしようもない。
それに気づいて、それからさらに3年
合計6年東京にいて頑張るが
予備校の仕事にのめり込みすぎ
いろんなこともわかり、東京もそれなりに味わい
制作中心に仕切り直しで故郷、盛岡に帰ることにした。

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25歳の私

やはり、東京に行きたい。
十代後半から東京病に侵されて
行動を始めた年。
 
誰もが納得するよう教員採用試験を受けて
故郷から海辺の町にまず移動。
2年と決めた計画通り、そこから東京に移動。
 
自分が決めたとおりに人生を進める。
そのタイミング、その心の運び方。
その行動のリズムを体得した。
自分で自分を動かす。

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フキノトウ(ばっけ)の料理での注意事項

フキノトウを、今年も腹いっぱい
食べた人には、ちょっと気が引ける
お話をします。
 
私も、腹いっぱい天ぷら、ばっけ味噌にして
たくさん食べました。
言ってしまいましょう。
フキノトウには虫がいる場合があります。
その確率は何とも言えません。
 
20~30個に1,2個いる場合もありますが
まったくいない場合もあります。
 
ですから、とにかく天ぷらを作る場合も
ばっけ味噌を作る場合も、フキノトウを
真ん中ら真っ二つにして、中央の茎部分にいる
1センチ少々の太さ1ミリもない黒い幼虫が
いるかいないか確認して除去したい。

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お勧め山菜天ぷら

1.ウドの葉は天ぷらは、形良し、味美。
  タラの芽のはの部分の感じ。

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2.ミズの天ぷらも、形良し、味美。
  お浸しばかりで、食べていたが
  とても美味しい。

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英語(言語)教育

1.日本式は、単語・文法を覚え書く英語教育。
  誰も、話せない。

2.ハーバード式は、書けるのは後。
  話せるようにする。
  会話をできるようにする。
  何度も何度も聞き、単語や文法を調べたりしない。
  とにかく何度も聞き、真似て発声する。
  いかなる言語圏でも赤ちゃんが、子どもが
  その言語を獲得するように。
  まずは話せるようになって、次の段階として
  書けるようする必要のある人、意欲のある人は
  書けるようにする。

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憧れの「24時間営業の図書館」

ハーバード大学には数十の図書館があり
24時間営業だと言うから
とても日本は叶わない。

一分一秒差でノーベル賞が
科学的成果が先を越されることもある。
世界を相手に、いつでも研究のフォローが
出来る体制を整えているとのことらしい。

マクドナルドでなく、近所に、
車で10分、20分のところに
24時間空いている図書館があったら
なんてステキなことだろう。

まっ、インプットは出来ないけど
アウトトップが出来る24時間マックがあるだけで
しあわせかな。

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レッドカードが出される前に

レッドカードが出される前に、人には
何度かイエローカードが出されているものだ。

それを軽く考えて気に留めないか
深刻に受け止めきちんと心に留めて
気を引き締め襟を正ししっかり
対処し取り組むかによって
人生の幸不幸が大きく違って来る。

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宿題をはちゃんとやろう。

学校の宿題、人生の宿題は
ちゃんと(きちんと)やろう!
人生の宿題は、いつの時か
自分で出すものだから
いつどんな宿題が自分に出されていたか
きちんと考え思い出し思い起こすことから
始めなけれならないかもしれない。
気づかないふりをして
生き続けているかもしれない。
でも宿題は出ているはずだ。
自分で出しているはずだ。
5歳の自分か、中学時代や高校生の自分か
20代の自分かはわからない。
人それぞれに出ていると思う。
えっ、出てないよなんて
とぼけないで、しっかり宿題を思い出し
今日から明日から、できることなら今から
しっかり取り掛かろう、取り組もう。
とぼけたり、ふざけてばかりいてはダメだ。
しゃきっとしよう。

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20歳の私へ

19の初夏。高松の市立図書館のロビー雑誌コーナーで
ふと手に取った、今まで読んだこともない講談社の文芸誌「群像」。
講談社群像新人賞 村上春樹「風の歌を聴け」。
手に取り数時間、電撃が体を走り抜けるのを感じながら
立ち読みしてから、一年が過ぎていた。
村上春樹の文体で思考し、書く文章はムラカミハルキに
なってしまっていた。
でも私だけでない。あの頃から、作家も村上春樹に侵され
公募の応募小説はみんな村上春樹になってしまったのだ。
いずれ村上春樹の小説との出会いは
その前から作家志向は、心のどこかにあったのだが
明確になった。画家ではなく作家になりたい。
でも、作家になるには、小説雑誌の公募に小説を応募し
受賞しなければならない。
当時は、その方法しか思付かなかった。
しかし、訳の分からない感傷と論理の矛盾や気持ちの悪い飛躍や
突然現れる表面的断片的ムラカミハルキ調の数十枚で
途切れたり終了する小説とは言えない長文しか書けなかった。
群像新人賞応募は20歳の私の宿題だった。
一昨年前、とうとう30数年時を経て230枚の小説を書き上げ
原稿を講談社に送った。
一応、宿題は終わり。
また、今年や今後書き上げられるかは未定。
でも、書きたいと思ってはいる。
 
20歳の私は地元の国立大に通うも心ここにあらずで
思いはいつも東京にあり、重い東京病にかかっていた。
それから、7年後、結局、大学も中退することなく卒業し
5年ほど教員をやり東京に出た。
6年、生活の糧に予備校で広告や経営戦略の仕事をしながら
花の東京、青山や銀座で1年半、2年ごとに個展をし
勤務前にマックに1時間、2時間籠って絵のエスキースや
断片的文章を書いて、しあわせを感じていた。
どこでもない、あの二十歳の私が、恋焦がれ憧れていた
花の東京の喫茶店で絵のアイデアや文章を書いているのだ。
これ以上のしあわせはない。
ただ、青山や銀座での個展をしても
出版社の誰かが来てイラストレーターに
してくれるわけではなかった。
そして、たとえ東京に暮らそうが、
やはり100枚、200枚の小説を書き上げ
応募しなければ、出版社に持ち込まなければ
小説家になれるわけではなかった。
結局、32歳で故郷、盛岡に戻ってから
私は、大手出版社による世界的なベストセラーの表紙を描いたり
人気雑誌「ダ・ヴィンチ」の特集などイラストを描いたりした。
そして九段の講談社本社に電車で
500円もあれば原稿を持ち込めたのに
ついぞ一度もその行動をとらなかったし
思いつきもしなかった。
400字原稿用紙100枚、200枚の公募小説を
1本書き上げることもなかった。
東京に行き、東京で暮らしていれば黙っていても
何かが起き、イラストレーターや作家やなにやら
何ものかになれると深層思っていたのだと思う。
ただ言えることは、20歳の私の「東京で暮らしたい」
という思いは実現した。宿題を終えた。
 
宿題を終えて安心して、東京病に侵され苛まれることなく
この故郷の町で生き暮らしている。
首都直下型の大地震も怖い。
2011年3月11日の東日本大震災。
発生直後から被災地を見、回っている私は
あの特撮映画でも見たことのない風景以上のことが起こるであろう
街にはとてもでないがわざわざ住みに行こうとは思えない。
ここで、この自分で頑張って行こうと思う。
20歳の宿題もこの人生できちんと提出、実行できたし
これらは宿題でなく、自主学習、自主課題に取り組みたい。

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15の私へ

15の私は気短で怒りんぼ私が
いなくなってしまった歳だ。
 
母親に人生で最初にして最後の説教
人への「感謝」を教わった。
それ以来、私は怒らなくなった。
何十年も続いている。
 
15歳から私は、変わっていないかもしれない。
母親の一言で私は少年時代を終え
大人になってしまったのだろう。
激しい強烈な自己嫌悪の時間を
味わい通り抜けて。
 
15の私よ。
人生のイメージは順調か。
人生の戦略、戦術はうまくいっているか。
なりたい自分、辿り着きたい場所にたどりついたか。
ビジョンはどれだけ実現している。
自分が好きか、嫌いか?
この時点、今、どこが嫌いで、どこを治したい?
15の私よ。
今の私をどう思う。
いいと思うか?
今からどこをどう矯正しどのような人間になり
何を補い、何に集中し何をなし
どのような生活、どのような人生にすれば
「すばらしい」「さすがだね」と言ってもらえるかな。
 
 

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10歳の私へ

繰り返す季節の風物。毎年来るお正月と新年。
満開の桜と桜吹雪、カエルの大合唱、昆虫採集、秋の栗拾い。
繰り返す学校行事、春の遠足、秋の遠足、
そして運動会、文化祭。
繰り返す学校生活、1学期、2学期、3学期。
全校朝礼、毎日の授業、朝の会、帰りの会。
春休み、夏休み、秋休み。
子ども会という地域活動と行事。
こいのぼり大会、盆踊り、廃品回収。
そういう全てに一度すっかり飽きてしまった10歳。

時間の流れのなんと遅いこと、拷問のよう。
これから生きていくであろう気の遠くなるほどの
残っている人生の時。
ひとことで飽きた、疲れた。
「疲れた」が口癖の気持ちの悪い少年。
おまけにずるくて細くて、おまけに生意気で暗い少年。
ねえ、ボクちゃん。
人生は、そんなたいくつなものじゃなかったですね。

じゅうぶん、怒り、愛し、慌て、苦しみ悲しみ
尊敬し憧れ嫉妬し疑い
喜び、笑い感動し、感銘し感涙し
それなりにのめり込み必死で
退屈しなかったではないですか。
まっ、おもしかったんではないかな。

あんなこと、こんなこといろいろありましたね。
生きている限り、これからもどうせきっと
なんだかんだとこれまでのように生きていくのだから
しっかり楽しんで楽しく生きていくのだよ。

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5歳の私へ

あれは、5歳離れている弟が誕生する前の
最後の記憶だと思う。
 
私は年のせいか、頭のせいか
幼い頃の記憶がほとんどないけれど
母親の膝にまたがり抱っこされていた記憶だ。
母親のでっぱた腹が気になった。
「弟」という生きのものがここにいるらしい。
母親から聞いた気がする。
幼少のころの数少ない記憶の最古の記憶に
ちがいない。
 
あれから随分と私も弟も大きくなった。
母親は2年前に亡くなった。
そのすべてが不思議だ。
時は流れ人は変化し
人には寿命があり
人生に終わりがある。
 
この瞬間も今日という日も
私という存在もいとおしく
そしてこの世界もいとおしい。
この自分の人生をたいせつにし
しあわせなものしなければならない。
 
 
 

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副作用のない、法律に触れないドーパミンの出し方

薬やマリファナに、頼らずに良質のドーパミンを出す方法は

誰かに協力する、助ける、共にやるという行為行動。

心を開放し快くし脳を健康にしましょう。

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「Happy」というDVD

車で聞き流せる用に映画ではなく講演のDVDを借りた。
もちろん映像もあるのだが、この手のものは
映像を見ずに話しの内容だけで十分堪能できる。
気になれば、ちらりと見ればよい。
 
事故で顔半分が潰れて9年再生手術をしベットで過ごした
かって大変に美しかった女性のインタビュー。
長寿で幸せな沖縄のコミュニティーの人たちの様子。
幸福実感度世界一の国ブータンのことや、
大学までの教育費、医療費が無料のスエーデン。
などなど。
 
そして世界中の著名大学の人間の「しあわせ」について
研究している心理学等や脳科学を中心とした先生方の
インタビューなどなど。
 
結論、「しあわせ」とは何ぞやは、ここでは置いておいて
しあわせな人は、よい友人関係、家族関係、人間関係が
必ず存在しているということだ。
しあわせな人生のためには
よい人間関係を構築することが手段であり
ゴールであるとも言える。
よい人間関係構築には、すべてがあり
人生で必要な、欲しい全てを手に入れる基盤であり
最高最善の手段であるだろう。
 
などと、考え感じたDVDだった。

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心配な二人のおじさん

もう、10年?になるだろうか。
早朝5時過ぎから夜遅くまでいる。
私は、いろんな時間帯に仕事場として
マックに行き作業する。
どの時間帯も二人のおじさんはいる。
名前も、国籍も誕生日も血液型も
家族構成も知らない
一度も話したことはない。
 
昔は二人とも競馬新聞を広げ煙草をぷかぷかしていた。
年のころは70,80代だろう。
朝昼晩と、コーヒーと100円マックだけのせいか
年々顔色がどす黒いというかどす白いというか
あまりいい顔色になってない。
癌になったり病に伏さないことを
顔馴染みとして祈ります。

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「本気」について

何かをやろうと思っているものがある人は
本気でやった方がいいだろう。
 
たとえば、ずっとずっと
絵本作家になりたかった。
書家になりたかった。
お店を持ちたい。
ハワイで暮らしたい。
世界旅行をしたい。
〇〇の資格、〇〇の技能を取りたい。
などなどがある人は。
本気でやった方がいい。
一度や二度の思付きでなく。
深層心理にずっとあるもの。
結局人生の不満や充足感の欠落の
根本原因になっているものが
そこを避け取り組めていないことに
起因しているのであれば
本気でやった方がいい。
 
生まれ変わりがあるかは定かでないが
少なくてもあなたの、私の人生は
一度っきりで、突然の重い病気や徐々に病と老化で
管でつながれベットの上で暮らす状況にならず
私たちが持っている足腰元気、頭正常の時間は
後10年でしょうか、20年でしょうか?
 
本気とは、「今、すぐ始める」ことで
生活を出来るだけ「そのことに集中」して
エネルギッシュに「圧倒的に取り組む」
ということです。

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テレビで見た「日本のおかしい履歴書」

欧米の人たちにとって一般的、就職・転職の
日本の履歴書にはびっくりだそうだ。
 
住所や電話(携帯)などを記入するなんて
ありえない。
個人情報保護やセキュリティの問題に
まったく日本は無頓着過ぎと言う。
 
それと顔写真なんて全く添付しない。
それは肌の色、人種で差別しないため
だという。
 
学歴なども日本は、小学校から大学まで
入学・卒業とスペースさいて記入するが
それも一切ない。
 
では何を書くのか?
 
①自分のこれまで務めた会社・部署・役職名
②自分が担当した業務や自分が出来ること
この二つだけだという。
なるほど、合点した。
 
学歴頼り、容姿頼り?
そして危険に対して無防備なのが日本社会で
世界は社会での実力第一主義なのが分かる。
 

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ハーバード大学の「リンゴ賞」

その年、最も優秀な授業をした先生を
学生の投票により決め、賞品はなんと
「リンゴ1個」だそうです。
 
ステキな大学、ステキな賞ですね。
本当は、なんの賞品もお金もいらない
とても名誉な賞。
 
この世界には、いろんなリンゴがあります。
アダムとイブのリンゴ。
ニュートンに万有引力を
インスピレーションさせたリンゴ。
幼い頃、風邪をひいて全く食欲がなかった時
母ちゃんがおろし金で擦ってくれたリンゴなどなど
素晴らしいリンゴの仲間入りにします。

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目下(もっか)の私の課題

私はいくつかのテーマで1時間から2時間のスピーチ、
講演ができます。
同じように何かの話題で対面で1時間や2時間、
話し続けることもできます。
で、ついつい自分だけ一人話し続けて
しまうことも多々あります。
話すのは、もういいのです。
十分です。満腹気味です。
相手に良かれと思って話すのでが、
いっぱいいっぱいになっている人、
そういう場面もたたあるのだろうと思われます。
幾分は気を付けているのですが話し過ぎです。
もっと、聞き上手、相手が話したいことを
話したいように話せる空間を作り
そういう自分でありたいと、
そしてそろそろ本気でしっかりと、
そのところを直したいと思います。

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自分のこの人生でやるべきこと

この人生でやらねばならないことなんて
あるんだろうか。
 
私たちは意識せずに生まれてしまったから
なんだかよく分からないけれど
なんとなく生き続けているだけではないか?
かといって自ら死ぬ理由もきっかけも動機も
それほどの勢いも別にないから
ただただとりあえず生き続けてる
だけでしかないのではないか。
 
はい。人生なんて、自分の人生なんてそんなもの。
人生など無意味な無意識的な成行きの生の
持続でしかない。
 
だが、しかし
 
ただただこの無意味な人生というものを
漫然と持続して自然にやってくる死を
心のどこかの深奥で心待ちにして
無意味な日々をダラダラと過ごすのは、
生きるのやめよう。
 
そういうのはやめて
そもそも無意味な人生だからこそ
自分が本当にしたいことの一番をしてしまったらどうだ?
あれこれ考えず自分が成し遂げたいただただの一つに
この自分を全部使ってしまったらどうだ!?
この人生で、私は100%自分を使いました、満喫しました。
本来ならただただ無意味なこの人生を
じゅうぶん、じゅうにぶん
楽しませてもらいました。
この自分、この人生は
おもしろかったですって感じに。

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行動力

「今」が「今」だという実感の鮮度、強さ。
これがないと、動けない。
これがないと、流れる人生の時に食い込めない。
現実という巨石を自分の思うがままに砕き
形を持たせ自分の作品「私の人生」を
造ることは出来ない。
 
行動力のある人たちの共通項が
「今」が「今」だという実感の鮮度、強さ
だろう。
 
走ってもいい。
深呼吸してもいい。
空を見上げてもいい。
歌ったり唱えたり祈ったりしてもいい。
何かの方法で、何かで感動してもいい。
 
自分を感じ、ここを感じ
「今」を感じるのだ。
「自分」をいとおしみ
あそこやどこかでなく「ここ」を愛し
「今」感じるのだ。
無限悠久なる宇宙の中の
ただただ一つの、ただ一度っきりの
この「今」を。
この「今」を見つめ感じ愛するのだ。
それが創造開始のスタートであり入口だ。

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自己変革

自分のいいところをしっかり
確認、意識したうえで
自分がなおしたいところ
自分がよくないと感じているところ、ことを
一つ一つ、1週間か2週間単位
長くても1カ月単位で、強く意識しなおして
自分の思うような、自分が憧れるような自分に
自分を変えて行こう。
 
誰でもいつでもどこでもできて
いつでもどこでも始められる
まったくお金のかからない
もっとも楽しい創造、制作だ。
 
思い通りの、憧れの自分づくり。
ステキ、かっこいい、気持ちいいい
シビレル、楽しい自分づくり。
 

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今日

東日本大震災で亡くなった何千人の方々
癌などの病で亡くなった両の手では収まらない
親しい友人、知人たちの欲しかったであろう今日を
彼らが知りえない、生きることのできない今日を
私は生きている。

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